第21話 東への旅路
湖の畔に建つ風情のあるレンガ造りの小屋。その側に停泊する3隻の小舟。背景には遠くそびえ立つ大きな山。
うーん、良い景色だ。ここで一枚撮ろう。
カシャッという小気味よいシャッター音の後、すぐにウイーンッと大きな音を立てて写真が排出される。しばらく待っていると、少しずつ撮った景色が写真に浮かび上がってくる。
先日の写真屋の一件の後、俺はショッピングサイトでポラロイドカメラを探して購入した。充電式のものはこの世界では使えないので、乾電池で動くものだ。
旅をしながらの撮影。これがなかなか面白く、嵌まってしまったのだ。レトロなデザインのカメラも趣があって、所有欲を満たしてくれる。
ワイドサイズの大きな写真を選んだこともあり、写真1枚当たりに約140魔力の費用がかかるが、得られる充実感に比べたら些細なものだろう。
キャロちゃんにも小型のポラロイドカメラを購入してあげて、二人で写真を楽しんでいる。
街道を挟んで湖の反対側には広大な穀倉地帯が広がっている。近くにこの水源地があることで、土を豊かにして王都を発展させたのだろう。こうして景色を楽しみながらのんびりと歩みを進めていたのだが、そんな平和な旅は突然終わりを迎えた。
「目が気持ち悪い。」
キャロちゃんが急に目の不調を訴え始めた。双眼鏡やカメラで目を悪くしてしまったのだろうか。
「エルメラ、キャロちゃんの具合が悪いみたいだ。少し休もう。」
「む、旅の疲れが出たか?」
「みんながいっぱい見えるの。」
「ん?・・・ああ、それは重なってぶれて見えたりしているのか?」
「うん、みんなが5人ずつ見えるの。」
「そうか、思ったより早かったな。しかもいきなり5人か。これはめでたいな。よし、酒を飲もう。」
「いやいや、ちょっと待て。ちゃんと説明してくれ。意味が分からんぞ。」
「キャロのスキルが覚醒したんだ。訓練すれば使いこなせるようになる。キャロ、目を閉じて元通りの視界をイメージするんだ。スキルの発動を抑えるように意識してな。」
しばらくするとキャロちゃんの目は治ったようだ。どうやら悪い病気とかではないみたいで安心した。
「そういえばエルメラの魔導ゴーグルは他人のスキルが覗けるんだったか。」
「ああ、キャロのスキルも当然把握している。『先見』というスキルでな。数秒先の未来が見えるんだ。動いている物は重なってぶれて見えるらしい。スキル名鑑にも載っているし、私の師事していた格闘術の師範が、同じスキルを持っていたからよく知っているぞ。」
「へえ、未来が見えるのか。すごいじゃないか。」
「いや、そうでもない。普通に生活する上では大して役に立つスキルではないぞ?」
「・・・それもそうか。数秒先が見えたからといって役立つ場面はあまりないのか。」
「ただ、私の師は武術にそのスキルを応用していた。未来を予測した上での格闘術というものでな。私は極めることができなかったが、キャロなら師と同じ景色が見えるようになるだろう。」
「ふーん、スキルって皆が持ってるものなのか?」
「ああ、基本的に一人一つのスキルを持っている。極稀に複数持っている者や後天的に新たなスキルを得る者がいるらしいが。」
「ちなみにエルメラはどんなスキルか聞いてもいいか?」
「私は『錬金術の素養』というつまらんスキルだ。錬金術を使った時の効果が少し向上する。」
「錬金術師のエルメラには重宝するんじゃないのか?」
「錬金術は努力次第でその効果はどこまでも向上するものだ。努力すれば手に入る程度の効果のスキルなど、あってもなくても変わらんよ。このスキルがなくても私は錬金術師の道に進んでいただろうし。錬金術は少ない魔力で行使できるんだ。前にも言ったが、私は魔力量があまり多くないからな。」
「そうなのか。すごいスキルを持ってる人もいるのか?」
