名指し
念のためということで戦闘準備をしたあと、俺達は急いで宮殿を出てデモ隊達を止めるために神殿へ向かった。
「ナイト、ニコラ女王の武器、凄いね」
ブライトが走りながら耳元で小さく言ってきた。
「そうだな。あれで攻撃される奴はかわいそうだ」
俺も小さく答える。
前を走るニコラは、自分の身長よりも大きなハンマーを軽々と持ち上げていた。
イベネスもそうだったが、この一族は全員脳筋なのだろうか。
「聞こえてるわよあなた達」
マジかよ。地獄耳なのかこのヒト。
「今、私のこと地獄耳とか思ったでしょ?」
「「う……」」
俺とブライトで同じ反応をしてしまう。ブライトも同じことを思ってたらしい。
「わかりやすいわねあなた達。昼間から気になっていたけど、2人は恋人同士なのかしら?」
「いいえ! そ、そんなことないから!」
思わず反応してしまうブライト。
「コイツが俺の家に居候しているだけだ」
「居候させてるのはナイトでしょ!」
俺のボケにブライトが冗談と受け取ることができず、本気で答えてしまう。
「ふふふ、仲が良いのね。羨ましいわ」
優しく笑うニコラだが、その顔は少しだけ寂しさがあり、同時に懐かしんでいるように感じられた。
「そうやって話し合える内は、ずっとそうしていなさい。人はね、当たり前のものが無くなって初めてそれの大切さに気づく生き物なの。後悔したくないのなら、今を全力で謳歌なさい。人生の先輩からのアドバイスよ」
……俺はまだ生まれて20年しか経っていないので理解するのは難しいが、60年以上生きているニコラにとって、目の前で起きていることは全て過去に見てきたものと同一のものに見えているのだろうか。
俺とブライトを見て、ニコラはイベネスとの記憶を思い出しているように思える。全然違うニンゲン同士でも、そこに1つでも共通点を見つけることができている。人生経験の差というものだろうか。
そんなことを考えている内に、もう神殿の前に着いてしまう。
「こんなにたくさん……なんてことなの」
神殿前には、昼間の倍以上のヒト達が塊となっていた。柵は壊され、兵士達が壁となってなんとか侵入を防いでいる状態だ。
兵士の方が圧倒的に少ない。これではすぐに突破されてしまうだろう。
ニコラが一歩前に出る。
「何をやっているのあなた達! 神殿に入ることは法で禁止にしたはずよ! 今すぐその進攻をやめなさい! じゃないと全員拘束して独房にぶちこむわよ!」
女王が言う言葉としては問題だらけだが、デモ隊の叫びの方が大きく、誰もニコラの声に気づいていなかった。
「聞いているのあなた達! 今すぐやめなさい!」
さっきよりも大きな声で言う。それでもデモ隊達には響かない。
「やめなさいって…………言ってるでしょーーー!」
ニコラは持っていたハンマーを思い切り地面に叩きつける。
すると、大きな音と地震のような揺れが起こり、デモ隊達もそれに気づかないわけがなく、全員ニコラの方に顔を向けた。
「二、ニコラ女王!?」
デモ隊の1人がそう言ってまるで子供が自分のしたイタズラを親に気づかれた時のように怖気づく。
他のデモ隊達も、さすがに巨大なハンマーを持った女王に対して強く出ることができないようだ。
やっとデモ隊がこちらに視線を向けたことを確認したあと、ニコラは大きく息を吸う。
「ここから立ち去りなさい。神殿に入ることは法律で禁止にしましたが、今回は罪には問いません」
「でも……私達は……」
1人の女性が弱々しくも食い下がる。
「わかっています。あなた達が今のためではなく、未来の若者達のことを考えてあれを壊そうとしたのですよね。負の遺産を残さないことは今を生きる者の努めです。それは私も同じこと」
「なら――!」
「ですが、根拠もなく誰かのために行動することは善とは言いません。たとえ生命の巨石を壊したとしても色力の放出が無くなるとは限らないのよ」
