孤独への一歩
ある部屋でネーズとチャップが椅子に座っている男と対面している。
「そうか。ウェストエンド、やっぱり来たか」
「はい。1人だけのようですが、それでも相当な実力者かと。どうしますか、ルイスさん?」
「そうだな……」
ルイスという男は顎に手を当てて目を瞑り考える。
「この件は私が預かる。お前達は引き続き仕事に掛かれ」
「つっても子供はもう1人しかいねえしな。あの女、今度会ったら俺が顔面にパンチしてやりたいぜ」
「よしなさいチャップ。それはルイスさんの仕事です。では、我々はこれで失礼します」
「ああ、頼んだ」
2人が出ていったあと、ルイスは窓から北側を眺める。
「さて、どうするか……」
コーヒーを一口入れて、今後のことを考え始めた。
家の中を細かく観察してみる。
広さは俺の家よりもかなり狭い。兄弟だけならそれでも良いのかもしれないが、今は俺達も合わせて6人なのでかなり窮屈だ。
「狭くてすみません。お茶のおかわりはどうですか?」
申し訳無さそうな顔でお茶の入った急須を持つラズム。
確かイーストエンドで同じものを作ってたな。
「いや、大丈夫だ。それに謝ることじゃない。ぞろぞろと入り込んだ俺達の方が悪いんだ」
後ろでは、ミーゼとブライトがラージニイの相手をしている。
といっても色力の使い方を飛ばし飛ばしに教えているだけで、ラージニイが理解できているかはわからないが。
カユウはここに来る前にトゥウに渡され頭に入れたノースエンドとイーストエンドについての資料をもう一度読みながら、時々窓からヒトの動きを見ている。資料には大したことは書かれていないが、この国について少しでも頭に入れておきたいのだろう。カユウは記憶力が良いので、一度見ただけで全て覚えられる。だが、覚えているだけではわからないこともある。何度も見て考えることで答えを得ることもあるのだ。
俺はまた家の中を観察する。
気になったことがあったので聞いてみることにした。
「もしかして、綺麗好き?」
外と違って中は埃1つない。
空気もそこまで汚れてるわけではなかった。
はっきり言ってここまで綺麗な空間は初めての経験だ。
「あ、はい。俺も弟も掃除が好きでして。毎日やっているんです。雨漏りとかも酷いですしね」
あはは、と笑うラズム。
「なるほど。納得した」
ラズムは5年前からこの町は北と南に分かれたと言った。だが、少しだけ疑問もあった。
5年でここまで家がボロボロになるのか、と。
無人の家だったりすればありえるが、この兄弟のように他の家も数日に1回は掃除をしたり家の手入れだってしているヒトもいるはずだ。なのに北側のほとんどの建物は腐食し、今にも壊れそうなものばかり。
これはあくまでも予想だが、北側の建物は5年以上前から存在するものなのかもしれない。
ラズムは言った。北と南に分かれ始めたのはルイスが子供を要求するようになったからだと。
だが、その前から別の意味で分かれていたとしたら。
ラズム達の両親は5年前に北側に家を建てて住んだのではなく、あったものに住み始めたとしたら。
「貧富の差か」
ここはもしかしたら、5年前、いやもっと前から……。
「なあ、もう一つ聞いても――」
突然玄関のドアがノックされる。
俺達4人はそれを聞いた瞬間、すぐに天井に張り付き、気配を消す。
驚いているラズムとラージニイに俺は手でジェスチャーしてドアを開けるように伝える。
静かに頷いたあと、ラズムはドアを開いた。
「あ、これはお隣のおじいさん。いつもお世話になっています」
どうやらさっきの2人の仲間ではなく、北側に住んでるヒトらしい。
「ああ、実は渡したいものがあっての」
あれは……きゅうりか。
老人が手に持っている袋にはトマトやきゅうり、タマネギなどの野菜が入っていた。
「ありがとうございます。いいんですかこんなに?」
