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Lonely Peace  作者: 天気雪晴
偽物の不断節季
8/35

兄の後ろ姿

「ほら見てごらん。北側の人達のあの有様。ああなってはダメだよラズム」

 見えているのは、人が人を玩具のように扱っている光景。助けてくれ、助けてくれと声がすれば、笑って紅茶を飲み。喉の底から出るような悲鳴を上げれば、更に大きな声を出そうとする。

 ……ああ。

 小さな赤ん坊ながらに思う。

 これは楽しいことなのだろう。




 両親がボロクズのような扱いをされて、体が冷たくなっている。蛆が湧き、もう笑うことすらない。

 腹の中が何もかも煮えくり返るほどの感情があった。殺したい。今すぐあいつらを後悔させるような仕返しがしたい。だが、俺は逃げる選択をした。いや、せざるを得なかった。それが両親の願いであり、俺が生き残るための唯一の手段だったから。

 それでも、復讐心というものはなくならない。あいつらを苦しめたいという俺の願いは決して消えない。

 逃げたあとは何をしていただろうか。何も思い出せない。

 そういえば、俺はどうやって逃げたんだ? 逃げるときの記憶も思い出せない。あれ? なんで俺は生きてるんだ? 確か俺は……


――両親と一緒に死んでたはずだ。


「や、やめろ!」

 大きな体が迫る。そいつの顔からは何も感じられなかった。

 今の行為を楽しんでいるのか、悲しんでいるのか、それすらもわからない。

 ああ、そうだよな。大抵はコイツと同じだ。何も感じられないのが普通なんだ。

 笑って人を殺すアイツら、いや、俺達が異常なんだ。

 事切れる直前、頭にあったのはそれだけだった。




 ルイスが話を終えて、いなくなってからしばらくすると、階段あたりから声が聞こえた。

「離せよ! この野郎!」

 この声はラージニイか!? まさか捕まったの?

「ここで大人しくしてろ」

 チャップの声も聞こえる。

 扉が開けられる音とともに、何かが地面に落ちた音がした。

「いててて、人を投げるなよな!」

「お前が離せって言うから離しただけだ」

 壁で見えないが、おそらく隣の独房に入れられたようだ。

「クッソー、覚えておけよ。こんなことした後悔を絶対させてやる」

「やれるもんならやってみな」

 扉が閉まる音がした。

 チャップの笑い声が遠くなっていく。

 とりあえず本人かどうかの確認だね。

「ラージニイかい?」

 隣に聞こえるように大きな声で話す。そんなことしなくても2人しかいないから聞こえるだろうけど。

「え? カユウ? なんでここに」

「僕も捕まっちゃってさぁ、あはは」

「笑い事じゃないよ。早くここから出ないと」

「無理無理。僕らじゃこの鉄格子は壊せないよ。それに君がここにいるなら、ミーゼが来るはずさ。だから安心していいよ」

 ミーゼはこの兄弟のことをかなり気にしてる? ようだからね。

「どうしてそんなことがわかるの?」

「それは、アイツはそういう奴だからさ。意外かもしれないけど、僕達4人の中じゃミーゼが1番正義感が強い。今頃怒りの形相でここに向かってるんじゃないかな」

「そうかな……」

「僕の言葉は信用できないかい?」

「うん。だってカユウ胡散臭いもん」

 おや、これは手厳しい。でも残念。僕はこういうときは面白がって下手な嘘はつかないんだ。

「言われちゃったなぁ。でも今回は本当のことさ。大丈夫だよ」

 少しでもラージニイを安心させなきゃね。

「わかった。信じてみる」

「よし。偉いぞ。ここを出たらミーゼにハグでもしてもらうといい」

「それ姉ちゃんに言ったら殺されるよ。多分」

「うん。僕もそう思う」

 しばらく沈黙が流れたあと、ラージニイが聞いてきた。

「ねえ、1つ聞いてもいいかな?」

「なんだい? 答えられることならなんでも質問しておくれ」

「さっきさ、兄ちゃんと姉ちゃんと話したんだけどさ……」

 ラージニイは僕達が南側を偵察している間に起こったことを話してくれた。

「なるほどね。それは困っただろう」

「うん。俺、兄ちゃんと離れたくない」

「なら、どっちも選んじゃえばいいじゃないか」

「え?」

 ラージニイは何を言ってるんだって思ってるだろうね。

「その2択はラズムによって作られたものなんだろ? 君が作ったわけじゃない。ならそれは他者に自分の進む道を決められてるのと同じだ。でも、君次第では、そこに新たな選択肢ができることだってある」

