何かの始まり
『今日は失敗だらけの1日だった。女王に出す料理を目の前で溢したり、服も頼まれたものとは全然違うものを渡しちゃったり、とにかく酷かった。女王に睨まれたときは怖かったなあ……』
精神的に疲れていたのか、2日目の文字数は前よりも全然少なかった。
ラージニイがウェストエンドに来てから1ヶ月が経った。
今日は休日なので、昼間からラージニイの訓練を見ている。
「はあ!」
「よっと」
ラージニイが振る剣を軽々と避ける。
「もーうっ! 全然当たらない!」
訓練開始からラージニイの攻撃は俺に1発も当たっていない。
「そりゃあそうだろ。色力を使いながら動けるようになっても、剣の腕はまだまだド素人。それじゃあ誰にも当たらない」
「くっそぉ……」
ラージニイは大の字に倒れ、息を荒げる。
「でも動きはかなり良くなってるぞ。色力の量も多いからその分長い間動けてるしな」
色力を渡してくれたラズムのおかげだな。
「でも、姉ちゃん達と比べたら全然ダメだ。もっと強くならなきゃ。もう1回お願い!」
立ち上がるラージニイだが、足が震えている。
「いや、休憩にしよう」
「え、俺はまだやれるよ。気を遣わなくても全然平気」
「休むことだって訓練の1つだ。ちょうど昼時だしな。ミーゼとここで大人しく待ってろ」
近くで見ていたミーゼにラージニイを任せ、俺とブライトは昼食のために買い物に行くことに。
「おや、最近よく来るね。今日は何を買うんだい?」
町に入ったとき、少し気になることがあったのでいつもの肉屋に行くと、おばちゃんに笑顔で歓迎される。
「最近食べ盛りが増えてな。えーっと、今日は……」
「鶏の胸肉!」
「ちょっ、またステーキか!? 昨日食べただろ!」
「昨日は牛肉だったもん。ナイトの作るステーキ美味しいから」
そんな満面な笑みで褒められるとダメとは言いづらい。
「……じゃあ、鶏の胸肉1000グラム、いや1500グラムで」
それを聞いていたおばちゃんは笑いながら胸肉を経木で包む。
「はいどうぞ。2人とも相変わらず仲が良くて私は嬉しいよ。それよりもナイト――」
「ああ、わかってる……」
「……」
3人笑顔だが、考えていることは一緒だった。
少しだけ目線を横にやる。
「……この国のニンゲンじゃないな。それだけならいいが……」
「動きが怪しすぎだよ。素人だねぇ」
「また王様を暗殺しに来たのかな?」
目線の先には1人の男がいるだけ。だが、周りにいるニンゲン全員が話しながらも気づかれないようにその男を注意深く見ている。
賑やかでどこにでもあるような通りに見えるが、すでに全員戦闘態勢だ。
「……行くぞ」
「うん……」
俺とブライトで尾行することに。周りにも視線を送ると、みんな目で答えてくれた。本当にこの町のニンゲンは結束力が異常に強い。
さて、あの男は何をする気なのか。いや、そもそもどこから来たのか。調べなければならない。
すると、男は宝石店の中に入っていった。他国まで来て狙いは宝石か?
