本性の仮面
光に包まれ崩壊していく町。
俺達はただ呆然と見ることしかできなかった。
ミーゼの死を受け入れることができずに泣いている少年。
死にゆく彼らに共感してしまい震える友。
たった1日だけの共通を喪ったことを心から悔恨する俺の大切な家族。
それをリェゼルと並んで俺は見ていた。
ただずっと見ていた。
今俺はどんな気持ちなのだろう。
ヒトを殺した、殺されるきっかけを作った、何もしなかった、何もできなかった。
赦されようなどとは思っていない。
ただ、苦しい。
まるで怨念のように体に襲ってくる息苦しさ。
過呼吸にでもなってしまいそうだった。
優しくリェゼルの背中を撫でる。
そうすれば少しは楽になるから。
こうすれば解放されるような気がしたから。
「……」
いや、違う、そうじゃない。
俺は押し付けているんだ、リェゼルに。
俺が楽になる分、代わりにリェゼルがその苦しみを味わうことになる。
最悪だ。
大切な家族になんという悪辣なものを与えているんだ俺は。
そう思うと、無意識に手がリェゼルから離れていった。
リェゼルは何も言わずに俺を見る。
だが俺は目を合わせることができなかった。
申し訳ない気持ちで一杯一杯だったからだ。
すると、大きな土埃を上げながら近づいて来る人影。
それを見て、ラージニイは歓喜に満ち溢れるように笑顔になった。
「姉ちゃーん!」
ラージニイが喉の奥から叫ぶと、人影は手を振って答えた。
出発してから2日、随分と早い到着だ。
「すみません。遅くなりました」
俺達の前で止まり、ミーゼをお姫様抱っこしながらトゥウは言った。
ラージニイは傷だらけのミーゼに泣きながら近づく。
「ラージニイ……」
ミーゼは疲労と痛みを感じながらも笑顔でラージニイの頬に手を置いて再開を喜んでいた。
「お前にしては随分と時間がかかったなトゥウ」
少し意地悪するつもりで言ってみた。
「無茶言わないで下さい。ユーラシア大陸の横断を走って2日でやり遂げたんですよ。もう体力の限界です。帰りはリェゼルに運んでもらいます」
さっきまでの姫を助けた王子様のような雰囲気はどこへやら、だな。
息は荒いしミーゼを持ち上げる腕ももう長くはもたないだろう。
「ククク……」
「なによカユウ?」
笑うカユウに不思議と首を傾げるミーゼ。
「いや、いつまでそうやって抱かれてるのかなって」
ミーゼはみんなの前で自分がトゥウに抱かれていることに今気づいたのか、顔を赤くし、沸騰したやかんのように湯気を頭のてっぺんから出しながら暴れた。
「ちょっ、いつまで抱いてるのよ! 恥ずかしいでしょ!」
「ちょ、ちょっと! 暴れないでください! すぐに降ろしますから!」
トゥウはその場でしゃがみ込むと、ミーゼは逃げるようにトゥウからはなれた。
「でも良かったです。皆さん無事にイーストエンドから出れて。ミーゼが攫われたと聞いた瞬間誰かが死ぬんじゃないかと冷や冷やしました」
「まあ、確かに僕達は無事に戻って来れたね。死んでほしくなかった人はいたけど……」
カユウが誰のことを言っているのかはすぐにわかったが、来たばかりのトゥウがわかるわけもない。
だが、新しい出会いと別れがあったことだけははっきりとわかったようで、「そうですか……」と小さい声で呟いた。
ブライトを見ると、暗い顔をしていた。
いつものように励まそうかと思ったが、そこでシュランの言葉が頭をよぎる。
知らないふりをしてアドバイスをするのは苛つかせるだけ、か……。
「……急にどうしたの?」
突然頭を撫でられたのが不思議だったらしい。
「まあ、なんだ……。俺達の仕事上こういう別れも珍しくない。辛いが、俯きっぱなしってわけにもいかないだろ。だから……その……」
最後の励ましの言葉が思い浮かばない演技をする。
なぜなら、ブライトにはその先はいらないからだ。
「うん、わかってる」
力強い目で遠くにある光の柱を見るブライト。
喪ったものはあるが、それでも自分は生きていくという強い意志を感じさせる。
少しだけ素直に慰めてみたが、正解だったらしい。
もうそろそろブライトも1人で生きていけるようになるかもしれないな。
「はあ……はあ……」
ボロボロのネーズに支えられながら森の中を歩く。
今日はいろいろなことがありすぎた。
まさか自分の国が1日も経たない内に無くなるなんて誰が想像するだろうか。
クソ、全身が痛い。
あの眼鏡め!
