夜明けまで
水面恋水城のある部屋。
そこにはネーズとチャップと、ケルロスの付き人であるラーヴェがいた。
「失態、ですね。あれだけ兵を出して逃がすなんて。油断しすぎだったのではないですかお二人共」
ラーヴェの蒲公英色の髪が揺れる。
声のトーンが生徒に怒る先生のように低いものだった。
「ノースエンドのときといい、あなた達には失望しましたよ。ちゃんと動いてくれないと困ります。でないと私までケルロス王から信用を失ってしまうでしょう?」
ため息を吐くラーヴェ。
「さっきから言わせておけば……、遠くから命令するだけの奴に文句を言われる筋合いはねえんだよ」
チャップは握り拳を作り今にもラーヴェに殴りかかる勢いだった。
だが、ラーヴェはそれを恐れはしない。
「私はいつもあなた達のようなゴロツキでも上手くやれるような命令をしているのですよ。あなた達だけなら今頃死刑にされるほどの失敗を積み重ねているところです。もう少し感謝してもらいたいですね」
「てめぇ!」
拳を上げるチャップだが、ネーズがそれを止める。
「いいのですチャップ」
「でもよネーズ! 俺達だって真面目に――」
「失敗したのは我々です。結果こそが全て。成功がなければどんなに一生懸命でも意味がありません」
「……クソッ!!」
側にあったゴミ箱を蹴るチャップ。
「では、私達はこれで失礼します」
2人はそのまま部屋を出て、廊下を歩く。
チャップの足取りは怒りを吐き出すように荒い。
「チャップ、相談があります」
足を止めたネーズが言った。
「あ、なんだよ? ネーズが俺に相談なんて珍しいな」
基本的に自分で考えて答えを出すネーズが、チャップに相談することは本当に稀である。
「チャップのような野生的な人間の意見も時には役に立つときがありますからね」
「そうか。なんか嬉しいな」
(褒めたつもりはないのですが……)
チャップにその手の話をしても理解できるはずもない。
「少し……この世界について疑問に思っていることがありまして」
「は? なんで?」
なんでという言葉に少しだけ困るネーズ。
「なんでと言われても……私の家系は人間の成り立ちを探求していましたからね。私も小さい頃はよく本で人の体の構造など見ていました。だからこそ、見えてくるものがある」
ネーズはここで、今まで自分の中にある仮説を話すことにした。
「チャップ。今の人間達は『おかしい』と思いませんか?」
「おかしい? どこがだよ。みんなちゃんと生きてるぞ」
「いえ、生きる死ぬとかではなく。今の人間達は大雑把すぎると思うんです」
「おおさっぱ?」
チャップはネーズの言っていることがよくわからなかった。今までも理解できたことはなかったが。
「私が最初にそう思ったのは、アメリカ大陸で今も行われている分断を見たときです。あのときはまだ疑念程度にしか考えていませんでしたが、ノースエンドでそれは確信に変わった。やはり大雑把すぎる」
「そうか? 俺は全然そんな感じはしなかったけどな。むしろあそこは『正義』のために何かをしようとしてる奴ばかりでこの国と真逆だったぞ」
「そこです。そこが私はおかしいと思うんです。人間はいろいろな感情を持つことで、一人一人が個性を持っている。だから、1つの国の中でも様々な考えがあり、時にはぶつかってもいいはずなんです」
「だから、そうなってるだろ?」
「いいえ。ぶつかっているのは国同士なだけで、国の中では衝突がない。つまりみんな同じ考えなんです。それがとても恐ろしい」
そして、ネーズはここで己の考えのある1つの答えを言った。
「私は、今の人間がとても進化の過程でできたものだとは思えません。色力についてもそうです。いつどこでそれを手に入れたのか全くわからない。歴史を調べても、色力については全く詳細が明らかになっていない。それに500年前、つまり西暦2500年のとき、我々人類は『命の神』との戦いに勝利したという歴史がありますが、これも詳細は全くわからない。神という存在に勝利するという偉大なことを、誰も後世に伝えようとしなかったのはおかしくないですか?」
「考えすぎだろ。それに、良いことじゃないか。それって仲間割れがないってことだろ。みんな仲良しの何が悪い。歴史だって、500年も経ってれば途切れることもあるだろ。ほら、もう休もうぜ。最近仕事ばかりでクタクタだ」
そう言ってチャップは自室に戻るが、ネーズはその場に立ったままだ。
(たしかに考えすぎではある。だがしかし、私には今の人類が持つ欠陥は不自然にしか見えない)
温泉から隠れ家に戻った俺達は、城へ侵入する時間まで各々自由にしていた。
「あれ? ブライトの奴どこ行ったんだ?」
家の中にはいなかったので、外へ出て辺りを見回すがブライトの姿はなかった。
あんまり遠くに行くなって言っといたんだけどな。
「ナイトー! こっちこっち」
屋根の上で座っているブライトとシュランに手招きされたので俺も屋根へ。
「2人で星を見ながら話してたんだ。温泉のときもそうだったけど、ここからの景色も綺麗だったから」
「おー、たしかに凄いな」
「でしょでしょ!」
ほんの僅かだが、屋根に登ったことで星との距離が狭まったような感覚になる。
そのおかげで1つ1つの星が大きく見える。
「フフ、こうして2人を見てるとなんだか昔のワタクシ達を見ているようですね」
「昔って、シュランが言ってたジァンって人と付き合ってたとき?」
「はい。ワタクシ達もよく2人でいろいろなものを見て話していましたから」
笑い合う2人。
「なあ、シュランはどうして付き人のジァンを好きになったんだ?」
ここで言うべきことではないと思うが、せっかくなので訊いてみることにした。
「あらら、あまりにも急な質問ですね」
「そうだよナイト。そういう質問は飲み会とかの空間でお酒が回ったときに聞くものだよ」
軽い笑顔のシュランと少しだけ怒るブライト。
てかそんなのどこで覚えたんだブライト?
