何をしてヒトを守るか
人間は欲望を充実させた生き物だ。
内容に違いがあっても、欲というものに違いはない。
これは当たり前のことだが、欲というものはあればあるほど人に原動力を与え、大きな結果を生み出すことがある。
ある国の王は弱者を強くしたいと望み、何世代もの時間をかけて強い弱者が住む国という矛盾な結果を作り出した。
ようは弱者と定める平均値を上げたのである。
人は欲によって行動すれば、国を動かすほどの結果を作れることもあるのだ。
だが、その結果が必ず良い結果になるとは限らない。
俺のように欲によって内側が悲しみに染まることだってあるのだ。
3030年3月、ブライトが家に来てからもう10年になる。
俺もブライトもしっかり大人の仲間入りだ。
途中、おもにブライトが躓くことも多かったが、無事卒業するまでに至った。
その影響か、実感はないが、最近よく周りから変わったと言われることが多くなった。
体の成長とともに、心の成長も果たしているということだろう。
ブライトも自分ではわかっていないが、近くで見ている俺には大きく変わったように見える。
年齢が1つ増えるごとに、ブライトは「私は……まだ……」と言って悲しそうな表情をする。そして、前ほど子供のような笑顔をすることが少なくなった。
これも1つの成長なのだろうが、少しだけ寂しく感じられる。身近にいるニンゲンが変わることが自分にも大きな影響を与えていることを初めて知った。
「何見てるのナイト?」
変わらないように見える朝の景色を家の近くにある草原で見る俺の横にブライトがやって来た。
「ちょっとな。こうして見ると俺も大きくなったんだなって思ってさ」
「もしかしてまだ卒業式の気分が残ってるの? 今日から私達お城に行くことになるんだよ。もっとシャキッとして切り替えないと即クビなんてことになっちゃうかもよ」
「そうだな……しっかりしないとな」
大きく伸びをして気を引き締める。
俺達がこれから入る機関はそういうところだ。生半可な覚悟で行けばすぐに命を落とすだろう。
「よし、じゃあ行こう」
城までの道、年齢が増えるとともに短く感じるようになったこれからの道。
町はいつものように活気で溢れている。
「今日もみんな元気だね」
町の住人達を見てブライトが言った。
「おや、ナイトにブライトじゃないかい」
「お、肉屋のおばちゃん、まだ生きてたか」
「こんにちは」
白髪が濃くなったが、まだまだおばちゃんも元気なようだ。
「城へ向かうのかい?」
「はい、今日からお城の兵士として勤めることになりました」
「そうかいそうかい、あんなに小さかったアンタ達がねえ……」
「ブライトは今でも小さいだろ?」
前に身長を測ったときは確か160センチちょっとだったので、俺より25センチも小さい。
「むう、小さいって言うな! 私は他よりも成長が遅いだけなんです!」
「はいはいわかったわかった」
ブライトは身長のことになると本当にうるさい。
そのあと、おばちゃんに今度肉を買う約束をしたあと城に入った。
「ホントいつも思うけど、あの天使の像綺麗に作られてるなー」
ブライトは廊下の端に飾ってある天使の像を見ていた。
城の頂上にも同じものがあるが、ここにあるのはそれよりも少し小さいものだ。
ちなみに町の建物には必ず1つ天使の絵か像があり、俺の家にも小さな像がある。
法律で決められており、この法律だけはずっと昔から残り続けている。
「あ、あそこだよね、情報機関の部屋って」
城のあまりヒトが通らないところにある部屋のドアは、他の部屋と変わらないデザインのはずなのに、何故かプレッシャーを感じる。
「失礼します」
「失礼します」
ノックをして入るといつもの2人、ミーゼとカユウがいた。
部屋の中は机が奥に1つと手前に4つの長方形になるようにくっつけられたものがあり、壁には積み上げられた本がある。
床には紙が散乱してあり、ずっと片づけられていないのだろう。
俺のすぐ近くに落ちている紙なんて、2年前ぐらいにやった祭りのことが書かれてある。
「遅いわよナイト、予定の5分前じゃない。集合時間の30分前には来るのが常識じゃないの」
「いや、30分は早すぎだろ。それは逆に相手を困らせるって」
まあミーゼがこんなに早く来る理由はわかる。トゥウと一緒にいたくて我慢できなかったんだな。
「2人とももう来てたんだね。カユウがいるのは意外だったけど」
