騎士の本質
構えたまま、俺は一歩も足を動かさなかった。
少しでも積極的すぎる行動をしたら逆にカウンターをされるのは目に見えているからだ。
「気をつけろ、ナイト」
父さんがそう言うと、前屈みになり足元の血を右手全体に付け始めた。
「お前は父さん達が色力を使うところ見ることはほとんどなかったから説明しておく。俺は他色系で触れた液体は全て泡にすることができる。そして母さんは自色系で体の水分を自在に操ることができ、かつ空気中の水分を瞬時に体内に取り込むことができる。自慢じゃないが、俺達2人の相性はかなり良い。昔は最強の研究夫婦なんて呼ばれていたぐらいだ」
「有益な情報とどうでもいい情報を混ぜるのやめてちょうだい。こっちが恥ずかしくなるでしょ」
母さんが頬を赤らめて父さんを注意する。
だが、2人の色力について先に知れたのは幸いだ。探り探り戦うことを覚悟してた分かなり楽になるだろう。
「――血泡――」
父さんは血の付いた右手を掌を上にして前に出し、それに息を吹きかける。すると赤い泡が次々と作られ俺に向かって一斉に飛んできた。
「そいつは爆発する! ガードするんじゃなく避けるんだ!」
言われた通りに避けると、後ろに通り過ぎた泡は地面に着いた途端爆発した。
そして爆発音とともに母さんが間合いまで近づき剣を当てに来たのでこちらも剣でガードする。
重い! 母さんがここまで力が強いとは思ってもみなかった。
「ッ!? 離れなさい!」
このまま押し合いをしようとした瞬間、母さんの目が一気に潤う。
「――涙腺――」
目から出た細い水流が俺の頭諸共横一直線を切る。
水流はそのまま後ろにある建物まで届き、鉄筋だろうが関係なく紙を切るように真っ二つになった。
俺はすぐに頭を下げて避けることができたが、母さんは水流を出したまま俺に視線を向ける。
水流が迫り、なんとか体を曲げて避けると、今度は地面に亀裂が走る。
なんて威力の水鉄砲だよ。おそらく涙の出す量を一気に引き上げることで水のカッター……いや、涙のレーザーを作り出すことができるのだろう。
こんな勢いで出せばすぐに体内の水分が無くなって脱水症状を起こしそうなものだが、父さんが言った通り空気中の水分を瞬時に吸収してそれを防いでいるんだ。
なんでこんなガチガチの戦闘タイプの2人が揃って研究者の道を選んだんだよ。暗殺とかそっち系をやってると言った方が信じられるぞ。
「ッ!!」
母さんばかりに集中していると、父さんが後ろから迫り間一髪で攻撃を回避する。
だが、さっきの血の泡が俺を囲み逃げ道を塞ぐと同時に涙のレーザーが俺に向かって走ってくるので、爆発覚悟で泡が1番少ない場所に突っ込む。
爆発が何度も重なったがそこまでのダメージはなかった。
爆発と言っても泡の中で圧縮された空気が一気に拡散されるもので、火薬を使ったものとは違うからだろう。
それでも喰らい続ければ骨なんか簡単に折れてしまうので、やはり避けるのが最善だ。
「ヒャッハー!」
煙が立ち込め視界が悪くなったところに空中からカインが両拳を合わせて俺に振り下ろしてきたのでまた回避する。
3対1はさすがにキツイな。完全にこちらが劣勢の状況だ。
なんとかして父さんと母さんを解放してやらないと、逆転はできない。
苦しませずに即死させてやるには、心臓や首ではなく頭を狙うのが最適なのだが、それを簡単にさせてくれるほど甘くない。
どうすればいい……どうすればこの状況を逆転できる……。
「ハハ。お前でも3人相手じゃ守ることしかできないか、ナイト?」