「それがどっちも選ぶってこと?」

「そういうこと。なーに、欲張りだとでも思えばいいさ。それでみんな助かるなら、そっちの方がいいだろ? 誰だって最善の選択をしたくなるものだ。勿論それが難しいから失敗だって多いんだけどね」

 だけど、ラージニイが言ってきた選択は本人が拒めば変えられるものだ。全然難しいものじゃない。

「……」

「説明がわかりにくかったかな?」

「……ちょっと考えてただけ。でも、与えられた選択肢だけで進もうとしちゃダメなんだって勉強になったよ」

「それは良かった」

 あんな生活してたら、生きる知恵は持てても他の教養を得るのは難しいものだ。

 だけどまだ遅くはない。もしこの国を出たら、そのときはミーゼにでもたっぷりと教えてもらうといい。

 僕の人生も、そんなわかりやすい選択肢ばっかりだったら良かったのになー。

 しばらくすると、階段から慌てた声が聞こえた。

 檻から顔だけを出すと、大勢の人間が階段を下っている。

「急ぎなさい! 早く地下にある通路から逃げるんです!」

「……なんだ?」

 逃げる? どうして?

「待てネーズ! 子供がまだ1人残ってるぞ!」

「構いません! ここは命優先です! 早くしなさい!」

「ネーズとチャップの声だね。何があったんだ?」

「……なんだろう? もしかして姉ちゃんが来たのかな?」

「いや、それはわからないな。この騒ぎ方ならミーゼでもありえるけど……」

 でも闘争心が強そうなチャップが逃げる理由はわからない。あの性格ならミーゼにリベンジだってしたいだろうし。

「うーん……何が起こってるんだろう」

 全く状況がわからない。 

 でも急いでこの屋敷、いや、この町から出た方が良いのは確かだ。


 ルイスの屋敷に着くと、ミーゼが門の前で立ち止まっていた。

「遅いわよアンタ達」

「はあ……はあ……ミーゼが速すぎるんだって。もう凄い疲れちゃった」

 ここまでほとんど全速力だったからな。俺もかなり疲れた。

「待っててくれたんだな。1人で殴り込みでもしてたらどうしようかと思ったぞ」

「そこまで冷静さを失ってるわけじゃないわ」

「あれ? さっきいた兵士がいない」

 周りを見ると、さっきまでたくさんいた屋敷を守る兵士が1人もいなかった。門も開いている。

「ミーゼがやったの?」

「私が来たときから誰もいなかったわよ」

「……とりあえず中に入ろう。ここにいても時間を無駄にするだけだ」

 正面から堂々と入るのは流石に危険だ。塀を登り、屋敷の庭に入る。ヒトの気配が感じられないが、安全のために窓から入ることに。

「……誰もいないわね」

 窓から中を見ても、ヒトがいるような雰囲気ではなかった。

 窓をゆっくりと開け、中に入る。

 中はホテルのような作りになっていて、部屋が横並びにされてある。もしかしたらここはホテルからルイスの屋敷として使われるようになったのかもしれない。

「静かですね……」

 声だけじゃなく足音すらしない。

 まるで無人の廃墟になった屋敷だ。

