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Lonely Peace  作者: 天気雪晴
王の迷走
3/35

安定のない距離感

 3020年4月1日。ブライトが来てから約1ヶ月。

 俺はこの一か月で家計のやりくりの難しさを実感していた。

 ブライトが来てから、国から支給される金額が増え、そこから食費やら雑費やらを引いていっているのだが……。

 食費が高い!

 ブライトが来てから美味いものを食べさせてやろうと張り切りすぎたのが悪かった。じいちゃんがいたときは全然実感がなかったが、まさかここまで食費が高くなるとは……。

 まあこれは全部俺が悪い。1日4食でブライトは早食いで俺は大食い。俺の方が圧倒的に食費が高いのだ。

 それを考慮せずブライトがステーキを美味しそうに食べてくれることに調子に乗り、ほぼ毎日一食はステーキを出してしまっていた。

 気づいたのが20日前と意外に早くて助かった。もしあのままステーキを食べ続けていたらじいちゃんが残していった財産を使うことになってしまっただろう。

 じいちゃんがいざってときに使えって残してくれたものを僅か一か月で削ってしまうところだった。

 それから俺は安い食材を買うようになり、それを美味く調理する方法をヒトに聞いたり本を読んだりして編み出すことにした。

 そのおかげか、前よりも料理の腕が良くなった実感がある。ブライトも美味いと毎日褒めてくれるし、まだまだ改善が必要だがとりあえず料理の腕に関しては成長した1ヶ月だったと言えるだろう。

 ブライトに関してはまだ町には慣れていないようで、俺と買い物に行くときに町のヒト達に話しかけられたりすると話し方がぎこちなくどうすればいいかわからないという感じだった。

 なのに家ではよくリェゼルと一緒に笑っていたりする。

 家と外では全然違っていて、少しだけ面白い。

 さて、これらは俺達二人だけのことなのだが、これからは少し大変なことになる。

 なにせ学校に入学というイベントがあるからだ。

 『王立兵士学校』。名前のとおり兵士を育成する所で、10歳になると入学を義務化されているのでこの国に住んでいる子供は全員そこで教育を受けることになる。

 兵士学校という名前から、王に仕える兵士を育てるように思えてしまうがそれは少し違う。確かに卒業すれば強制的に国の兵士として認められるが、それはこの国にいる住民全員がそうだ。

 この国にいるヒト達は全員が兵士であり、全員が国を守っている。町のそこらへんですれ違う大人もみんなそうだ。肉屋のおばちゃんとかも老いたが元兵士だ。

 ウェストエンドが他国に誇れるところといえばおそらくここだろう。

 イベネス王は少し変わっていて、弱者を守るのではなく、強くするのを信条としているニンゲンだった。

 だから、兵士がヒトを守るのではなく、みんなでみんなを守るという国を作りあげた。

 こういう国はデメリットが多いが、メリットも多い。なにせ全員鍛え上げられた戦闘員なので、外からの訪問者などはすぐに気づいてしまう。簡単に言えば、町の住民全員がパトロールしているに等しい。