ガラス越しに見るが、男はショーケースに入った宝石類をただ見ているだけ。
しばらくすると、何も起きることなく男は出てきた。特に何かを盗んだわけでもなさそうだ。
また男の後を追うと、今度は急に路地裏に入っていった。尾行がバレたか。
俺達もすぐに行くと、そこにはもう誰もいない。
「やっぱりか! ブライト、すぐに城の兵士達にこのことを伝えに行け! 俺は男を探す!」
ブライトは頷き、別れようとしたそのときだった。
「その心配はないかなー」
ティアの声が上から聞こえたので顔を上げると、屋根にさっきの男がティアの片手で両腕を拘束されていた。
「ティア、いつの間に……」
「はいはーい。ティアちゃん今日も大活躍ってねー」
男は暴れているが、ティアは気にすることなく舌を出してウインクしてきた。
「で、何しようとしてたのかなー? 場合によっては……」
「ヒッ!?」
目の色が変わったティアを見てビクつく男。いや、正直俺も怖い。あの殺気無しで獲物を仕留めるような目は完全に野生の肉食生物だ。
「あ、ごめんごめん。別に何もしないよー。この国拷問は禁止されてるからねー。おーよしよし、恐怖で震えるヒトってホントかわいいわねー。食べちゃいたいくらい」
まるで赤子をあやすように男の頭を撫でるティア。
っと、ただ見てるわけにもいかないな。
「そろそろ屋根から降りてくれないか? さっさとそいつのこと調べたいんだが」
「はーい。ちょっと待っててねー」
ティアは男を脇に抱えると、ジャンプして俺の前に降りてきた。
男は恐怖心からか、抱えられたままで抵抗しない。
「おい、大丈夫か?」
声をかけると、男は我に返ったかのようにハッとすると。
「お、俺は何も悪くないぞ! ただ、命令されただけだ。だから殺さないでくれ!」
「……」
凄いな。なんというか、無責任な命乞いだ。
「命令って誰から?」
後ろにいるブライトが言った。
「ケルロス王だ。ウェストエンドの王を暗殺してこいっていわれたから俺はその命令に従っただけだ」
「暗殺か。でもお前、多分町のニンゲン全員から怪しまれてたぞ」
素人だってもっと上手くできるレベルだ。
「わかってるよそんなこと! 俺みたいな下っぱに暗殺なんてできるわけないだろ! なあ、正直に言ったんだから離してくれよ。俺何も悪いことしてないだろ? 大人しく帰るからさ」
「確かに勢いで捕まえちゃったけど、この子まだ何もしてなかったわね」
「そうですね。罪を犯したわけでもないので本来なら彼の言うとおりなんですけど……」
「ん、どうした?」
思考中の俺をブライトとティアが見てきた。
「ここはナイトの判断も聞こうかなって」
そういうことか。
「それ、俺じゃなくてティアの役目なんじゃないのか? 階級だって俺より上だろ」
シールドである以上、ここで判断を下すのはティアであるべきだ。
「私そういうの苦手だからパス。ナイトいつもみんなを引っ張ってたじゃない。だからよろしく」
「えー……」
こんなのがシールドで大丈夫なのかウェストエンド。
「じゃあ、そうだな。とりあえず事情聴取してから決めるべきだ。なんでケルロス王がそんな無理な命令を下したかわから……」
あれ?
「どうしたのナイト?」
「ん、おーい、ナイトー、ナイトちゃーん、もしもーし?」
ちょっと待て。なんでケルロス王はそんな命令をこいつにしたんだ。今までのイーストエンドの暗殺者はこの男のような素人同然の動きをするようなニンゲンじゃなかった。
「おい、この町に来たのはお前1人だけか?」
気づいたら口から出ていた。確認したくてたまらなかった。
「え、町に入ったのは俺1人だけど、ネーズとチャップって名前の男2人が途中まで一緒にいたぞ……」
俺とブライトは顔を合わせる。そしてこれから起ころうとしていることを察知した。
「ブライト! すぐに兵士達を町の外に向かわせろ! ティアは俺と一緒に来てくれ!」
「うん! わかった!」
「え? ちょっとなに? どうしたの?」
ティアは全くわからず困惑しているが、説明する時間はない。
「いいから来てくれ! ブライト、ついでにこの男を城まで連行してくれ」
男をブライトに任せ、俺達はラージニイとミーゼがいる俺の家の近くにある草原へと走る。
ナイト達が買い物に行ってからしばらく経った頃。私は汗だくになりながらも剣を振り続けるラージニイを見ていた。
「えい! やあ! とう!」