「じゃあどうすればいいんだよ! 俺達はあれに殺されていくのをただ見てろってのか!」
デモ隊の男がそう言うと、他のヒト達も同じように騒ぎ始めた。
「不安になるのはわかるわ! でも、そうならないために私達がいるのよ。今あの巨石から出ている色力を分析しているところです。細かく調べれば対策だって見つけられるはず。だから、あなた達はこれまでのようにこの町で平和に暮らしていなさい。必ず、あなた達の未来は私が守ってみせるから」
その言葉を聞いたデモ隊達はお互いを見合う。
このまま進攻を続けるか、ニコラを信じて帰るか。
「私を信じて」
ニコラの最後の後押し。
どちらにするべきか迷うのは当然だが、答えはすぐに出た。
「私は……あなたを信じます……」
先程食い下がった女性がそう言う。
「俺も……」
「僕も……」
すると、次々とデモ隊達がニコラの言葉を信じる方を選択した。
ニコラの想いは届いたようだ。
「ありがとう、あなた達……」
いや、そうじゃない、おかしい。
やけにあっさりすぎる。
今まで結束してデモ活動をしてたヒトビトがこんなあっさり信じるものなのだろうか。
……ある仮説が思い浮かぶ。
ここにいるデモ隊全員が何者かによって操られた人形のようなものだったらどうだろうか。いや、正確に言えば黄泉の国から蘇った人形達と言うべきか。
ノースエンドで国民を苦しめていたルイス、イーストエンドで共に戦ったシュラン、この2人はもともと死んでいたが、『ラム・リバイバル』という名を付けられ、他者の体に己の精神を入れられたことで生き返った。
もし、この場のデモ隊全員がそうだとしたら……。
己が死んだこと、生き返ったことすら記憶から消されたヒトビトが、心すらも操られていることを認識できずに動いていたとしたら……。
そして、ここで1つ疑問がある。
この騒動を起こしたと思われる張本人、マスクの姿が見えないことだ。
俺は電流が頭に流れるような直感を即座に感じ取る。
「――ニコラ!!」
襲いかかる直感に身を任せ、ニコラの服を掴んで自分に引き寄せる。
「え――?」
俺の奇行とも思える行動にニコラは、いや、この場にいる全員が理解できていなかった。
だが、俺の行動は正しかったと言える。
これこそが、アイツの狙いだったのだ。
ニコラを胸元に引き寄せた途端、空から紫色の無数の色力の刃がデモ隊と神殿側にいた兵士達に雨のように降り注ぐ。
叫ぶ暇もない高速の死。
刃に体は切り裂かれ、さっきまで立っていたヒトビトはバラバラで見るも無残な姿となっていた。
地面は血で真っ赤に染まり、残ったのは俺、ブライト、ミーゼ、バーモン、ニコラの5人だけ。
「え……!?」
「何が……起こったの?」
目の前の光景に混乱する4人。
これは放色系の攻撃。しかも、相当な使い手のものだ。
もう少し俺の行動が遅かったらニコラもヒトの形を保っていなかっただろう。
「うーわマジかよ。今の攻撃から1人助けるって。ここまで勘が鋭いとは思わなかったぞ」
聞いたことのある男の声が耳に入る。
「上か!?」
バーモンがそう言うと、全員で視線を上に向ける。
視線の先、神殿の上には月明かりに照らされた2人の男女の姿があった。
「よっと!」
神殿からジャンプして、死体の上に着地する2人。その踏み方はまるで地を這う虫を踏みつける子供のよう。いや、本人達は虫とすら思っていないのかも知れない。ただ、死体を踏む感触に喜びを感じていることだけは確かだった。
「よう、また会ったな。ニコラも久しぶりだな。最後に会ったのは1か月前ぐらいか」
男の方、マスクは昼間の時と同じく前歯をむき出しにして笑っていた。
「マスク!? まさかあなたが!? どうしてこんなことを!?」
ニコラが口を開くと、マスクはつまらないものを見るような目つきになった。
「悪いがお前とはそういう話はしたくないんだよ。2回も長話をするほど暇じゃないんでね」
すると、マスクの隣にいる赤い短髪の女が荒い声で言った。