「どうせ儂だけじゃ食べ切れん。弟と仲良く食べてくれ」
「じゃあこちらからも。これ持って行ってください。たくさん取れたので」
ラズムが老人に渡した袋の中身はじゃがいもか。
ここでは自家栽培で飢えを凌いでいるのか。
「こんなに……。儂は食べ切れんと言っているだろう。お前達が食べなさい。特にラズムは体が細いだろう。もっと食べて肉をつけなさい肉を」
「いいですってどうか持っていってください。さっきのお礼です」
ラズムは老人の言うことを聞かずにじゃがいもの入った袋を持たせて帰らせた。
「もう大丈夫ですよ」
「はぁー! 疲れた! 天井に張り付くのってマジできついです」
「このくらいで何言ってるのよブライト」
「私はあなたみたいに筋肉ムキムキじゃないんですよミーゼ」
「はあ!? 私のどこが筋肉ムキムキなのよ!」
「おい、静かにしろ。隣に聞こえるかもしれないだろ」
口は閉じるが、ミーゼとブライトは睨み合ったままだ。
「すっげー。忍者みたい」
「あっはっはっ、ありがとう。あんまり僕達には似合わない言葉だけど」
確かに俺達は忍者って感じではないな。
「忍者ってなんですか?」
「私を見ないで。そういうのはあの2人に聞きなさいよバカ」
「むー。ミーゼも知らないくせに」
頬を膨らませるブライト。
「ほら、昔学校で習った手裏剣とかクナイを武器に諜報活動をする集団。僕達の先輩みたいなものさ」
「あー、あれね、うん、思い出した思い出した」
絶対思い出してないだろ。目も泳いでるし。
「自分達で栽培してるんだね」
貰った野菜を見ながらカユウが言った。
「はい。配給制でとにかく食べ物が少ないので、こうして自分達で野菜を育てたり、節約していくしかないんです。助け合わないとここでは生きていけませんからね」
「大変ね。北側の人達は」
正午になり、カユウが資料を全てバッグに戻した。
「終わったか?」
頷くカユウ。
同時に俺はみんなに聞こえるように声をかける。
「よし、ブライト、南側に偵察に行くぞ」
突然だったので、みんな頭に入ってないようだ。
「え? ちょっと急にどうしたんですか?」
準備を始めた俺とカユウにブライトが言った。
「どうしたもこうしたも。俺達の任務はここの調査だっただろ? ちょっと危険だけど、南側が今どういう状況なのか見てくるべきだ」
「僕達3人の存在はまだ向こうには知られていないから簡単に侵入できるかもしれない。ミーゼにはここで2人の護衛をしてもらう。といっても外出禁止時間にならないとあいつらは来ないだろうけどね」
「それは良いけど、方法は考えてあるのアンタ達」
「うん。これを使って潜入する」
そう言ってカユウが出してきたのは、バッグに入れてたせいでシワだらけになったスーツだった。
「ブライトの服は問題ないけど、僕とナイトの服は戦闘のためだけにあるようなものだからね。潜入調査って聞いて念の為持ってきてたんだ」
「よくそんなの入れてたわね。でもそんなシワだらけだと怪しまれるんじゃないの?」
「チッチッチッ、僕を甘くみないでほしいな」
そう言うとカユウはスーツに色力を込める。すると、スーツが緑色になったあとシワがなくなり、まるで鉄のように固まった。
カユウがスーツを横にしても、真っ直ぐなままだ。
そのあと、スーツから緑色が落ちると、もとの柔らかさに戻り、さっきまで目立っていたシワがなくなっていた。
「無理矢理伸ばしてシワをなくしたようなものだけど、それでもさっきよりは全然良いだろ?」
「ま、注意深く見なければ気づかないぐらいにはなってるわね」
「便利だな。カユウの色力は」
おそらく今のでスーツはかなり傷んだだろうが、今日1日で大きな変化が出るわけではないだろう。
といっても俺はこういうのはあまり着慣れていない。ネクタイなんか初めて結ぶ。
「これ、どうやるんだ?」
「ナイト、ちょっとこっち向いて」