 だから、他国のニンゲンなんか一瞬で気づかれてしまうし、犯罪なんて起こしたら町のニンゲン全員から追われることになる。

 こんなある意味理想的な国ができるように思えないが、ここのニンゲンは怖気がするほど忠誠心や結束力が高い。

 だから、王の無茶な考えについて行けるし、王もそれをわかって実行した。それが今のウェストエンドへと繋がったのだろう。

 そしてもうすぐ俺達がこれから通うことになる学校に着くところだ。

「なんか緊張するなあ。私学校に行くの初めてだから」

「お前が住んでいたところじゃ学校はなかったのか?」

 この国は10歳から入学することになっているが、4歳から9歳まではまた別の場所で教育を受けることになっている。

 そっちはどちらかというと仕事で子供の教育に時間が割けない親のためのもので、俺は行っていない。

 他の国にも似たようなシステムがあるはずなのだが。

「あったけど、私は行かなかったんだ。家で他の人が代わりに私を見てくれたから」

「家庭教師みたいなものか」

「うん」

 なるほどな。それなら学校に行ってなくて当然か。

「あ、見えてきたな」

 前に大きな建物が見える。

 今まではあまり見ていなかったが、これから自分が毎日のように見るものだ。

 広い庭、大きな建物、たくさんの子供達、こんな光景がこれから当たり前になる。

「うわぁ、凄い。お城ぐらい大きな建物がいくつも並んでる」

 ブライトの表現はちょっと言い過ぎだが、それでもここまで大きな建物はこの国の中では数えられるぐらいだろう。それが横や奥に並んで建っている。

 真ん中にある建物に近づくと、1年生クラスと書かれた看板に右向きに矢印が書かれていた。

 子供たちはそれを見て矢印通りの道に歩いている。

 俺達もヒトごみに紛れながら矢印のとおりに歩く。

 しばらくすると前の子供達が1つの建物に入っていくのを見つける。

「あそこが俺達の校舎か」

 他の建物と変わらないが、近づくたびに少しだけ緊張感が湧き出てくる。

 それはブライトも同じのようで、顔つきがさっきと違って真剣になっていた。

 中に入ると、目の前にはかなり大きな看板が5つあった。

 おそらく自分達が行くべき教室が書かれているのだろう。

 看板に近づくとやはりそれぞれの名前が書かれてあり、隣には教室の番号が書かれていた。

「俺は……1のKか」

「あ、私も」

 ブライトも同じなようで、嬉しそうに俺を見てきた。おそらく1人にならなくて安心したのだろう。

 しかし、一応家族となっているニンゲン同士を同じクラスにすることがあるのだろうか。

 もしかしたらトゥウがブライトのために根回しをしてくれたのかもしれない。あいつは結構過保護なところがあるからな。

 だが俺もブライトを1人にするのは心配だったので、ナイスプレーと言っておこう。

「とりあえず行くか」

「うん! 行こう行こう!」

 1つの心配がなくなったブライトはランラン気分で歩き出す。

 俺からしたらむしろここからが大変だと思うんだがな。

 『1-K』と書かれた教室に入る。

 まだ来ていない子供も多いが、それでももう会話をしている生徒がいる。

 明らかに避けられている子供も2人ほどいるが、それでも随分と話し声がする教室だ。

