実力試験(2)
レザム先生の邪魔が入りながらも学力試験は終了し、次は実技試験。
カユウと一緒に外に出るため廊下へ行くと、良いタイミングでブライトとミーゼが来た。
ミーゼはいつも通りだが、ブライトの顔色が良くなかった。
「……どうだった?」
とりあえず訊いてみる。
「いや……その……とりあえず全部埋めたけど……正解だとわかって書いた数がギリギリ合格か不合格かってラインで……」
……まあわかってたけど。
「終わったものは気にしても仕方ないでしょ? さっさと実技試験にシフトしちゃいなさいよ」
「ミーゼはいいよ、勉強できるんだから。でも私は馬鹿だから心配だし簡単にシフトできないの!」
ミーゼの余裕を見てプンプンと怒り出した。
ちなみに俺は特に難しいと感じる問題はなかったのですらすら解けた。
部屋を出る前にカユウにも聞いたが、全部解けたらしい。
ケアレスミスさえなければお互い満点だろう。
「落ち着けブライト。ほら、さっさと外に出よう」
懐かしい学校の廊下を名残惜しくも離れ、次はグラウンドへ。
グラウンドにはすでに数千人以上が集まっていたが、まだまだ入ってきて止まりそうもない。
しかもグラウンドの外では一般人が俺達のことを見に集まりまるで運動会のような状況になっている。
去年までは俺も見てる側だったのだが、見られる側になってみると緊張感があるものだ。
「おーい、カユウちゃーん!」
「は?」
カユウのあっけにとられた声とともに現れたのはティアだった。
「なんでここにいるんですかティア先輩? シールドの試験は別の場所でおこなわれるはずじゃ……」
シールドは別のところで試験するものだと思っているカユウは言った。
学力試験前の俺との話を思い出したのかカユウの態度がいつもよりよそよそしいな。
まあ、これはこれで面白いからいいか。
「なんでって、今回はシールドもみんなと同じ試験に参加するからに決まってるでしょう。もーう、なに言っちゃってるんだかコノコノー」
人差し指でカユウの頬をぐりぐりと押すティアをうっとおしそうにしながらも抵抗できないカユウ。
「いや、初耳なんですけどそれ?」
カユウが知らないのも無理はない。
イベネス王のイタズラ心だ。
シールドが同じ試験に参加することは当日まで秘密にするように王からシールド達へ直々に命令されていた。
俺もトゥウから知らされてなかったらカユウと一緒に驚いていたことだろう。
もともとシールドが別の場所で試験をする理由は周りを危険に巻き込まないためだったらしいからな。
「あれ?」
何か違和感を感じたのか、一瞬ティアの目が大きく開き、指の動きを止めた。
そしてカユウから指を離し、それを見つめる。
「どうしたんですか?」
急に静かになったことに困惑するカユウ。
「ねえ、カユウちゃん痩せた?」
「え?」
俺と同じ質問をティアはした。
指の感触から気づいたようだ。
「あ、ホントだ。ちょっとやつれてる」
「もしかしてまた空腹限界まで我慢してたの?」
ブライトとミーゼも今気づいたようだ。
ていうか仕事のとき一緒にいたのに今更気づいたのか。
気遣って誰も言わないようにしてたと思ってたのに。
「もーう、ちゃんと食べなきゃダメじゃない。試験で赤点取ったらティアちゃん悲しいよ」
陽気に振る舞うティア。
だが、その目は俺には何か怒りに近いような含みがある気がしてならない。
ほんの少しだけ目線をミーゼにやったのも気になる。ミーゼは気づいてないようだが。
「こんにちはみなさん」
「トゥウ!」
今度はトゥウが現れた。
ティアの話でいるのはわかってたはずだが、ミーゼはそれでも驚いてしまうらしい。
どんだけ好きなんだか。
「揃ってるようですね。シールドは別室で学力試験だったのでみなさんがちゃんと来てるか心配でした」
「子供じゃないんだから来れるに決まってるだろ。でもお前と同じ試験か。今回は荒れそうだな」
「私だけではありませんよ」
トゥウが体を後ろに向ける。
「よおミーゼ! 久しぶり、ダナ!」
「お父さん!! 帰ってたの!?」
そこにいたのは『ヘタクソなダンディ』と表すのが最も近いと思わせる雰囲気を持つ男。
3人目のシールドにしてミーゼの引き取り手であるバーモンだった。