「よし、私はもう行くからな。早く弟を自由にしてやりたい」
先程から視界に入っていたが、できれば目を合わせたくなかった。
なぜなら、明らかにマスクよりも強者の圧が針を刺されたように感じ取れたからだ。
「わかってるさリーフェ。お前のここでの役割は終わった。さっさと行きな」
マスクが手で先に行くようにジェスチャーすると、リーフェは赤い短髪を揺らしながら背中を向けて神殿内へ向かって行った。
やはり先程の色力の刃はマスクが放ったものではなかったか。
「リーフェ? あれ、その名前って確かラージニイが口にしてたよね?」
ブライトが俺とミーゼを見て言ってきた。
「そういえばイーストエンドで捕まってた時に檻の中で怪しい女と話したとか言ってたわね」
ミーゼも今思い出したようだ。
「ん? なんだ? あの子供の知り合いかお前ら?」
リーフェの方もラージニイという名前に反応し、初めてこちらに関心を向けた。
「なるほど。ということはアイツはイーストエンドの崩壊から無事逃れられたってわけだな。自分で檻から出た時も思っていたが、大した運の持ち主だ」
まるで楽しみが増えた子供のように笑うリーフェ。
「ま、いずれもう1度会うか。それじゃあ私は先に行ってるぜ」
そして再び神殿内へ歩いて行った。
「待ちなさい! 神殿の中に入って一体何をするつもりなの!」
「そんなこと一々聞かなくてもわかるだろニコラ。生命の巨石を破壊するんだよ」
ニコラはリーフェを追いかけようとするが、その前にマスクが立ちはだかる。
「そんなことしたら、この国だけでなくユーラシア大陸全体が巨石から出ている色力によって危機に晒されるのよ!」
「フ。それで済むならまだマシだよニコラ。俺達の目的は、あの巨石に封印されてる命の神の片割れを開放することなんだからな」
「片割れですって?」
「なんだ、知らなかったのか? 命の神は六幸神の中で唯一姉弟で一柱の役割をしてる神だ。リーフェはここに封印されてるリーベンの姉なんだよ」
「リーフェが命の神!?」
ブライトが驚く。
「ナイト、お前達には感謝してるんだよ。俺達はリーフェを中心に動いてたんだが、ある日突然連絡がつかなくなり困ってたんだ。まさかイーストエンドに捕まってたとは思わなかったぜ。お前達がイーストエンドで一騒動起こしてくれたおかげで無事救出できたし、おまけに裏切り者のケルロスの排除もできた。頭を下げたいくらいだ」
知らないはずの俺の名前を口にする。いや、知らないわけがないか……。
「なるほど。リーフェが自由になったことで巨石に封印されている方の神と共鳴をしたんだな。だからイーストエンドが崩壊した直後に巨石から有害な色力が出始めた。それに、イーストエンドを超兵器で崩壊させたのもお前だな」
冷静にこれまでの出来事で起こっていた謎を解明していく。
「さすがナイト、その通りだ。あの兵器はまだまだ改良の余地があるが、正式名称はルシファーって言うんだ。今後お前らにも撃ち込む予定だから楽しみに待っとけ。さてと、じゃあそろそろ楽しいショーでもおっ始めるか……」
そう言うと、突如マスクは闘気を出してきたので、こちらも構える。
リーフェほどの脅威は感じないが、コイツも中々の使い手だ。用心しなければ。特に体調が優れない今はな。
「……と、このままガチのバトルをするのもいいが、やっぱり俺としてはタイマンが好ましい。ということでナイト、お前だけここに残れ。他の奴らは神殿に入ってろ」
「……」
なるほど、そう来たか。
「急に何言ってるのよあなた!? 私達がそんなことに従うわけ――」
「わかった、そうする」
ミーゼの言葉を遮り、俺はマスクの言葉に従う意思を示す。
「ナイト!? あなたどういうつもりよ!? 今5対1で私達の方が圧倒的に有利なのよ! こんな奴さっさと倒せばすぐに神殿の中に入れるわ!」
たしかにミーゼの言うことも一理あるが、それじゃあダメだ。
