容赦のない再会
月明かりに照らされながら、俺はカインを睨みつける。
「それにしてもよお、お前を見てるとあの2人の顔が頭から離れなくてしょうがねえよ。顔付きはアイカに似て綺麗だが、目なんかはダイジとそっくりだ。お前の両親はこのユーラシア大陸で俺達天使の秘密を解き明かすのに最も近い存在だった。俺がもう少し殺すのが遅かったら今頃アメリカ大陸の奴らと手を組んでこっちがピンチに陥ってただろうぜ」
「……1つだけ問う。なぜお前達天使はノースエンドで子供を攫ったんだ?」
大体は想像できているが、こうしてコイツと話すのは最後かも知れないからな。
今のうちに聞きたいことだけは聞いてしまおう。
「ふ、お前なら大体わかってるんじゃないか? ウラオモテ一族のお前が俺達の考えを見抜けないわけがない。お前らは他人の頭を見通す天才だからな」
「……たしかに俺達一族は他人の頭を見通すと言われている。だが、それには語弊がある。俺達は見通すんじゃない。共感が強すぎて表情やしぐさを見るだけでなんとなくわかってしまうだけだ。本当に頭の中を見ているわけじゃない」
まあ、相手に共感しすぎて相手の思考を寸分違わず読んでしまうことは多々あるがな。
あまりにも先読みした親切と戦場での活躍により、俺達ウラオモテはいつしか頭を見通すなんて言われるようになってしまった。
そしてそんなウラオモテ一族をヒトは恐れ、煙たがり、いつしか一族は孤独に苛まれ、その名を捨てた。
その血は世界中に溢れかえっているが、ウラオモテという名を持つニンゲンは俺を含めても残りわずかだろう。
「それに、俺は慎重派だ。他人の考えを見抜いたとしても本人から確認しない限りアテにはしない。ヒトの考えは千差万別。自分の勝手な考察で相手を決めつけたりするのは愚か者のすることだ。この目と耳で直接見たり聞いたりしなければ俺は確定させるようなことはしない」
「ほお、お前は少し違うようだな。そういうところは親に全く似てないな。他にお前を育ててくれた奴の入れ知恵か? 面白い。なら教えてやるよ、どうせお前に未来はないからな。ノースエンドのガキどもはいわば燃料だ。イーストエンドは俺達が使った超兵器ルシファーで滅んだが、その兵器を使用するにはあらゆる色の色力が必要だ。ここまで言えばわかるんじゃないのか?」
「白だな。だから大人ではなく子供を攫ったわけか」
「そういうことだ。子供は大人には持っていない色の色力がある。それが白だ。白の色力を持って産まれる子供はたまにいるが、ほとんどはそれから成長とともに個性に合わせて色が変化していく。だからまだ白を持ってる可能性のある子供を狙ったってわけだ。回りくどいことを長々としていたが結果はお前が見た通り、俺達は白を持つ子供を手に入れ、超兵器ルシファーを見事完成させた」
イーストエンドに降り注いだあの色力は虹色だった。
つまり白以外はとっくに手に入れていたということ。
「ヒトを燃料にするとは、非人道的にもほどがある。お前らはその超兵器を完成させるのに、今までどれだけのニンゲンを犠牲にしてきたんだ……?」
俺の怒りは届かず、カインはまるで平気な顔で答えた。
「さあな? 死んだ人間なんていちいち数えてねぇし憶えてもいねぇよ。それに、死んでも生き返らせて手駒にできるからな。一石二鳥だぜ。ここにある死体だってほとんどか燃料に使った人間だったからな。記憶を改ざんし、自分がサウスエンドの住民だと思い込ませてデモを起こし、国が混乱した隙を突いて巨石を破壊するつもりだった。が、お前の存在があったからこうして無理矢理計画を進ませた。お前ならすぐに俺達の魂胆に気づくだろうからな」
そう言うと、カインは自分の高揚感を表すかのように荒々しい色力を溢れさせる。
定まった色がなく、あらゆる色に次々と変化していく。
それは虹と言うにはあまりにも汚らわしいものだった。