ネクタイを結ぶのに苦戦していると、ブライトがわざわざこちらに来て結びだした。
手の動きに全く迷いがない。
「結んだことあるのか?」
「小さい頃ね、伯母さんが教えてくれたの。こういうのは苦手な人も多いから覚えておけって。伯母さん、変なところで面倒見が良くなる人だったから」
「……そうか」
ブライトの伯母か……。会ったことがないのでどんなヒトか気になるな。
そういえばアイツは今元気だろうか。
「はい、できたよ」
「ああ、ありがとう」
結ばれたネクタイは曲がらずに綺麗な三角形で真っ直ぐ下を向いている。
「あはは、まるで新婚さんだね」
横で見ていたカユウが言った。
「そうかな? どちらかというと結婚時期が過ぎた同棲カップルだと思うんだけど?」
真面目に答えるブライト。
というかなんだそのカップルは。
「……からかったつもりだったんだけど……」
「へ? 何がですか?」
「いや、なんでもないよ」
ブライトの天然を見たミーゼやラズムが笑いを堪らえている。
「あ、あの、ククク……。そ、その格好で行くんですか?」
「うん。何か問題あるかい?」
「逆に目立ちませんかね?」
「大丈夫。金に潤ってる人ほど格好もそれっぽくするものさ。じゃあ行ってくるよ」
と言って3人で川の向こうにある南側の町に入ったのだが……。
「誰もスーツなんか着てないね」
そう、今は南の中心にある大通りにいるが、歩いているヒトはみんなスーツなんか着ておらず、俺達が普段着ているような服とほとんど変わらなかった。
「あれ? おかしいな。もっと貴族っぽい雰囲気を想像してたんだけど……」
カユウの想像は完全に外れていたな。
いや、今更だが当然だ。なぜなら彼らは……。
「あ、そっか! ここにいる人達って貴族じゃなくて富豪なんだもんね。しかも自分で稼いでるわけじゃないから――」
ブライトの言うとおりだ。
ここにいる連中は全員ルイスの要求通りにし、金のために子供を渡した奴らだ。金は持ってるが権力があるわけではない。さらにルイスはここにいる連中だけに言ったのだろう。金にも限界があると。
だからみんな金持ち感などを見繕わず、いつも通りの生活をしている。働いてもいないので、無駄な浪費のせいで貧乏な生活になるのはイヤだからだ。むしろ前よりケチになってるヒトもいるかもしれない。
「じゃあ僕達は普段通りにしておけば良かっただけってこと? はあ……」
「ため息を吐きたくなる気持ちはわかるが、そろそろここから離れた方がいいぞ。俺とカユウの格好は目立つ」
ブライトもギリギリセーフのラインなので、早くヒトが少ない場所に隠れるべきだ。
「よし、とりあえずこっちだ」
大通りを離れ、誰も来ないような建物同士の間にある通路でこれからのことを話す。
「これからどうしましょうか? ミーゼ達のところへ戻りますか?」
「いや、せっかくここまで来たんだ。何か1つでも情報を得ないと」
3人で考える。
「やっぱりルイスの屋敷を調べるべきだ。見つからないようにできるだけ隠れながら。外出禁止時間は20時からだから、あいつらはそれから動き出すはず。夜まで待ってから屋敷に侵入しよう。いいか?」
「賛成です」
「僕も異論はないよ。トゥウの話なら屋敷は南にあるはず」
「じゃあ、夜まで見つからないよう大人しくしていよう」
夜になり、僕はルイスの屋敷の向かいにある建物の陰に隠れて観察していた。
「凄い兵士の数」
見たところ門の外に2人、中は見えてるだけでも5人か。
正面から入るのは無理そうだね。僕はミーゼのように拳で戦うタイプじゃないし、色力もそこまで強力な能力は持っていない。あそこに入るのは自殺行為だ。
「しょうがない。裏にいるナイト達と合流しよう」
回れ右だ。
「よう、何してんだ?」
「っ!?」
突然現れた赤い髪の男に驚きすぐに後ろに退く。
いつから気づかれていた! 僕は完全に気配を消していたはず!
