英雄と極悪人は紙一重
榊さんのことについて、私はあまり語りたくない。
人は彼にまつわる話を聞いて顔をしかめるだろう。いくら私が弁護しても、常識的な評価を彼に対して下すだろう。
彼は5人もの人間を殺した。
「唯名さん。明日、乗るバスを換えて」
職場で突然、榊さんにそう話しかけられ、私は頭の上にハテナマークを浮かべた。
私は彼と特に親しくはなかったし、翌日長野へ旅行に行くことを話した覚えもなかった。
「どういうことですか?」
私が聞くと、私より20も年上のそのひとは、銀縁メガネを忙しく直しながら、隠し事をしている子供のように落ち着きなく、言った。
「いいから。僕の言う通りにするんだ」
気味が悪かったこともあり、私はにっこり微笑むと、答えた。
「わかりました。そうします」
口ではそう言いながら、構わず予約してあるバスに乗るつもりだった。
その夜、私は監禁されていた。
自分の部屋で、訪ねて来た榊さんに玄関のドアを開けてしまったばっかりに。
「どういうことなんでしょうか」
私はそう言いながら彼を睨んだ。
後ろ手にロープで縛られた私をすまなまそうに見下ろしながら、榊さんが言った。
「僕には予知能力があるんだ。君の乗るバスが崖から転落する未来を見た。バス会社に電話して運行を止めるよう言ったが、一笑に伏された。君1人だけでも助けたいから、すまないが、こんなことをさせてもらった」
その時は私も彼の頭がおかしいのだとしか思っていなかった。
次の日、件のバスが転落事故を起こし、運転手含めた乗客全員が死亡したというニュースを見るまでは。
「榊さん、テレビに出ましょうよ」
社員食堂で向かい合ってランチを食べながら、私は彼に言った。
「その力、社会のために役立てるべきです! なんでこんな小さな会社で誰でも出来る仕事やってるんですか!」
「出てたんだよ」
榊さんは遠い昔話を語るように、言った。
「数十年前に、ね。でも僕の予知は意識的には使えないんだ。それが出来てたら馬券で僕は大儲けしている」
「たまに見えちゃう程度なんですか?」
「見える時は続けて見える。でも、見えない時はさっぱり見えない。あっちから来てくれるのを待つしかないんだよ」
「それで……テレビでは、予知が来てくれなかった?」
「嘘つき呼ばわりされたよ」
うつむいてうどんを食べる榊さんの顔が寂しそうだった。
「さんざん、ね。もう二度と人前で力は使いたくないと思った」
彼が連続殺人犯として逮捕されたのは、それから一年ほど経ってのことだった。
私は榊さんから届いた長文メールでことの経緯を知っていた。
榊さんはある高校に5人の男が押し入る未来を予知していたのだった。
5人は40人を殺害し、3人の女子生徒を暴行するだろう。榊さんは5人の男の住んでいる場所も見ていた。彼は先がけてリーダーの家に侵入し、その男を縛り上げた。
しかし男はまだ何もしていない。してからでは手遅れだ。榊さんは男の計画犯罪を知っていると脅し、男の口から実行しないことを約束させた。
すぐに榊さんは見た。変わらない未来を。
男に何度も警告を繰り返したが、予知する未来は変わらなかった。
仕方がなかったのだと言う。榊さんは友達のデュークさんに頼み、男をビルの屋上から射殺してもらった。
しかしそれでも見る未来は変わらなかった。1人減っただけだと言う。仲間の4人は主犯格を失ってもやる気が満々だった。
同じことを繰り返した。説得も警告もすべて無駄だった。1人減り、また1人が減った。最後の1人になっても未来は変わらなかった。殺す気満々のデュークさんを止めることも出来ず、全員を射殺すると、ようやく血生臭い未来が消えた。
満足したようにタバコの煙をくゆらすデュークさんに、榊さんはイタリアに逃げることを勧めた。そして罪をすべて自分が引っ被った。警察に自首し、全員を自分が射殺したことを告げた。犯行の理由を話すと、精神鑑定にかけられた。
精神に異常のまったくないことが認められた榊さんは明日、絞首刑に処される。
私はどうしたらいいのだろう。
とりあえず小説投稿サイトに書いてみた。




