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Lonely Peace  作者: 天気雪晴
伝播不可能の怒り
29/35

二コラ女王

 昔のこと。

 ユーラシア大陸がまだ戦乱包まれ地獄と化していた時代。

 人は常に死と隣り合わせであり、生きるという苦しみ、死という苦しみ、その両方を嫌というほど痛感していた。

 誰がそうなることを望んだのか。いや、誰も望んでいない。

 だが、地獄を続けさせた者だけは明確だった。

 戦争は小さなガラスのひび割れがゆっくりと大きくなることで始まり、ガラスが完全に砕け散ることでやっと終焉を迎える。

 ただ、どんなに強い衝撃でガラスを割っても、全てを砕くことは難しい。必ずしぶとく窓枠にくっついている破片が存在するのだ。

 ユーラシアでは、どんなに大きな戦いが終わっても小さな戦いは終わらなかった。

 戦犯として処刑されることを恐れた権力者達が先延ばしという逃走のために新たな戦いを生み出したからである。

 結果、勝敗が完全に決まった時の犠牲者はユーラシアの人口の40パーセント近くに及び、多くの宝を失うこととなった。

 では、どのようにして窓枠に残ったガラスを完全に取り除き、終わらない戦争を終わらせたのか。

「簡単な話よ。権力者が元凶ならそいつらを殺し尽くせばいいだけ」

 そう、答えはシンプルなもの。

 殺せばいいのだ。続けようとする者を、ただ殺し尽くせばいい。

 そうすれば終わる。

 本当に簡単な話だ。

 問題はそれを実現できるだけの実力を持つ人間が存在するのかどうかなのだが。

「いるわけないでしょ。神でもあるまいし」


 そう、いない。

 ニンゲンを殺し尽くすほどのニンゲンは存在しないのだ。

 だが、それはあくまでニンゲンの範疇だけの話である。

 では、ニンゲンの範疇を超えた者とはなんなのか。

 これも簡単な話である。

 ニンゲンを超えられるのは、『神』以外ありえない。

 ウェストエンドを出発してから4時間が経過した。

 今俺達はサウスエンドの町の入口にいる。

「うえ、気持ち悪い」

 馬車に酔い顔色を悪くしたバーモンが口を手で押さえながら先頭を歩く。

 その後ろにいるミーゼがバーモンを少しでも楽にさせようと背中をさすっていた。

「しっかりしてよお父さん。これから女王と会うのよ。そんな状態じゃまともに話を進めることもできないじゃない」

「いや、リェゼルの引っ張る馬車揺れすぎ。馬車で酔ったの生まれて初めての経験だわ」

 出発前の『ヘタクソなダンディ』はどこかに行ってしまい、完全に弱った中年男性の姿がそこにあった。

「色力で自分の体を回転させてるのに馬車の揺れで酔うんだ」

「な。普通回ってる方が酔うはずなのにな」

 そんなやり取りをしながら町に入ろうとしたとき、入口から眼鏡をかけたスーツ姿の女性が話しかけてきた。

「シールドのバーモン様でございますねー。お待ちしておりましたー。顔色が悪いようですが大丈夫ですかー?」

 覇気の無い声を出しながら女性は手を差し伸べると、バーモンも手を伸ばして握手をする。

「大丈夫です。ただ馬車に酔っただけなので。お久しぶりです、ワンさん」

 バーモンとの挨拶を終えたワンは後ろにいるミーゼにも近づいて手を差し伸べる。

「そちらの方達はー、連絡のあったバーモン様の護衛ですねー。私は二コラ女王の付き人をしております、ワンといいまーす。よろしくお願いしますねー」

「ミーゼよ。よろしく」

「ナイトだ」

「ブライトです。よろしくお願いします」

「では女王のいる宮殿へ行きますかー。輓馬(ばんば)は宮殿内に厩舎(きゅうしゃ)がありますのでそちらにどうぞー」

 なんともやる気のない声。

 こっちまで緊張感が無くなりそうだ。

 こんなんでよく女王の付き人になれたものだな。

 ワンの後ろを歩いていると、ブライトが袖を引っ張って耳元で囁いた。

「ねえナイト。あの人凄い死にそうな雰囲気してるけど大丈夫なの? 声にも力が入ってないし」

 すると、ミーゼにも聞こえていたのか、ブライトに顔を近づけてきた。

「掴みどころがないわよね。事務的っていうか、覇気が無さすぎて生きてるって感じが全くしないわ」

「いや、そこまで言わなくても……」

 というか聞こえてたらどうすんだよ。失礼だろうが。

「心配するな。ワンさんはああ見えて女王が最も頼りにしていると言っても過言ではないぐらい優秀な人間だ。どんなトラブルがあっても動じないクールさはこの町の人間の憧れでもあるくらいなんだぞ」