「はっ、驚きすぎだろ。それ以上行ったら他の連中に見つかっちまうぜ」
すぐに足を止める。危なかった。あいつの言うとおり、もう少しで兵士に丸見えになるところだった。
こいつはさっきミーゼに殴られた男。名前はチャップ。まさか気づかれていたとは思わなかったな。
「あの女じゃなかったのはムカつくが、とりあえずお前、俺と一緒に来い」
どうする。1人ぐらいなら僕でも……。
背中にあるナイフに手を伸ばす。
「無駄な抵抗はしないことです。諦めてください」
後ろから聞いたことのある声。薄い黄色の髪、間違いなくネーズだ。
しかも数人の兵士がこっちに近づく足音もする。
「あはは、そうだね。降参だ。諦めるよ」
両手を上げて降参宣言をする。
チャップが近づいて僕に手錠をかけてきた。
「あなたがあの女の仲間なのはわかっています。そのうえで聞きます。他に何人仲間がいますか?」
「さあ、どうだろうね」
「こいつ正直に答えろ!」
チャップが僕の髪を鷲掴みにして引っ張る。
まあ答える気なんかないけどね。
ネーズはゆっくりと近づいて僕の目を真っ直ぐ見てきた。
「……フンッ!!」
「ガハッ!?」
直後、お腹に強い衝撃が走り、息ができなくなる。
「……あれれー、怒っちゃったのかな?」
「癪に障る男です。チャップ、こいつを屋敷に連れていきますよ」
「はいはい。ほら、早く歩け」
さてと、これから僕はどうなってしまうのか。
まあ碌な目にあわないのはたしかだね。
ナイト達が助けに来るのを待つしかないか。
目線だけを横に向けると、ブライトが慌てた様子で僕を見ていた。きっと騒ぎに気づいて僕の様子を見に来たんだね。
ナイトに今の状況を伝えるよう目で合図を送ってみる。
ブライトは頷いたあと建物の陰に消えた。どうやら上手く伝わってくれたみたいだ。
あとはできるだけ早く来るよう願う。僕にできることはそれだけだ。
ブライトがカユウのもとへ行ってからかなりの時間が経っている。そろそろ帰ってきてもいいはずだ。
屋敷の裏はそこまで兵士がいないので、侵入は容易い。
だが、それよりも気になることがあった。
ルイスは何故子供を攫うのだろうか。何か理由がなければそんなことはしない。イーストエンドに命令されてやったのであれば納得できるが、じゃあイーストエンドは何故子供を狙うのか。労働力が狙いなら大人の方が使えるのに。考えれば考えるほど謎は多くなる。
「ナイト!」
予想と違い、ブライトだけが帰ってきた。かなり慌てている。
「どうした? カユウはどこだ?」
「捕まっちゃった! 今あの屋敷の中にいる!」
マジか! いや、最悪の事態として考えてはいたが本当に捕まってしまうとは。
「……ひとまずミーゼのところに戻るぞ」
「え! 助けに行かないの!?」
「助けには行く。だけど今はここから離れた方がいい。直に俺達も見つかっちまう」
カユウが見つかったということはここにもすぐに兵士が来るだろう。俺達まで捕まっては意味がない。
「でも……」
心配そうに屋敷を見るブライト。
「無事なことを祈ろう。さ、行くぞ」
おそらく今北側にラージニイを捕まえるためにルイスの部下が向かっているはず。できるだけ急いだ方がいいだろう。
ナイト達が出ていったあとのこと。
ミーゼはラージニイにお願いされて戦い方を教えていた。
「ほら、相手を殴るときはこうよ、こう!」
ラージニイはミーゼの雑な説明を全く理解できていない。
「こうか?」
「全然違うわ。こうよ!」
さっきからミーゼを真似て拳を突き出すが、その度に違うと言われる。
「こう?」
「全然ダメだわ。もっと練習しなさい」
「えー」
「私のように強くなりたいんでしょ? だったらもっと努力しなさい。そうしないと強くなんかなれないわよ」
「はーい」
そう言って何回も拳を突き出すラージニイ。
ミーゼはお茶を飲んでいるラズムと向かい合うよう座る。
