ヒトの力
『3010年5月12日。今日、ボロボロの体でやっと町に着いた俺は女王の兵士に捕まった。兵士に囲まれながら城に入ると、すぐに牢屋に入れられた。ああ、俺死ぬのかなと思っていたら、1人の兵士が俺に豪華な料理を運んで言ってきた。「今日からお前には女王の付き人をやってもらう」と。俺はあまりの出来事に驚いたよ。だって何段飛ばした出世なんだよ。こんなの道端で札束千枚見つけるのと同じくらいの確率じゃないか! てさ』
ふふ、彼らしい賑やかな文ですね。まるで誰かと話してるみたい。
『そのあと、体を綺麗にして貰ってかっこいいスーツを着たんだ。着た瞬間見が引き締まったよ猛烈に。本当に女王の付き人になるんだって実感した瞬間だった。でもそのあとが大変だったよ。いざ女王の部屋に行くとさ、机に座った女王が紙とにらめっこしてたんだよ。自己紹介しても「そうですか」って言うだけでそのあと一言も話せずに夜になっちゃった。まだ1日目だけどちょっと自信なくなっちゃったなー』
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ウェストエンドに帰ってきた次の日の朝。
「なにこれ!?」
朝食を食べ終わったブライトが新聞を読んでいたらいきなり大声を上げた。
「ナイト、これ見た!?」
1面を飾る内容は、ノースエンドの事件の裏にウェストエンドが関わっているというものだった。
最近はずっとノースエンドのことばかり書かれていたが、そこにウェストエンドが出てきたのは初めてだ。
「えっとなになに。『ノースエンドが炎に包まれた事件。その前日、ウェストエンドからの来訪者がいたということが明らかになった。ウェストエンドがあの事件との関わりがあるのか、イーストエンドのケルロス王はこれが真実なら許されないことだ。今後慎重に捜査していきたいと述べている』か」
「ね? 酷いと思わない?」
なるほどなるほど。これはちょっと面倒だ。
「確かに関わりがないとは言えないけどさ。あっちだって子供攫ってるじゃん! なのにそのことは全く書かれてなくて、私達のことしか書かれてない!」
この新聞の会社はイーストエンドにある。こっちに視線を集めさせて自分達のことはなかったことにする気なのだろう。
「ま、今更文句言ってもしょうがないだろ」
「なんでそんな呑気なこと言ってるの! このままじゃアイツらにあることないこと言われて私達が犯人扱いされるかもしれないんだよ!」
「そうだな。俺達がいた痕跡を自分達で作ってそれを証拠に訴えてくるかもな」
勿論ノースエンドで俺達がいた痕跡は全て消してある。
「そこまでわかってなんでヘラヘラできるのさ!」
「どうしてだろうなー」
ま、実際面白がってはいるからな。
「ホント、ナイトって家と外じゃ全然違うよね」
「はは。家ぐらいはマイペースで生きたいからな」
俺はもう一度新聞を見る。
情報源は間違いなくノースエンドにいたネーズ達だ。そこに興味はないが、この新聞社は少し気になる。
俺も朝食を済ませ、すぐに城に向かった。
情報機関でさっそく今朝の新聞についての話し合いになった。
「厄介なことになりましたね」
思案顔のトゥウが言った。
「でもこの新聞っていつもあることないこと書いて信用できないって言われてるから大丈夫なんじゃないの?」
「いいえミーゼ。これはそんな簡単な問題じゃありません」
トゥウの言うとおり。おそらくこの新聞は始まりの前の準備段階だ。
「たとえ信用はなくても、情報の内容が自分にとって有益、価値あるものならヒトは簡単に信じてしまうものです。特にこういうものは陰謀論など考えれば考えるほど膨らんでいくものですからね」
「つまり、この新聞を見てウェストエンドを危険視する人間が多くなるってことさ」
「ふーん……」
トゥウとカユウの説明のあと、ミーゼはもう一度新聞に目を通し始めた。
「さて、これのせいでこちらにも問題が発生しています」
「え? もしかして私達が犯人にされてるとか?」
不安で一杯のブライトがトゥウを見る。
「いえ、さすがにまだそこまではなっていませんが、今回のノースエンドのことで王から叱責されましてね。ここの解体もありえるとのことです」
「じゃあ私達クビになるってこと!?」
「そういうことだな。今のうちに他の仕事探しとくか……」
「諦めるのが早いよナイト!」
「冗談だ。だが、トゥウ。ここが無くなるのはいろいろとまずいんじゃないか?」