 いや、もしかしたら他の教室も似たようなものなのかもしれない。

「初めまして! 私ブライトっていうの。あなたは?」

 そんな教室でブライトはさっきの2人の子供のうち、白髪で赤いバンダナを着けつまらなそうに外の景色を見ている女の子に近づいて話しかけた。

 同性で1人ということで話しやすいと思ったのだろう。

 女の子はほんの少し目をブライトに向けて言った。

「……ちっさ」

 そう言ってまた外の景色を見る。

 ブライトは固まった笑顔で帰ってきた。

「ナイト、あの子なんなの! ちょっと失礼じゃない!」

「俺からすれば話しかけたお前もどうかと思うよ」

 と言いつつも俺はもう1人の方を見る。

 黒い髪で先端は少し緑色の男の子が本を読んでいる。

 タイトルは『人との話し方』と書かれていて、あっちはコミュニケーションする気はあるようだ。

「初めまして! 私は――」

 ブライトは俺の視線の方向を見て、男の子を見た途端また話しかけた。

「ああごめん。今これ読んでるから話しかけないでくれないかな。邪魔だから」

 笑顔で酷いことを言う男の子。

 今度は名前すら言えずに俺のもとへ帰ってきた。

「ああ、わかったから俺の服を引っ張るな」

 ブライトは頬を膨らませながら袖を引っ張ってくる。

 てかあの本意味ないじゃん。

 あの2人は席1つ隔てて横に並んでいて、隣じゃなくて良かったと少しホッとする。

 もし隣同士だったら、喧嘩になること間違いないからだ。ブライトに対しての反応からして間違いないだろう。

 とりあえず黒板に書かれてある席に座ることにする。

「えーっと、俺の席は――」

「どうしたのナイト?」

 あまり想像したくなかったことが現実になってしまった。

「いや……なんでもない」

 俺の席は、よりにもよってあの2人の間。

 ブライトが俺の前だったことは良かったのだが、横に関しては最悪のハズレを引いてしまった。

「あ、私の席あの2人の近くなんだ。それでナイトは……うわぁ」

 ブライトも俺の反応の理由がわかったようで、可哀想なヒトを見るというリアクションをしてきた。

 とりあえず席に着くが、4人いるのに誰も話さないという重い空気が出来上がっていた。

 他の生徒も俺達には、というか横の2人には近づかないので、周りには誰もいない。頼むから早く先生来てくれ。

 そう願っても、時間まではまだ20分ぐらいあるので先生はすぐには来ない。

 ブライトも2人が怖くてあまり後ろを向いてはくれなかった。

 というか時間があるんだから他のヒトに話しかけに行けばいいだろう、と今さら思ったのだが、一度座ってしまうとなかなか動けないものだ。

 ブライトも同じような状況なんだろうな。離れたくても離れられない。ある意味拷問だな。

 20分後、俺の願いはようやく叶う。

「みんなー! 席に着けー!」

 入ってきたのは身長が2メートルぐらいある元気なおっさんだった。

 黒板前にある教卓に立つ。

「今日からこのクラスの担任になるオクト・レザムだ。この学校はクラス替えがないので10年間ずっとこのまんまだ。みんなよろしくな!」

 他の生徒たちは困惑しながらも挨拶するが、俺はできなかった。

 10年? 俺10年も横2人と一緒の空間にいなきゃならないの?

