はじまり
「……どうしたものかしらね……」
俺達を見てニコラは考える。
さてと、あの男を見たあと方針を変えたのはいいが、ここからどうするか。
「バーモン様ここにいたんですかー。お風呂場にいなかったので探しましたよー」
変なタイミングでバーモンを探しに来たワンも現れた。
「あれー、ニコラ女王どうしてここにいるんですかー? それにナイトさん達もー?」
やる気のない声のせいか、緊張していた空気が緩和されていく。
「ワン、ちょっとだけ黙っててくれる。今私とこの人達で話してるところだから」
「そうなんですねー。わかりましたー」
「たくっ。で、話を戻すけど、あなた達3人のしようとしたことは完全にサウスエンドへの攻撃よ。多分トゥウでしょ、あなた達に諜報活動なんてさせたのは。あの人を過剰に信用する弟がそんなこと命令するわけないもの」
「……随分イベネスのことを信用してるんだな。関係が遠くなっても、自分の弟っていうことか?」
ニコラのイベネスへの想い、それは俺と似通ったもの。だが、負ける気はない。
「……本来ならあなた達はここで拘束して然るべき罰を与えるところです。諜報活動なんて国家レベルで考えれば死罪に値する行為よ」
「本来なら?」
ニコラの言葉に疑問を抱いたブライトが問う。
「これからのことを考えたら、あなた達には秘密にするべきではないっていうことよ。バーモンとも話し合って決めたわ」
「そういうことだ。運が良かったなお前ら」
ミーゼとブライトはお互いを見合ったあと、説明しろとでも言うように俺の方を見てきた。
俺がわざわざ説明せずとも、すぐに答えはわかる。
こうなることはあの男と会った時に全て計算済みだ。
というか、どんな会話でも俺だけは理解していると思ってるんじゃないだろうな2人とも。俺だってわからないことはあるんだぞ。
「あなた達が探ろうとしてたサウスエンドが漂白石を大量保有している理由、その秘密を打ち明けます。口で言うよりも見た方が早いからついてきなさい」
ニコラはそう言って先導し、階段で1階まで行くと、薄暗い階段裏で立ち止まった。
「ナイト、あなたは漂白石の採石場がこの宮殿の地下か神殿にあるかも知れないって言ったわね。その通りよ。サウスエンドで採れる漂白石は全てこの宮殿の地下にあるわ」
「でも、地下へ続く階段はどこにもないわよ」
ミーゼがそう言うと、ニコラは少しだけ口角を上げる。
「秘密はちゃんと隠すものよ。大事なことならなおさらね」
ニコラが壁に手を当てて朱色の色力を流すと、揺れとともに床が動き出し下へ続く階段が現れた。
「色力に反応して動く仕組みか。本で見たカラクリ屋敷と同じだな」
カラクリというのは本や逸話などで聞いたことはあったが、こうして実際に見てみると面白いものだな。
子供の頃忍者に憧れた弟が家をカラクリ屋敷にしようとしたのを全力で止めたのを思い出す。
「それにしても、ナイトはさっきから全く驚かないな。気づいてたのか?」
「まあ、地下への階段が見えない時点でどこかに隠してることは大体予想できるからな」
「そういうところは両親そっくりなのね。いえ、一族特有と言った方が正しいかしら」
「……」
暗い階段を下りる。
かなり長いのか、下が見えない。
「今から見せるのは、おとぎ話が現実へ、いいえ、世界の真実の一部分と言ってもいいことよ」
5分近く階段を下りたあと、出口の光が見え始めた。
「ようこそ、本物の聖寵の場へ」
階段の最後の段に足を踏み出して、光の方を見る。
そこにあったのは、巨大な採石場だった。
広さはこの町の半分程度だろうか。
たくさんのヒト達が大岩をツルハシで砕いては運び、その工程を何度も繰り返している。
「凄い広さ。それに、あの人達が運んでるあの岩はもしかして、漂白石?」
「その通りよブライト。彼らが運んでいるのは全て漂白石。この地下空間は地上で言えば神殿まで広がっているわ。神殿から作られる漂白石をああして宮殿まで運んで、あなた達の住むウェストエンドへと輸出されていくわけよ」
「神殿から作られる?」
ブライトとミーゼが首を傾げる。
「失礼、訂正します。正確には神殿の中にある『生命の巨石』から出る色力によって作られるというべきね。詳しい説明は向こうの部屋でするわ」
それからさらに採石場内を歩き、ドア付きの岩で囲まれた小さな空間の中に入る。そこは他とは違い、フラスコなどの実験に使う器具がたくさん並べられていた。
真ん中にあるテーブルの上には何も入っていない透明なガラスの箱が置かれてあり、箱は天井にある取っ手の着いたパイプのようなものと繋がっている。
「ここはちょっとした実験室よ。全員真ん中にあるテーブルの周りに立ってちょうだい」
ニコラの言われた通りに俺達はテーブルの周りに立つ。
すると、ニコラはそばに落ちていた石を適当に拾い、テーブルにあるガラスの箱の中へ入れた。
「これから始まるのはちょっとした魔法よ。ワン、色力を流して」
「りょーかいでーす」
ワンはパイプに着いてる取っ手を下へ下ろすと、ガラスの箱は紫色に光り出した。
目に刺さるような眩しい光がしばらく続いたあと、石の色が紫になったと同時にワンは取っ手をまた上に上げる。
すると、光は無くなり残ったのは紫色に変化した石だけだった。
「もう少ししたら色が無くなるから待ってなさい」
ニコラがそう言うと、ガラスの中の石が忽ち色を失い始め、透明に近い白になった。
ガラスの蓋を開け、ニコラはそれを取り出す。