相変わらずトレードマークの中折れハットと濃い髭が優しい顔に全く合っていない。
「ノー! 何回言ったらわかるんだお前は。パパと呼べって言ってる、ダロ!」
「言わないわよ。お父さんって言ってもらえるだけ良いでしょ。そんなことより今年はお父さんも出るのね。いつもはサウスエンドの仕事が忙しくて別の日に1人で試験を受けてるのに」
「相変わらず冷たいぜミーゼ。まあいっか。今回はたまたま予定が空いたから参加できたんだ。みんなよろしく、ナ!」
優しい笑顔で挨拶するが、こっちはそれどころじゃなくなった。
これは本当に荒れる試験になる。
シールド1人でも周りを怪我人だらけにしかねないのにそれが3人とも集合するとは。
しかも、試験ではおそらくシールド同士での潰し合いが始まる。
毎年シールド同士で成績争いをしているのは有名だからだ。
トゥウ達を見た受験者達はすでにシールド達の争いに巻き込まれないように行動すると心に決めていることだろう。
俺もできれば巻き込まれたくない、面倒くさいから。
グラウンドに全員集まるとすぐに試験監督が現れて説明がおこなわれた。
「えー、では実技試験の説明を始めます。今回はくじ引きで選ばれた短距離1キロメートル走と長距離100キロメートル走の2種目をおこないます。どちらの種目でも色力の使用が可能であり、長距離では相手の妨害も可能となります。ただし相手を立てなくするなど試験監督がやりすぎだと判断した場合は失格となり、即補習対象となりますので注意するように」
実技試験は毎年国から決められた2つの区分に分けられている種目をやることになっている。
短距離走は色力の強さを測り、長距離走は色力の持続力を測る。
毎年違うので対策するのは難しいが、短距離と長距離が重なったのは運が良い、走るだけだからな。
だが、長距離はやっぱり妨害有りか。
おそらく戦闘訓練と合わせているのだろう。
戦闘に慣れさせていざというときに備えさせようって魂胆だ。
それにシールドを同じ試験に参加させているということは、もしかしたら今回全ての試験で赤点ラインを上げられているかもしれない。
だとしたら……。
「ん、どうしたのナイト? 私の顔に何かついてる?」
「いや、なんでもない」
これは心の中だけで思っておくことにしよう。
今言えば絶対ブライトはネガティブ思考に変わる。
「最初は短距離1キロメートル走からです。呼ばれた方から順番にレーンに並んでください」
最初は短距離か。
1キロメートルならここのグラウンド2週だったはず。
「あ、早速トゥウの出番みたいね!」
トゥウがスタート位置に入ったことに1番に気づいたミーゼは目に焼き付けるように前のめりになった。
まあこれは妨害も許されてないから穏やかに済むだろうし、俺もじっくり見させてもらうか。
「オン・ユア・マークス! セット!」
スターターである試験監督が旗を下げた瞬間、クラウチングスタートの姿勢だったトゥウが足に色力を集中させて一気に走る。
ドカーーーンッ!!
「……」
刹那のことに絶句する。
トゥウが踏み出した衝撃波で横に並んでいた走者とスターターは吹き飛ばされ、大きな土埃が上がり、爆弾が爆発したような光景が目の前で起こった。
「……全然穏やかじゃないじゃん」
無意識に口から出てしまった。
みんなも俺と同じように遠い目をして土埃を見る。
ああ、ヤバいなこれ。
トゥウのタイムは2秒12で去年と変わらない好結果。
ちなみにトゥウと一緒のレーンの走者達は全員散々な結果に終わり補習確定である、憐れだ。
去年はもっと受験者に優しい穏やかな試験だったというのに。
「ふう。まあこんなところですね」
走り終えたトゥウが戻ってきた。
「相変わらず速いわねトゥウ。でもいつも思うけど走るとき土埃舞うのやめた方がいいわよ。他の子達が可哀想でしょ」
「というか妨害になるんじゃないのあれ?」
ティアとカユウの言葉に俺とブライトとミーゼは頭を縦に振る。
「いえ、私もワザとやっているわけではないので。本気で走るとどうしてもああなってしまうって言ったらすんなり許可されましたし」
なんでそこだけ寛容なんだよ運営。
ていうか毎年こんな感じだったらトゥウだけで走らせればいいじゃん!
そんなに1人で走らせたくないのか? ボッチにはさせないってか?