諜報活動は基本的にどの国もやっていることだ。それができなくなるのは他国に情報関係で大きなアドバンテージを与えてしまう。
「はい。だからなんとかしようと思っているのですが……」
「国1つ丸焦げになっちゃったからねー。今後諜報活動のたびにみんなから信用なくなるようなことされたら困るもんね」
「そういうことです。この国の王は疚しい噂がないことが1番の自慢でしたからね。ナイトが言ったように新しい仕事を探すのも間違いではないでしょう」
そう言ってトゥウは部屋を出た。
「ホント酷いよ! 私達がやったわけじゃないのに。なんでクビにされなきゃいけないの」
「まあわかるけど。でも王様がそう言うならしょうがないじゃない。私もラージニイのために新しい仕事探そっかな」
「いいね。いっそのこと4人で商売でも始めるかい?」
「なんで2人までノリノリで再就職のこと考えてるんですか!」
「冗談よ」
「え? 僕は冗談じゃな――」
「とにかくこれから対策を考えないとな。もっと大変なことになる前に」
新聞なんてまだ優しい方だろう。
「大変なことって? まさか私達が犯人にされて逮捕されちゃうとか!?」
「お前そればっかりだな。それだけで済めば良いが、たとえば、戦争とかな」
「うわ最悪。そんなことするやつの神経どうかしてるわよ」
「はは、同意見。僕も争いは嫌いだからねー」
よくヒトを苛立たせるカユウが言うか。
そのあと、夜まで話し合いはしたが妙案は浮かばないまま家に帰ることに。
「ねえ、ちょっと頼み事があるんだけど」
ブライトと並んで廊下を歩いていると、ミーゼが話しかけてきた。
「なんだ?」
何を頼みに来たのかはわかっているが、知らないふりをする。
「ちょっとその前に1つ聞いていい? アンタどうやってラージニイを励ましたの」
やっぱり先にそっちが来るか。
さて、どう答えるべきか……。
「大したことはしてないぞ。ラージニイが腹から出したいもの全て吐かせただけだ」
「え、ゲロを?」
「ブライト、少し黙ってて」
怒られてしゅんとなるブライト。まあ今のはお前が悪い。
「そのとき、何を言ってたのか教えてくれない? ついでにアンタが言ったことも」
「ダメだ」
「どうしてよ?」
「逆に聞くが、俺から話してラージニイが何も思わないと思うのか?」
誰だって自分の心の内を他人から他人に伝わるのは良い気分じゃない。
「でも……私はあの子のために……」
「そう思ってるだけで十分だ。アイツがお前に心を開いて自分から言うまでは待つべきだ。それが見守る者の役目だ」
俺はその逆のことをラージニイにしたがな。
「……わかったわ。待つことにする」
俺はブライトを横目で見る。
ミーゼ、お前の気持ちはわからないでもない。守りたい者に対しては少しでも近づきたい、わかりたいと思うものだ。だが、お前が思うほどラージニイは弱くない。むしろ、強くなっている。あのとき、狂った兄を見たときどう思ったのかはわからない。だが、今のラージニイからは失望のようなものは感じられなかった。つまり、兄に対しての気持ちは変わっていない。だから、代わりになろうとしなくてもいいんだ。
「で、俺に頼み事ってなんだ?」
そう言いたかったが、言えなかった。
義務感のようなものに邪魔されて口から出せなかった。
「ラージニイがさ。戦い方を教えてほしいって言うのよ。私は学校で基礎を学んでからって言ったんだけど、全然引き下がらなくて。だから、ナイトに先生をお願いしたいのよ。アンタ学生のときも人に教えるの上手だったから、ラージニイにもわかりやすく教えてくれるかなって思って」
どうやらラージニイは上手くミーゼを説得できたようだな。どんなことを言ったのかはわからないが。
「別に先生をしてもいいが、俺は夜しか教えることはできないぞ」
仕事上どうしても昼間は休みを除いて空いてないからな。何も知らない俺ならこう言うはずだ。
「それで十分よ。あの子ももう少しで学校に通うことになるから、ちょうどいいわ」
「もうそこまで進んでるんだ。その、精神的なこととかあるからもう少し休ませてあげた方が良いと思うけど……」
「私もそう思ってるんだけど、本人が望んでいるんだからしょうがないでしょ。」
2人が心配するのも無理はない。大切な家族を失って1週間で心の傷が癒えることはほぼない。ラージニイが今動けるのは復讐心からだ。本人はまだ気づいていないが、それはこれから徐々に大きくなっていくのではないだろうか。
「わかった。じゃあさっそく今日からやろう」
「え、今日から?」
「ダメなのか?」