「おっと? そこの後ろ4人。声が聞こえないぞ? よろしくー!」

「よ、よろしくー……」

 ブライトが同じように返したが、他3人が何も言わないことに気付き後ろに振り向く。

 恥ずかしそうに赤面するブライトだが、どうか許してほしい。とてもそんなこと言える状態じゃないのだ。

「ありゃりゃ、そちらの3人はそういう気分じゃないか。まあいいや、とりあえずこの学校の説明からするぞー」

 そのあと先生の言う通りこの学校の卒業までの行事や成績の話をしたあと、外のグラウンドで校長先生の聞きたくない長い挨拶で今日の学校生活が終わった。

「つ、疲れたー」

 家に帰ったあと、倒れるようにテーブルに頭を置く。

 ブライトも同じような姿勢だった。

「ホントただ話を聞いただけなのに凄い疲れた」

「お前はまだ前にいるからいいよ。俺なんか真横だから2人の圧が凄いんだよ」

 2人からは1日中話しかけるな、こっち見るなという圧が出ていて、俺はそれを両方から喰らっていた。

「前は見えないから余計怖く感じちゃうんだよぉ。それよりもナイト、私お腹空いちゃった。今日は何を作るの?」

「そういえばもうそんな時間か。じゃあちょっと待ってろ」

 俺は重い体を持ち上げて台所に向かう。

「あ、そういえばさ。明日と明後日は授業で家に帰れないんだよね?」

「そんなこと言ってたな、確か」

 詳細はわからないが、「3日間外に行くからちゃんと準備しろよ!」とか言われたのを覚えている。

「リェゼル大丈夫かな?」

 心配そうに馬小屋の方を見るブライト。

「あいつなら自分で外に出れるし、ご飯も3日分用意しておけば大丈夫だ」

「でもたまに偏食なとこない? この前なんか『アタシグルメだからりんごだけ食べるわ』とか言ってりんごだけバカ食いしてたし」

「あいつの頭はニンゲン並みに良いからな。そういう気分ってときもあるだろ。次の日にはもう草を食ってただろ」

「そうなんだけど、なんかちょっと心配っていうか……勝手に家のもの(あさ)られてそうっていうか」

「それはないだろ……ないよな?」

「……」

「……とりあえず後で注意しとくわ」

 そんな感じで食事に入り、明日を迎えた。



 3020年4月2日。初めての授業は、学校の裏にある大きな森の前で行われた。

 1年生全員がクラスごとに集められている。

 そこに1年生の主任と思われるヒトが出てきた。

「ではこれより授業を始めます。君達にはこれから1チーム4人でこの森に3日後の夕方まで生活してもらいます」

「……え?」

 思わず出てしまったが、他の生徒たちも同様の反応をしていた。

 森に入るのは何となく予想していたが、まさかサバイバルをさせられるとは思わなかった。

「静粛に。君達にはここで3日間生活できるように最低限の荷物は持たせてあります」

 荷物とはここに来る前に渡されたバッグのことだ。

「水は十分入っていますが、食料は自分たちで調達すること。もし緊急事態により続行が不可能と判断した場合、バッグに入っている花火を上げるように。また、今回は森にいるだけでいいですが、森の奥にゴール地点を設置してあります。もしゴールすれば、その時点で授業は終了しそのチームは森から出ることが許されます」

