拾った短剣は危険がいっぱい
俺はシゲル。冒険者をやっている。
16歳から冒険者登録をして10年間頑張ってきたが、いまだC級だ。
冒険者ギルドでは初心者がE級で、D級になると一応いっぱしの冒険者として認識される。C級はやっと一人前になった冒険者という扱いだ。B級になってやっとベテランとして扱いを受ける。
10年でC級というのは決して早くない、いや、どちらかというと昇級は遅い方だ。
小さいころから冒険者に憧れ、16歳の成人になってすぐにギルドに登録した。
そこから10年間地道にやってきたがなかなか大きな機会に恵まれず、B級へ昇進することができなかったのだ。
俺はまだ26歳だしこれからまだチャンスがきっとある、と思いつつ日々の冒険を頑張っていた。
とある晴れた朝、俺は依頼を受けて町から少し離れたクルの木の森へ向かっていた。
クルの木の森は隣町への街道沿いにあり、小高い山を中心に大きなクルの木がたくさん生えていて、森の中を通り抜けるのには歩けば一週間くらいかかりそうな大きな森である。
このクルの木の森には、ウルフ系の魔物やゴブリンが繁殖しており、数が増えすぎると街道に出てきて旅人を襲うので、定期的に討伐の依頼が出る。
クルの木の森にはあまり強力な魔物がいないため、C級の俺でもソロで依頼を受けられる。
俺がソロで冒険者をやっているのは、決して友達がいないわけではない。
最初のころは何人かで一緒に冒険者をやっていたが、他のヤツはみんなB級以上、A級になったヤツも1人いる。そんな奴らと一緒に冒険に行くと、俺は足手まといにしかならない。
そんなことで結局1人になってしまったのだ。
俺の見てくれは不器用そうだとよく言われるが、こう見えても結構器用で、火魔法や水魔法、強化魔法に治癒魔法も初級なら使えるし、剣を使って前衛もこなせるオールラウンダーだ。人からはよく器用貧乏と言われるのだが。
朝早く町を出発し、昼頃になってもう少しでクルの木の森の入口という場所までやってきた。
この辺りには冒険者たちがいつも使っている休憩場所があるので、少し早いが昼にしようかと考えていた。今回の依頼は2泊の予定で来ているので、背中には鞄を背負っている。
街道沿いの広場に到着すると背負い鞄を降ろして、倒木に腰をおろした。
「ふう。今日は移動に半日の予定だから、軽く依頼をこなして本格的な討伐は明日だな」
最近独り言が増えたなと思いつつ、鞄から水筒と携帯食である乾燥肉を取り出して少しかじった。
町の食堂で食べる食事ももちろんうまいが、たまにこうして自然の中で食べる食事も嫌いではない。もちろん味だけを比べれば比較にはならないが、自分しかいない空間でのんびりとするのも良いもんだ。
今後の日程と食料の残りも考慮して、食べ過ぎ飲み過ぎは控えておく。
クルの木の森の方向をぼんやり眺めながら、この依頼での予定ルートを頭の中で確認していたが、ふと目の端になにか光るものが映った。
目を向けてよく見てみると、それほど広くない広場の端の方に、短剣のようなものが見えた。
なぜか凄く興味をそそられ、俺は倒木から腰を上げ短剣の方に向かった。
短剣は鞘もなく剝き身のままで、まるで捨てられたように無造作に地面の上に置かれていた。決して業ものとは思えない、これといった特徴もなく使い古された感じであるが、とはいえ刃こぼれしているようには見えない。
誰かが捨てていったのだろうかと周りを見てみるが、他には何も見当たらない。
どんな短剣なんだろうと興味を引かれ、俺は無造作に右手で短剣を拾い上げた。柄を持ってみると長年使い込んだように手に馴染み、凄くしっくりくる。それに、とても使いやすそうに思えてきた。
刃先を左手の指で弾いてみると、キーンと硬質な音がなり、すぐに折れたりしそうには思えない。
もう一度周りを見渡してみたが、持ち主らしき人も見当たらない。
町の外での取得物は、基本的に拾った人に権利があるので、俺はこの短剣をどうしても捨てる気にはなれず、腰のベルトに差した。