「調子に、乗りやがって……。タイマンが好ましいとか言ってたくせによ」
カインが正々堂々と戦うなんて絶対ありえないから必ず裏があるのはわかってたが、それでも頭に来るな。
「好ましいだけだ。タイマンの勝負をするとは一言も言ってない」
「ムカつく言い方だ。絶対後悔させてやる」
「できるもんならやってみな!」
そう言うと、俺とカインは同時に迫りお互いの攻撃をぶつけ合う。
だが、やはり1対1にはさせてくれない。
「――泡包み――!」
父さんが俺の体に手を当てると、泡に包まれ動きを封じられる。
「――水ぶくれ――!」
今度は母さんが後ろから掌を打ち込んで来る。
「ガハッ!」
剣でガードすると、掌から出てきた水の玉が俺の腹に直撃した。
「――天の血槍――」
カインが地面の血を操り槍に変化させ投擲する。
苦痛に耐えながら後方転回して避けつつ、俺は3人から距離を取る。
「ハァ……ハァ……」
まずいな。
即死させるのに拘りすぎて戦闘に無駄がある。体力の消耗が早い。
このままだと……。
「ナイト、お前の考えはわかってる。だがな、そんな気遣いはする必要はない」
「なにがだよ……」
父さん達に考えが読まれていることに動揺しているわけではなかったが、反射的に言葉にしてしまう。
「即死させたいんでしょ。私達を苦しませないように。あなたは家族が苦しむことを最も嫌う優しい子だったものね」
「今のお前が俺達2人相手に苦戦するような人間じゃないことくらいわからない父さん達じゃない。お前ほど家族愛が深い人間はいない。けどな、それでもやらなきゃいけない時があるんだ」
「……気遣いじゃない。家族を苦しませないのは当たり前のことだ。どんな困難に陥ろうとも、家族だけは苦しみから守る。それがこの世に生まれてからずっと存在する俺の本質だ」
「なら私達だって同じよ。あなたを苦しませたくない」
「やるんだナイト。お前は自分のやるべきことをよく理解している。ここは、お前の死に場所じゃない」
「……わかってる」
過剰に潤う瞳を1度閉じる。
黒の色力で無感情に体を強化する。
「ナイト、1つ聞かせて。アリトは元気? 大きくなった?」
「……」
俺がこの世で最も2人に答えづらい質問が来た。
どう言うべきなのだろうか……。
ここは正直に答えるのが2人にとっても最善なのかも知れない。
それとも……。
「……父さんと母さんが死んだあと、弟も死んじまった……」
「……今まで寂しかったか?」
「そうでもない。たしかに辛かったが、たくさんのヒト達に囲まれてるから、寂しい想いはしなかったよ。今はブライトもいるし」
無理矢理笑顔を作る。
2人の目は見えなくとも、伝わってくれることを願って。
「ブライト? その名前は女の子かしら?」
「今の俺の家族のような存在だ。一緒にウェストエンドで暮らしてる」
「……お前にとって、その子は大切か?」
……父さん、母さん……。
「ああ、死んでも守りたい存在さ」
「そうか…………最後まで愛し続けろよ!」
親指を立てて父さんが言った。
その後、俺は一瞬にして2人の間を通り過ぎ――
――心臓を斬った。
血飛沫を上げながら倒れていく2人を一瞥することもせずナイトはカインの間合いに迫る。
カインはナイトの豹変具合に焦りつつも拳を握りしめ迫る剣に対抗するように前に突き出す。
お互いの攻撃が相手に当たるのはほぼ同時。
だが……。
「ッ!?」
ナイトの体に突如襲いかかる激痛。
大鎌による呪いがここでまた現れた。
(クソっ!! こんな時に!!)