 バーモンも会話に入り、4人で町のヒト達から話しかけられているワンを見る。

 「今日もワンさんは素敵ですね」とか「頑張ってください」とか言われているが、ワンはやる気のない声で「ありがとうございますー」と言うだけですぐに歩き出してしまう。

 それでも相手のヒト達はその後ろ姿に好感を持っているような視線を向けていた。

「……それって、単に周りに興味がないから反応が薄いだけなんじゃないの?」

 ミーゼの指摘には俺も賛成だ。

 ワンのクールさは関心の無さから来るものだ。

 たとえ大事件が起ころうと、自分に危害がなく、興味が無ければすぐに別のところに目線が移るのと同じこと。

「うわぁ、大きな建物ばっかりね」

 町に入ってからしばらく歩くと、高層の建物が幾つも並び、ウェストエンドとはまた違った都会の風景がそこにはあった。

「ミーゼ達はサウスエンドには初めて来るんだったな。ここはウェストエンドよりも多文化社会でな。難民の受け入れなんかも寛容だから、多くの人種が交流してるんだ」

「素敵ね。どんな人でも拒絶しない国なんて」

 ミーゼはキラキラした目で異なる人種同士で楽しそうに会話している様子を見る。

 ニンゲンによって絶滅させられた天使にとっては、ここは理想なのかもしれないな。

「そうですねー。ここはニコラ女王の作った法律で人種差別は禁止されてますからー。みんな上下関係とか考えずに話していますねー。最近新しい問題が出てきましたけど」

「新しい問題?」

「こっちでーす」

 バーモンが問うと、ワンはついてくるように指示し、言う通りに歩く。

 少し歩くと、たくさんのヒト達が集まり柵に囲まれたある建物に対して叫んでいた。

 ヒトビトが手に持って上に掲げているプラカードを見ると、『神殿を破壊しろ!』や『害あるものは必要ない!』などと書かれていた。

「あれが今1番大きな問題でー。あの柵に囲まれている神殿の中には、命の神が封印されてると謂われている『生命の巨石』が置かれてましてねー。見た目はただの大きな立方体の石なんですけどー、ものすごい硬さで有名なんですよー」

「命の神、確か6つの幸福である、『命』、『(ねむり)』、『食』、『愛』、『性』、『死』を司る神の一柱でしたね。全ての生き物の始まりを作った伝説があるとか」

「命の神……」

 ミーゼは俯いて、申し訳なさそうに神殿から目を逸らす。

「ですが、その石がどうかしたんですか?」

「実はー、1か月ほど前から、その巨石から人体に有害な色力(しきりょく)が出ていましてー。まあ、簡単に言えば毒が地面を汚染していってるって感じですねー。今はまだ神殿内が汚染されてるだけで済んでますけどー。このままいけば町も汚染されて、国どころか大陸全てに広がる可能性もあるとかーなんとかー」

「ちょっ、それ大変じゃないですか! 早く壊しちゃいましょうよそんな石」

 壊せばどうにかなる代物(しろもの)でもないが、たしかにすぐに対策しなければ被害は大きくなること間違いなしだろう。

「それがねー、なにやっても壊せないんですよねー。初めは女王もなんとかしようとしたんですけどー、全然ダメでしたねー。とりあえず今は神殿の周りを漂白石(ひょうはくせき)で囲んで色力の汚染を食い止めてますけどー。それも時間の問題ですからねー。だから今ああやってデモが起こっちゃってるってわけですー」

 なるほどな。たしかに住民からしたら危険物をそのまま町中(まちなか)にほっとかれてるのと同じだしな。抗議するのは当たり前だろう。

「でもなんで有害な色力が急に出てきたんですか? あれ確か観光スポットでしたよね。結構歴史も古いし」

「それに関してなんですけどー。ニコラ女王はあなた方を疑ってるみたいですよー」

「私達?」

 ワンが俺達を見て言った。

「あなた達ってー、1か月ぐらい前にイーストエンドにいましたよねー? で、巨石から色力の汚染が始まったのもちょうどイーストエンドが滅んだ直後でしてー。あなた達が何かしたんじゃないかって考えてるみたいですよー」