 つまりゴールすれば森に3日いなくてもいいということか。

「ではクラスごとにチームを作ってください」

 レザム先生が言ったあと、チーム作りが始まったのだが。

「全然ヒトが来ないな」

 ブライトが俺の横にいるが、他のクラスメイトは誰も俺達に声をかけようとしなかった。

 おそらく昨日横にいた2人と近くにいたことで似たようなイメージを持たれてしまったのだろう。

「おーい! あと残ってるの君達4人だけだぞー!」

 4人、ということは。

 左右両方を見る。残っていたのは予想通りあの2人だった。

「……はあ」

 重いため息が出る。

「じゃあみんなスタートの合図がしたら森に入ってくれ」

 そのあとすぐに授業は始まり森の中へ。

 森に入るまでは4人とも誰1人として口を開くことはなかったが、ここは険しい森の中。4人で力を合わせなければ3日間いるのは苦しいだろう。

「えっと、とりあえず今後のために自己紹介するか。俺の名前はナイト」

「ブライトです」

「僕はカユウ」

「……」

 まずは自己紹介でもしてそこから話を進めて行こうと思ったのだが、バンダナの女の子は話そうとしなかった。

「あの、名前……」

「あーあ、最悪。なんでこんなところでこんな人たちと3日間もいなきゃいけないんだか」

 口を開いたと思えば最初に出てきたのが俺達と授業に対しての不満だった。

「アハハ、それはこっちも同じだよ。なんでこんな感じ悪い奴と一緒なんだろうってね」

「は? なにアンタ」

 カユウの言葉に女の子はキレる。

 感じ悪いのはお前も同じだよと言いたくなってしまうが、ここは口を閉じた方が良いだろう。

「感じ悪いのは2人とも同じだと思うけどなあ」

 ブライト! 言いたくなる気持ちは分かるが今は抑えてほしい。

 おかげで2人から睨まれている。

「聞き捨てならないな。僕のどこが感じ悪いんだい」

「うるさいわね。アンタみたいなチビには聞いてないわよ」

「むぅ、チビって言うな!」

 おかげで口喧嘩がさらに大きくなってしまった。

 さっさと止めないと授業を中断せざる負えなくなってしまう。

「はいはい。言い争いたくなる気持ちは分かるが、まずはこれから3日間どうするか話し合うのが先じゃないのか」

 3人とも俺の言葉を聞いたあと、お互いを見たあと一旦口を閉める。

「じゃあ状況の確認からするぞ。俺達はこの森で3日間生活することになる。水は用意されてるが食べ物は現地調達。ここまではいいな?」

「うん」

 ブライトは返事をしてくれるが、あと二人は反応がない。

 なら理解しているということで話を進めさせてもらう。

「そして森の中にはゴールが設置してあり、そこに行けば3日と待たず森から出ることができる。つまりこの授業はゴールを目指すか目指さないかで内容が変わってくる」

「そうだね。ただ授業を終わらせるだけだったら食料を調達して3日過ごせば終わるもんね」

「だからまずゴールを目指すかどうか決めなきゃいけないんだが、どうする?」

「僕は3日過ごすだけでいいと思うけどな」

「何言ってんのよ。ここはゴールして早めに終わらせるべきでしょ」

 カユウの言葉に女の子は反対し、また睨みあう。

「安全性を優先させているのがわからないかなぁ。危険を(おか)してまでゴールを目指すことはないと言ってるんだよ」

「こんなところに3日間いるよりはマシだって言ってんのよ」

 頼むから仲良くしてくれ。

「ナイトはどう思うの?」

 ブライトが聞いてきたので答える。

「そうだな。もしカユウの言うように安全を考えてのことなら俺もそっちに賛成だ。無理に危険なことはしたくない」

 カユウは女の子に「ほらね」と言う。

「だけど、ゴールを設置している以上なんらかの報酬があってもいい気がする」

「報酬って、成績が良くなるとか?」

「それが一番あり得る話だ。成績に関係がなかったらゴールなんて用意する必要もないからな」

「ほら、私の意見だって間違いじゃないのよ」

 今度は女の子が胸を張るような動きをする。

「だから俺はゴールを目指すべきだと思う。ブライト、お前は?」

「私は、どうだろう……。別に成績は低くてもいいんだけど……。それでみんなの評価も下がるのは嫌だし……」

 歯切れの悪い返答に女の子がイラっとする。

「はっきりしなさいよね。ゴールするかしないかの選択だけでしょ。簡単よ」

「うう、そうなんだけど……。危険が伴うって聞くとちょっと選べなくて」

「じゃあもう2対1でゴールすることに賛成ということにしよう。こうしてる間にも他のチームが先に行ってるかもしれないだろ」

 意外にもカユウが言ってきた。