「そうじゃないんだけど……なんか随分あっさりっていうか、もしかして私が話すこと予想してた?」
ミーゼはこういうことは鋭いな。
「体を鍛えるならすぐに行動した方が良いと思っただけだ。ラージニイだってそう思ってミーゼに話をしたんじゃないのか?」
「そうだといいんだけど……」
なにかミーゼには引っかかることがあるようで、俺を横目で見てきた。
「ま、ここで考えてもしょうがないわね。じゃあお願いするわ。お礼もちゃんと払うから」
「お、いいね。臨時報酬だ」
そのあとラージニイも連れて、俺達の家の近くにある森で修行することになった。
虹色の森。小さな森だが、ここの木は葉の色が1本1本違い、まるで虹の中にいるような幻想的な光景を目にすることができる。茶色の葉の木に小さな黒板を立ててラージニイを地面に座らせる形で授業は始まった。横には、ミーゼとブライトもいる。
「よし、じゃあ色力についてレッスンを始める」
「はい、お願いします先生」
先生っていいな。ラージニイの俺を見る目が尊敬の眼差しだ。
「まず色力というのは、ニンゲンの体にある潜在エネルギーのことを言う。ここテストに出るから覚えておくように。いいかな、ラージニイ君」
「ナイト、遊びはいいから早く進めなさい」
「へいへい。ノリが悪いなミーゼは。まあもう少し簡単に言うとだな。色力っていうのはニンゲン誰でも持ってる不思議なパワーってことだ。それを使うことで身体能力を強化し、自分の限界以上の力を引き出すことができる。お前も1回ぐらいは使ったことあるだろ?」
「うん。兄ちゃんに使い方だけは教えてもらったから。あと姉ちゃんとブライトからもちょっとだけ」
そういえば教えてたな。滅茶苦茶わかりづらかったけど。
「よし。で、ミーゼから教えてほしいって言われたのがここからだ。身体能力の強化は基礎にすぎない。色力にはそれ以外にも3つの種類に分かれている。それが『自色』、『他色』、『放色』だ」
3つの能力を三角形になるような配置で黒板に書く。
「なにそれ?」
「『自色』は自分自身に変化を及ぼすこと。ミーゼを思い出してみろ。拳が赤くなっただろ?」
「ああ、なったなった!」
ラージニイから視線を向けられると、ミーゼは得意気な顔になった。
「『他色』はその逆。自分以外に変化を及ぼす」
「自分以外……と」
ラージニイは持ってきたノートにメモしだした。意外と勉強家なんだな。
「『放色』は2つとは異なり、色力を外に放出すること。3つの違いはこれだけだ」
「これだけ? 意外と少ないんだね」
「そうだな。だけどこれだけだと侮ってはいけないぞ。これだけで戦いでは勝敗が大きく分かれる」
「でも、聞いた感じだと自色が1番使いやすそう」
ほお……。
「どうしてそう思う?」
「だってミーゼみたいに自分を強化したりできるんでしょ? それっていろいろ便利じゃん」
たしかに便利そうだよねえ。
「わからないでもない。だが、ミーゼの身体能力の強化のように、自色の中だけでもかなりの種類がある。それに、世の中そんなに甘くない。自色系を使いたいと思っても自分が他色系の体だったら、自色系は使えない」
「え? 絶対?」
「ああ、絶対だ。しかも自色系だったとしても、ミーゼのような全身の強化とは限らない。たとえば……拳だけとかな」
「なるほどね」
「それにもう1つ言うなら、色力による単純な強化と自色系の強化はレベルが違う。色力による強化が足し算なら、自色系の強化はかけ算。つまり、自色系があるのとないのとでは全然違う」
「へー。じゃあ他色系は?」
「他色系は自色よりさらに種類が細かい。自分以外は全て対象みたいなものだからな。数えることは不可能だ。まあ、これを教えるならちょうど良い先生がいる」
「え? 誰誰?」
「僕だよ」
ニコニコと笑うカユウがラージニイの後ろから現れた。
「教えるなら使えるニンゲンがいたほうが良いと思ってな。悪いなカユウ、夜遅くに頼んじまって」
「本当にそのとおりだよ。もう少し早めの時間にしてほしいな。まあ暇だったから良いけどさ。で、何すればいいの?」
「ラージニイに他色系による変化を見せてやってくれ」
俺はカユウに1枚のメモ用紙を渡す。
「いいよ。じゃあラージニイ。ちょっとこれを見てくれないかな」
「んー、紙?」
「そう。見ての通りただの紙さ。今回はこれを使って教える。まずは紙を2つに千切ってみて」
ラージニイは渡された紙を1回千切る。
「はい」
「うん。こんな紙誰でも簡単に千切ることができる。じゃあ次はどうかな?」