不意打ちとはいえ蹴りを顔面でまともに受けちまった。
次会ったときは絶対に後悔させてやる。
「大丈夫ですかケルロス?」
コイツも傷だらけのくせに、よく俺を助けて町を出られたものだ。
砲弾が城の真上からではなく、町の中心に向けて撃たれていたことが幸いした。
おかげで爆発の範囲の外にギリギリ逃げることができた。
「はあ……はあ……それにしても……」
「?」
実の娘のように接していたあの頃を思い出す。
あのミーゼがなあ……。
昔は俺に笑顔でついて来て、俺の考えを素直に信じ、教えを乞うてきたあのミーゼが自分の考えを持って俺に牙を剥くなんて……。
父親っていうのはこういうことなのだろうか。
少しだけ嬉しい。
10年前、急に暴れだして俺のもとから離れたときは心配したが、どうやらもうそれも必要ないらしい。
なら、俺も自分のすべきことだけに集中させてもらうか。
「ネーズ、俺達は失敗したが、まだやり直すことができる」
「ケルロス?」
「ここだ。ここで1からやり直せば、まだまだ挽回できる」
「……そうですね。私もそう思います。チャップはいち早く脱落してしまいましたが。あなたの目的が達成される日まで、私も付き合いましょう」
2人でまた1歩進む。
どんなことがあっても、心意気さえあればまた――。
「……ガハッ!!」
腹の奥から溢れるくらいの血が昇る感覚。
何かが俺の腹を貫いた。
「ケルロス!?」
ネーズは後ろを振り返ると何者かの足に蹴られ、木に背中を強打する。
俺は自分を支えることができず、その場に倒れた。
貫かれた箇所から出血が止まらない。
「ご苦労だったな、ケルロス」
……聞き覚えのある声だった。
だがありえない、いるはずかない、生きてるはずがない。
そんな拒絶する言葉が無数に湧いてくる。
痛みに耐えながらゆっくりと声のする方を見る。
そこにはイーストエンドの兵士が使っていた剣を持つ男が1人。
「お、お前は……バトラ!?」
「よく憶えてたなこんな下っ端の顔を。囮に使ったからか?」
予想外の人物に驚愕する。
どうしてコイツがここにいるんだ?
あの爆発から逃げ延びたというのか?
こんな塵のような奴が?
いや、違う、今はまるで別人のように……。
「……なぜこんなことを? それに前とは雰囲気が……」
「なんだ? しばらく会ってないうちに俺のことも忘れちまったのか。ま、どうせ最後なんだ。正体くらいは教えてやるよ」
バトラの顔がドロドロに溶けていく。
そしてバトラの顔の下から出てきたのは白髪を生やした、いかつい老人だった。
「……シル・リバイバル・カイン」
そして俺達天使達のリーダーの顔でもあった。
「ふ、やっと気づいたか」
やれやれと後頭部を掻くカイン。
「な、なぜあなたがここに?」
そうだ、コイツはこんなところにいていい存在ではない。
もっと別の場所でやらなければならないことが山のようにあるはずなのに。
「ちょっと部下の抜き打ち検査にな。それにもう1人いるぜ」
カインの後ろから現れたもう1人の男にも見覚えがあった。
「シンソク……」
イーストエンドで新聞社『WORLD』の社長をやっていた男。
情報操作の命令のために何回か会っただけだが、まさかコイツも……。
「お前は正体を明かさねぇのか?」
「俺はこの体少し気に入ってるんでね。もう少し使わせてもらうよ」
シンソクだと思っていた男はそう言ってそのあと何も話さなかった。
「さてと、じゃあ検査の結果だが、不合格だ。なぜだと思う?」
「……さあ、なぜでしょうね? 俺は命令通り攫った子供をアメリカ大陸に送っていたはずですけど?」
理由はわかりきっているが、1パーセントにも満たない可能性に賭けてとぼける。
「お前、俺達を裏切ろうとしてただろ。大方、神の力を利用して人間どもを支配しようとしてたってところか」
やっぱり無理だったか。
まあ驚くことではないな。
だが疑問がある。
「どこでそれを?」
「見ちまったからなあ。水面恋水城の地下にある牢獄。ホント食えない奴だぜ。どうりで最近アイツから連絡が無いと思った」
「なるほど。バトラの目を介してあなたも俺達を見てたということですか」
「そういうことだ。まあ問題はほとんど解決したからそのことに関しては気にしてない。だが、それ抜きにしてももうお前は用済みなんだよ」
「……そうですか……」
相変わらず他人の使い方が荒い男だ。
同胞ですら役に立たなければお払い箱か。
「ただ、遠くからお前とミーゼの戦いを見てたが、お前にしては今回全く楽しそうじゃなかったな」
「なぜそう思うのですか?」
「言葉の少なさだよ。お前が俺達を裏切った理由は、人類の殲滅よりも支配の方が天使には合っていると考えたからなんだろ。なのにミーゼにその思想を説こうとしなかった。昔だったら馬鹿みたいに大声で説いてただろうに」
ああ、そういうことか。
確かに今回俺は全然喋らなかった。
でもそれは……。