「あの男の実力がわからない以上ここに全員いるわけにはいかないだろ。リーフェはすでに神殿の中にいる。もういつ巨石が破壊されてもおかしくない。間に合わなかったらそれこそ終わりだろ。俺1人がここに残るだけで先に行けるならそれでいいじゃないか。向こうもそれをご所望だ」
「だが、その場合は1対1だ。お前の命が危険に晒される確率が高くなる。それでもいいのか?」
バーモンが説得しづらい部分を指摘してきた。
「ま、どうにかするさ。ほら、さっさと行け。こうしてる間にも時間は刻一刻と無くなってるぞ」
ミーゼ達に先に行かせるように手でジェスチャーする。
できれば俺も、アイツとは1対1がいい。
「本当に、大丈夫なの?」
ブライトが心配そうに訊いてくる。
「安心しろ。俺に自己犠牲なんて大層な精神はない。ヤバかったら逃げるから心配するな」
少しでも心配させないようにヘタクソなウインクをして余裕を見せる。
「……わかった。じゃあ終わったらすぐ来てね」
少しだけ笑ってそう言ったあと、ブライトはあっさりこちらに賛成してくれた。
ここでいつまでも話してるよりマシだと判断したのだろう。俺の目を見れば考えを変えるつもりがないことぐらいわかるだろうしな。
「みんな行こう。ナイトならきっと勝ってくれるから」
ブライトが先導したことで、ミーゼら3人も決意が固まる。
マスクの横を通り俺以外は神殿内へ入って行った。
不安を払拭できたかはわからないが、先に行かせることには成功したな。
「さてと……」
俺は目の前の男を見る。
マスクはこの状況になっても笑っていた。むしろさっきよりも嬉しそうに。
「自己犠牲なんて大層な精神はない、か。わかりやすい嘘だな。昼間お前を見たときは驚いたよ。まさかこの町に来てたとはな。観光か? それとも情報機関の仕事か何かか?」
マスクは楽しそうに話し始める。もうその名に意味はなさそうだが。
「仕事だ。まあ、お前を見た瞬間俺の方針は変わって、お前の対処が最優先になったがな」
ニコラと会ったとき、わざわざ諜報活動なんかしなくても、頼めば漂白石のことを話してくれるとは薄々思っていた。イベネスとニコラの仲が悪いのは知っていたが、2人とも国全体のこととなれば私情を捨てられるヒト達だ。だからわざと廊下で追跡されていたのを無視し、ドア越しからバーモンとニコラに会話を聞かせるようにさせた。そうすればニコラが自分から話すと思ったからだ。少しばかり賭けだったが、情報機関の目的はもう果たしたということになる。
あとは、コイツをいつ、どこで、どのように対処するかを考えるだけだった。
「やっぱり気づいてたか。なんであの時俺を捕まえようとしなかったんだ? ブライトとミーゼもいただろ?」
「お前の後ろにはデモ隊がいたからな。あのまま戦闘に入ってたら関係無いニンゲンまで巻き込むことになる。ま、その気遣いも無駄になったがな。全員お前が殺しちまった」
「素晴らしい判断だ。さすがはウラオモテの一族の血を引くだけはある。馬鹿みたいに親切なところもだがな」
「……いい加減正体を明かしたらどうだ? そんな仮面にもう意味はないだろ……」
「……フフ……」
男はニヤリと笑うと、顔面がドロドロに溶け始めた。
「昔の泣き虫とは大違いだな。さすがのお前も、両親の仇の前じゃ覚悟が決まるか」
「……」
思い出すのは、炎に包まれた研究所。
『兄ちゃん! 早く逃げないとやばいって!』
動こうとしない俺の手を引っ張る弟と、その目に入る残酷な現実。
血まみれで倒れている両親の間に立つ、赤い羽を持つ天使。
俺は泣くことしかできなかった。両親の最後を見ることすらできなかった。
「久しぶりだな。ウラオモテナイト」
仮面を外した老人は、その大きな赤い羽を広げる。
「シル・リバイバル・カイン……」
かつてないほどの胸が締め付けられる感覚に、俺は両親の敵を睨みつける。




