平穏な巡り
ニコラ宮殿を出て、大体町の中心らへんに着いた頃。
ここに着くまでに多くのヒトとすれ違ったが、人種の違うヒトとすれ違うことも少なくなかった。やはりユーラシア大陸一の多文化国家ではある。
「うわあ……」
町を見渡してミーゼは感動していた。
とりあえず何も聞かずにワクワク気分で歩くミーゼの後ろをついてきたが、行きたい場所でもあるのだろうか。
「ねえ、2人とも。あそこなんて面白そうじゃない?」
そう言ってミーゼが指差した先にあったのは、大きなデパートだった。
気球で上げられている旗には月に1回の大安売りとデカく書かれている。
単純だ。だけどなぜか磁石みたいに引き寄せられてしまう。
「ほら、行きましょ行きましょ!」
俺とブライトは手を掴まれ強引にデパートへと走らされた。
中はヒトでごった返しており、みんな安売りされている商品目当てなのだろう。
「で、なにから見るんだ?」
「そうね……いろいろありすぎてちょっと……」
1階から5階の全階層について書かれてある案内板を何度も上下に繰り返し見る。
俺としてはキッチン用品を扱ってる2階へ行ってみたい。
「ねえ、ミーゼ、ちょっと……」
ブライトがミーゼの袖を掴み、耳元で何かを囁く。声が小さいのと、周りの音がうるさすぎてよく聞こえない。
「え、まあ私も見るつもりだからいいけど、なんでそんな突然……」
「……」
「……あー、そういうことか。わかったわ」
何かを察したのか、ミーゼはニコニコしながらブライトの手を掴んだ。ブライトは俯いてこちらを見ようとしない。
「ナイト、ここからは別行動にしましょう。私達行く場所決まったから、あなたも行きたい場所があるならまずそっちへ行きなさい。見終わったらまたここに集まりましょう」
「あ、おい!」
こちらの話を聞くこともせず、2人は走って階段で上の階へ上がってしまった。
「突然どうしたんだ、2人とも?」
全くわけがわからない。
まあ、これでキッチン用品をじっくり見られるからいいか。
俺も2階へ行くために階段へ向かった。
ナイトと別れたあと、私とミーゼは4階にある化粧品コーナーの棚に並べられている商品を見ていた。
化粧のことを教えてほしいって言ったときは断られないか心配だったが、ミーゼが嫌な顔せず了承してくれたのが嬉しかった。
「この下地ならファンデーションをより崩れにくくしてくれるからオススメよ。保湿ケアの効果もあるし」
「下地……」
「ファンデーションは私はリキッドがいいと思うわ。あと色選びも重要よ」
「ファ、ファンデーション……」
「眉毛とかも重要ね。あとは……」
「ちょっ、ちょっと待って! そんないきなりたくさん言われてもわからないよ!」
次から次へと入ってくる情報に頭が混乱してしまう。
さっき教えてくれと言ったばかりだけど、もう挫折してしまいそうだ。
そもそも今まで化粧のことなんて全く興味がなかった私からしたら、並べられてある化粧品の形からもう不可思議だ。
「あ、ごめんなさい。一気に言いすぎたわね」
「うんうん。私こそいきなり化粧のこと教えてって言ってごめんね」
「全然気にすることないわ。やっとあなたがそういうことに興味を持ってくれたんですもの。喜んで協力させてもらうわ。それにしても、こうやって近くで見るとブライトの肌って本当にプルンプルンで子供みたいよね。身長もそうだけど、肌もまだ15歳とかそこらへんよこれ」
自分のと比較するようにミーゼは私の顔肌を触ってきた。
「私なんて肌の色が青白いからちゃんと化粧しないと病気だって疑われるくらいだもの」
「そんなことないよ。ミーゼの肌だって綺麗だよ」
たしかにミーゼの肌は青白い。
何回か見たことがあるのでわかるのだが、死んだ人間もそんな肌の色をしている。
でもミーゼはちゃんと生きてるし、本当に綺麗だ。
「はいはい、社交辞令ありがとうございます。それよりもさ、急に化粧に興味持ち始めた理由、多分わかってるけど教えてくれないかしら?」
「……」
「……ナイトのことでなにかあったの? 彼抜きにして教えてほしいなんて、なにか心境の変化でもあった?」