そう言ってカユウは千切られた片方の紙に色力を込める。すると、紙の色が触れているカユウの指から徐々に緑色に変わっていった。
「はい。今度も同じように破いてみて」
ラージニイはさっきと同じよくに破こうとする。
「あれ?」
だが、紙は破れることはなかった。
「なにこれ。鉄の板みたいに硬い」
「そう。これが他色系。自分以外に対する変化さ。面白いだろう、ってあれ?」
ラージニイはカユウの話を聞かず、必死に紙を破こうとしていた。
「ふぬぬぬ、あ、やった! 破けた! あれ? 色がない」
破れた紙はもう緑色ではなかった。
「あーあー、人の話全く聞かないんだから」
「さっきまで緑色だったのに。それに柔らかい」
「当たり前さ。色力は体から離れるとすぐに空気中に拡散しちゃうんだ。筆からインクを1滴水の入ったバケツに入れるのと同じで、空間というデカいバケツに僕の色力を入れてるようなものさ」
「だから色がなくなったんだ……」
「そういうこと。じゃあナイト。僕はもう帰っていいかな?」
「ああ。ありがとな」
「別に構わないよ。じゃ、訓練の時間になったらまた会おう」
そう言ってカユウは町へと戻って行った。
「じゃあ次は放色系だな。これに関しては情報が少なすぎてわからないことが多い」
「なんで? 結構簡単そうに思えるけど」
「じゃあ聞くが、自分の色力を手のひらから出す方法を想像できるか?」
「え? 手のひらに?」
「そうだ」
「うーん。力んだって出るわけないよね。えーと……あれ? どうやってできるんだろ」
「だろ。放色系だけは本当にわからないんだ。使えるニンゲンだってここにいるブライト以外見たことがない」
「え? ブライト放色系なの?」
ラージニイに見られたブライトは照れて顔を赤くする。
「えへへ、まあそうだね」
「ほとんど役に立たないけどな」
「うるさいなもう!」
「役に立たない?」
怒るブライトを見て首を傾げるラージニイ。
「ブライト、見せてやれ」
「えーっと、じゃあ」
ブライトは手のひらを上にすると、黄色の光の玉が出てきた。
「うわー、すっげえ!」
ラージニイは初めてみる光景に興奮している。
「えい!」
光の玉を近くにある木目掛けて飛ばす。
「うおおおお! なにあれなにあれ!」
ラージニイは興奮するが、光の玉は木に当たった瞬間、ボールが跳ねるようにバウンドして、地面に落ちたあと消滅した。
「……あれ?」
爆発するとでも思ったのだろう。期待外れな結果にラージニイがブライトを見る。ブライトは顔を真っ赤にしている。今度は羞恥心からだ。
「と、こんなふうに攻撃には全然使えない能力です」
「あー、うん、そうみたい、だね」
手で顔を隠すブライト。
「だ、大丈夫だよブライト! キャッチボールぐらいはできそうだから」
必死に慰めようとするラージニイだが、それは逆に追い打ちになっているぞ。
「慰めないで。余計恥ずかしいから! 私だって全力込めれば石並に硬い玉作れるんですからね! 今回は力を抑えただけです!」
「でもそれをやると色力が全部なくなって動けなくなるじゃない」
「う……」
痛いところをミーゼにつかれたブライトは何も言えなくなる。
「やっぱり役に立ちそうにないわね。アンタは色力も少ないし、ナイトぐらい剣の腕が良いんだから、そっちを頑張りなさいよ」
ミーゼの言葉の中に重要なことがあった。
「ラージニイ、これも覚えておけ。色力の量には個人差がある。ブライトははっきり言って滅茶苦茶少ない方だ」
「なるほどなるほど、ブライトは少ないっと……」
「その書き方やめて! それに私のことをメモする必要はないでしょ!」
なかなかやるなラージニイは。
「じゃあ、今度はラージニイが自色系なのか他色系なのか調べるぞ。ちょっとそこにある木に触ってみろ」
俺が黒板を立てていた木を指差すと、ラージニイは手のひらを木の幹に当てた。
「こう?」
「ああ。じゃあ、色力を使ってみろ」
「うん。わかった」
ラージニイは集中する。
木はラージニイの色力に反応し、葉の色が青に変わった。
「うわー、綺麗な青。ね、ミーゼ」
「そうね。とても綺麗だわ」
色を変えたラージニイ本人は驚いていた。
「これ、どういうこと!?」
「この森は虹色の森って言われててな。ここに生えてる木は他色系の色力に反応して葉の色が変わるんだ。つまり、ラージニイは他色系ってことだな」
「他色系か……」
ラージニイは自分の手を見た。自色系じゃなかったことに落ち込んでいるわけではないようだ。
「じゃあ次は3つの能力の細かい説明、を……」