ナイトに教えられた通りの太刀筋。飲み込みが早く、どうしてかわからないけど色力の量も多いから、この調子でいけば5年ぐらいで立派な戦士になるんじゃないかしら。
私にはそれがとても悲しい。
「クソっ! 全然ダメだ! ナイトみたいにできない」
上手くできているように見えてたけど、ラージニイには納得できていないらしい。
「そんなに焦らなくてもいいんじゃないの? ナイトとあなたじゃ年齢も経験も違うんだから」
「それでも、今できる最高の状態にしたいんだよ」
「ふーん……」
この子は凄い頑張り屋。純粋で真っ直ぐ。だからこそ、危険でもある。ナイトはこれからラージニイを変えるって言ってたけど、本当にそれでいいのかしら。
「ねえ、姉ちゃんはどんな風に強くなっていったの?」
「え?」
「参考にしたいから、教えてほしいな」
急にそんなこと言われても困るわね。はっきり言って説明できるほど濃いことをした記憶はないのよね。
「そうねえ……あえて言うなら……」
ここは、あいつがよくみんなに言ってたことを伝えるべきかしら。
「私は、自分が天才じゃないって心に刻み込みながら鍛えてたかな」
「……なんか、随分ネガティブ思考だね」
「フフ、そうね。客観的に見たらそう聞こえるわ。でも、そうじゃないんだ。私達4人、いや、もしかしたら私と同期の人はみんな天才という定義を、なんでもできる人って解釈してるんじゃないかしら」
「なんでもできる?」
「正確には、なんでも身体に入れられるって言うべきなのかもね。天才ってさ、基本的になんでもできるけど、極められることはできないのよ」
「……どういうこと?」
まあ、そうなるわよね。私も最初聞いたときはわからなかったし。
「なんでもできる、これって確かに凄いこと。剣術や体術、他にもいろいろあるけど、それら全てができるようになればほとんど万能の無敵に思えちゃうでしょ?」
「うん」
「でも、それじゃあダメ。できるだけじゃ、戦いには勝てない。勝つためには極めなきゃいけないのよ。万能なんて言葉だけで何も凄くない。できるだけじゃ極めた者には何をしても無駄なのよ。どんなに数で戦おうとね。そして、何かを極めるにはもう才能がどうこうとかの話じゃない。ひたすら努力するしかないの」
思い出す。なんでもできて、自分は天才だと息巻いてた頃。同年代で私に勝てる奴なんていやしないと思い込んでいたところにあの騎士が現れて、2本の剣であっという間に負かされてしまった。私も得意の体術じゃなく剣術を使っていたっていうのもあるけど、それですら負けたことがなかったのに……。
勝利したあいつは喜びもせず、ただ何事もなかったかのように私から離れ、何事もなかったかのようにみんなと訓練を再開した。
その瞬間、あいつがいつもみんなに言ってた言葉を思い出した。天才は万能だが、それら全てを極めたわけではないと。
私は、自分がどれだけ愚かで傲慢だったのかを身を持って思い知った。
私が天才を目指している間、あいつは1つの剣術を極めようとしていたのだ。
極めたものには、極めたものでしか勝てない。
たった1回の敗北で、私は体術を極めることだけに集中し、天才というものを目指すことはなくなってしまった。
「うーん、つまり今はナイトから教えてもらってる剣術だけをマスターしろってこと?」
「そういうこと。さ、もうすぐナイト達が帰ってくるわ。訓練もそろそろやめ――」
後ろから突然の気配。
すぐに頭を下げると、頭上を一本の剣が横に通り過ぎた。
「マジかよ! 見もしねえで避けやがった。後ろに目でもついてんのかよ」
忘れもしない声。
振り向くと、見覚えのある赤い髪が目に入る。ノースエンドにいたチャップだ。
私はすぐに拳に色力を込めて打つと、チャップは剣でガードする。
拳は剣は折り、そのまま顔に届きそうになるが、チャップはギリギリで避け、退いた。
「チッ、やっぱりただの剣じゃダメか」
「まさかこんなところにまで現れるとは思わなかったわ。でもよかったわ。アンタを捕まえればノースエンドでしたことを洗いざらい吐かせられる」
拳を構える。次は逃さない。
絶対にこいつらのしたことを白状させる。
「そこまでです」
「ッ!?」
声のした方を向くと、ネーズがラージニイの首元にナイフの刃を当てていた。
「お前っ!」
動揺しながらも、足を一歩前に出す。
「おっと、それ以上動いたらこの子の命はありませんよ」
ネーズがナイフをさらに強く当てることで、ラージニイの首元から血が出てくる。