「助けてもらったうえにラージニイの相手までしてくれて。本当にありがとうございます」
「いいのよ。あの子小さい頃のブライトに似てるわ。子供っぽいところとか」
「そうですね。ラージニイは昔からあんな感じです」
「ブライトは、だんだんと変わっていっちゃったなー。もっと純粋に笑ってたんだけど」
「大人になるってことでしょうねそれが」
「15歳のアンタが言うセリフじゃないわよ。アンタは逆にもっと自分が小さいことを自覚しなさい」
説教のような言葉を垂れたあと、ミーゼはお茶を飲んだ。
「そうですね。俺が言うべきではないんでしょうね」
ラズムもお茶を飲む。
「これ結構美味しいわね。イーストエンドのお茶よね、確か」
ミーゼ達が飲んでいるのはイーストエンドで主流の緑茶だった。
「配給制なのでどこで生産されたものなのか僕にはわかりませんが、飲んだことがあるんですか?」
「ええ、何回かね。あなた知らずに飲んでたの――ってこんな閉鎖的な国じゃしょうがないか」
「そうですね。俺達はこの国以外のことは全然わかりません。なので、異国の人と会ったのはあなた達が初めてです」
「そう。ならこれからもっといろんな人と会えると良いわね」
少しだけ沈黙し、お互いお茶に映った自分を見る。
「ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかしら」
「なんでしょう」
「アンタ達さ、ずっとこんな生活する気なの?」
さっきと違い、真面目な顔で聞くミーゼ。
「それは……」
確かにラズム達の生活がこのままずっと続けば、2人、それどころか北側のニンゲン達はいつか死んでしまう。
だが、外に逃げることもできない。ルイスの兵士がそれを阻止するからだ。ここから逃げるには、壁を登るしか方法はないが、ラズム達の力では不可能だ。
「もしよかったらさ、私達の国に来ない?」
「え!? いいの?」
ミーゼからの提案にラージニイは顔を近づけて喜び、ラズムは考える。
「2人が構わないなら、私の家でもいいわよ。お父さんはちょっと変わってるけど、とても強くて愉快な人だから心配いらないし、ここよりも快適に生活できると思うのだけど」
「だってさ兄ちゃん! 行こうぜ!」
「とても良い提案です。断る理由がないくらいに」
「じゃあ……」
「でも、俺は両親と暮らしたこの町を出たくありません。なので、ラージニイだけお願いします」
「な、なんでだよ兄ちゃん。俺は兄ちゃんとも一緒にいたいよ!」
「ならラージニイ、選ばなきゃならない。この町で俺と飢えて死ぬか、ミーゼさんのところで暮らすか」
兄弟の会話。ラズムは目上のヒトには絶対に敬意を表す。これはラージニイに対して、弟に対しての言葉だ。
「俺は……」
答えられないラージニイ。
ラズムはここに残る選択に誇張表現をしてミーゼの方を選択させようとしているのだ。だが、どちらの選択も何かを得て何かを失う。12歳の子供には時間が必要な選択肢だった。
「ミーゼさん。ラージニイのこと、お願いします。どうか立派に育ててあげてください」
ラージニイの答えを聞かずに頭を下げてお願いするラズム。
嘘をついてまでここに残る選択をし、ラージニイを救いたいラズム。
「兄ちゃん……」
ラージニイは気づいていない。ラズムがなぜ残ろうとするのか、なぜ自分とそんなに離れようとするのか。
「本当にいいのね、ラズム」
そしてそれはミーゼも同じであった。
ルイスの屋敷の中に連れられたと思ったら、地下の独房に入れられてしまった。
「よく話には聞くけど、確かにこんなところに1人でいるのはいやだね」
独房の外に誰かがいる気配はない。
今なら鉄格子さえなんとかすれば逃げられるんだけど、それがなかなかの問題だ。
僕の色力は他色系だから自分には使えない。かといって独房の中に使えそうなものはない。さてどうしたものか。
鉄格子に近づいてみる。