休憩を終え鞄を背負いなおし、クルの木の森へ向かった。
森の周辺部にはあまり魔物は存在していないが、たまに出てくる魔物はホーンラビットなど小動物が多く、特に苦戦することはない。
とはいえ、油断は大敵である。周囲を警戒しながら進んでいくと、早速ホーンラビットを2羽見つけた。
「こんな周辺にいるとは、やはり魔物が増えているというのは本当なのかもしれないな」
足音を消してゆっくり風下から近づき、いつも使っている片手剣ではなく拾った短剣を手にした。
魔法でも倒せるが詠唱に時間がかかるのと、結構大きな音になり、他の強力な魔物が近寄ってくる可能性があるので、今回のような弱い魔物は剣で倒すのが基本だ。
短剣の柄を強く握るとなぜか身体に力が湧いてきた。
そのまま走り出し、1羽のホーンラビットに向けて短剣を振り下ろした。その短剣をすかさずもう1羽のホーンラビットに向けて振り上げた。
一瞬で2羽のホーンラビットの討伐を完了した。
「この短剣、凄く良く切れるな。これほど軽く切れるなんて、なんだか俺が強くなったみたいに感じてしまうな」
あらためて短剣の使い心地に感心した。刃を見ても刃こぼれもない。水の魔法で短剣の血のりを落とし、腰のベルトに仕舞った。
ホーンラビットの死骸はこのまま置いておくと他の魔物が寄ってきてしまうので、討伐証明の角だけ切り落として土に埋めた。
森の奥であれば他の魔物が寄ってきても問題ないが、森の周辺部に現れる魔物を討伐するのが依頼なので、周辺で討伐した魔物はきちんと処理する必要がある。
土に埋めるのは結構手間だが、これも依頼の一部であるので問題を起こさないためにも作業は必要だ。
こんなときに土系の魔法を使えれば便利だなといつも思う。
ホーンラビットを倒してから森の奥へさらに向かっていて、途中でウルフ系の魔物であるワイルドウルフを2頭とゴブリン3体を倒した。
拾った短剣は使用すればするほど身体に馴染み、いつもと比べてかなり楽に討伐できた。
それに、短剣を使っていると誰かが語りかけてくるような感覚になり、走っていく方向や短剣を振るう向きやタイミングが絶妙だった。
この短剣って本当に誰かが捨てたのだろうかという疑問も頭に浮かんだが、今となってはこの短剣を誰かに渡すという選択肢は考えられない。
しばらく歩くと今度はオークが3体歩いているのを見つけた。
「こんな周辺でオークがいるなんて珍しいな」
普段であればオーク1体くらいであれば問題ないが、3体同時はかなりきつい。魔法で2体を足止めしつつ1体ずつ仕留めるのがやっとだが、今日はこの短剣のおかげか、3体同時でも問題ないような気がする。
忍び足で近づいて、木の陰に隠れた。オークの様子をうかがうとどうやら狩りをしていたらしく、1頭のオークはホーンラビットを3羽抱えていた。
ふと頭に、短剣に魔法をかけるという考えが浮かんだ。なぜその考えが浮かんだのかは分からないが、上手くいくという確信があった。
いつもなら詠唱なしでは魔法を発動することはないのに、今回は短剣に対して念じてみただけで火魔法が発動した。短剣の刀身が2倍の長さになったように火魔法が絡みついている。その短剣を振りかざしてオークに切り込んだ。
1体目は不意打ちということもあり頭から切断に成功し、2体目は持っていたこん棒を振りかざしたが、こん棒もろともオークを切断。3体目は後ろからこん棒を振り下ろしてきたが、振り向いてそのまま短剣を振り下ろすと、こん棒とこん棒を持ったオークの腕をそのまま切断した。オークがひるんだ隙にそのままオークに近づき、短剣を振り上げてオークの上半身を切断した。
「うおぉ! これ、めちゃくちゃすごくない?」
俺自身の所作を驚いて立ち尽くした。
戦闘が終わって短剣の火魔法も解除されたようで、元に戻った短剣をまじまじと見つめたが、火魔法による影響もみられないし刀身も何も変化なし。それどころか魔法で切ったためなのか、血のりも一切付着していない。