 こういう場合俺か女の子が言いそうなセリフだったからちょっと驚きだ。もっと反対してくるものと思っていたが。

「あっさり折れるのね。アンタ」

「僕は別に頑固なわけじゃない。それにナイトの言う通り成績が関係しているのなら行けるところまで行くべきだと思っただけだよ」

「……」

 もしかしたらカユウも俺のようにこの場をどうにかしたいと思っていたのかもしれないな。

「それに君みたいな野蛮な人間とこれ以上言い争ったって無駄だし」

「あぁん!」

 訂正、やっぱり違うわ。

「じゃあ行くか」

 俺はバックから地図を取り出し、ゴールがある場所の方向を確認する。

「ここから南に……どれくらい歩けばいいんだろうな」

 地図には俺達が入ってきた入口とゴール以外は緑で分かりにくい。それとも森の地図なんてこんなものなのだろうか。いや、学校側がわざと大雑把にした可能性もあるな。

 そういえば地図をこうしてしっかり見るなんてしたことがなかったな。

 住み慣れた町なら地図なんて見なくても大体わかるし、他の町に行くことなんて全然経験がないから地図を持って調べたことがない。

 他の3人も俺と同じようにわかっていないようだ。

 カユウは顎に手を置いて考えたり、ブライトは首を横に傾けている。

「ま、とりあえず南に行けばいいんでしょ。さっさと歩きましょう」

 女の子が地図を見ても意味がないというようにくしゃくしゃに丸めて服のポケットに入れる。

 今さらだが、こいつは暑い森の中でよくあんな厚着をしていられるな。

 俺もブライトも肌をさらさないような服装だが、女の子のような紺色のマントで全身を覆うほどではない。

 少し青白い顔色をしているのを見るに、寒がりなのだろうか。

「何してんのよ。早く行かないと他のチームに先を越されるわよ」

 俺とブライトとカユウは女の子の後を追うように歩き出す。確かに着順によって成績が変わるなら少しでも早く動くべきだ。

 というかそろそろ名前を教えてほしい。

「ねえねえ、ちょっとちょっと」

「なによ」

 ブライトが女の子の横から話しかける。

「あなた名前なんていうの? さっきは言ってくれなかったし」

「……」

「さすがにそろそろ教えてくれないか。名前も知らずにずっと一緒にいるのは気まずくてしょうがない」

 俺からもお願いすると、女の子はため息を吐く。

「ミーゼよ」

「ミーゼ……ミーゼね。うん、覚えておくね」

「別に覚えなくてもいいわ。この授業が終わればもう話すこともないでしょ」

 ブライトに冷たく接するミーゼだが、こいつ同じクラスで席が隣のこと忘れたわけじゃないだろうな。

 と、そんな感じで時間は過ぎていくのだが、かなりの距離を歩いたあと少し気になったので話してみる。

「なあ、そういえばお前方角わかっているのか」

 俺が感じた疑問。それはミーゼが何も見ないで方向を決めたことだ。

 普通森の中で何も見ないで方角を知る方法は今の俺の知識の中では知らない。

 ミーゼは歩みを止める。

「いいえ。とりあえず南だと思う方に行っただけよ」

「え……えぇー!」

「ちょっとそれは……だめじゃないか」

「マジか……」

 ミーゼ以外の3人で違うリアクションをする。

「だって誰も進もうとしなかったじゃない。そもそもアンタ達だってどうやって方角を知るのかわかるの?」

 それはちょっと否定できない。

 よくコンパスとか星で方角を調べたりするのを本で見たことがあるが、今はコンパスは持ってないし、星の知識もない。

「僕分かるよ」

 カユウに三人の視線が集まる。

「前に本で星について調べたときに方角についても書いてあったからね。星を見ればわかるはずだよ」

「それ本当に大丈夫なの? 本を読んだだけで試したことはないんでしょ。それにここには参考になる本もないのよ。アンタどれがどの星かわかるの?」

 ミーゼの言う通りだ。

 本で読むのと、実際に試すのは大きく違う。参考書だけを読んでも、問題に直面すると何もできなくなるのと一緒だ。

「大丈夫。僕一度見たり聞いたりしたものは絶対に忘れないんだ」

「へえ、カユウ頭良いんだ」

「それは違うよブライト。僕は記憶力は良いけど頭は良くない。知識を持っててもそれを応用することはまだ十分にはできないんだ」

 そう言ってカユウは俺を見てきた。

「君さ、バカそうな雰囲気出してるけど頭で先を予想して行動するタイプだろ。さっきの話し方でわかるよ。現状を説明しながら今後のことについてみんなで話し合う。言葉だけなら簡単そうに聞こえるけど、僕たちはまだまともに話もできていない状況だったのに君は上手く流れを作ってそっちに持っていった」