「この石、あなた達ならわかるわよね?」
ニコラの持っている石。
勉学を受けた者なら誰でも知っているもの。
「もしかして、漂白石?」
ブライトが答えた。
「正解。これがあなた達が探ろうとしてた秘密。私達は漂白石を自然から集めているわけじゃない、生産して外国に輸出していたのよ」
ニコラの衝撃の告白。
ブライトとミーゼは声に出さずに驚いていた。
当然だろう。一般的には漂白石は自然から生み出されたものというのが常識だ。人工的に作れるなんてことはそれこそ想像もしてなかったことだからな。
バーモンもニコラから聞いてはいたが見るのは初めてなのか「ほお……」と関心した顔をしている。
俺も不安はあるが少しだけビックリだ。
「さすがのナイトも驚いているわね」
「そうだな。だがどういう方法でこんなことができたんだ?」
神殿までこの地下空間があることと、さっきのニコラの生命の巨石から作られるという発言でわかりきったことだが、一応質問する。
多分横の2人は驚いてそんなこと考えてないだろうからな。
「この箱に着いてるパイプはね、生命の巨石から出てくる色力を集めた貯蔵庫に繋がってるの。さっきの光は貯蔵庫からパイプに流れた色力がガラス内で拡散したことによるもの。そしてその色力に触れた石は、どんなものでもこのように漂白石になってしまう。ワンから聞いたでしょ。あの巨石には六幸神の一柱、命の神が封印されているって。今では信じてる人間は少ないけどね、それは本当のことよ。あの巨石の中には神がいる。だから巨石から無限に色力が出てくるのよ」
「では、この採石場にある漂白石は全てその神の色力に触れた岩石が変化したもの、ということですか」
「ええ、その通りよバーモン。私達の推測ではこの漂白石でできた地下空間は生命の巨石を中心にこの町の約3倍の面積に相当する。いいえ、もしかしたらもっとあるかも知れないわね。私も最初は六幸神なんてただの伝説だと思っていたけど、触れただけでそこらへんにある小石を漂白石に変化させ、これだけ広範囲に変化を及ぼせる膨大な色力。そんなものを持ってるのはもう神以外に思いつかないわ。伝説は実在するものだった。馬鹿みたいな話だとは思ってたけど、私達人間は本当に命の神から作り出された生命体なのかもね」
壮大な話を深刻な顔で話すニコラ。
だが、『神は実在した』、そんなものは大した問題ではない。もっと注目しなければならない点が他にある。
いや、神という存在を考慮すればそれは問題として認識するのは難しいのかも知れない。なぜならそれは、消し去られた歴史の中にあるものだからだ。
「ニコラの話が本当なら、漂白石を無限に得られるということになるな。漂白石の加工技術が発展すれば、さらなる戦力の増強が見込める」
俺はその問題を思考させるために少しだけ話の流れを変えることにした。
「いいえナイト、それは無理よ。昼間に巨石から出される色力が1か月前から有害なものに変化したことを話したでしょ。あれのせいで漂白石を新たに作り出すことはできなくなってしまった。今見せたのは貯蔵庫に溜めた神の色力を使用したもの。だからいずれ貯蔵庫の色力も枯渇して漂白石の生産は完全に止まってしまうわ」
思い通り話がそちらの方へいってくれた。
「その話で思い出したんだが、なんでニコラはあの巨石を壊さないんだ。有害な色力を放出し続けるなら、もう必要ないだろ」
話に追いついていけてるか心配になり横にいる2人に視線を向けると、ブライトが少しだけ暗い表情になっていた。
「理由は2つ。1つは単純に壊せないから。もう1つは、壊せば巨石の中にある色力が一気に町全体に拡散する可能性があることがわかったからよ。もし巨石から出てる色力が神のほんの一部のもので残りの全てが一気に流れれば、このユーラシア大陸は終わ――」
「ニコラ女王! 報告です!」
ドアをドンと勢い良く開けて入ってきたのは、宮殿にいた兵士だった。
「神殿の周りにいるデモ隊が、生命の巨石を破壊するため柵を破壊し神殿内に侵入しようとしています! 今はなんとか兵士達で食い止めてますが、このままではいずれ神殿内に侵入される恐れがあります!」
「ッ!! すぐに止めなさい! 多少の攻撃は許可します! 万が一巨石が破壊されれば大変なことになるわ! 私もすぐに向かいます!」
「わかりました!」
兵士が敬礼しすぐに部屋を出ていくと、ニコラは焦りの表情を俺達に見せてきた。
「まずいことになったわ。しばらくすればデモ隊も落ち着くと思ってたけど、まさかここまで活発化するなんて……!」
「マスクだな。お得意の饒舌でデモ隊の結束を強めたか」
冷静にさせるように説明する。
とにかく今は少しでも早く神殿に行くのが最優先だろう。
「……とにかく神殿に向かうわよ。バーモン、それにナイト達も協力しなさい。このままじゃこの大陸全体が危うくなるわ」
4人で同時に首を立てに振って了承する。
「私は宮殿内でいつでも残りの兵士達を送れるように待機してますねー」
「お願いするわ。それじゃあ行くわよ!」
これが、あの地獄のはじまり。
信じ難くとも信じるしかない光景の数々。
血しぶき、悲鳴、死んだ方がマシなほどの恐怖。
逃げたくても逃げられない、逃げる意味がない。
もう立ち止まることはできない。
もう目を背けてはいけない。
ああ、心底人生というのを呪う。
どうして人は誰かのために、命を懸けなければならないのだろう。