「ん? どうしたのナイト?」
「いや、なんでもない」
ブライトとミーゼは気づかなかったようだ。いや、気づくわけないか。
「そ、そういえばそろそろ町でも訓練の時間じゃないか」
「え、訓練? 姉ちゃんどういうこと?」
「ラージニイには教えてなかったわね。この町では夜になると住人全員で戦闘訓練をするのよ」
「伝統みたいなものだ。みんな誰かを守るために自分を鍛えるんだよ。おかげで他国からは警戒されてるが」
客観的に見たらとんでもないことだからな。
「でもまだ時間あるんじゃない? 今0時だから、訓練開始まで1時間はあるわよ」
「いいからいいから。早く行くに越したことはないだろ」
ラージニイの背中を押して町の方へ行かせる。
「2人も先に行っててくれ」
「変な人」
「そうだね。いつもならもっと遅くに出るのに……」
怪しむ2人も先に行かせて俺はラージニイによって青に変わった木を見る。
「さてと……」
ごく普通の青。白や黒と違い、珍しくもない色だ。だが、これはラージニイだけの色ではない。
「ラズム。過保護な奴だ」
他色系で自分の色力をラージニイに預けている。色力はエネルギー。当然体から無くなれば身体機能は大幅に低下する。だからラズムは痩せていたってことか。
「問題はこれをやった方法だな」
他者に色力を渡す。それ自体は他色系でもよくあることだが、一時的なものだ。こんなふうに相手の色力に全く支障なく混ぜ合わせ、負担なく永久に使えるようにすることができる奴は一握り。それこそ世界に10人いるかいないかと言ってもいい。
「まさに他色系を極めた者が持つべき能力だ」
素直に称賛する。弟を守るために、まだ15歳という若さでこれをやってのけるとは。もしラズムがまだ生きていて、今ここにいたら、間違いなくシールドになれるほどの実力を持つことができただろうに。いや、もしかしたら俺が会ったときはすでにそれぐらいの色力は……。
「惜しいニンゲンを亡くしたな」
ノースエンドではリーダーらしい適切な行動をもっとすべきだった。そしたらラズムも死なずに済んだかもしれない。
「ホント、俺ってヒトの上に立つ器もないし能力もないんだな」
もう金輪際リーダーなんてごめんだ。
訓練に参加するために町へと歩き出す。
1時間後。町の外れにある学校のグラウンドをさらに広くしたような広場でいつもの訓練が始まった。
「すげえー」
大人も子供も関係なく訓練するヒトビトを見て、ラージニイは口を開けて愕然としていた。
「今日もみんな頑張ってるな」
特に城の兵士達はレベルが高い。色力の濃さも周りの一般人とは全然違う。
「やあ、さっきぶりだねナイト」
あとから来たカユウが、俺達を見つけた途端近づいてきた。
「今日も相手をしてくれないかな。他の人達じゃあまり訓練にならなくてね」
「またかよ。俺より強いやつなら横にいるだろ」
ミーゼに視線を向ける。
「彼女まだ怪我が完治してないだろ。それに、僕はナイトと戦いたいんだ」
そう言ってカユウは真っ直ぐ俺を見てきた。
「な、なんか俺の知ってるカユウじゃないね。ナイトとは仲良しなイメージなんだけど」
「いつものことよ。あいつ訓練のときはいつもナイトと戦いたがるのよ。ライバルっていうのかしらね」
ラージニイとミーゼがヒソヒソ話してるが、丸聞こえだ。
「先にラージニイに色力の細かい説明をしたかったが、まあしょうがない。いつもみたいに俺が――」
「あーれれー。カユウちゃん。私じゃ不満なわけー?」
突然話しかけてきた女性は、俺らより1つ先輩のティアだった。
いつものように派手な格好で、トレードマークであるピンクのサイドポニーテールを揺らしている。
「ねーねーカユウちゃん。訓練ならナイトよりも私の方が適任なんじゃなーいの?」
カユウの肩に腕を置いて、頬を人差し指でぐりぐりと押すティア。
それをカユウは嫌そうに見ていた。
「はは、うざいのでやめてくれませんかティア先輩。ぶっ飛ばしますよ。それに、訓練相手なら他にたくさんいるでしょう?」
敬語を使いながら怒りを露わにするカユウ。ちなみにティアにだけ敬語な理由は、学生時代に訓練中に勝負を挑み、ボコボコにされたあと、ティアから先輩扱いするように命令されたからである。
「たしかにヒトは多いけど、カユウちゃんほど楽しくはないのよね。だからいつもみたいにやりましょ? それとも逃げちゃう?」
「あはは、僕が逃げる? 冗談はそこまでにしてくださいよ。いいてすよ。やってあげます」