「二手にわかれよう。俺は上の階から見ていく。ブライトとミーゼは下から頼む。もし地下に続く階段があったら、そっちも見といてくれ」

「わかったわ。気をつけなさいよ」

「ミーゼ達もな」

 俺は階段でルイスがいるであろう最上階に向かう。

 ブライト達に正直に話したら絶対一緒に行こうとするからな。2人にはカユウ達の探索に尽力してもらう。

 いや、もしかしたらわかってて俺を行かせたのかもな。

 そんなことを考えながら俺は一段ずつ上に向かった。



 ナイトと分かれたミーゼとブライトは部屋を1つ1つ調べ回っている。その間、屋敷のニンゲンとは1人も出会っていない。

「ミーゼ、こっちには何もなかったよー」

 もう誰もいないと思って大きな声で話し始めるブライト。

「ミーゼ、ミーゼってばー!」

 返事をしてくれず、ブライトは部屋を出てミーゼのところへ行く。

「あ、いた。なんで答えてくれないの?」

 玄関前に行くと、ミーゼが床を見て佇んでいた。

「ミーゼ、聞いてるの?」

「……これ見てみなさいよ」

「え? なにさ、これって――」

 ブライトは言葉を飲み込んだ。

 目に入ったのは、血だらけで頭に大きなへこみがある兵士の死体だった。

 死体は道案内するかのように列になって続いている。

「……ミーゼがやったの?」

「んなわけないでしょ。アンタなんでもかんでも私がやったことにしようとしないでちょうだい」

「だって、こんなことできるのミーゼぐらいしか……。ミーゼじゃないとしたら、一体誰が……」

「わからない。でも早くここから出た方が良さそうね。さっさとラージニイ達見つけるわよ」

「うん。でもこの兵士達、どこまで続いてるんだろう」

 2人は死体をたどると、ある部屋の前に着いた。ドアは開けられたままで中にも死体がある。

「あれは……」

「やっぱりあったわね」

 部屋の中央にあったのは、地下への階段だった。

 2人は地下へと続く階段を下る。

 階段にも血が垂れていて、不快感があった。

 地下1階に着くと、そこは独房だらけの空間。誰かが幽閉されているわけでもなく、空っぽの檻があるだけである。

「凄い数。ここに子供を監禁してたんだね」

「そうね。でもここにはラージニイ達はいなさそうね。もう1つ下へ行きましょう」

 階段に近づく。

「あら? まだ兵士が残ってたのかしら?」

 突然下の階段から声がしだし、ブライトとミーゼはすぐに戦闘態勢に入り、ブライトは剣、ミーゼは拳を構える。

「あら、女の子じゃない。可愛いわね」

 上がってきたのは3メートルはあるであろう太った女だった。

「誰、アンタ……」

 ミーゼは女の拳に付着している血を見ながら言った。

「うわ、凄く怖そうな娘。拳なんて構えて乱暴そう」

「人のこと言えるの? そんな血だらけで」

「そうね。今日の私凄い乱暴者だったわ。本当はこんなことしたくなかったのに。でもダメ。あの御方のためだと思うとこれも喜びに変わっちゃうのよぉう、よぉう、よぉぅ……。今の名演技じゃない?」