「そんな! 私達ただミーゼ達の救出をしに行っただけなのに……」

 たしかに推測にしては無理矢理な気もする。

 だが、イーストエンドが滅んだ直後となると現場にいた俺達が疑われるのは仕方のないことだ。

「まあ、今回あなた達が護衛として来たのは良い機会なんじゃないですかー? 上手くいけば疑いを晴らすことがてきますしー。とりあえず女王のいる宮殿に急ぎましょうかー」

「そうだな。ここで不満を抱いてもしょうがない。ここは女王と直接会ってなんとかお前達が関係ないことをわかってもらおうぜ」

 やる気に満ち溢れるバーモン。

 いつもの『ヘタクソなダンディ』が一切感じられないせいか、何故かとても頼りに感じられる。

 いや、素がこっちなのだが、ダンディダンディとうるさい姿に見慣れたせいか、今のバーモンはとても大人に見えてしまうのだ。

 よく、不良が弱った小動物を拾って助ける姿というギャップに魅力を感じることと近いのかも知れない。

 とにかく、今のバーモンはシールドの役職を与えられたと納得できるぐらいの貫禄(かんろく)があるということだ。

「そうね。お父さんとワンの言う通りだわ。ここで私達が関係ないことを話し合いでわかってもらえれば一石二鳥だものね」

 たしかにその通りだが、その一石二鳥というのは俺達の任務である諜報活動のことを言ってるんじゃないよな?