「私の知る限り最もすごいスキルはアキラのスキルだな。大抵は役に立たないスキルか、ちょっと補正がかかる程度のスキルなんだ。口笛が上手に吹けるスキルとか、動物に好かれやすくなるスキルとか。」
「そんなものなのか。」
「あー、魔力の動きを見ることができるスキルで、独自の魔法を開発して成り上がったエルフなんかもいたな。」
「使い手次第で化けるスキルもあるわけか。なるほどねえ。」
どうやらこの世界のスキルというのは、そこまで警戒する程のものでもなさそうだ。
「キャロも自分の意志でスキルを発動できるように今日から訓練するぞ。いつかは先見流近接格闘銃術の達人になれるはずだ。」
キャロちゃんは俺とフレンチトースト屋さんになりたいって言ってたから、そんな危なそうな達人にはならないと思うけどね。
その日の夜の野営場でのことだった。
キャロちゃんがエルメラと筋トレしている隣で、俺はここ数日の間に撮影した写真を眺めていた。街道を歩く人達の様子や野営場での人達の様子なども撮っていたのだが、それらの写真の中に妙な奴が写り込んでいるのに気付いた。同じ人物が複数の写真に写っているのだ。全て違う場所で撮った写真にも関わらずだ。しかもそいつはどの写真でも俺たちの方を見ている。それはもう、ばっちりカメラ目線で。
なんだこいつは。折角の旅の写真が台無しじゃないか。俺たちを監視しているのか?
とりあえず、エルメラに報告してみた。
「確かに変な奴だな。撮影機の存在を知らなかったのだろうが・・・、見事に写っているな。」
「うむ。だが、目的が分からん。マフィアの連中ではないのは確かだと思うが。」
「それは同意だ。マフィアからも尾行はされているかもしれないが、連中は尾行中に姿を見せるような間抜けな真似はしない。」
「そうなると、可愛いキャロちゃんを狙っているロリコン野郎かもしれん。」
「狙うなら私の方じゃないのか?」
「いや、それはないだろう。」
「何故だ?私はこれでも学生時代はそこそこモテていたぞ?まともに相手をしたことはないが。」
「魔導銃で武装した人間を襲う奴はいない。」
「それもそうか。しかし、女児一人を狙うのに何日も追うか?それに、こいつの身なりは完全な素人って感じでもないんだよな。尾行は下手だが、旅慣れはしている感じがする。」
「数日間ずっとついて来れるだけの旅の経験はあるか。」
「バルテラ王国からの追手の尖兵の可能性はあるな。」
「その場合だと後から暗殺部隊がやって来るってことか。それはまずいな。」
「この街道は人通りが多い。暗殺には不向きだろう。すぐには動かないはずだ。事実、この不審者はついて来るだけで何もしてこない。」
「暗殺は綿密に計画を練って行うものだろうし、どこかに長期滞在するのを待っているのかもしれないな。」
「その可能性が高そうだな。移動中を襲うのは土地勘もないと難しいからな。他国の人間では無理だろう。」
「どうする?また夜間に走って撒くか?」
「撒いても聞き込みされればすぐに見つかってしまうだろう。アキラは目立つからな。とりあえず今は無視だ。街でマフィアの力を借りることができれば打つ手は増える。予定通りルーテラスの街へ向かうぞ。」
しかし、何もしないというのも癪なので、こちらはお前の追跡に気付いているぞという意思を込めて、少し圧力をかけてみることにした。
翌朝の出発を遅い時間にして野営場を観察してみると、案の定、件の不審者を発見した。
俺たちは不審者の真後ろをピッタリ張り付いてついて行く。巨躯の俺が見下ろすように不審者をジロジロ見ながら圧をかける。エルメラには今日はサングラスを掛けさせた。似合いそうだと思って買っておいたブランド物のお高いサングラスだ。エルメラは元々、オーラがあるというか圧の強い奴だ。サングラスをかけさせることで、より存在感が増した気がする。キャロちゃんにも子供用のサングラスをかけさせて、3人で不審者にずっと無言の圧力をかけ続けた。