「僕も早く来るつもりはなかったんだけどね。やることがなかったから早めに来ただけさ」
「じゃあ引っ越しは終わったの?」
「ああ、もう部屋は片付いてるよ」
そういえばカユウは卒業と同時に孤児院を出て1人暮らしを始めたんだったな。
「どんな部屋か気になるから今度見せてね」
「嫌だ」
そんなやり取りをしていると、廊下から大きな足音が響いてきた。
ドアをバタンと開き、そいつは現れた。
「遅れてすみません。王の話を聞いていたら長くなってしまって」
ここのリーダーでありシールドの1人であるトゥウが息を荒げながら登場した。
「ああ、もう全員揃っていたんですね。もしかしてかなりの時間待たせてしまいましたか?」
「いえ、私たちもさっき来たばかりだから全然待ってないので大丈夫よ」
30分も前に来たミーゼが言った。
いつもなら「遅いんだよノロマ」とか言うくせに。
トゥウに良く見られたくて余裕のある女ぶってるな。
「嘘だよ、君30分も前に――ぶぼぁ!」
困らせるつもりで言おうとしたカユウだが、その前にミーゼに横から殴られた。
「何か言った、カユウ?」
笑顔で睨むミーゼ。
「……いえ、なんでもありません」
もう殴られたくないと思ったのだろう。
4人の中では一番腕力があるからなミーゼは。
「では、遅れましたが自己紹介を。私の名はトゥウ。この情報機関のリーダーであり、シールドの一人でもあります。今後あなた達の上司ということになりますので、よろしくお願いします。ではそれぞれ自己紹介と言いたいところですが……あなた達には不要でしょうかね」
「まあ、学校では大体一緒にいたからな」
自己紹介が必要なのはトゥウぐらいなもので、俺達は別にする必要はない。
トゥウも俺達のことは事前にちゃんと調べているだろうしな。
「そういえば他の人はどこにいるのかな? ここにいるのは僕達だけみたいなんだけど?」
「はい、情報機関のメンバーはここにいるヒト以外いません。というか前から私以外誰もいません」
「え、それ大丈夫なのかな? 情報機関って国を守るために諜報活動などをする組織って僕は聞いてるんだけど」
トゥウが重いため息を吐く。
「普通の国ならそうなんでしょうね。でもここの王は、裏でコソコソするのが大嫌いなヒトでしてね。しかも外交関係に対しては素人ですし。今までどれだけ私が人員を増やせとお願いしても聞く耳すら持ってくれやしない」
疲れた表情で愚痴を言うトゥウを見る限り、相当苦労してきたんだろうな。
「今回あなた達がここに入れたのは、私が過労死寸前なところを王が見てやっと人員を増やす決断をしたからなんです。いやホント、どれだけ待たせるんだよって思いましたよ。もし良い結果を残せば、今回のように毎年ヒトが増えるかもしれないので、あなた達には頑張ってもらいますよ」
「なるほど。今まで進路になかった情報機関が急に出てきたのはそういうことか」
俺はよくトゥウから疲れた顔で愚痴を聞かされてたから知っていたが、カユウ達は知らなかったな。
そういえば選ばれた者しか入れないという噂も耳にしたことがある。
いや、入れるのは今年の卒業生の成績上位4人までっていう条件があったし、あながち間違いでもないのか。
「ではさっそくなのですが、あなた達には任務で『ノースエンド』に行って調査してもらいたいことがあります」
『ノースエンド』、ユーラシア大陸の北端にある国か。
閉鎖的な国で、他国との交流を避けているところだ。
「本当ならあなた達の実力を試したいところなのですが、今は時間を無駄にする余裕もない状況ですのですぐに行ってもらいます」
「随分急なんですね。何かあったんですか?」
「ノースエンドで子供がいなくなるという事件が多発していましてね。なのに全然大事になっていないとか。それで今回あなた達にはその事件について調査してきてもらいたいのです」
誘拐事件の調査か……。
「内容はわかったけど、なんで僕達なのかな? そういうのはノースエンドの方で解決するべきものじゃないの?」
カユウの言うとおり、他国の事件をわざわざ俺達が解決する必要はない。
「実は、この事件には『イーストエンド』が関わっているかもしれないという情報が入って、それで調査することになったんです」
『イーストエンド』、ユーラシア大陸東端にある国で、この大陸で最も広い国土を持つ。ウェストエンドとは最近冷戦状態になっていて、いつ大きな争いが起こってもおかしくない。