「一石二鳥ってどういう意味だミーゼ?」

 ほらやっぱりバーモンも気になってるし。

 早くなんとかしないと……。

「今回の漂白石(ひょうはくせき)の交渉も上手くいくといいなーっていうことだよな、ミーゼ」

「……あ! そう、そういうことよ! アハハハ!」

 ミーゼも自分が言ってることを理解したようで、慌ててフォローした。

「?」

 首を傾げるバーモンだが、そのあと訊いてくることはなかったので、なんとかバレずに済んだようだ。

 トゥウに言われたときはあんなに自信満々だったのにもうこの有様だ。

 これじゃあ先が思いやられるな。




 『ニコラ宮殿』、かつて存在したタージ・マハルという墓を参考にして作られたニコラ女王が君臨する場所。

 高さはウェストエンドのイベネス城よりも小さいが、敷地面積はこちらの方が大きい。

 (へい)の門を抜けると、大理石でできた道があり、宮殿との間には噴水もある。

 芝生も丁寧に手入れされていて、横になりたくなるほど寝心地が良さそうだ。

「まずは厩舎(きゅうしゃ)ですねー。こちらでーす」

 宮殿の裏手に回り、リェゼルを厩舎に預けたあと、遂に中へ入る。

 大扉の横にいる兵士2名がワンを見て敬礼してきたが、ワンは無反応で扉に手をついて開ける。

「綺麗……」

 ミーゼがそう口から溢れるのも仕方のないことだろう。

 俺もそう思うほど、中は別世界なのだから。

 壁に描かれてある絵はどこかの宗教を思わせる独特のものであり、それが窓から入る()の光によって色鮮やかに輝き、神々しさを感じさせる。

 床も壁も全て大理石でできていて、女王が住む宮殿として相応しいものだった。

「女王と謁見する部屋はこちらでーす」

 廊下を歩いてから階段で3階まで登ったあと、またしばらく廊下を歩くと、ある部屋の扉の前でワンは止まった。

「ニコラ女王、バーモン様と他護衛の3名をお連れしましたー。入ってもよろしいですかー、ていうかどうせオッケーでしょうし入りますねー」

 とても主君(しゅくん)に対してとは思えない口調で話したあと、ワンは了承も得ずに扉を開けた。

 中に入り、やっと女王と対面する。

「ご苦労さま。客人を席へ案内してあげて」

 部屋の中央に堂々と置かれてある長テーブル、そこに座っていたのは20代ほどの女性だった。

 エメラルドブルーの瞳がこちらを写し、静かな川のように綺麗な流れをした茶髪が目に入る。

「お久しぶりです、ニコラ女王……ですよね?」

 そう言ってバーモンは頭だけを下に向けてお辞儀をする。

「ちょっとなんでわからないのよお父さん!」

「いやだって、前と全然違う見た目だったから。40歳くらい若く見えるんだもん」

 バーモンが混乱しているのも無理はない。俺も10年以上前に1度だけ会ったことがあるが、その時よりもはるかに若く見える。

 年齢で表せば60代から20代への変化。

 化粧で誤魔化してできるレベルではない、明らかに若返っているのだ。

「安心しなさい。私は本物のニコラよ。長旅ご苦労さま。お久しぶりねバーモン」

「……あ、えっと……」

 立ち上がるニコラを見て、ミーゼはなにかを思い出したかのように目を開いたあと、どうすればいいのかわからずオロオロしだした。

 おそらく王族に対しての挨拶をしたいが、何をすればいいのかわからないのだろう。

 たしかにウェストエンドは王様に会うときですら礼儀作法なんて必要ないくらい自由な国だったので、きちんとした王族との挨拶がわからないのも無理はないか。

「お初にお目にかかります、ニコラ女王。バーモンの護衛として参りました、名をブライトと申します。以後お見知りおきを」

 逆にブライトは慣れているかのようにカーテシーをし、ミーゼはそれを見て驚愕していた。

 俺も遅れないようにバーモンと同じようにお辞儀をする。

「お、おはつにおめにかかります。ニコラ女王。おとう……バーモンの護衛として……なんだっけ……?」

 最後に固い動きでブライトのマネをするミーゼを見て、ニコラは呆れたような顔をした。

「そこの白髪(はくはつ)のお嬢さん、そんな畏まることはないわ。名前はなんていうのかしら?」

「み、ミーゼ……です!」

「そう、ミーゼね。安心しなさい、ウェストエンドでは礼儀作法なんてほとんど皆無なことくらい知っているから。あのバカ……イベネス王の時と同じようにすればいいのよ。礼儀作法なんて上辺(うわべ)だけで、あろうとなかろうとどっちでも構わないんだから。逆に隣の小さいお嬢さんはよくできてるわね。どこかの良い貴族なのかしら?」

 小さいという言葉にブライトは反応するが、相手が相手なので文句を言うことができず頬を小さく膨らませることしかできなかった。

「あら、気にしてたのね。ごめんなさい。もう言わないわ」

「あ、いいえ、大丈夫です。小さいのは事実なので……」

 思わぬ謝罪にブライトはドギマギしていた。きっと無意識に頬を膨らませていたので、怒っていることが伝わってるとは思わなかったのだろう。

「ワン、みなさんを席へ案内してあげて」

「わかりましたー」

 ワンは長テーブルのニコラと真っ直ぐに向かい合える席にバーモンを案内し、左横に俺、右横にミーゼとブライトの順に座らせる。

 そして手際良く紅茶を入れると、俺達の前に置いてくれた。

「さてと、貿易の話は明日からだから、今日は和気あいあいとした話でもしようかと思ったけど、それは無理ね。先にそこの護衛3人と話す方が優先よ。今回あなた達が来てくれたのは本当にちょうど良かったわ。こっちからウェストエンドへ問い詰めに行こうとしてたところだったから。イーストエンドのこと、ついでにノースエンドのことも。疑われたくないのなら、嘘偽りなく聞かせてもらえるかしら。誰が話してくれるの?」

 まあ、やっぱりそうなるよな。

「俺が話す」

 ブライトとミーゼだと少し心配なので自分から立候補する。

「そう、ナイトが話すのね。まあ、あなたなら1度面識があるし、私も文句ないわ。大きくなったわね。何年ぶりかしら?」

「12年だ。俺が8歳の時だからな。そっちは逆に時間が逆行してるような風貌になったな。どうやってそんな若返ったんだ?」

「秘密よ。でもあなたも随分変わったわね。仕方ないとはいえ、前は自暴自棄で何もかも絶望していたのに、今は立派に見えるわ」

 遠慮なしに会話が進む俺達に、ブライト達は驚き、同時に目上に対する(うやま)いが微塵も存在しない俺の話し方に顔が引きつる。

「おいナイト。もう少し礼儀正しく話せないのか? イベネス王と話してるわけじゃないんだから。それとお前女王と面識があったのかよ。なんでそれを早く言わないんだ」

 ニコラの機嫌を悪くしたくないバーモンが注意してきたが、特に気にする必要はない。

「いいのよバーモン。さっきも言ったけど、私も礼儀とかそういうのは気にしてないから。今みたいに遠慮なしに話してくれる方がこっちとしてもやりやすいわ。まあ、大抵の人にとってはそれが難しいんでしょうけど」