「……おかしな奴」

「本当そのとおりですね。なんだか知り合いのヘタクソな演技を思い出します」

 だが、女は2人の言葉など耳に入っていないのか、喜びに満ち溢れモジモジしている。

「ブライト、私がコイツの相手するから、アンタはその隙に下に行きなさい」

「でも、大丈夫なの? もし上の死体がコイツの仕業だったら……」

「あら、あなた達下に行きたいの? だったらいいわよ。ほら、どうぞどうぞ」

 女は道を開けて、手でも通っていいとジェスチャーしてくる。

「え、ちょっと怖いんですけど。私あの人の横通り過ぎるのイヤです」

「行きなさいブライト」

「でも罠だったら……」

「いいえ、大丈夫よ。そんなこと私がさせないから」

 指の骨を鳴らしながら女に近づくミーゼ。

「もしちょっとでもブライトに何かしようとしたら、殺すから」

 思い切り睨みつける。

「うふ、いいわねその目。私好みの戦う気満々な目だわ」

 ニヤッと笑う女。

「き、気をつけてねミーゼ」

 恐れながらもブライトは女の横を通り過ぎる。女はミーゼを見るだけで、本当に何もしなかった。

「あなたは行かなくていいの?」

「悪いけど、アンタみたいなやつを野放しにはできないわ。ここで何をしたのか全て吐いてもらうわよ」

「できるかしらね。あなたの細い腕で」

「舐めんなデブが!」

 ミーゼは女の腹に色力を込めた拳を当てる。完璧に入った一撃だが、女は倒れない。

 女はまたニヤッと笑う。

「今のが本気かしら?」

「なっ――」

 女の余裕な顔を見て、驚愕するミーゼ。

「ふん!」

 直後、女がパンチを繰り出した。

 ミーゼはそれをギリギリで避け、女から離れる。

(あのデブ。あの分厚い脂肪で私のパンチの衝撃を弱らせたわね。そんなことできるのかは知らないけど)

 考えるミーゼ。

(なら……)

 狙う場所を定め、素早い動きで壁や天井を自在に動き回る。

「凄い速さね。ニンゲンがやってるとは思えないわ」

 後ろに周り、顔目掛けてパンチを繰り出す。

「はい!」

「ガハッ!?」

 だが、女は振り向きもせず、頭を下げて、足をうしろに上げることで(かかと)をミーゼの腹に当てた。

 ミーゼは天井に打ち上げられたあと、地面に落ちた。

(なんて力なのよ。色力なしでこの力。化け物かよ)

 お腹の痛みを耐えながら立ち上がるミーゼ。

「私が頭狙うのはお見通しだったわけね。ムカつく女だわ」

「うふ。みんな大抵あなたみたいに頭を狙ってくるのよ。わかりやすいわ」

(……だったら……)

 ミーゼは横にある鉄格子を手刀で切り、槍のように構える。

「そうよね。パンチがダメなら武器を使うわよねぇ。でも、そんなこと私が予測できないと思って?」

 またまたニヤッと笑う女。

「ち、そうやって余裕こいてろよ」

 もう一度素早く動くミーゼ。

 女も今度はどこを狙うかはわからない。だが、それでも余裕な表情に変わりはない。

(喰らえ!)

 今度は腹に尖った鉄の棒を突き出す。

 女は当たる直前、小さく呟いた。

「色力、解除」

 すると、棒は刺さることはなく、それどころか尖端が欠けてしまった。

 ミーゼの腕にも伝わる手応え。それは肉のような柔らかさではなく、鉄のような硬いものだった。

「な、アンタ――」

 ミーゼは女の変化に驚愕する。

 風船のように丸々としていた女の体は、ボディビルダーのような筋肉質な体になっていた。

「私の色力は体を柔らかくするもの。どう? 私綺麗でしょ?」

 そう言って、女はサイドチェストのポーズをして自分の大きな筋肉を見せつける。

「じゃあ、さっきまでの太った姿は色力で筋肉を柔らかくしてただけってことかよ」

 ポーズを変え、女は答えた。

「そのとおり。ああ、あの柔らかかった体が一瞬にして鉄のような硬度な体に変化する。素晴らしいわ。これこそ美! この世にこれに勝る芸術は存在しないわ」

 そのあともいろんなポーズをして自分の筋肉をミーゼに見せつける。

「ホントおかしなやつねアンタ。でも好都合。さっきと違って今度は肉が衝撃を和らげるわけじゃない。私のパンチはたとえダイヤモンドだろうと粉砕してみせるわ。覚悟しなさい」

 自信たっぷりに拳を見せつけて倒してやると宣言するミーゼ。

「ふふ。いいわね。私体を鍛えるのも好きだけど、戦うのも同じくらい好きよ。遠慮はしないわ。あなたも隠してないで本気出しなさい」

「へえー、わかってたんだ。いいわ、やってあげる」

 そう言うと、ミーゼは色力を体全体に纏い始めた。白い髪は赤に変色し、周りから赤い色力が溢れる。

 女はそれを見てさらに興奮していた。

「ふふ、いいわよぉそれ。名前を聞いておこうかしら。私はピグラ。あなたは?」

「ミーゼ」

「そう、ミーゼちゃんね。覚えておくわ。じゃあ楽しいゲームの始まりよ!」



 最上階。そこは本当にヒトがいるのかわからないほどの静かな空間。

 廊下の中央の位置にある大きな扉がある部屋。その中にナイトはいる。

 ナイトはジッとルイスの死体を見ていた。

(……死んでる)