「うーん……やっぱり殴ってどうこうできるものでもなさそうだね」
ミーゼならこういうとき、「やってみなきゃわかんねぇだろ!」とか言って一発殴ってそうだけど。僕がやったら拳が砕けそうだ。
「お前か。ウェストエンドから来た男というのは」
階段から男が1人近づいてきた。
「そういう君は……ルイスかな?」
スーツのポケットに手を突っ込んで偉そうな人だなぁ。
「ああ、ここの領主を勤めてる。まあそれももうすぐ終わるがな」
「終わる?」
「見ればわかるだろ? この国はもうすぐ終わる」
わざと知らないふりをしてみたけど、本人も自覚してたんだね。
ナイトの言ってたとおりだ。コイツはこの国を残そうなんて考えていない。滅ぶことを前提でノースエンドを今の状況にしたってことだね。
ナイトは少ない情報からよくここまで考えたよねえ。全部集めてから考える僕とは大違い。
「今はイーストエンドからの配給で南側は飢えずにみんな幸せそうにしてるが、子供がいなくなり、利用価値のなくなったノースエンドにこれ以上資源を使う必要はない。いずれイーストエンドは配給をやめ、飢えに耐えきれずこの国の人間は争いを始める。働きもしないで自堕落な5年を過ごせたんだ。もう悔いはないだろ」
「酷いことするねぇ。それでも国の王様かい?」
「俺は王じゃない。ただこの国のトップに君臨してただけだ。この国はな、もとから腐ってたんだよ」
ルイスはこの国で何があったのかを話し出した。
夜の10時。俺とブライトはすでにラズムの家に戻ったが、カユウは戻っていない。
落ち着かない素振りで周りを歩き回るブライト。
「ちょっと落ち着けブライト」
「でも!」
「わかってる。だからこれからルイスの屋敷に行くんだろ」
「でも1人で大丈夫なの?」
俺が潜入の準備をしていると、ミーゼが言ってきた。
「しょうがないだろ。多分ここにはまたラージニイを攫いに誰かが来る。ミーゼとブライトはそのときにラズムとラージニイを守らなきゃならない」
おそらくあっちも子供はラージニイ1人だけなのはわかってるはず。今朝のように2人が襲いにくる可能性が高い。
「それだったらミーゼだけでも……」
「いや、ミーゼでも2人を守りながら戦うのはかなり不利だ。お前が助けてやれ。カユウを助けに行くのは俺1人で十分だ」
準備を終え行こうとする直前、窓が開かれるとともに何かが部屋の中心に落ちる。
それは球状で導火線に火がついていた。
「ブライト! ミーゼ!」
爆発とともに家の中は煙だらけになる。
これは、煙玉か!
「ブライト! ミーゼ! 2人を守れ!」
位置的にブライトはラズム。ミーゼはラージニイを守っているはず。
背中に隠してあった剣を2本取り出す。
敵の狙いは1つだけだ。
ミーゼの前に現れ剣を振り下ろすチャップに横から剣を投げて牽制する。
「おっと!」
チャップはそれをギリギリで避けた。
やっぱり狙いはミーゼの後ろにいるラージニイか。
「てめぇ!」
チャップに気づいたミーゼがすぐに攻撃をしかける。
「ダメだミーゼ! ラージニイから離れるな!」
「ッ!?」
ミーゼが気づいたときにはもう遅かった。
後ろにいるはずのラージニイがいない。おそらくネーズの仕業だ。
いつの間にかチャップもいなかった。
煙がなくなり、ラズムとブライトも何があったのか察した。
「そんな……ラージニイが……」
絶望するラズム。
「クソ! あいつら!」
「待てミーゼ!」
2人を追おうと窓から出ようとするミーゼの手を掴もうとしたが、ミーゼは行ってしまった。
「ブライト、ミーゼを追うぞ!」
「でもラズムは?」
「大丈夫だ。あいつらの目的はラージニイだ。もうここに用はない。ラズム1人でも問題ない」
「わかった。じゃあラズム、一応警戒だけはしておいてね。ラージニイは私達が絶対に助けるから」
「お、お願いします。どうか弟を助けてください」