答えづらい質問だったが、私は意を決して口を開くことにした。
「……最近さ、ナイトが少し変なんだよね。夜になったらちょっと夜空見てくるって言って外へ出るようになってさ。今までそんなことしなかったのに。それに食事の量だって前と比べて半分以上減っててさ。本人は大丈夫だって言ってたんだけど……」
病人を見ているような感じだった。
なんだか死が近い人のようで、見ているのがとても辛い。
「ふーん、それで?」
「え?」
「え?じゃないわよ。それと化粧に興味を持った理由の答えになってないでしょ」
「あ、そっか……」
そっちのことばかり考えてて、肝心の理由が話せていなかったことに今気づいてしまった。
情けないなぁ、ホント。
「しっかりしなさいよもう……」
呆れるミーゼを見て後頭を掻きながら苦笑いをする。
理由か……。
「化粧をちゃんとしようって思ったのは、ホントつい最近なんだ。化粧しているナイトを見てたら、なんだかスッピンの自分が恥ずかしくなってきちゃって……。ナイトとは家でも一緒なのに」
今までそんなことなかったのに、化粧台に座るナイトの後ろ姿を見て、なぜか化粧をしていないことが心配になってしまう。
自分の人生で、化粧を使ってまで綺麗になりたいなんて思うことはないと考えていたのに、今はそう思っている。誰かのために綺麗になりたいと思ってしまっている。
「なるほどね。まあそれが普通なんじゃない。私だって青白い肌を晒すのがイヤで化粧始めたし。ナイトやカユウも似たようなきっかけがあるはずよ、きっと」
「でもさ、人前だけ綺麗になろうとしてるのって、なんだか相手を騙してる感じがするっていうか……」
どうしてもそこで抵抗感が出てしまう。
「気にすることないわよそんなこと。昔ナイトが言ってたわ。“化粧は綺麗になるためのものじゃなくて、相手を不快にさせないためのもの”だって。私もそう思うわ。だから相手を騙してるなんて思わなくてもいいのよ」
「そんなこと言ってたの? いつ?」
「もう8年ぐらい前かしらね。ナイトも母親からそう教えられたみたいよ」
知らなかった。ナイト、ミーゼにそんなこと言ってたんだ。
「そうなんだ。ナイトのお母さんか……どんな人なんだろう」
「聞いたことないの?」
「うん。私って10年も一緒に住んでたのに、自分が思ってるほどナイトのこと知らないんだよね。ナイトって自分の過去とか全然話さないからさ。だから両親が研究者だってことさっき初めて知ったんだ」
私は並べられてある化粧品を遠い目で見る。
考えれば考えるほど、ナイトはわからないことが多い。
普段はどこにでもいる明るい青年と変わらないのに、仕事とかで突然物事を冷静に判断するようになるところとか、まるで二重人格だ。
「あ、でもね。ナイトの好きなものとか癖とかは多分本人よりもわかってると思うんだ。嘘つく時は表情とか口調ですぐにわかるし。考え事してるときは無意識に手遊びしてるところとか」
そう、そこだけは多分誰よりも、世界中で私が1番わかっていることだと思う。
「だからさ、ナイトのことはこれからもっと知っていきたいし、そばにいたいし、信じたいって思うんだ」
本人にはとても言えないけどね。
「……まるで恋する乙女ね」
「え!? いや!? そういうことじゃなくて! その、なんというか、ナイトのことは家族のように思ってるっていうか……とにかくそういうのじゃないから!」
恋愛感情はないはず。
なぜならナイトは私にとって家族のようなものだから。
家族に恋なんてするわけがない。
「はいはい、わかりましたよ」
「ねー、ホントにわかってるのそれ!」
わかってなさそうだったので、文句を言いながら私は別の棚に移動するミーゼの背中を追った。
買い物袋を持ったブライト達と合流しデパートを出た俺達は、宮殿までの帰路についていた。
「なー、結局なに買ったんだよ、お前ら?」
「だからさっきも言ったでしょ。ヒミツよヒ・ミ・ツ。ね、ブライト?」
「うん……」
デパートで合流したときにも聞いたのだが、教えてもらえなかった。
ミーゼはわかるがブライトが買ったものを秘密にするのは初めてのことなので非常に気になる。