 目上のニンゲンと礼儀無しに話すのはたしかに難しいことだ。

 敬語をほとんど使わないウェストエンドの方が本来は異常なのだ。

「ナイトとは、ある事件で彼が孤児になった時に会ったのよ。そのあとすぐディーエが彼を引き取って行っちゃったから、ほとんど話せていないけどね」

「事件?」

 ブライトが問うが、ニコラは気遣ってその先を話そうとしなかった。

「悪いけど、それについては彼から直接聞いてほしいわ。私が言えることじゃないから。それよりも今はイーストエンドのことよ。聞かせてちょうだい」

「ああ」

 俺はノースエンドとイーストエンドで起こった出来事をできるだけ短くまとめて話した。

「なるほど。たしかにそれならあなた達が生命の巨石の汚染に関係あるとは考えにくいわね。それにしても死んだはずの女王シュランが生き返ってるなんて驚いたわ。それに絶滅したはずの天使とラプラスの王……謎が多いわね。ラム・リバイバル……そんな名前聞いたことがないし死んだ生き物が生き返るなんていうのも聞いたことがないわ、しかも他人の体でなんて」

 天井を見ながらニコラは頭の中で情報を整理しているのだろう。

 少しの間(まぶた)を閉じたあと、ゆっくりと目を開ける。

「現状、警戒するべきなのは『天使』と『ラプラスの王』の2つの勢力。天使は人を生き返らせる能力と一国を簡単に破滅する超兵器を持ち、ラプラスの王はノースエンドの時のように人の精神に何らかの作用を起こす能力を持っている。そうじゃなきゃノースエンドの住民同士の殺し合いは説明がつかないでしょうしね。ホント、困ったことになってくれたわ。これから世界はどうなっていくのかしら」

 そのため息から、とれほどニコラが苦労しているかを想像するのは容易だった。

 2つの国の破滅と新たな2つの敵対勢力。

 今後のことを考えれば嫌でも不満を漏らしたくなる。

「いいわ。ナイト達が生命の巨石の件とは関係がないこと、一応信じましょう」

「ホントに!」

「あくまでも一応よ。少しでもまた疑うべきことがあれば私はすぐにでもあなた達を敵とみなすわ。これから寿命を迎えるまで死にたくないのなら、充分慎重に行動することね」

 喜ぶブライトにニコラは(さと)すように言った。

「さてと、本格的に話し合うのは明日からとして、今日はここまでにしましょう。あなた達も長旅で疲れてるでしょう。部屋は用意してあるから。ワン、彼らを案内してあげて」

「わかりましたー。はい、ではみなさんこちらへどうぞー」

 ニコラに指示されたワンは部屋から出られるように扉を開き、俺達が来るまでその場で待機した。

「では、また明日」

 バーモンがそう言って立ち上がったので俺達も部屋を出るために席を立つ。

 部屋を出る直前、俺は視線だけをニコラへと向けると、ニコラも残った紅茶を飲みながら視線だけをこちらへ向けていた。



「ここがあなた達のお部屋でーす」

 ワンの案内で訪れた客室は、綺麗なソファやベッド、テーブルなどが置かれてあり、とても1つの部屋とは思えないほど広かった。

「広いわね。本当に4人でここ使うの?」

 たしかに4人で使うにはあまりにも広すぎるな。

「気にすることないですよー。彼女のように好き勝手に使っても全然平気てすからー」

 ワンの視線の先には、ベッドでトランポリンのように跳ねているブライトがいた。

「うわぁー! このベッドふかふかだぁ」

「ちょ、ちょっと! アンタさっきまで凄い大人しかったじゃない! なんで部屋来た途端いつもの状態に戻ってるのよ!」

「だって疲れるんだもんああいうの」

 跳ねるのを止め、ベッドに座ってブライトは肩の荷を下ろすように息を吐く。

「まあいいだろうミーゼ。こういう時ぐらいは軽くいこうぜ」

「お父さんもなに自分の家みたいにソファで寝っ転がってんのよ!」

「だってここ来たとき俺いつもこの部屋で泊まってたし」

 ホント、自分の家みたいにくつろぐなこの2人。

「今日からあなた達への奉仕は私が担当しますので、何かあればいつでも言ってくださいねー」

「あれ? あなたニコラ女王の付き人でしょ? いいの?」

「ご心配なくー。そっちは別のヒトが担当してますのでー。それにあの女王、基本的に自分のことは自分でやるタイプなのでこっちもあんまりやることなくて暇なんですよねー。まあ楽だからいいんですけどー」