ラズムはブライトの手を祈るように握る。
「うん、任せて」
笑顔で答えたあと、ブライトは俺と一緒にミーゼの後を追う。
「それにしても、子供を攫うなんて何考えてるんだろうね、ルイスという人は」
「何も考えていないんだろう。少なくともこの町については」
「え?」
「ラズムはルイスによってこの国が2つに分かれたと言っていたが、それは間違いだ。もともと分かれてたんだよここは。国民達によって富豪と貧民に。北側の建物がほとんどボロボロなのは昔からあったものだからだ」
「じゃあ、ラズムが嘘をついたってこと?」
「いや、ラズムも知らなかったんだ。なんせ北側は5年前まで無人だったからな」
「それって……」
「ああ、北側にある建物の本当の持ち主達は5年以上前に全員死んでいる。飢えなのか南側による殺戮かはわからないけどな。ラズム達は5年前にそこに住み着いただけだ」
「……でも、それとルイスのしたことになんの関係があるの?」
「ここのニンゲン達はノースエンドを金持ちだけのものにしようとしたんだ。だが、社会というものは必ず差が生じる。金持ちがいれば当然金のないヒトもいる。それは絶対に変えられない。それを無理矢理にでも変えれば、社会は崩壊する。ここは、その一歩手前まで来ていたんだ。そして、最後の一歩をルイスが踏み出させた。北と南に分け、南には常に配給で不便のない生活をさせ、労働の必要がない町にし、北は少ない配給にして、国民達を苦しめる。そして、その配給をやめればどうなると思う?」
「……国民同士の資源を取り合う争い」
「そうだ。ルイスはそれを狙っている。攫われた子供はおそらくイーストエンドにいる。ルイスは子供と引き換えにイーストエンドの資源を貰って国民に配給してたんだ。イーストエンドがなぜ子供を欲しがるのかはわからないがな」
カユウと話し合った結果、その結論に俺達はたどり着いた。
「じゃあ早くラージニイを救出しないと、イーストエンドに連れて行かれちゃうってことじゃん!」
「わかってる。だからこうして急いでるんだろ」
予定とは少し違ったが、3人で屋敷に向かうことはできた。あとはカユウとラージニイを救出するだけだ。
「わかったか。この国は残す意味がないんだよ」
全てを話し終えたルイスが言ってきた。
「まあ、君の言いたいことはわかったよ。でも、国民同士で殺し合わせて何がしたいんだい?」
ルイスがやろうとしていることはわかったけど、動機がわからない。
「簡単だ。復讐だよ復讐」
「復讐?」
「俺も昔は北側で貧しい暮らしをしてた。両親と一緒に腹を空かせ、ボロボロの服を着て、泥水を飲んででも生きた」
「……」
「だが、南側の連中は俺達を笑い者にした。必死で生きようともがく俺達を蔑み、酷い仕打ちをした。だから返してやるんだ。俺達がやられたことを。裕福な暮らしが一瞬で壊れ互いに殺し合う光景。それが死んだ者達に贈る俺からのプレゼントだ」
ルイスの顔からは待ち切れないという気持ちが溢れていた。
「じゃあ子供を攫う理由は何だい?」
そう、ルイスがここの人間を恨んでいるのはわかったけど、子供を攫う理由はわからないままだ。
「簡単さ。今の子供に罪はないからだ。俺の復讐相手は15年以上前から生きてる人間だ。子供は復讐の相手じゃない。それに困ってたらイーストエンドから子供を渡すように要求されたからな。ちょうど良かったから利用させてもらったまでだ」
「なるほどなるほど。これでイーストエンドの兵士がいる理由がわかったよ。それで、君はどうするんだい? 彼らと一緒に死ぬのかい」
「そんなわけがない。全員死んだのを確認したあとイーストエンドで余生を楽しむさ。ま、その前にお前達はここで死んでもらうけどな」
「うわ、さいてーい。君もう復讐者じゃなくて殺人鬼なんじゃないの?」
笑いながら答える。といっても心臓はバクバクだ。
ナイトー、早く来てくれー。