「つまり今回調査すべきことは誘拐事件の方ではなく、イーストエンドが関わっていないかどうか、ということだね」
「はい、そういうことです。さすがカユウですね。卒業生の中で最も学力が高いと言われることだけはあります。会話がスムーズでありがたいです」
褒められるカユウをミーゼが嫉妬を込めて横から睨みつける。
カユウは気づいてないふりをしている。
「ちなみに私は別件があって行けません。初任務から君達だけなのは大変かもしれませんが、どうかお願いします。あと国際問題になりそうなことはしないように」
俺達は任務のことについて話し合ってから部屋を出て、2時間後に出発することにした。
家に戻ると早速旅の準備をする。
「とりあえず食料と水は十分に持っていかないとな。あとは服とか化粧品も準備してと――」
リェゼルが引く馬車で移動するので、できる限り少なくする。
俺の荷物は最終的に旅用のバッグ1つになった。
「ナイトー、これぐらいでいい?」
「……流石に少なすぎないか、それ」
ブライトが持っているのは、学生のときに使っていたバックで、俺のよりかなり小さい。
「え、そうかな? 必要なものは入ってるんだけど……?」
「ちょっと見せてみろ」
中を見ると、入っていたのは衣類だけだった。
「……お前なあ、一泊二日の旅行じゃないんだから。化粧品とか全部持ってけとは言わないが、せめて最低限の肌のケアができるものとか入れとけ。あと食料とか分配して入れるからこんな小さいバッグじゃダメだ」
「はーい」と言って自分の部屋に戻るブライト。
「たく、ブライトはちょっとこう、抜けてるところがあるというか……」
そのあとすぐにコンコンとドアを叩く音がした。
「私よ、入ってもいいかしら?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
ミーゼの声がしたので、ドアを開けて家の中に入れようとしたのだが。
「……何よ? ジロジロ見て気持ち悪いわね」
「ミーゼ、後ろのそれはなんだ」
「え? 任務に持っていく荷物に決まってるじゃない」
「なんでそんなに多いんだよ! 中に何入ってるんだよ!」
ミーゼが持ってきたのは、山盛りに積まれてあるバッグだった。
「うるさいわね、旅に必要なものを持ってきてるだけよ」
「にしても多すぎるだろ。じゃあそれは?」
俺は適当に1つのバッグを指差す。
「化粧品」
「こっちは?」
「化粧品」
「どっちも化粧品じゃねえか! まさか他のも……」
「何よ! 化粧品は重要なものでしょ! それに化粧品が入ってるのはこの2つだけで、他の8つには服とかだってちゃんと入ってるわよ!」
バッグの中を全て確認すると、化粧品が入っているのは本当に2つだけだったのだが、食料等が入っているのが1つだけであと全部服って……。
「こんなに服、というかマント持ってく必要ないだろ! それにお前化粧品そんなに使ってるのかよ!」
「そんなわけないでしょ。家にあるもの全部持ってきただけよ」
「つまり1回使って肌に合わなくてそのままずっと置かれてるものもあるってことか……」
「そうよ、何かあったときのために持っていくの。それがどうしたのよ」
「……ブライトの部屋に行って使うものだけに減らして来い」
頭を抱えながらブライトの部屋を指差してミーゼを家に入るよう促す。
10個のバッグを軽々と持ち上げて家に入るミーゼ。
どんな腕力してるんだよ……。
「ブライトー、入るわよー」
そう言ってブライトの部屋をノックして入っていった。
「ナイト、相変わらず大変そうだねえ」
おそらく遠くから見ていたであろうカユウがやって来た。
俺はすぐにカユウが余計なものを持ってきてないか確認する。
「悪いけど、僕は何も面白いものは持ってきてないよ」
手を上げて、何もないとアピールしてくる。
「はあ、なんで出発前にこんな疲れなきゃいけないんだよ」
「アッハッハッ、まあしょうがないよ。それがリーダーの仕事だからね」
情報機関の部屋を出る前のことだ。
俺以外の3人が部屋を出たとき、トゥウから声をかけられた。
「ナイト、少しいいですか?」
「なんだ? 伝え忘れたことでもあるのか?」
「いいえ、そういうわけではありません。ただ……今回の任務は私がここで働いてから初めてのものになります。だから……」