「まあ、昔は何も知らないただの可愛いガキでしたから。俺なりに生きていけるように教えてやらなければならないと思ってやっただけです。でも、久しぶりに会って思いました。あいつはもう変わった。ちゃんと自分で考えることができるようになった。俺があまり喋らなかったのはそのせいでしょうね」
そう、ミーゼはもう子供じゃない。
俺が何かを教える必要なんてもうない。
「それに、俺は誰かに自分の思想を理解されようなんて考えてません。人間を支配することを支持されようなんてこれっぽっちも思ってない。自己満足で良いんです。それでもついて来てくれた奴はいましたし」
蹴られた顔を押さえ倒れているネーズを見ながら俺は言った。
「そうか。少しだけ話が戻るが、なんでお前は人類の支配なんか考えるようになったんだ?」
何も見ていなかったカインが俺の変化の理由がわからないのは当然のことだろう。
「簡単な話ですよ。あの娘が俺のもとを離れた理由が、俺達に間違いがあったからなんじゃないか? そう思っただけです」
それでも支配の道を選んだのは、俺自身が人間を赦せなかったからだ。
どれだけ私情を挟んでも、人間に対する恨みだけは無くならない。
できれば、ミーゼにもその感情だけは無くなってほしくなかった……。
「なるほどな。優しくなったもんだぜお前も。何か最後に言い残したいことはあるか?」
手に持っていた剣を振り上げる。
「そうですねえ……」
少しだけ考えるが、やはり浮かび上がるのはあの娘の顔だけだった。
「頑張れよ、ミーゼ……」
もうアイツは大丈夫だ。
きっと生きていける。
大切な友達もいるみたいだしな……。
振り下ろされる剣には傷だらけの俺が映されていた。
だが次第にその姿は昔の俺に変化していく。
横には、満面の笑みで抱きしめてくる小さな小さな俺の娘が……。
はあ……。
成長を見守り続けるってのは、こんなにも難しいものなんだなあ。
「さてと……これでイーストエンドでやるべきことは終わったな」
カインはそう言って血のついた剣を捨てた。
「今回はかなり時間を使った作戦だったな。わざわざ他者の体と魂を使ってまでやる価値があったのか? 他のやり方なんていくらでもあったはずだ。お前は数週間でもとに戻ったが、俺は5年以上もシンソクに体を任せることになったんだぞ」
後ろからシンソクの体の男がカインに不満な表情をしながら文句を垂れる。
「牢屋に入れられてた重要人物を取り戻すことができたんだからいいだろ。それにもっと良い情報が手に入った。昨日お前の会社に入り込んだ男を覚えてるか?」
カインは昨日ナイトが新聞社に入ったときのことを口にした。
「ああ、アポ無しで窓をぶち破って入ってくる人間なんて嫌でも印象に残るからな。それがどうした?」
「あの男、名前はナイトというらしいが、ウラオモテ一族の生き残りだ」
ウラオモテ、という言葉を聞いた瞬間男の方は驚愕する。
「な!? じゃああの男は12年前の研究所襲撃のときにお前が1人取り逃がしたって言ってた子供か!」
「間違いない。あの誰の心も見透かすような目と動き、ウラオモテ一族の特徴だ。あいつらは心を読む天才だからな」
「じゃあ新聞社に来たのは……俺達がイーストエンドと関わっていないか知るためか?」
ナイトの不可解だった行動に答えを導き出そうとするが、まだわからない。
「いや、決めつけるのはまだ早い。だが何かを狙っていたのは確かなようだ」
「会社に来たときに殺しとくべきだったか」
「いや、それも止めておいた方がいい。立ち姿だけでナイトという男は相当な手練れだとわかる。こっちも相応の代償をすることになる」
殺すことにメリットが少ないと断言するカイン。
「バトラの魂を色力で変装した俺の体に入れ、人格をバトラにしてたのが幸いした。もし俺がバトラのふりをしてたら、こちらの計画は全てバレて殺されていただろう」
保険を掛けておいたことに安堵するカイン。
実際ナイトがバトラの中にカインがいることは最後まで気づいていなかった。
「あの一族がいるとわかった以上、計画を少し早める必要があるかもしれないな」
「本当にいいのか? なぜそこまでしてあいつを警戒する?」
カインから焦りが感じられる言動に男は理解できなかった。
「ナイトをちゃんと見ていないお前はわからないだろうな。だが俺はアイツが俺達天使にとって最も高い障壁になり得ると考えてる。いや、考えさせられる」
「お前がそこまで言うなんてな……」
カインらしくない余裕のない発言、と男は思った。
「俺はこれからサウスエンドに向かう。お前はそこで倒れてるネーズを連れてアメリカ大陸に戻ってろ。そいつの能力はまだ使い道があるからな。あとのことは俺がやる」
「わかった」
瀕死で口も開けなくなったネーズを担ぎ上げた男はそのまま森の奥へと歩いていった。
「ふふ……」
笑みが溢れるカイン。
「面白くなってきたな」
不穏な空気がこの世界を包み込む。