「はあ、どうも」

 バカそうという言葉にムッとしたが、やる気のない返事をしてしまう。

 はっきり言って納得していないからだ。

 俺別に頭で考えてるわけじゃないし。

「まあ、所詮僕の意見だから真に受けなくていいよ」

「……まあいいか」

 別に悪口を言われているわけではないしな。

 さっさと話しを戻して先に進むことにしよう。

「カユウが知っているのは星で方角がわかること。それ以外は知らないってことでいいんだな」

「ああ、僕が知っている方法はそれだけさ」

「じゃあ星が見えるようになるまではまだ時間がある。その間に食料の確保をしよう」

 俺の意見にブライトとミーゼが納得するが、カユウはニヤリと笑った。

 まるで『やっぱり』と自分の言葉の正しさに喜んでいるようだった。



 そのあと食料と休憩できそうな場所の確保のために歩いていると、ミーゼが木の上を指さした。

 そこにいたのは、5羽の雛鳥だった。

 親はまだ帰っていないらしく、腹を空かせた雛たちは鳴いている。

「いいなあれ。腹の足しにはなりそうだ」

「いいですね。そうしましょう」

 ブライトとミーゼがよだれを垂らしながら言う。

 確かに親も含めれば空腹を満たすことはできるが。

 問題は今からブライトとミーゼがやろうとしていることにカユウが嫌悪感を露わにしていることだ。

「どうしたんだカユウ?」

 わかりきってはいるが、わざと質問してみる。

「いや、ちょっとね」

 こちらの思惑通りにはいかず、カユウは話そうとしなかった。

 もしかしたらこのあとちょっとした問題がおこるかもしれないな。

 そのあと夕方になり、木が集まっていない場所で火を焚いた。

「たく臆病な男ね。そんなに夜が恐いの」

 ミーゼが夜も歩こうと提案してきたが却下した。

 夜は暗いし、夜行性の獰猛な動物が出るかもしれない。

 日が出るまで待ってから出発したほうが安全だと考えたからだ。

「ねえねえ、もう食べてもいい?」

 枝に刺さった鳥肉が焼かれている光景を、ブライトが待ち遠しそうに見る。

 調味料等がないのでただ焼くだけというのはちょっと寂しいが、これはサバイバルだ。むしろ、これだけ贅沢な食事ができるだけラッキーと思うべきだろう。

「子供みたいにはしゃいでんじゃないわよ」

「だってお肉大好きなんだもん。ミーゼはお肉嫌い?」

「私も肉料理は好きだけど、ただ焼いただけの肉じゃ喜べないわ」

「ナイトの肉料理はすごく美味しくてね。特にステーキが絶品でね。毎日食べたいくらいなんだ」

 ブライト、俺の料理をほめてくれるのは嬉しいが、恥ずかしいからやめてくれ。

「へえ、アンタ達一緒に暮らしてるんだ」

「うん、町の外れにある森の中でね。あとリェゼルっていう喋る馬もいるんだよ」

「喋る馬? どういうこと?」

 意味不明な顔で俺を見てくる。

「まあ、聞いただけじゃわからないよな。もしこっちに来る機会があったら会わせてやるよ。ほら、2人ともできたぞ」

 俺は焼けた鳥肉をブライトとミーゼに渡す。

「わーい! いっただっきまーす」

 そう言って鳥肉を頬張るブライト。

 ブライトは食事のときはこうして笑ってくれるのがとても嬉しい。

 これから学校で同い年の子供と会えるようになったのも良い方向に影響してくれればいいが。

「顔がにやけてて気持ち悪いわよ」

「え? マジ?」

 ミーゼに言われたあと、俺は顔を触ってすぐに確認する。

 どうやら無意識に顔に出ていたらしい。

 これからは気を付けないとな。変に勘ぐられる可能性もある。

「なんか兄妹っていうより父親と娘ね」

「私達別に血が繋がってるわけじゃないよ」

「そうなの? もしかして言わない方が良かったかしら」

「別に重い話でもないから大丈夫だ。ブライトが俺の家に居候しているだけのことだからな」

「むう、居候させてるのはナイトでしょ」

「そうだな、ブライトの言う通りだ」

 これ以上は恥ずかしいので止めておく。

 ……そろそろ言った方がいいよな。

「カユウは食べないのか?」

 俺は遠くで横になって赤い空を見ているカユウに言った。

「食べたくない。他の生き物を、しかも子供を食べるなんてできない」

 そう言ってこちらに背を向ける。

「カユウはベジタリアンなの?」

「いや、野菜も食べたくない。僕は生き物を殺したり食べたりすることに抵抗感があるだけさ」

 カユウにとっては植物も動物も区別がないのか。

「え? じゃあ今まで何も食べてないの」

 ブライト、その質問はバカ丸出しだ。

「そんなわけないだろ。空腹で限界になってしまったときしか食べていない」

 他のヒトよりも細く見えるのはそういうことか。

「昔から生き物が傷ついたりすると、痛みや苦しみ、恐怖を想像して口に入れることができなくてさ。馬鹿だと思うけど、限界が来て、空腹を満たすことしか考えられなくなったときしか食べられなくなってしまった」