 へこんでいる頭を触る。

「これは、酷いな」

 そして、そのへこみが拳によるものだと悟る。

「これが本当に拳によるものだとしたら……」

 ナイトはそれだけ言って、部屋にあるものを調べ始めた。



「……」

 ミーゼさん達がラージニイを追って出ていったあと、俺はずっと祈っていた。

「ラージニイ……」

 体が震える。

「神様、どうかラージニイを……」

 神頼み。だが、俺は天の恵みというものがない。いや、あってはならないのだ。

 俺は嘘をついた。

 俺には赤子の頃の記憶がある。そして思い出すのはいつも同じ光景。小さな俺を抱きながら、父と母が北側の人間の無惨な姿を見て笑っているものだ。俺はただ見ているだけだった。当然だ。赤ん坊には何もできないのだから。でも、1つ大きな勘違いをしてしまった。それが俺の拭えない大罪であり、人格なのだ。

 この国の人間は穢れている。穢れているから、神様も助けてはくれない。

 だから他人にすがるしかない。ミーゼさん。あなたなら俺なんかよりずっと長くラージニイを守ってくれるはず。

 俺はいつも、相手に敬意を表す。それは、下手に出ていればトラブルに巻き込まれないと考えているからだ。みんな俺のことを礼儀正しい人間だと思っているが、俺にそんな心はない。この国の人間を誰1人敬ってなどいない。穢れた人間など、バカにする価値もないのだ。

 でもミーゼさん。いや、ミーゼさん達は違う。彼らは異国から来た正義感の強い人達だ。あの人達になら、ラージニイを任せられる。ここで俺と死ぬことはないのだ。

 ごめんラージニイ。俺はもう穢れているから出てはいけないけど、ラージニイならまだ間に合う。

 今ラージニイは無事だろうか。すでに死んでしまっているんじゃ……。

「ダメだ! もっとポジティブになれ!」

 頬を叩いて希望を信じる。今の俺にできることだ。

「おい、あれ見てみろよ」

 外から声が聞こえた。

 窓から外を見ると、住人達がぞろぞろと家から出てきていた。

 今は外出禁止時間のはずなのに家の電気を点けて次々と外へ。

「なんだろう……」

 気になって俺も外に出てみる。

 みんな空をキラキラした目で見ている。

「あれは……」

 俺は思わず、それに手を伸ばしてしまった。



 地下2階。

「カユウ! ラージニイ!」

 2人を見つけたブライト。

「ああ、やっと来たか! 大丈夫だったかい? なんか太った女に会わなかった?」

「あいつ、檻の中の俺達を散々バカにして笑いものにしたんだよ。本当にムカつく」

「うん。今ミーゼが相手してる。ナイトは最上階に」

「そうか、ルイスに会いにいったんだね」

「兄ちゃんは?」

 焦った顔で質問するラージニイ。

「大丈夫。多分ラズムが襲われることはないと思うから、心配しなくてもいいよ。それよりも早くここから出ないと、ミーゼの方が危ないかも」

 上からミーゼ達の戦いによる大きな音と振動がブライト達にも伝わってくる。

「そうか。じゃあ早くここから出してくれ」

「うん。わかった」

 そう言ってブライトは腰にある鞘から剣を取り出し、カユウとラージニイのいる檻を切り裂いた。

「すげぇ! ブライトこんなことできるのか」

「ふふん! 私の『性道流(せいどうりゅう)』は凄いでしょう。力の流れを全て1つにすることで色力なしでも凄いパワーが出せるんだよ」

 自慢気に言うブライト。

「それナイトがいろいろ助言してくれたからできたものだろ。君1人じゃ絶対完成しなかったやつ」

「う……」

 カユウの言うとおり、ブライトが使う剣術はナイトによって完成まで至ったものである。色力がないニンゲンでもと戦えるようにと考案されたものだが、会得するのにはかなりの修練が必要で、完全にものにしているのはこの大陸でナイトとブライトだけである。