ティアの挑発に乗り、広場の中心に行く2人。カユウってティア相手だと短気というか、すぐムキになるんだよな。
「いいのナイト? 女の人とカユウ行っちゃったけど」
「いつものことだ。気にするな。それよりも2人の戦闘見といた方がいいぞ。勉強になる」
周りも、カユウとティアの戦いを見るために訓練を途中でやめ始めた。
俺達も周りの群衆に紛れて座る。
「はーい! 今日も2人の戦いがあるよー。さあどっちが勝つか張った張った!」
早速2人の戦闘に対して大人達の賭け事が始まった。これもいつものことだ。
「よし! 今日も俺はティアに入れるぞ!」
「俺はカユウだ! あいつはいつも頑張ってるからな。今日こそは勝つはずだ!」
次々と財布からお金を出す大人達。
「ナイトはどっちが勝つと思う?」
休憩のときのために用意したサンドイッチを食べながら、ブライトが言ってきた。
「絶対ティアだろ」
「やっぱりそうだよね。ミーゼは?」
「私も同じ」
見事な満場一致だった。
「な、なんか凄い辛辣というか。もう少し友達を応援しようとは思わないの?」
ラージニイが言ってきた。
「「「ないっ!」」」
即答する俺達。
「酷くないっ!?」
すっかり2人の周りにヒトが集まったところで、戦いが始まろうとしていた。
カユウはナイフを、ティアは今の時代に珍しい刀を構えた。
「今日こそは勝ちますよ」
「はいはーい。負ける前の常套句ご苦労さまでーす」
「こんの!」
戦闘は始まり、カユウはナイフを振る。
ティアはそれを軽々と避け、逆に刀を振るが、カユウもそれをギリギリで避ける。
ナイフを1本から3本に増やし、ジャグリングのように扱うカユウ。
そして、ティア目掛けて1本ナイフを投げたあと、走り出す。
ティアは投げられたナイフを刀で弾き飛ばすが、カユウはそれがわかっていたかのようにナイフをキャッチして近づき、攻撃を繰り出す。
3本のナイフによる攻撃だけでなく、体術も使って攻撃するが、ティアはそれを焦ることなく冷静に対処し、逆にカユウの足を回し蹴りする。
「クッ!」
転ぶカユウだが、すぐに起き上がってまた攻撃する。
「あははは! 相変わらず面白い戦い方だね」
「うるさいですよ!」
笑うティアと必死なカユウ。実力の差は歴然だ。
すると、カユウのナイフ3本全てを、ティアは目に見えない速度の剣技で飛ばし、カユウは丸腰になった。
「おーわり!」
カユウの負けが決まったと思ったそのときだった。
カユウはニヤリと笑い。
「硬化」
ポケットからハンカチを取り出し、それを色力で硬め、まるで手裏剣のように下からティアの顔目掛けて投げる。
「おっと!」
ティアは驚きながらもそれをバク転しながら避け。
「うそ――」
そのままカユウの顎に足をクリーンヒットさせた。
カユウは後ろに飛ばされ、顎に強い衝撃が加えられたことで、動けなかった。
それでも動こうとするカユウにティアは馬乗りになり、顔のすぐ横に刀を突き刺す。
「はい。私の勝ーち!」
「……チッ」
嘲笑うかのような目をするティア。
「んふふふ。いつになったら勝てるのかしらねー」
カユウの額にデコピンをしたあと、立ち上がって刀を鞘に戻す。
カユウも起き上がり、戦闘は終わった。
「やっぱりティアが勝っちまったか」
「2人ともお疲れ様ー」
周りの群衆は拍手を贈ったあと、訓練を再開した。
負けたカユウは大変不機嫌そうだ。
「負けたな。まあ無理もないことだが」
「あと少しだったんだけどな……。なんだよあの速さ……」
蹴られた顎を触りながらブツブツと言っている。
「ま、アンタが負けることはわかってたけど。それでもあのティアにあそこまでやれたんだから良い方なんじゃないの」
「そうですね。カユウは頑張ったと思うよ」
「慰めはやめてくれないかな。余計悔しくなる。それじゃあナイト、やろうか」
まだ俺と戦う気だったのか。
「いや、お前バテバテじゃん。今のお前と戦って勝っても嬉しくないから今日はダメだ。ちゃんとお互いハンデ無しのフェアなときにやろう」
「なんだよ。つまらないな」
そう言ってカユウは休憩所で水を配っているおばちゃんのもとへ。やっぱりバテバテじゃないか。
「どうだラージニイ。参考になったか?」
「あー、うん、よくわからなかった。どっちも凄すぎて」
「はは、そっか。だけど、あれくらいは強くなることを目標にしないとな」
「あれくらい、か……」
どうやら想像できないらしいな。わからなくもない。
「相変わらずティアは強いね。あのカユウを子供扱いするなんて」
ブライトの視線の先にはティアがいた。