「それに、足の速さに関して私は絶対に負けられないんです!」
「へ、へえ、そうなんだ……」
似合わないほど男前にキリッと前を見るトゥウに引いてしまうティアとカユウ。
そのあとも続々と記録が出るが、ほとんどは10秒台で一桁になったのはティアとバーモンとミーゼぐらいなものだった。
大体予想通りな結果で、トゥウ以外は特に問題が起こるようなことはなかったのだが、それはカユウの一言から始まった。
「ねえナイト、学力試験では言うの忘れてたけど試験結果でどちらが上か勝負しようよ」
「またかよ。飽きねえなお前も。でも今回はダメだ。フェアじゃねえ」
「なんでさ? フェアだろどう見ても」
カユウにとっては俺との勝負は平等に思えるらしいが俺は違う。
「お前今ろくに食べてないから本来の実力出せないだろ。そんなのフェアじゃねえ」
そもそもやつれてるニンゲンと真剣に勝負して勝ったところで嬉しくもなんともない。
「そんなの微々たる違いだろ? いいじゃないか今回ぐらい」
「ダメだ。それは俺のポリシーに反する。絶対に勝負はしない」
「なら私と勝負しましょカユウ。ティアとやったって負けるのは目に見えてるんだし」
ミーゼが名乗り出たことでカユウも納得し、これで終わりだと思ったときだ。
「ねえ、そういえば気になったんだけど、あなた達4人グループで1番強いのって誰なの?」
ティアは軽い興味本位で言っただけなのだろう。
「「……」」
「あれ? どうしたの2人とも?」
だが、それは禁句に近いものだった。
ミーゼとカユウが鋭い目で見つめ合う。
「……そういえば私達って1対1ではよく競い合ってたけど4人で競い合ったことって今までなかったわよね」
「……そうだね。大体1対1で残りの2人は見物するのが流れだったからね」
2人の言う通り俺達は全員で競い合ったことはない。
ブライトはそもそもそういうことに興味はなかったし、カユウも俺が勝負を受けなかったらミーゼと勝負するって流れだったからな。今はミーゼだけじゃなくティアも含まれているが。
いつも一緒にいるが、妙なすれ違いみたいなもので全員で勝負しようという展開は今までなかった。
いや、できればこれからも来ないで欲しかったのだが、それも今日までらしい。
「どうやって勝負する?」
「2つの種目の総合評価ってのはどうかな? 学力試験はブライトがあまりにも不利だし」
もう2人はやる気のようだ。
「あくまで身体能力だけを競うってことね。いいわ、それでいきましょう」
「あのー、勝手に話が進んでるけど私まだ勝負するなんて言ってないんですけど……」
「俺もさっき断ったはずだが?」
「ダメよ。これは良い機会だわ。誰が1番か白黒はっきりさせようじゃない」
「そうだよ。今回は強制だ。君達に拒否権はないよ」
あー、こっちも面倒なことになっちゃったよ。
ブライトも憂鬱そうだ。
「そもそも俺的にはミーゼが1番だと思うんだけどな」
実際学生のときは首席で卒業してるし。
「そう言って逃げようとしても無駄よ。ナイト、あなた学生のときから周りに教えてばかりで色力を使っての戦闘を見せることなんて滅多になかったじゃない。性道流を身に着けてからは一切使わなくなっちゃったし。せっかく珍しい黒の色力を持ってるんだから今日ぐらい使いなさい」
「……しょうがない。ブライト、ここは諦めて勝負することにしよう。どうせ試験が終わったら成績で嫌でも順位がわかるからな」
諦めることを促すようにブライトの肩に手を置く。
「はあー、わかった」
これ以上止めようとしても無駄だ。
だったらやるだけやって白黒はっきりさせよう。
「ミーゼ達も勝負するのか。これは面白いことになってきた。俺らも負けてられないぞトゥウ、ティア」
ワクワクするバーモンだが、こっちとしてはいい迷惑だ。
殺し合い以外はフェアな勝負しかしないという俺のルールが崩されたからな。
「カユウさーん! ブライトさーん! ナイトさーん! すぐにレーンに並んでくださーい!」
試験監督の声が聞こえた。
「あ、僕達呼ばれてたのか」
「話に夢中になって耳に入ってなかったな」
すぐにレーンに並び準備する。
勝負することになった以上勝ちにいくしかない。
とりあえず目標はミーゼの8秒23を越えることだな。
「オン・ユア・マークス! セット!」
スターターが旗を下げた瞬間俺は全力で走る。
色力は使わず、性道流で足に力を集中させることで1歩ごとの距離を大きくする走り方。
速さは充分。
タイムが一桁になるのは間違いなかった。
だが、それでも前を走る奴が1人。
それはブライトだった。