「お前ら! 今こそ俺達の意思を伝える時だ! こんな危険な神殿はすぐに取り壊すべきだ!」
「そうだぶっ壊せ!」
「問題を未来に持ち込ませるな!」
神殿前に着くと、デモ隊がまだ抗議していた。
「まだやってるのね。少なくとも5時間はやってるわよ彼ら」
この町に着いたのがお昼頃で、今は5時を過ぎたところ。休みや交代をしていなければそれぐらいの時間していることになる。
さっきと違うところがあるとすれば、デモ隊の中心に台があり、その上にリーダーと思われる男が乗って抗議しているくらいだろうか。
有害な色力が町を汚染するかも知れないなんて聞いたら、怖がって壊したくなる気持ちはわからんでもない。
「汚染していく神殿を破壊か。どう思う、あれ」
俺は試すように2人に聞いてみた。
「私はいいと思うわよ。壊して汚染問題が解決するかはわからないけど、何もしないよりはその方がみんなも安心するでしょ」
ミーゼらしい回答だな。
とにかく行動して住民を安心させるのを優先しているってところか。
「ブライトは?」
「私は……凄く迷うなあ。普通の建造物なら迷わずミーゼと同じように壊すべきだと思うんだけど、あの神殿は歴史が古いんだよね? 歴史的建造物なら、なんの解決策も考えずに壊すべきかどうかはちょっと……。それにミーゼの言う通り壊したって解決するかはわからないんだし」
「そっか」
2人とも違う考え方を持っていて面白いな。
「ナイトはどう思うの?」
ブライトが聞いてきた。
「そうね。私達の意見を聞いたんだから、ナイトも言わなきゃフェアじゃないわ」
ミーゼもブライトと合わせるように言ってきた。
フェアって言われると答えないわけにはいかないな。
「俺は……」
少しだけ考える。
いや、それは意味がないか。俺の答えはもう決まっている。
「壊さない理由が、歴史を知るためなら、俺は迷わず壊すべきだと思う」
「どうして?」
「歴史を知ったところでニンゲンが変わることはない、繰り返すだけだ。歴史がそれを証明している」
「でも、歴史を学ぶことで何らかの解決への導きが得られるかも知れないわよ」
「じゃあそれだけのために自分が苦しめられているとしたら、お前達は受け入れられるか?」
「それは……」
「……イヤだね」
「だろ」
と言っても、この問題は最初から答えがわからないものだ。
どれだけ反対の意見を述べても正解にはたどり着けない。
絶滅危惧種の問題にしてもそうだ。
よく絶滅を阻止しようとする人がいるが、絶滅するということは自然界の秩序にはもう必要なくなったとも言える。
秩序とは、不変ではなく流れそのもの。
たとえ絶滅によって災厄が起ころうとも自然界にとってそれはただの流れであり、何もおかしなことはない。
しかし、人間はその災厄を恐れる。
生きたいというその一心のみで災厄から遠ざけようとする。
ようは後回しなのである。
自分達のときさえ災厄が起こらなければいい。
とりあえず応急処置さえできていれば、それでいいと考えてしまう。
「そこの小僧!」
「……俺?」
さっきの台に乗って、1番大きな声で抗議をしていたリーダーらしい男に指をさされた。
「そう、お前だ! 俺にはわかるぜ! お前はこちら側の人間だと!」
「はあ……?」
たしかに壊すべきだと思ってはいるが、そんな風に言われるとなんだか宗教の勧誘みたいで素直に返事したくなくなるな。
すると、男は台から下りてこちらに近づいて来た。
「お前の心、見ればわかるぜ。ひでえ有り様だ! 天才すぎて周りから浮いてる科学者みたいにぐちゃぐちゃだな」
今度は目の前で指をさしてくる。
「ちょっと! いきなりなによ失礼ね!」
「そうだそうだ!」
なにも反論しない俺の代わりに、2人が文句を言ってくれた。
「……」
「……」
俺は前歯をむき出しにして笑う男と睨み合う。
この男は……。
「帰るぞ2人とも」
「え?」
「ちょっと!?」
俺は2人の手を引っ張って宮殿へと逃げるように急ぎ足で向かう。
一瞬だけ目線を男の方に戻すと、男はまだ笑ってこちらを見ていた。