その痛みは腕の振りを遅らせるには十分なもの。
「喰らえーっ!」
剣を避けたカインはそのまま拳をナイトの顔面をへこませる勢いで当ててきた。
「ガハッ!」
鼻血が噴火した火山のように噴き出し、口内を切ったことと、大鎌による体内から逆流する血が合わさり有り得ないほどの血反吐をぶちまける。
それでもカインの猛攻は止まず、何度も顔を殴り続け、渾身の蹴りでナイトを飛ばす。
「――赤羽――!」
畳み掛けるようにカインが羽を羽ばたかせると、赤い羽根が雨のように降り注ぐ。
ナイトは重い体を起こして剣を振り、羽根を落としながらも避けるが、剣の方が先に限界が来てしまい、父と母の2本とも衝撃でバラバラに折れてしまう。そして、剣を折った赤い羽根の1本が左目に突き刺さる。
視界が狭まり、ナイトは左目の失明を確信するが遅かった。
カインがばら撒いた羽根の小羽枝の部分が一斉に赤い糸に変化したあとナイトの胴体に腕ごと何重にも巻きつき拘束する。
裁縫糸のように細い糸だが、あらゆる角度から数百本が巻きつけば素手で引きちぎることは不可能。
腕も固定されているので剣で糸を斬ることもできない。
「喰らったな。その羽根には毒が仕込まれている。毒はお前の体を蝕み3日ともたず死に追いやるだろうぜ。解毒する術はない。だがその前に……爆恨!」
カインの言葉とともに、糸は赤く輝き、凄まじい熱風とともに爆発。
眼前でダイナマイトが爆発したのと変わらない威力で、ナイトの体は焼かれた。
爆発が止むと、煙が辺りを包み込む。
「はあ……はあ……やっぱりこれだけの羽根を同時に爆発させると色力の消費も激しいな。全部使っちまった。ここまでやるとは……」
煙を見て、動くものがないことを確認したあと、カインは膝から倒れ、手を地面に置きながら息を整える。
「……一瞬にして両親2人を殺したのは誤算だった。だが……ウラオモテの一族は、これでおしまいだ……。親子共々、俺の手で始末してやったぜ」
細くなった羽をしまい、戦闘態勢を完全に収めたカイン。
「オイ……」
だが、すぐにそれは早すぎる判断だったと思い知る。
ほんの一瞬、一瞬だけ地面に視線を向けただけだった。
もちろんカインの耳も正常に働いている。
だから、その声があるはずがないと思っていた。
いや、あって欲しくなかった。
さっきまで耳に入っていた声色とは明らかに違う、ドス黒く、体中の鳥肌を立たせるもの。
恐る恐るゆっくりと顔を上に向ける。
「ヒッ!?」
いつの間にか目の前にいるその男にカインは震えるしかなかった。
全身が赤い血で染まり、左半身を大火傷させてもなお殺気しかない瞳でこちらを睨みつけてくる。
いや、もう以前とは別人だった。
血で染まった体はまさに怒りで体を赤くした鬼神そのもの。
天使すらも喰らおうという怪物。
「こ、この化け物が! 不死身かテメェ……」
腰が抜けて、情けない後退りをする。
だが、それしかできることがカインにはなかった、考えれなかった。
恐れ、恐怖、畏怖、慄き、もう戦う意思はなかった。
復讐心と好奇心で手を出したことに今更後悔する。
この男、ナイトという自分よりも遥かに歳が下の若者は、己の想像を遥かに超える存在だったのだ。
「ひでえ顔だな、ヒトを殺しかけたってのに。お前はきっとニンゲンを絶滅させても平気な顔をするんだろうなぁ。その腐り切った性根がウラヤマシイヨ」
もうダメだ、殺されるしかないとカインは覚悟させられる。
涙目になり、助けてくれと懇願したいができるはずもない。
こんな時でもカインのプライドは僅かながらも残っていた。
だが、それは正解だったのかもしれない。
もし助けてと一言口を開いていたら、ナイトは怒りですぐにでも折れた剣を振り降ろしただろう。
だが、カインに何か一言、畏怖の言葉でも助けの懇願でもいいから言わせたいと思うナイトには、剣を振り上げるだけでその次の動きができなかった。
「カイン!」
そしてその制止は大きなチャンスを生む。
突然ナイトの後ろから現れたもう1人の天使が突撃してきた。
ナイトはその突撃を軽々と避けるが、彼の狙いはナイトを倒すことではなく、カインの救出である。
カインの体をしっかりと持った天使、シンソクは羽を広げて飛び去った。
「シンソク……余計なことを……。お前はアメリカ大陸にいろって命令したはずだろうが!」
「強がるな。俺がいなかったら殺されてたくせに」
「……クソが! 次はこうはいかねえからな!」
憎しみを込めた目でナイトを見下ろす。
「……チッ」
一方のナイトは、怒るわけでもなく、叫び声を上げるのでもなく、小さくなっていく2人を見て舌打ちをするだけ。
これがカインを倒すラストチャンスだったかも知れないと考えることもなかった。
なにがナイトをそう思わせるのか、なにがナイトをそこまで落ち着かせるのか。
「ゲホッ!」
吐き出した血を呆然と見る。
そして先程のカインの言葉を思い出す。
「3日、か…………さっさとブライト達を追わなきゃな」
毒に侵され、傷だらけになった体に鞭を打つ。
ダイジとアイカ、愛する家族2人の側に近づくと、ナイトはその手にある偽物じゃない2本の剣を己の手で握りしめる。
「ごめん……でも、2人に会えたのはとても嬉しかったよ」
そう言って痛みに耐えながらナイトは神殿内へ歩き出した。