不審者は次の村に着くと逃げるように宿屋へ入って行った。多分、当分出てこないだろう。
「あいつ、部屋で怯えていそうだな。精神ダメージは大きいはずだ。」
「ああ、奴はしばらく再起不能になった。」
「これで追手は撒いたも同然だな。しばらくは放って置いていいだろう。」
「でも、結局どこの追手なのか目的は分からないままだけどな。」
「もうどこからの追手でも気にならんな。近づいてくる者は排除すればいいのだ。さっさと先へ進むぞ。無駄な時間を浪費した。」
男前なセリフを吐いて、うちのボスはサングラスをかけ直した。気に入ったみたいだな、そのサングラス。
さて、いよいよルーテラスタ辺境伯領に入った。
ギルーインの街のゴミ処理場でマフィア構成員のマルセルから聞いた情報によると、領都ルーテラスでは規模の大きなマフィアが二組あって抗争を繰り広げているらしい。他にも小さいマフィアグループはいくつもあるようだが、何れもどちらかの組の傘下に入っているそうだ。
ただ、情報を聞いてから結構な日数が経過しているので、状況が変わっている可能性もある。領主が制裁に乗り出すかもという噂もあると言っていたし、理想としては領主が既に動いていて抗争が沈静化しているという状況を期待したい。
「あれが領都ルーテラスか。」
「話には聞いていたが、とんでもない街だな。」
「とりあえず西側のゴミ処理場へ向かうか。マルセルの話ではそこを経営している組は穏健派らしいし。」
丘の上から領都ルーテラスを眺め、まずは記念写真を一枚。
綺麗な王都とは対象的な雑多な街並みだ。だが、活気はすごい。街全体が熱気に包まれているような盛況ぶりだ。
最初はきちんとした都市建設計画があったのだろう。街の中心部は割りと綺麗に整っているように見える。しかし、外周部に向かうにつれて、形も大きさも様々な建物になっていく。建築基準法なんてものはなさそうだ。
街の周囲を囲うはずだった魔物対策の外壁は、建設途中で放棄された様子だ。
外壁の外には既に建造物が広がっている。いや、溢れているという表現の方が正しいだろう。もう街の外のゴミ処理場付近まで建造物が広がってきている有様だ。
想定を大きく上回るペースで人が集まってしまい、制御できずに勝手に建設が進められていったのだろう。ここの領主はきっと頭が禿げあがっているに違いない。
「外周部に貧民層が住んでいるというわけではなさそうだな。」
「そのようだな。後から移り住んできた者が、場所がないからここに住居を建てたのだろう。」
外周部の街中を歩きながら西側のゴミ処理場へと歩みを進める。当然、検問なんてものもなかった。
流石、人が集まる交易都市。人種も様々で、二足歩行するトカゲのような見たことのない種族の人もいる。
全身を鳥の羽で着飾ったような奇抜なファッションの人もいれば、顔をターバンみたいな物で覆い隠している変な奴もいる。
ターバン男は肉屋の前で足を止めると、商品を掴んで走り出した。どうやら万引きのようだ。肉屋のおばちゃんが肉切り包丁を持って、鬼のような形相で万引き犯を追いかけていった。走り去った方角から、男の悲鳴が聞こえる。万引きはしちゃ駄目だよな。
上を見上げるとグライダーのような物で滑空して街を移動する人もいた。そして、それを撃ち落とそうと街の悪ガキ共がパチンコを撃って遊んでいる。あ、撃ち落とされた。大丈夫かな、あの人。悪ガキ共も良い腕してるじゃないか。
自由な人達が集って自由に作り上げた、そんな街なのだろう。嫌いじゃないな、こういう街。
今日からこの街が俺たちが暮らす街になるのか。