「これ万能じゃないか? 見た目は変哲のないただの短剣なのに中身はすごいな。その辺の武器屋で数打ち品として売られても絶対分からない見た目なのに」
今回の依頼での一番の収穫は、この短剣かもしれないな。今回のオーク戦でも全然余裕だった。これがあればA級だって夢じゃない。
A級に昇格して周りから尊敬される未来を妄想して、思わずにやけてしまった。
「これであいつらを見返してやる」
かつての仲間たちを思い出してつぶやいた。
そのあと何度か魔物に遭遇したが魔法剣は強力で、普段なら苦戦したり遭遇を避ける魔物も苦にせず討伐していった。
使えば使うほど、魔法をこめればこめるほど短剣は身体に馴染んでいき、もう身体と一体になった感覚さえでてきた。
気がつくと予定より森の奥へかなり進んでおり、日が傾いてきていた。
「これはまずいな。野営をするために休憩場所に戻らないといけないな」
さすがにソロでこの森の中、一人で野営は無謀だ。森の外に一旦出て野営をおこない、明日の日の出とともにもう一度森の深淵部を目指すのが計画だった。
俺は来たルートを戻り、休憩場所に向かった。
途中で何度か魔物に出会ったが、魔法剣の前には難敵はいなかった。
完全に日が陰る前に休憩場所に戻り、途中で拾った枯れ木を集めて火を起こした。
「今日はいつもより魔法を使ったが、まだまだ魔力は大丈夫そうだな。これも短剣のおかげなのか?」
今日の成果と短剣について考えながら簡易的な食事を取り、火のそばで短剣を握ったまま横になった。
朝、目が覚めると身体に違和感を感じた。
「あれ? 手も足も動かないぞ。どうなってんだ?」
周りをよく見るとすぐ隣に人がいる。
「いつの間に!? しかも一緒になって寝てる? どういうことだ?」
考えているとその人物が動き出した。俺が動けない横で起き上がったそいつを見て驚いた。
「俺? 俺と同じ顔!」
その人物が大きく手を伸ばして
「あぁっ、やっと動ける。やっぱり人間の身体が一番だな。この身体、元の身体より年取っている気がするけど仕方がないな。人間に戻れただけでも良しとするか」
その人物が言っていることが全く理解できない。話しかけようとしても俺の身体は動かず声も出ない。どうなっているんだ? そう思っているとその人物が話しかけてきた。
「やぁ、悪いね。これも君の欲望の結果だからね、仕方がないと諦めてくれよ」
その人物は「ふぅっ」とため息をついたあと、説明を始めた。
「どういうことか状況が分からないだろうから説明してあげるよ」
「君が昨日拾った短剣なんだけど、僕はこの短剣に身体を乗っ取られてしまっていたんだ。まぁ、今回の君と同じ状況だね。短剣の性能に魅入られて使っていくうちに身体に入り込まれて、一晩経ってみれば僕が短剣になっていたんだ」
「言っておくけど、僕も前の短剣の中の人に身体を取られてしまったんだ。だから恨まないでね」
「いったいいつからこんなことを繰り返してきたのか分からないけど、前の人も同じことを言っていたよ」
「君も次の身体を探しやすいように、この広場に置いておくから、運が良ければ誰かに拾って使ってもらえるかもしれないよ」
「ただ、使用者の魔力を取り込む必要があるから、君がやったように魔法剣としての使い方を教えてあげて、身体に馴染ませる必要があるんだ」
「短剣を使う人には魔法を使えない人もけっこういるから、よく吟味することも大事だよ」
「ちなみに僕は33年もかかったよ。もう前の持ち主や元の身体のことには未練がないよ。今度は君の身体を使って気ままに生きていくよ」
「とりあえずこの健康な身体をありがとうと言っていいのかな?」
「それじゃぁ君も頑張ってね」
そう言うと、元の俺の身体は荷物を背負って町の方向に歩いて行った。
「おいっ! ふざけんな! 俺の身体を返せ! こんなところに置いていくな!」
いくら俺が叫ぼうと、声にはならない。
シゲルが人間に戻れたのはこのときより26年後となった……