「それは、付き人としてどうなのかしら……」

 そのあとしばらくして、時刻は15時頃のこと。ミーゼが町の観光をしたいと言い出したので、調査も兼ねて俺とブライトも一緒に行くことにした。

 だが、俺はリェゼルがちゃんと厩舎(きゅうしゃ)で休めているか心配だったので、町に出る前にリェゼルの様子を見に行く。

「ホント、ナイトは心配性ね。あのリェゼルなら大丈夫に決まってるじゃない」

 後ろから面倒臭そうにミーゼが言ってきた。

 別について来いとは言ってないので、2人で先に行けばいいのに。

「いいだろ別に。家族なんだから心配するのは当たり前だ」

 少しでも早く確認したい俺は早歩きで向かう。

 厩舎(きゅうしゃ)に入り、リェゼルのいる馬房(ばほう)へ行くと、ニコラがリェゼルの頭を撫でていた。

「あら、また会ったわね」

「なんでアンタがここにいるんだ?」

「ちょっと自分の馬の調子を見に来たのよ。そしたら見慣れない子がいたから。この馬、あなた達のね。誰が飼っているの?」

 なるほど。それで厩舎(きゅうしゃ)にいたのか。

 ワンの言う通り、自分のことは自分でするタイプのようだ。

「俺だ。だが飼ってるんじゃない。リェゼルは俺の家族だ」

「そう、リェゼルっていう名前なのね。綺麗な毛並みだったから、すぐに大切にされているのがわかったわ。家族か……。とても良いと思うわ」

 優しい目でリェゼルを見るニコラ。

 そして撫でていた手を離すと、俺に視線を戻してニコラは言った。

「……ナイト。少し聞くけど、あなた、ここに残るつもりはない?」

「……どういう意味だ?」

「そのままよ。この国で()()暮らす気はあるかしらって意味」

「え? 何突然?」

 ニコラの突然の誘いにブライトは困惑する。

「……何が狙いなんだ? ニコラ」

 俺がさらに問うと、ニコラはゆっくりと近づき、(ふところ)から3分の1ほど焼け焦げた紙を出して見せてきた。

「……それは!」

 俺はその紙がなんなのかひと目見ただけですぐにわかった。

「そう。あなたの両親が日夜研究していたものよ。随分前に研究所の焼跡から見つけたの。一応息子であるあなたに渡すべきだと思ったから。条件付きだけど」

 ……なるほど。そういうことか。

「その条件が、さっきのここに残れってことだな。俺に両親の跡を継げと?」

「そういうこと。あなたが死んだ両親の跡を継いで研究者になるんなら、この資料はあなたに託すわ。あの2人から教育されてきたあなたなら、この研究をやり遂げられる可能性は十分にあるもの。どうする、悪い話ではないと思うけど?」