「学校を卒業して半年でシールドになっただけはあるな。はっきり言ってレベルが違う」
「シールドって、姉ちゃんが言ってたウェストエンドの最高戦力だよね。そんな凄い人だったんだ。あんなに派手な格好なのに」
「人は見かけによらないってことだな。じゃあ俺達も訓練するか」
「うん!」
いよいよラージニイの訓練のために広場の中心に行こうとしたときだった。
「その前にナイト。ちょっといいかしら」
「ん? なんだ?」
ミーゼに呼び止められたので、ブライトにラージニイの訓練を任せてヒトがいない路地裏に行くことに。
「ねえ、ナイト。ラージニイのことについて、やっぱり私に隠してることがあるんじゃないの?」
「突然なんだ?」
「とぼけないで。大切な家族が突然いなくなって1週間で立ち直るわけないわよ。昨日2人っきりのときに何か言ったんでしょ? まさかとは思うけど、ラージニイにラズムの復讐をさせようなんて考えてるわけじゃないわよね?」
「……そうだな……」
やっぱり誤魔化すのは難しいか。
「ラージニイが立ち直った理由が復讐なのは本当だ」
「やっぱり……」
「だが勘違いするな。俺がそうさせたわけじゃない。ラージニイがその道に行こうとしたから、俺はその手助けをすると言っただけだ」
「それはもっと酷いことよ。もし知ってたなら止めるべきだった。復讐がどれだけ辛いかアンタ知ってるの?」
ミーゼの言うことは間違いじゃない。だが、優先すべきはそこじゃない。
「じゃあお前はラージニイを立ち直らせることができたのか? 何もできず謝ることしかできなかったから、ラージニイの変化にも気づけなかったんじゃないのか?」
ミーゼには悪いが、意地悪なことを言わせてもらう。
「それは……ラージニイにゆっくりと考えさせて……」
「その間、ミーゼが負担を背負うことになる。ラージニイだけじゃない。あいつを守ると決めたお前にだって同じように辛い時間になってしまう。いや、もしかしたらラージニイは永久に立ち直れないかもしれない。ミーゼもずっと辛い人生を送るかもしれない。それでも良いのか?」
今するべきことは、少しでもラージニイの存在によって重なっていくミーゼの心の負担を軽くすることだ。
「……たしかにそれは1番ダメなことよ。だからって復讐なんて道をラージニイに歩ませなくてもいいじゃない……」
暗い表情になるミーゼ。
「お前の気持ちはわかる。俺だってできるならゆっくりと別の道を歩ませたい。だが、そんな来るかもわからない未来のために、ミーゼまで辛い想いはさせたくない」
俺は時間を優先した。はっきり言ってミーゼにこれ以上負担をかけるのは危険だ。何が起こるかわからない。
「安心しろ。ラージニイをこのままにはしない。復讐以外で立ち上がれるように、俺がなんとかする。だから、俺を信じてくれ」
ミーゼの肩を優しく掴む。
「……わかった。ナイトを信じる。でももしラージニイに何かあったら、私はナイトを絶対に許さないから」
「……ああ、わかってる」
立ち直る理由は1つとは限らない。ただ見つけづらいだけだ。今ラージニイが立ち直るのに1番手っ取り早く、わかりやすかったのが復讐だっただけのこと。これから見つけていけばいい。
そんなことを考えながら、俺はラージニイの訓練を見ていた。
4時に訓練が終わり、カユウも誘って5人で食事をすることになった。
『レストランリベル』。訓練を終えた者達が腹を満たすために集まる憩いの場。
「うわぁー! おいしそう!」
運ばれた料理を見てブライトとラージニイが目をキラキラさせている。
「いっただっきまーす!」
手を合わせてそう言ったあと、2人は凄い勢いで頬張り始めた。
「相変わらずブライトは凄い食べ方だね。ラージニイもだけど」
上品に食べることを心掛けているカユウには信じられない光景だろうな。
「それにしてもお前も変わったな。小さい頃は食べることにあんなに嫌悪してたのに」
カユウは俺達と会ったばかりの頃は、共感が理由で生き物を殺し、それを口にすることを嫌っていた。だが、大きくなるにつれて、それもなくなっていった。
「まだ嫌悪感はあるよ。しょうがないって言うのが正しいのかな。生きる上では食べることは必要なことと割り切っただけさ」
そう言ってフォークで巻いたペペロンチーノを口に入れる。
「そういうナイトだって変わったじゃん。前までは凄い大食いだったのに、今は全然食べないし」
横からブライトがステーキを口一杯に頬張りながら言ってきた。大きくなった頬はまるでリスのようだ。