俺の連発させることを優先した性道流と違い、ブライトの性道流は1回ごとの威力を大きくさせる方を優先させている。そこに色力も合わさり、俺よりも一歩ごとの距離が大きい。
やはり短距離ならブライトの方が有利だったか。
そして俺と同じ速さで走るカユウ。
ブライトがゴールしたあと、ほとんど同時にゴールする俺とカユウ。
「ブライト、7秒04。ナイト、9秒23。カユウ、9秒25」
短距離はブライトが勝利を収めることになったようだな。
「クッソー、負けちゃった」
学生時代からカユウとはいつもギリギリの勝負だったが、今回はなんとか勝てたか。
「ていうかナイト、なんで色力使わないのさ! 色力使ってたらもっと速かっただろ! 手加減しないで真剣にやってよ!」
「いや、ブライトとミーゼが俺より速いのは知ってたからここは色力を使わないで温存した方が良いって思っただけだ。別に手加減したわけじゃない」
「それでもこっちは舐められてる気しかしないの!」
そのあともカユウの文句を散々聞いたあと、短距離走は終わり、次の種目である長距離走の説明が始まった。
「では長距離走の説明です。この種目はグラウンドから学校が所有する森の中に入りゴールを目指します。ただし、単純に走るだけではなく、25キロ、50キロ、75キロの3つの地点で課題が出されますので、それをクリアしなければ先には進めません」
マジか。
いや、冷静に考えたら短距離走と長距離走だけっていう走るだけの試験なんてするわけないよな。祭りのような催しになっているから忘れていたが、もともと国民の能力を測るための試験だもんなこれ。
ブライトは大丈夫だろうか? 学力試験もそうだが、長距離走の課題もクリアできるか心配だ。
「1人でなにコロコロ表情変えてんのよアンタ?」
横にいたミーゼが不気味そうにこちらを見ていた。
「いや、ちょっと考え事してただけだ」
そう言うと、ミーゼは俺の手の甲に自分の指で叩いてきた。モールス信号だ。
『どうせブライトのこと考えてたんでしょ?』
考えを見抜かれたことに驚くとともに、ミーゼに理由を聞くため俺もモールス信号で返す。
『なんでわかったんだ?』
すると、ミーゼはため息を吐いて言ってきた。
「アンタって普段はおちゃらけたポーカーフェイスできるのに、そのときだけは顔に出やすいのよ」
「それ、同じことをさっきカユウにも言われたぞ。そんなにわかりやすいか俺?」
「そうね。でも日常の態度だけ見てればわからないと思うわ。私とカユウがわかっている理由は、あなたが真面目なときの冷静沈着な面を見ているから。たとえ冷静沈着でも、彼女のことになると僅かだけど顔に出てるもの。妹のことを気にする心配性なお兄さんみたいにね」
「そうか……」
やっぱりわからないものだな。
俺はちゃんと顔に出さないようにしていたはずなんだが。
「でも、逆にそれ以外はあなた完璧よ。さっきも言ったけど真面目なときは冷静沈着すぎて怖くなるくらい。それに今までだって楽しそうにはしゃいでるように見せて頭では先のことまで考えてた。じゃなきゃ短距離走で手を抜くはずがない」
「そっか。そう言われるとなんか嬉しいな」
「怖いって言われて普通喜ぶかしら? まあいいわ。私あなたのそういう自分を数役に演じ分けられるところはとても尊敬してる」
この1か月でなんだかミーゼも丸くなってきた気がするな。
尊敬なんて言われるのは初めてのことかもしれない。
「でも……」
「?」
「勝負では負けるつもりはないわ」
自信たっぷりの顔を俺に向けてくる。
「ああ、俺もだ」
この長距離走が俺達4人の勝負で本命になる。
妨害有りという以上戦いになるのは目に見えているからな。
ただ途中にある3つの課題の内容が気になるところだ。
内容によっては3人に遅れることだってあるかもしれない。
「2人でなに話してるのさ? 僕とブライトも勝負してること忘れてないよね?」
蚊帳の外のような会話に嫉妬したカユウが入ってきた。
その横でブライトはクスクスと笑っている。
「わかってるよ。お前らにも負けるつもりはない」
「では、受験者全員スタート位置についてくださーい!」
試験監督の支持に従いスタート位置に立つ。
だが、シールドと俺達4人以外の受験者は後ろに離れていた。
「みなさんなんであんなに後ろからスタートするのでしょう?」
いや、お前の爆発が原因なんだよ。
トゥウ以外の全員が苦笑いする。
「オン・ユア・マークス!」
スターターが短距離走とは逆に受験者全員に見えるように旗を上げると、俺達は走り出した。