 俺も似たような経験がある。ブライトと出会った日に殺した熊。

 俺は殺してしまったことに対して罪悪感を感じていた。

 熊の苦しみや痛みを想像するとさらにその感情は増す。

 それでも俺とカユウの考えには大きな違いがある。

 それは対象の範囲だ。

 俺は自分で手にかけたものには感情移入してしまうが、それ以外なら特に何も感じない。だから売られている肉とかは平気で食べられる。

 だがカユウの感情はこの世界にいる全ての生物が対象なのだろう。

 これは優しいニンゲンなんて言葉でまとめられるものではない。本人にとってはまさに地獄のような日常だろう。

 もしカユウが微生物のような小さな生き物に対してまでそんな考えを持っていたとしたら……。

 想像するだけで()になってくる。

 だけど疑問もある。ならどうしてブライトが最初に話しかけたときに邪魔と言ったのか。他者が苦しむことを共感してしまうのなら、苦しくならないようにしてあげるという結論に至ると思うのだが。

「……くだらな」

 ミーゼの言葉を聞いたカユウは怒りを露わにしてこちらを見る。

「アンタが他者に共感するっていうのはわかったわ。そしてそれがどんなに辛いことかも。でも、だったらなんでアンタ生きてるのよ」

「それは……」

 ミーゼの言葉は意味をいろいろ含んでいるように聞こえる。

 今の『生きてる』は『食べてる』と変換した方がいいのかもしれない。

「わからないなら教えてあげるわ。今もアンタが生きてるのは、生きたいから。もし完全に共感できるなら、アンタはもう死んでるわ。死の苦しみなんてそうそう耐えられるものじゃない。アンタは他よりも他者の痛みを過剰に想像してしまうだけ。本当にくだらないわ」

 そう言ってミーゼは鳥肉を一本手に取り、カユウの目の前まで行ってそれを口に入れる。

「ちょっ! 何するんだ!」

「だけど、私はそういうの嫌いじゃない。なぜならそれができるのはバカといえるほど優しい人じゃないとできないから」

「カユウが優しい?」

 疑うような顔をするブライトの口を俺はすぐに塞いだ。

「食べなさい。生きたいなら、食べるしかないの。これはそのためのもの。私たちはいたずらにこの鳥を殺したわけじゃないわ。生き物として、生きるために当然のことをしただけよ」

「こんな熱々の肉を口にねじ込みながら言うセリフじゃないよ」

 肉を口から出したカユウは犬のように舌を出して冷ます。

「あらごめんなさい。あまりにも隙だらけなものでやっちゃいましたわ。オホホホホホ」

 高笑いしながらミーゼは元の位置に戻り鳥肉を口に入れる。

「ちぇ、どこかの()()みたいなこと言いやがって。覚えてろよ。今度は僕の方からやってやる」

「期待せずに待ってるわ」

 そんな感じで俺達は日の出まで時間を潰した。

 それにしてもずっと疑問に思っていたが、カユウとミーゼの今の印象は初対面のときとは大違いだ。

 何故あんなに雰囲気が悪かった2人がこんなにも早く俺達と打ち解けられているのか……。

 俺は思考しある1つの解答を見つけだす。

 もしかしたら2人も俺達同様誰かと仲良くなりたかったのかもしれない。

 ミーゼは照れ隠しに悪態をつき、カユウは自分の考えを隠さずに出すことで俺達に近づきたかったのではないか。

「……まさかな」

 ヒトの心は千差万別、俺の考えで相手を見るのはナンセンスだ。

 これは1つの参考として頭の片隅に残しておくだけにしよう。


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