「成長期だったっていうのもあるんだろうな」
「ふーん、そっか。もぐもぐ……」
「逆にアンタはよく食べるようになったんじゃないの? そのままじゃ太るんじゃない」
「う……」
ミーゼの一言でブライトは固まった。
「ブライト……」
「ぜ、全然そんなことあるわけないじゃん! 最近体重が増えたとかそんなことあるわけないでしょ!」
全部自分でバラしてるじゃん。
「……お前は明日からしばらくおかわり禁止な」
「そんな酷い! 成長期っていう可能性も――」
「「「「ない!」」」」
「4人同時に言わないでくださいよ!」
食事を終えたあと、5人はそれぞれの帰るべき場所へと歩き出した。
ミーゼはラージニイの少し後ろを歩いている。
「ねえ、ラージニイ。ナイトのことどう思う?」
「え、ナイトのこと?」
「そう。ラージニイから見てナイトはどう見えた?」
「うーん……」
腕を組んで少し考えたあと、ラージニイは答えた。
「正直、ちょっと怖いって思った。ナイトってまるでこっちの考えてることが見えてるみたいに的確なことを言ってくるっていうか。言ってほしいことを必ず言ってくるっていうか……。とにかく、怖い」
「そう……」
優しい目でラージニイを見るミーゼ。
「ナイトはさ。凄い上から目線でキツイことを平気で言ってくる。はっきり言って生意気。なのに人を前に進めさせる天才なのよ。学生のとき、私も含めてみんな周りに越される自分の能力の低さに打ちのめされてた。成績が中々伸びなかったりすると、やる気がなくなったり、落ち込んだりしてた。でもその度にナイトはみんなを励まして、鼓舞して、立ち上がらせてた。普通の人にはできないことよ」
夜明けになり、明るくなった空を見ながらミーゼは言う。
「あいつは多分、とても優しい。優しいから他人の考えてることが自然とわかっちゃうんだと思う。ブライトやカユウとは全く別の優しさ。それが何かは私にはわからないけど。でも、だからこそラージニイに言っておきたいことがある」
視線は空からラージニイへ。
「ナイトを信じて。私達3人がそうしたように、ラージニイにも信じてほしいの。あいつは絶対にアンタを裏切ったりはしないから」
その目はラージニイには震えているように見えた。恐怖からではなく、自信の無さ。つまり、ミーゼはナイトを信じているのではなく、信じたいと思っていることの証明だった。
「……うん、わかった。信じるよ」
そう答えるしかないラージニイ。
そのあと、何も話さずに2人は屋敷へと戻った。
おまけ
それはまだナイトが小さい頃の話。
「で、トゥウ、儂に相談とはなんじゃ?」
ナイトを保護したディーエのもとにトゥウがやって来たのだ。
「はい。実はシールドになったので、新しい組織を作りたいのですが。その、名前が浮かばなくて。ディーエさんなら何かシールドという役職に相応しい名前を考えてくださらないかなと」
恥ずかしそうに言うトゥウ。
「うーん。残念ながら儂もそういうのはよくわからんな。力になれなくてすまん」
「そうですか。すみませんお時間を取ってしまって。では私はこのへんで――」
「調査隊は?」
洗濯物を畳んでいたナイトが言った。
「……え?」
突然のことにトゥウは呆然とする。
「ナイト。一体何を?」
「じゃあシールドの逆でソードならどう?」
「……あの……」
「知識軍は? トゥウ諜報部隊は? 人の秘密暴露隊は?」
30分後。
「あとはね……」
「も、もういいです! よくわかりましたから!」
「そう? もっといろいろあったんだけど」
「ナ、ナイト。ちょっと買い物に行ってきなさい」
「うん。わかった!」
ディーエに財布を渡されたナイトは走りながら外に出た。
「……私が最初に考えた『情報機関』にします」
何かを諦めたように真顔で言うカユウ。
「その方が良さそうじゃ。じゃなきゃあの子もっといろいろ話し出すぞ」
これが情報機関が誕生した瞬間である。
おまけ2
ぐぅー。
「お腹空いたなー」
おかわりを禁止されたブライトはもう空腹で限界だった。
「よし! もうあれしかない」
少ししたあと。
「なんか馬小屋から音がするな」
そう言ってナイトは馬小屋に入る。
「あ、やべ! もぐもぐ……」
そこには、リェゼルの餌を頬張るブライトと呆れた顔をしているリェゼルがいた。
「お前!? そこまで堕ちるとは! リェゼルの餌を奪ってまで腹を満たしたいか!」
「そうだよ! 腹を満たせるなら馬の餌だって口に入れてやる! もぐもぐ……」
「威張りながら食うな!」