 ニコラが試すように言ってきた。

 俺は少しだけ考える。

 このままここで両親の跡を継いで研究者になるか……。

「……たしかに、悪い話ではないな……」

「ちょっとナイト!? アンタ何言ってんのよ!? ウェストエンドを離れる気?」

「……」

 両親から研究についての話は何度も聞いてきた。それをやり遂げることも可能だ。

 それになにより、俺は両親の遺品であるその資料が欲しい。

 俺にとってそれは、心の中にしかもういない家族を思い出せる唯一の存在なのだ。

 でも、それでも……。

「……やめとくよ。ウェストエンドはもう俺の故郷みたいなもんでな。イベネス王も見ていて面白い。今さら離れようとは思わない」

「……そう。残念ね」

 最初から断わることをわかっていたのか、そう言うだけでニコラは(ふところ)に両親の遺品をしまった。

 これでいい。

 ブライトとリェゼル、今いる家族の方が大切だ。

 ここに残ることになったら一緒にいられる時間も少なくなる。

 それはいやだ。

「でも、わからないわね。あんな王様のどこが面白いのかしら? ただの脳筋よあの子は」

 イベネスのことを褒めたことが気に食わないニコラは、不機嫌になり睨みつけてきた。

「はは。脳筋か。たしかにその通りだな。でも、あの王様は自分の夢を実現しようと頑張ってるよ。アンタと同じでな。立派な王様だ」

「あの子と一緒にするのはやめてちょうだい。あなたが王と認める人物は、強い弱者がいる国という矛盾を作り、みんながみんなを守れる国にしたと言われてる。でもそれは自分1人では民を守ることができないという無能さを、ある意味体現しているとも言えるわ。常に民を守るために己だけを最大限まで研鑽してきた私とは違う。人の上に立つ資格は土壇場でこそ発揮されるものよ。王は民を導かなければならない。あなたの王様は、国がピンチの時に最善を尽くし、あなた達を導いてくれるのかしら?」

「なにか勘違いしているようだが、俺はアンタがイベネスと同類だとも、下だとも思ってない。ただ、アンタとイベネスは木で例えるといわば枝を守るか根を守るかの違いだ。これはどちらも違うようでいてよく似ている。枝は国民、根は王。枝を守っても根を守れなければ国民と王はいっぺんに死ぬ。そして根だけを守っても枝を守れなければ国は無くなり王は1人孤独に死ぬ。そんな違いを言ってるんだよ」

 ニコラとイベネスは根本的なところ、国民を守るという考えは同じだ。

 ただ、そこまで行く過程が真逆なのだ。

 国民同士で守るか、王が国民を守るか、それだけの違いだがな。

「面白い考え方ね。でも現実は1本の木なんかで表せるほど簡単なものじゃない。世界は、国は、人はそれ以上に複雑で難解なのよ。それはあなたもよくわかっていることでしょう?」

「どうだろうな。俺のは自己満足な論理。なんの根拠もなく、大雑把なものに過ぎない。ただ、(ヒト)という存在はたしかに複雑で難解だ。そこだけは否定しない」

 どれだけ考えても他人の正確な答えを導き出すことができないのがヒト

 わかろうとどれだけ考えてもわからない。だから(ヒト)は不安になるのだ。

「……なんだか少しだけがっかりね。あなたは父親ほど自身に溢れてはいないし、母親ほど自己の考えの余分な部分を切り捨てられてない。どちらの長所も中途半端にしか受け継がれていない」

 酷い言い方だな。まあ、その通りかも知れないが。

「今のあなたじゃこの研究をやり遂げることは無理そうね。もし考えが変わってあなたの方からやりたいと志願してきたら承諾しても良いと思ってたけど、それもやめたわ。それじゃ、また明日、交渉の時に会いましょう」

 ニコラは背を向けて、厩舎の出口へと歩いて行った。

「なによ、嫌な感じね全く」

 ニコラの姿がいなくなった途端、ミーゼが不満を漏らした。

「気にしない方がいいよナイト」

 俺を心配してか、ブライトが横から俺の顔を覗き込みながら言ってきた。

「ああ、大丈夫だ」

「でもなんでニコラ女王はイベネス王のことをあんなに悪く言うのかな?」

「簡単だ。ニコラはイベネスの姉なんだよ」

「え! そうなの!」

「ホントに!?」

「なんだ? 知らなかったのか?」

 2人はもの凄い勢いで何度も頷く。

「でも、姉弟(きょうだい)なら余計に不思議。なんで別々の国で2人とも王様をやってるの?」

 それを説明するとなると、かなり長くなるなぁ。

「まあ、あれだ。価値観の違いって言えばいいのかな、こういうときは。ともかく、長くなるからそういうのはまた今度にしよう」

 俺は逃げるようにリェゼルの元へ行き、何かされてないか調べる。

「大丈夫か? 変なことされてないよな? ちゃんとここにいられるか?」

「アンタ心配しすぎよ。アタシは大丈夫だから自分のことをまず心配しなさい」

 リェゼルからもミーゼと同じように指摘され、少しだけホッとする。

 どうやら問題なさそうだ。

「リェゼルはもう大丈夫でしょ? ほら、早く町へ行きましょう」

「ああ、わかったよ」

 名残惜しい視線をリェゼルに向けながらも、俺はブライト達の後ろを歩いた。

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