私は足を止めるしかなかった。
「安心しなさい。私達の目的は殺しではありません。ただ、一緒にイーストエンドに来てほしいだけです」
「……それはアンタらの王様の命令ってわけ?」
「はい。ケルロス王はあなたに会いたがっています」
もうそろそろ何かしてくるかとは思ってたけど、まさかこんなに大胆なことをしてくるなんて。
「さあ、どうしますか? この子を殺すか、大人しく捕まるか……」
無理ね。選択肢は1つしかない。
「……いいわ、行ってあげる。ただし、ラージニイを離しなさい」
とにかくラージニイだけは逃さないと。
「それはできません。この子は大事な人質です。あなたを大人しくさせるためのね」
そう言うと、ラージニイの体はゆっくりと縮んでいった。
「私は他色系。触れた対象を小さくすることができる」
小さくなったラージニイはそのまま宝石で装飾された箱に入れられてしまった。
「なので、このように人間を箱に入れることも可能」
「てめぇ……」
「そう睨まないでください。うっかり箱を握り潰してしまうでしょう」
嘲笑うネーズに私は何もできなかった。
「さ、あなたも」
ネーズは私に近付き肩を触ると、ラージニイと同じようにそのまま色力で小さくした。
親指と人差し指で私はつままれ、そのまま箱の中に入れられた。
ラージニイの訓練をしていた場所に戻ると、いるはずの2人の姿はなかった。
付近を探しても2人は見つからず、仕方なくティアと一緒に城へ戻ることに。
「ナイト、2人は!」
兵士達の手配を終え、ちょうどこちらに向かおうとしていたブライトと会う。
「ダメだ。見つけられなかった」
「そんな……」
「でも、こんなのが落ちてあったわよ」
ティアはバラバラになった剣の破片をブライトに見せる。
「周りに血の跡はなかったからおそらく2人ともまだ生きてる」
「……すぐに2人を探さないと! もしかしたらまだ近くに」
「無駄だ。もう遅い」
俺の横を通り過ぎようとするブライトの肩を掴む。
「離してナイト! ミーゼとラージニイを助けに行かないと!」
「ダメだ。まずはこのことをトゥウに報告する。話はそれからだ」
「そんなことしてたら間に合わなくなっちゃうかもしれないじゃん!」
「冷静になれ。相手はイーストエンドだ。下手なことをすれば問題はさらに大きくなる」
手を離そうとするブライトを止めるためにさらに力を強くする。
「ブライトの言うとおりなんじゃないかな」
いつの間にか、俺の横にカユウがいた。
そして、さっきティアが捕まえた男を脇に抱えていた。手錠はされてるので安全だとは思うが、何故ここに連れてきたのだろうか。
「あら、カユウちゃん。今までどこにいたの? で、なんでそのヒト連れてるの?」
ティアが少しだけ嬉しそうな声で言う。
「ちょっと情報機関に用がありましてね。大体今の状況はわかってますよ」
そう言うと、カユウは話を戻すように目つきを鋭くして俺を見てきた。
「……どういう意味だカユウ」
俺も話を進めるために一歩前に踏み出す。
「ナイト、君の意見は正しいよ。それが最善だ。確かに今僕達が余計なことをして戦争にでもなれば取り返しがつかなくなる。でも、だからといって仲間を放っておく理由にはならないんじゃないかな。もし、ここで追ってなければミーゼ達が死ぬとしたら? それは最善の道を選んだとしても後悔してしまう。だったら、最善じゃなくても後悔しない選択をするべきだと僕は思うよ」
真っ直ぐな目を向けるカユウに俺は何も言えなかった。
「ナイト、お願い。行かせて……」
ブライトも俺を見る。その目は俺にはとても眩しいものだった。
……しょうがないな。
「わかった。なら俺も行く。ティア、悪いがこのことをトゥウに報告してくれ」
「はーい、りょーかーい! イーストエンドのお土産よろしくねー」
何が1番後悔する選択か。それはここでカユウ達と話し続けることだ。
トゥウを連れてから行くべきだと考えていたが、今の2人にそれを説明してもダメだろう。いや、説明する時間すら与えてくれはしない。
だったら、俺が折れればいいだけだ。
「で、カユウ。まさかとは思うがその男も連れて行くのか?」
「だってこの人イーストエンドから来たんでしょ? だったら案内役にちょうどいいかなって」
カユウの言葉に男は困惑していた。
あーあ、これは絶対あとで大目玉を食らうな。
そんなことを考えながら、イーストエンドへ向かうためにリェゼルのもとへと走った。