「なんだ……凄いのはナイトの方か……」

「使える私だって凄いんだよ!」

 ラージニイの冷めた言葉にツッコミを入れるブライト。

「じゃあ行こうか。早くミーゼの加勢に行こう。ラージニイは危ないから離れているんだよ」

 3人は階段に向かう。

 すると、ブライトが下に続く階段を見た。

「この先、何があるんでしょうか?」

「そこは多分、逃げるための通路があるはずだよ。さっきネーズやチャップが(くだ)っていったからね。あとで調査すればわかることさ。それよりも早く行こう」

 3人は上の階へ向かった。



「おらぁ!」

 全力で拳をぶつけ合う。

 痛い!

 力は全くの互角だが、腕の長さでリーチが短い私の方が少し劣勢だ。しかも、相手の拳が硬い。こっちの拳が壊れそうなほどに。

 休みなく襲い来るピグラのパンチをギリギリで避ける。パンチが壁に当たると大きな穴ができていた。

 くそ! こいつ色力なしでゴリラみたいなパワー出しやがって。しかも意外と素早いし。

 さらに加速したピグラは私の眼前まで近づいて蹴りを出す。私も蹴りを出して、またぶつけ合い、強烈な痛みと共に2人同時に後方へ飛び、壁にめり込んだ。

 ピグラはすぐに壁から出て体勢を立て直す。

「うふふ、痛そうね」

 私も壁から出る。

 足にダメージを負い、少しだけ顔を歪ませる。多分ヒビ入ったわね。

「チッ、ふざけた筋肉ね。ホントに」

 こっちはあいつみたいに頑丈な体じゃない。一発でもまともに喰らったらアウト。敗北が確定する。

「今のであなた、足の骨にヒビができちゃったんじゃないの? これは勝負あったかしらねー」

「は? 余裕だし。ヒビごときで調子乗ってんじゃねぇよ。殺すぞ」

 拳を構えると、上から人の声が聞こえた。

「あら、もう始まっちゃったのね」

 地下からでははっきりとは聞こえないが、誰かが叫んでいることだけはわかる。

「始まった? 何がよ?」

「見ればわかるわ。じゃ、私の役目は終わったことだしそろそろ帰らせてもらおうかしら」

 完全に戦う気をなくすピグラ。

「は? 逃げる気?」

「ええそうよ。あなたとのバトル、とても面白かったわ。機会があったらまた会いましょう」

「私が逃がすと思ってんの?」

「うふ、足を怪我したあなたから逃げるなんて簡単よ。あ、でもその前に一応言っておこうかしら。初めての大舞台なんだし。きちんとした自己紹介をしなきゃね。私はピグラ。『ラプラスの王』に忠誠を誓う『(きわみ)』の1人。覚えておきなさい。これから世界を平和へと導く者達よ」