……多分カユウだな。
あいつそういうのよく知ってたし。
「悪いな。空気を読めないのが俺の欠点だ」
「……そんなに気になりますか?」
「まあ、恋愛に権力なんか関係ないと言いたいが、そうもいかないこともあるからな。どうやって恋人まで進展したのかちょっと聞いてみたい」
「あ、それは私も気になるかも」
期待の眼差しをシュランに向けるブライト。
それを見てシュランは少しだけ考えたあと話し始めた。
「では、その、少しだけ。あれはワタクシの父が突然の病で亡くなったすぐのことです。
王が亡くなったということは、誰かが次の王にならなければなりません。ですが、当時のワタクシは王になるつもりなどありませんでした」
「どうして? 権力とかに興味がなかったの?」
「いいえ。たしかに権力を持つのは魅力的に感じますが、ワタクシには先代の王のような国を治められるほどの力を持っていませんでした。王政とか全くわからなかったんです。なので、王位継承は他の誰かにしようと思い、立候補者を探したのですが、国民達は王の娘なのだからとワタクシの王位継承を支持しだしたのです」
「え、よかったじゃん。国民から支持されるなんて良いことだよ」
「ところがそうでもないのです。ワタクシも最初はブライトさんと同じように考え、最後の警告に『上手くできず、国が滅茶苦茶になってもいいのか?』と国民達の前で言うと、『それでも構わない。みんなで助け合おう』とみなさん言ってくれました。そのあと誰も立候補者はいなかったので、ワタクシは王として国を支えることにしたのです。
ですが、ワタクシはもともと王になるつもりはなく、才能もない人間。やはり上手くいくはずがありません。
国は荒れ、人々の生活はみるみる悪くなっていきました。ワタクシはなんとかしようとしてみたのですが、結局上手くいかず悪くなるばかり。ついに国民達はワタクシに文句を言い始めました」
「え、でもそれって……」
ブライトが感じる疑問、それは……。
「はい。国民達の完全な手のひら返しです。あんなに支持しておいて、いざ悪くなると全てワタクシが悪いと言い始め、毎日文句が濁流のように襲ってきました。しかも、言うのは文句だけで、解決策を何1つ言ってくれないんです。
だからそんなに文句があるならリーダーを変えようってことにしまして、次の王を決める選挙を始めました。誰でも立候補できる、全員平等なやり方で。そしたら………………誰も、立候補してくれませんでした……」
「「……」」
シュランのやり場のない怒りと苦痛の顔を見て、俺達は何も言えなかった。
「結局ワタクシがまた王として国を治めることになり、そのあとも毎日国民からの文句の嵐。
ワタクシはこのとき初めて理解しました。国というのは統治者だけでは成り立たない。下は上を支え、上は下を助ける、どちらかに傾けば国はどんどんダメになっていくんだなって……」
「……それで、そのあとどうなったんだ?」
「……ナイトさんはもうわかっているのではないですか? 文句しか言わない人達を一体誰が助けたいと思いますか? 当然ワタクシは助けたいなんて思いません。それどころか、毎日鬱憤を晴らすように付き人や国民を連れ去って地下で殺していましたし。
でも、この国の人達がおかしいと思わされたのはここからでした。
普通、毎日人が城に連れ去られて帰ってこないなんてことになったら、大騒ぎになってもいいはずなんです。
なのに、国民達は何も反応しなかった。見てみぬふりをしたのです。自分の息子がワタクシの手によって殺された母親がホッと胸を撫で下ろしてたのを見てそう確信しました。
自分が殺されなくてよかった、自分には関係のないことだと思っていたのでしょうね。ワタクシに殺される瞬間の国民達は全員『なんで自分が殺されるの?』と言ってましたし」
「……ねえ、1つ訊いてもいいかな? そんな人達ばかりの国で、どうしてシュランは逃げようとか思わなかったの?」