「は、はは、はははははは! 待ってた! これを待ってたんだ俺様は! リーベンを復活させ、人間共が殺される光景を見ながらお前と戦いたかった! 少し順番が狂ったが、予定通りお前とこうして正面から敵対し、限界を超える戦いをすることができる! そして! お前の死とともに俺達の悲願は達成へと動き出す! 人間共を殺し尽くし、この大地を血で染め上げ、天使の宴によって終焉を迎える! 素晴らしいシナリオだ! 素晴らしすぎる!」
声高らかにカインは両手を上げる。
「復讐に狂った天使ってのは恐ろしいものだな。お前はこの町に来た1か月前からずっとそんなことを考えながら過ごしてたのか」
「1か月? ……フフ、ああ、そうだな。たしかに1か月前だな。だが、お前のそれはどこからのことを言ってるんだ? イーストエンドの崩壊後か? それとも、俺と一緒にイーストエンドへ行った時か?」
「……なんのことだ? 一緒にイーストエンドへ行った、だと?」
わけがわからないカインの言葉に困惑する。
「そんなはずはない。あの時誰かに追跡されているような気配はなかった。ブライト、リェゼル、カユウ、バトラと一緒に俺は……」
そこで声が出なくなってしまった。
1つだけ疑わしき部分を今さら見つけたから。
「まさか……!!」
「気づいたか? 丁度良い、見せてやるよ」
そう言うとカインの顔が先程のようにまたドロドロに溶け始める。
何故今になって気づいたのだろう。少し疑えばわかったはずなのに。
いや、俺の目が曇らされた。アイツがあまりにも話しやすいニンゲンだったから、疑心暗鬼に見ようとしてもいつものように見れなかったんだ。
「そう、お前らとともに行動してたバトラは、俺が変装したものだ」
変化した後のカインの顔は、まさにバトラそのものだった。
一緒に行動し、面白い奴だと感じながら話した男が今目の前にいる。
「ハハ! 驚いてる驚いてる! そりゃあそうだよな! 仲間だと思ってた奴が実はとっくに死んでて、しかも親の仇が化けた姿だったんだからな!」
相手がイタズラに引っ掛かった瞬間を見たときの子供のように笑いながら、カインはバトラの仮面を捨てまた元の老人の顔に戻した。
「……そうか……なるほど、ひとまずイーストエンドでの勝負はお前の勝ちってわけだな、カイン。それは認めよう。だが、これから始まる勝負の勝ちは俺が貰うぞ」
父と母、それぞれの剣を構え戦闘態勢に入る。
「まあ焦るなよ。驚くのはそれだけじゃない。もう2つお前にプレゼントがあるんだ。お前が飛んで喜ぶものを、な」
すると、カインの足下にまるで沼のようにドロドロとした紫色の色力の円が2つ現れた。
「出てこい、俺の奴隷ども」
沼の中から上がってきて最初に見えたのは2つの頭髪、黒の中に青があるものと黒の中に赤があるもの。それから徐々に顔、体とそのヒトの姿を露わにする。
「……」
目を疑う光景だった。
「さあ、感動の再会だ……」
もう何度見た姿だろうか。
もう何度見たかった姿だろうか。
会えた……やっと会えた……なのに……。
願望が叶った喜びとは裏腹に、俺の中から腸が煮えくり返る程の怒りとこれから起こる未来に対して目を背けたくなるほどの哀しみが溢れてくる。
「父さん……母さん……」
白衣を着た懐かしい2人がそこにはいた。
血まみれではなく、2本の足で立つ幼い頃に見た2人と同じ姿で。
「……ナイト、か?」
「え、そんな……」
2人も俺を見て驚いていた。
当たり前だ。もう会えないと思っていたのだから。
「うん……うん……俺だ、ナイトだ。……また会えた」
12年ぶりに会えたことに、すぐにでも2人の胸に飛び込みたいと一歩前に出てしまう。
だが思いとどまらなければならない。
なぜなら、あのカインが何の企みもなく親子を再会させるようなことはしないからだ。
「俺達は殺されたのがついさっきのことのように感じてるが、お前のその姿でどれだけの時間が過ぎたのかがわかる。大きく成長したんだな、ナイト。父さんはとても嬉しいよ……」
「でも、顔は全然変わらない。とっても懐かしいわ……」
2人も涙目で俺を見る。
「ハハハ! 感動的な親子の再会ってか? 見てると蕁麻疹が出そうな気分だな」
そしてこれから起こることを2人も察したのだろう、笑っているカインを見て睨みつけた。