 そう言って一瞬にして消えるピグラ。

 内心ホッとしている自分がいるが、認めたくない。

「は? ラプラスの王? きわみ? なんのことよ」

 意味がわからないので考えるが、答えが出るはずもない。

「ミーゼ!」

 後ろからブライトの声が聞こえた。

「ブライト! それにカユウとラージニイも! みんな無事だったのね」

 ラージニイの肩を掴む。

「ああ、そんな危ないことはなかったけどね。だろ?」

「うん。俺達何もされてないよ」

「ホントに? 拷問とかされてない? アンタに何かあったらラズムが悲しむわ」

 ラージニイの体のあちこちを触り、怪我がないか確かめる。

 2人の言うとおり、何かされたような跡は見当たらない。

「はあ……よかったわ」

「姉ちゃん……俺考えたんだけどさ……」

「ん? どうしたの?」

 言いづらいことなのか、ラージニイはなかなか次の言葉を言わなかった。そして口を開いた瞬間、出てきたのは私には少しだけ困る質問だった。

「やっぱり兄ちゃんも連れていけないの?」

「え?」

「だって姉ちゃん、あのとき全然説得しようとしなかったから」

「それは……」

 だって……ラズムは……。

「俺、やっぱり兄ちゃんとも一緒にいたいし、姉ちゃん達の国にも行きたい」

 ラージニイはそう言うが、私はラズムのあの固い決意のある目を見たら何も言えなくなってしまったのだ。だってああいう目をした人は本当に揺るがない。前に見たことがある。私が何度拒んでも手を離そうとしなかった愛しい人。あの人にそっくりだったから、つい何も言えなくなってしまったのだ。でも、それがラージニイの願いなら……。

「安心しなさい。私がそう簡単に折れるわけないでしょ。嘘よ嘘。アンタのお兄さんも必ず一緒に連れて行くわ。約束よ」

「うん、ありがとう」

 喜ぶラージニイ。

 これでいいわよね。私だってそうだったもの。誰かを助けることは良いことのはず。

 でしょ? トゥウ。

「おいお前ら無事か!」

 階段からナイトが現れた。そういえば上で何してたのかしらコイツは?

「あ、ナイト! うん、みんな無事だよ」

「なら早くここから離れるぞ! 外が大変なことになってる!」

 ナイトはそう言って階段を駆け上がった。

「え? ナイト、どういう意味それ?」

「いいから来い! マジで死ぬぞ!」

 ……嫌な予感がする。



 屋敷の外を出て最初に見えたのは、炎に包まれたノースエンドの姿だった。

「なに……これ……」

 いきなりのことで何が起こってるのかわからなかった。

「ルイスの死体を確認してたら南側と北側の連中がいきなり殺し合いを始めたんだ!」

「なんでそんなことに、って死体? ルイスは死んだのかい? じゃあこれはルイスによるものじゃないのか」

「ああ、俺が部屋に入ったときにはとっくに殺されてた。って、そんなことはあとでじっくり考えればいい。早くこの町から出るぞ」

「でも兄ちゃん……兄ちゃんが!」

 1番炎が激しくなっている北側を見ながら、ラージニイはラズムのもとへ行こうとする。

「そうよナイト! ラズムを助けにいかなきゃ!」

「でも、そんな時間どこに……。もう南側はあんなに炎が広がってますよ」

 ブライトの言うとおり、ナイト達の足では、町を出るまでの時間がギリギリだ。ラズムのところまで行けば、みんなまで炎に焼かれることになる。この中で1番速い私も足を怪我した状態では走っても間に合わない。

「クソ……」

 自分のヒビが入った右足を見て悔しがる。それでもラージニイの顔を見て私は決心した。

「アンタ達、先に逃げてなさい! 私がラズムを連れてくるから!」

「無茶だよミーゼ! 間に合うわけがない!」

 カユウが止めに入ってきた。

「それでもやらなきゃ行けないのよ!」

 伸ばされたカユウの手を振り払う。

「やめろミーゼ。ここで死ぬ気か」

「やってみなきゃわからないでしょ! こんなことしてる時間だってないのよ。早く行きなさい!」

「ミーゼ……」

 前に進もうとする私の背中を、ブライトは見る。

 すると突然聞き慣れた声がした。

「ナイトー!」

 今までノースエンドの外にいたリェゼルが走って来たのだ。

「リェゼル! どうしてここに来たんだ?」

「あんな火事が起こったら心配にもなるわよ!」

 って、こんなことしてる場合じゃない。ラズムを早く助けに行かなきゃ!