ブライトはえらく真剣な目でシュランを見た。
「逃げるとは?」
「今の話を聞いて、私はとてもじゃないけどあなたがまともには思えなかった。それは人を殺したことじゃなくて、やりたくもないことをやってるのに、誰も助けてくれない状況から逃げなかったこと。
私にはとても受け入れられない。すぐに目を背けて逃げ出してる」
空を見るブライト。
その目は儚げな少女のようだった。
「……そうですね。たしかに辛いです。でもワタクシは逃げようとは思いませんでした。だってそれは、ワタクシが大嫌いなこの国の人間と同じになってしまうでしょ?」
「たしかにそうだけど……」
「それに、誰も助けてくれなかったわけではありません。この体……ワタクシが恋したジァンだけは違ったんです。
彼はもともと1人で彷徨って野垂れ死にそうになっていたところを兵士に助けられ、ワタクシの付き人になりました。おそらく殺されるのが恐くてジァンに押し付けたんですね。
でもこの人は、ワタクシに意見してくれた。文句だけを言わず、何が間違っているのか、どう解決するのかを言ってくれた。真っ直ぐワタクシと話をしてくれた。だからこの人を好きになったんです」
胸に手をあて思い出に浸るように目を瞑るシュラン。
その姿はとても美しく、また幻想のようで、とてもすでに亡くなったヒトとは思えなかった。
「ちょっと酷い話になっちゃいましたね。素敵な時間を壊してしまいました」
「うんうん。今のでシュランがどういう気持ちで女王として生きてきたかよくわかったよ。辛くても、好きな人に支えられてたんだね。誰かとそっくり……」
そう言うと、ブライトは立ち上がった。
「ちょっと喉が乾いちゃったから家の中に戻るね。2人はどうするの?」
「ワタクシはもう少し星を見てます」
「俺ももう少しここにいることにする」
「じゃあまたあとでね」
ブライトは屋根から降りて、家の中へ入っていった。
「……なあ、あと2つ訊いてもいいか? 俺としてはこっちの方が重要なことだ」
「なんでしょう?」
「お前、誰に殺されたんだ?」
その言葉に驚くシュラン。
「……よくワタクシが殺されたってわかりましたね。いえ、多少歴史に詳しければわかることですね。年齢的にもワタクシの死は早すぎますからね」
1人納得するシュラン。
「ああ。そしてもう1つ訊きたいのはジァンの死因だ。シュランの魂がジァンの体に入ってるってことはジァンも死んだことになる。1つの体に魂は1つまでしか入れられないからな」
「そうですね……、たしかにナイトさんの言うとおりです」
両手を置き、深呼吸をすることで話す準備をする。
「では言いましょう。ワタクシを殺したのはこの体、ジァン本人です」
「……」
シュランから出てきた言葉は俺にとっては予想内だった。
「あまり驚かないのですね。もしかしてわかってましたか?」
「まあ、大体は。死んだあと生き返った奴がすることと言えば大体は復讐か探求だ。憎い相手には復讐し、憎くない相手には生前してやれなかったことをするために探求する。
そしてシュランはジァンの日記を探している。それは、単に恋人であるジァンの残したものが欲しいからではなく、残したものからジァンの想いを知るため。本当に自分を愛していたのか、なぜ殺したのか、それを知りたいから。そうじゃなきゃ危険を冒してまで手に入れようとは思わない」
「……あなたは人の考えを見抜くのが上手ですね。恐いほど当たっています。
ジァンに殺されたあのプロポーズの夜。この人となら良い国が作れるだろうと想いを打ち明けた瞬間、ワタクシは殺されました。
最後に見えたのは涙を流しながら失意のような表情をした彼の顔だけ。ワタクシはその理由が知りたくて、あなた達とともにいることを決めたのです」
それが今のシュランの行動理念か。
「このことは他のみなさんには内緒にしておいてくれると助かります」
「安心しろ。俺も言うつもりはない」
そのあとは何も話さず2人で星を眺めた。