「まさか、貴様が俺達を生き返らせるとはな……」
「このまま家族仲良く再会のパーティ、なーんて都合良いことがあるわけないわよね……」
「ああ、もちろん。その代わりに楽しいショーをお前らには披露してもらう」
カインはそう言って1度だけ足を強く踏み込むと、さっきと同じ紫色の色力が2人を包み込む。
「安心しろ、目は見えなくさせるが、人格はそのままの状態で操ってやる。その方がナイトも嬉しいだろ?」
2人の手には、いつの間にか剣が一本ずつ握られていて、俺が両手に持ってる父と母と同じ形の剣だった。
この2本の剣は昔サウスエンドに住んでいたとき家に飾ってあったもので、父さんと母さんが昔愛用していたものだった。
いつの間にか無くなっていて、2人を忘れないために記憶だよりにヘストスに頼んで作って貰ったものなのだが、本物はやはりカインが持っていたか。
「さあ、再会の喜びを噛み締め! 殺し合いながら、な」
2人の体がゆっくりと動き出す。
「カイン、貴様!」
「私達をあの子と戦わせる気!? なんて下劣なの! それでも天使?」
「お生憎様、俺達はもう堕ちた天使だ。昔のような良い子ちゃんじゃねぇんだよ」
表情から体の支配権を奪われて勝手に動いていることが十分に伝わってくる。
母さんは一度目を瞑ると、覚悟を決めたようにゆっくりと開いた。
「……残念だけど、あなたは私達と戦わなきゃいけない。私達じゃどうにもならないわ」
「アイちゃん、もうちょっとなんとかしようとは思わないのか? 俺達の息子なんだぞ」
「それができるならとっくにやってるわ。ここはもうナイトに任せるしかない。私達が今すべきことは、この残った口だけでナイトに少しでもこちらの情報を伝えて勝率を上げることよ。ダイちゃんも覚悟を決めなさい」
母さんの冷静かつ無駄なことは捨てた迅速な判断。
聞いているだけで懐かしい気分が込み上げてくる。
目は見えていないので死角からの攻撃や不意打ちなどをこちらに伝えることは難しいだろうが、それでもないよりはずっとマシだ。
「死んだ後でも余計な考えを捨てる性格は変わらないな。……クッソー、ワイも父親や! ここは成長した我が子に全てを任せるとするかいのう!」
父さんも覚悟を決め、どっしりと構える。
「ダイちゃん、方言が出てる。直したんじゃなかったの?」
「あ、しまった。イーストエンドらへんではこれも普通だったからなあ。俺も変わらないってことか……」
昔の家族の会話だ。
聞いているだけで涙が出そうになる。
「ナイト、ごめんなさい。いつもあなたには辛い思いばかりさせちゃって……」
「本当にごめんな……」
「……なんで謝るんだよ……2人とも何もしてないじゃないか……」
剣を構えることもせず、口から出てしまう。
「2人が謝るようなことは何もしてない。頼むからそんなことは言わないでくれ。余計に戦いづらくなる……」
2人は俺の言葉を聞くと、優しく微笑んだ。
「……わかった、もう謝らない」
「あなたもそういうところは全然変わらないのね。優しい子……」
ゆっくりと剣を持ち上げる。
そしてカインをこれでもかと睨みつけた。
カインも赤い羽を大きく広げ、俺を見る。
「さてと、じゃあやるか。お前を苦しませるために作った舞台。すぐに倒れてくれるなよ。あんまり早く終わるとつまらないからな」
蘇生され操られている以上、殺す以外に選択肢はない。
たとえカインの支配権から逃れても蘇生させた張本人からは決して逃げられないからだ。
放っておけば父さん達もニンゲンを殺し尽くす屍の人形の一部となってしまうだろう。
できれば2人を苦しませたくない。
ベストは一刻も早く2人を苦痛なく即死させてあげることだが、数で不利のこの状況ではそれも難しい。
それに、きっと2人を斬った時、俺には耐え難い程の苦しみと罪の意識が襲ってくるのだろう。
はたして俺に家族を殺すようなマネがもう一度できるのだろうか。
……いや、やるんだ。
やらなければそれは俺の死を意味する。
2人だってそれが望みなはずだ。
俺はこれから目に映る光景を想像しながら、震える腕で剣を構えた。