 私がラズムのもとへ行こうとしたそのとき、カユウとブライトが言ってきた。

「そうだ! リェゼルの足の速さなら――」

「ラズムを救出に行ける!」

 2人の言葉に私もその手があったと頭をよぎる。

「確かにリェゼルの足なら行けるわ!」

「え? どうしたのよアンタ達?」

 4人に見られ、困惑するリェゼル。

「そうと決まれば話は早い。みんな早く馬車に乗れ!」

 そう言ってナイトは御者台に飛び乗った。

「ほら、乗って!」

「え?」

 どうすればいいかわからなくて動けないでいるラージニイを担いで、私達も馬車に乗る。

「よし、行くぞリェゼル!」

「え? こっちは炎の中よ。わかってるの?」

「ああ、わかってる。全速力で突っ込め」

「……どうなっても知らないわよ!」

 リェゼルはナイトに言われたとおり全速力で走る。

 ラージニイは信じられない速さに驚愕し、私にしがみついてきた。

「心配いらないわラージニイ。これでお兄さんは助かるわよ。リェゼルは凄いんだから」

 ラージニイを安心させるようにしっかりと抱き締める。

 全速力でできるかぎり炎が小さい場所を選びながらリェゼルを走らせるナイト。

 ラズムの家の方向はまだそんなに火が来ていないので無事なはず。

 そして、体感的にラズムの家の近くまで着いたときだった。

「あ、兄ちゃん!」

「え、どこ!?」

 ラージニイが指を刺す方向に確かにラズムと思われる人物の後ろ姿があった。炎のせいで、まだはっきりとは見えない。

 座り込んで、何度も何度も頭を下げているように私には見えた。

 ラージニイは手を振ってラズムを呼ぼうとする。

「おーい、に――!」

 だが、ラズムの姿がはっきりと見えると、ラージニイの口は止まった。

「ハハハハ! 死ね! 死ね! これは俺のものだ!」

 そこにいたのは、隣人に馬乗りになり、胸にナイフを何度も突き刺しているラズムの姿だった。

 どういうことよ……何してるのよラズム……。

 何度も何度も笑いながら突き刺し、死んだことを確認すると、男はまた近くにいる人間を殺しにいった。

 手には、数枚の紙幣が握られている。

「……兄ちゃん」

 ラージニイは何を見ているのかわからない様子だった。私もそうだ。今何を見て、何が起こっているのか全くわからない。

 ただ、あれがラズムだとはとても思えなかった。

 ラージニイの目は、兄を見る目ではなく、全く別の狂った何かを見る目だった。

 そんな弟のことを一瞥(いちべつ)することもせず、男は炎の中へと入っていく。

「……」

「ちょっと! 何してるのよナイト!」

 ナイトは炎の中へと行こうとはせず、1番近い東門へと方向を変えた。

 それに気づいた私はナイトの側まで行って戻るように言った。

「まだあそこにラズムが――!」

「ダメだ。あんなに炎が大きいとリェゼルでも入れない」

「でも――!」

 諦めきれない私にナイトは胸倉を掴んで言ってきた。

「アイツの気持ちもわかってやれ!」

 私にだけ聞こえる声量で。

 2人で大きなショックを受けて固まっているラージニイを見る。

「……」

 私は何も言えなかった。ラージニイの顔を見ると、言葉が出てこなかった。

 誰もが口を閉じる。

 外では、さっきの男と同じように住人同士の殺し合いが行われている。カユウはその光景を見て静かに拳を握りしめながら呟いた。

「気持ち悪い……」

 私達はそのまま壁の外に出たあと、炎に包まれたノースエンドをただ目に焼き付けることしかできなかった。

 ラージニイも初めて外に出たことに喜びもせず、ただ壁から少しだけ出ている炎を見ている。

「兄ちゃん……」

 もう会えないと悟ったのだろう。目からは涙が溢れ、その場で膝をついて絶望する。

「……あの様子だと、多分ノースエンドかイーストエンドの誰かが火をつけたんだろうな。何故ラズム達があんなに豹変してしまったのかはわからないが、酷い有様だ」

 私の後ろからナイトが言った。 

「やめろよ……なんで今そんなに冷静なんだよ……」

 ナイトだって心の中では辛いくせに。

「……悪い。もう何も言わない」

 ああ……なんで、なんでこうなるのよ。さっきまで助かりそうな雰囲気だったじゃない。みんなで助かって、ウェストエンドに戻って、それから……。

「……ふざけんじゃないわよ」

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