トゥウにしては珍しく歯切れが悪い。
「3人のこと、頼みますよナイト。おそらくあなたが一番冷静に物事に対処できる」
「……ああ、任せとけ」
トゥウの言葉には、いろいろな考えが込められているような気がした。
俺の返事はあの言葉に合っているのかはわからなかったが、今の俺から出る言葉はあれくらいしかなかった。
そんな会話をドアの向こうから聞いていたのか、3人が俺をリーダーに指名してきたのだ。
なので、今回は俺がちゃんとみんなの面倒を見なくちゃいけないのだが。
「……先が思いやられる」
「大丈夫だよ。ブライトもミーゼも、もちろん僕達も抜けてるところはあるけど、今までなんとかやってこれたじゃないか。考えすぎだよ君は」
そう言って俺の背中を叩く。
「なら言うが、バッグの右ポケットに入ってる野球ボールはなんだ?」
「……いやほら、暇なときにでもキャッチボールしようと思って……」
「……もしかしてみんな遠足気分になってないか?」
「よし、準備できました!」
元気な声で部屋から出てくる2人。
背中には大きなバッグが合計で4つ。
「おいミーゼ、まさかブライトに自分の服持たせたりしてないよな?」
「あら? バレちゃった?」
「……もう1回整理してこい」
結局荷物整理だけでかなり時間がかかってしまった。
20歳の男女4人とは思えないな。
馬小屋を開けて、リェゼルを外に出す。
「リェゼルー! 相変わらず綺麗な毛並みしてるじゃない。というか前より良くなってない?」
「あら、ミーゼじゃない。やっぱりわかるかしら? アタシも綺麗になってきたと思うのよね」
仲良く話す2人。
学校の森でのサバイバルのあと、ミーゼをリェゼルに会わせたのだが、2人はそのとき意気投合したみたいで、よくこうして話し合うようになっている。
リェゼルは男だが、女のように振る舞っているので、ミーゼの方が会話がしやすいのだろう。
逆にブライトはあまりミーゼとリェゼルの会話にはついていけないそうだ。なんでも次から次に話題が出てきて頭に入らないのだとか。
「今日は辛いかもしれないが、よろしく頼むぞリェゼル」
「何を言ってんのよナイト。ちょっと数千キロ馬車を引くだけでしょ? そんなの半日もあれば可能よ」
リェゼルの言っていることは本当だ。
コイツが本気を出せばユーラシア大陸の横断など1日かかるかかからないかぐらいだろう。
「それにしてもホントにどんな足してるんだい? 半日で西端から北端に行けるっておかしくない?」
まあカユウが口に出して言いたくなるのも無理はないな。
「おかしくないわ、アタシは特別なのよ。さ、早く乗りなさい、急がなきゃいけないんでしょ?」
「そうだな。早く行こう」
誰かさんの荷物整理で予定より遅れている。
俺はすぐに御者台に乗り、3人が乗ったのを確認したあと、手綱を握ってリェゼルに合図の声をかける。
「シートベルトは締めたな? よし、行けリェゼル!」
「まかせなさいー!」
そう言ってリェゼルは風を置いて走り出した。
最初は安全のために速度を落としていたが、徐々に上げていく。
最高速度まで行けば、もう目には見えないのではないかと思うほどの速さになるが、みんなの安全を優先してくれているのか、少し落とした状態を維持してくれた。
後ろを見ると、カユウはこの速度で乗ったことがないので、あまりの振動に驚愕していた。
「ちょっと、速すぎなんじゃないの! もう少し速度落としてくれないかな!」
「そんなわけにはいかないわカユウ。これ以上落としたら今日中に着けないもの。それと喋ると舌噛み千切るから止めたほうがいいわよ」
そうリェゼルが言うと、カユウの顔が真っ青になり口を閉じる。
「この程度で怖気づくなんてまだまだね」
ミーゼは余裕そうだった。
そういえばこいつもリェゼルほどではないが、とんでもない足の速さしてたな。
「ブライトが落ち着いてるのは意外ね」
「私は何回か乗ったことあるからもう慣れちゃった」
「君達ちょっと異常じゃないかな! 普通こんな速さの乗り物乗ったら恐怖するって!」
カユウはブライト達が落ち着いていることに理解ができないようだ。
まあ、俺もリェゼルじゃなければこんなに安心できてはいないだろうな。
そのあと、リェゼルは休憩せずに走り続けた。
出発は遅れていたのに予定通りの時間に着くとは、本当にリェゼルは凄い奴だ。




