初、幽体離脱
ホラーの要素はあるが――怖くない!
……そんな大人の物語です。
今、午前2時。
丑三時と言われる時刻。
この時刻に、幽霊が出ると恐れられ怪談やホラーなどでよく使われる時刻!
私は作家であり、私にとっては、一番真っ白な脳みそが活性化する時刻でもあったが、もう叶わない!
なぜなら今、私の身体が宙に浮いている。
一般的には、幽体離脱というやつか!
下に私の身体が、見えている。
何故にこんな事になったかは、分からない!
至って身体は健康で、今まで大きな病気もしたことも無い。
自宅の書斎で、椅子に座ったまま孤独に!
一人暮らしの為、発見されるのも二、三日かかるだろう!
その私は、小説家の加納 慎吾である。
今年で49歳となり作家生活15年目、わりと遅咲きの作家である。
15年前にある賞を受賞し作家の道には入ったが、このところヒット作に恵まれていない。
2年前、東京から心機一転故郷に帰り新たな環境で作品作りを目指した。
私の故郷は『晴れのくにと岡山』と呼ばれている――
岡山市内の百間川近くにマンションを借り、職場とした。 広さは12畳のワンルームであり国道から少し入っているため、静かな環境で駅にも近く大変便利だ。
元々地元で実家もあったが、35年経つと昔の面影は無くなっていた。
ネット環境が従実している現在では、どこにいても仕事はできる。
担当は「いつかヒットは出ますよ、続けましょう」と、言葉では励ますものの諦めかけている感じもする。 まあ、それも引っ越しの要因でもあった。
まあ、東京から新幹線で3時間は掛かる見放されるのも時間の問題だった!
引っ越しの効果からか、先日担当から連絡があり、最新作の反応が良いと言うのだ!
そんな矢先にこんな事になるとは!
かなり、落ち込む。
だが、悪いことばかりでも無いようだ。
宙に浮いた身体は自由に飛び回り、どこへでも行ける。
実際に家から外へ、ゆっくりと出てみたが簡単に抜ける事が出来きた。
外に出てみると、生きた時よりもいろいろな事がいろいろな角度から見ることが出来る。
死んだ人にも会えるのだ!
「ああ先生もうこちらに来ぃしゃった、早いけん!」
お隣の昨年98歳で亡くなられた、東さんのお婆さんだ!
引越して直ぐに声を掛けて頂いたお婆さんである。
「ええ、どう言う訳かこちらに来てしまいました……あはは!」
返答に困ってしまう――!
「まあー、お気の毒じゃあ、身体には気つけんしゃい……もう死でましたか……ははは……それじゃ!」
生前の東さんのお婆さんの口癖で、懐かしい!
しかし、フッと消えてしまった。
いったい、どこに行くのだろう?
「聞けばよかった……!」
宙を舞うことが出来るので、上まで登って見ると、意外と岡山は都会で夜景が綺麗で、今まで見た事のない光景が広がっている。
成層圏まで登ると、宇宙から見る地球!
「地球は青かった!」 ユーリ・ガガーリンの言葉を思い出した。
まあ、宇宙のどこまでもいけそうだがこれ以上は物語上、盛り上がりそうも無いので止める事にした。
作家の性? 落ちが無さそう!
いっその事、この身体で出来る事を思い切りしてみたくなった。
旅日記でも書けばヒット作が書けるかもと思い付いたが、死んでるので誰にも読まれない――だよな!
そうしている間に、空が薄ら白くなっている。 夜明けが近い!
夜が明けると幽霊はどうなるんだ?
やがて、夜が明けたが変わらない、夜中にたまたま見つけられるだけで何も変わらないのか!
私の身体が心配なので、家に戻ることにした。
やはり、誰にも発見されずそのままだ。
「担当から、連絡来るのはいつだ?」 カレンダーを見ると、明日である。
だが、メールでのやり取りが大半だ、気が付くのも何時になるやら!
初夏ではあるが、このところの異常気象で気温も高い、早く発見してくれなければ腐ってしまう、どうしようか?
私は宙を舞いながら途方に暮れている……
その時だ! ひとりの幽霊が目の前を横切った。 見覚えがある。
「憲治だよな?」 私は声を掛けた。
「誰じゃ?」
分からないのも仕方ない。
そこに居るのは高校生の時の友人、山本 憲治であった。
憲治は18歳の時に病気で入院し闘病生活の末、若くて亡くなってしまったのだ。
憲治は当時のままの姿であり、あれから30年の歳月が流れている私の姿は憲治にとっては何処のおじさんって感じだろう!
「東岡校の慎吾だよ!」
憲治はびっくりはしていたが、思い出した様だ。「えっ、あの慎吾、作家を目指していた!」
「そうそう、その慎吾!」
「久しぶりじゃ!」
「そりゃそうさ、30年振りだからな」
あの時のまんまだ、死んだらその時のままで幽霊になるのかと思った。
憲治とは高校の入学式の時に出会い、意気投合した。 私が小説家を目指し、憲治は漫画家を目指していた。
似たもの同士で話は弾んだ。
「慎吾もとうとう来てしもうたんか、まだ早いじゃろう!」
「なかんか、急に来てしまって!」
「なんか標準語じゃ、東京行ったんじゃ!」
岡山弁は忘れてしまった、高校卒業して東京の専門学校に行きそのまま東京で就職をしたため、なかなか戻ることも無かった。 小説家になったのはかなり後で余裕もなかった。
「ああ、東京で作家やってたよ、2年前にここに戻ったんだけどな!」
「そうか、頑張ったんじゃ!」
人生そこまでうまくは行かないが、好きな事を仕事に出来るのは幸せである。
憲治は病魔との戦いに敗れ、夢どころか生きることも出来なかった。
憲治と出会った事で、私は夢を諦めずここまでこれた。 そんな思いからか……涙が出る。
「慎吾、もう行くけん!」
嘘だろ、そんな――
「もう行くんか……?」
「ああ、俺は死んでから大分経つじゃろ、この世に出てこれるのも数分しか出来んのじゃ、生きてた時の年齢と死んだ時の年齢が100歳になったら、もう出てこれんのじゃ」
――どういうことなのだろうか?
「行くけん!」
憲治の体はスーッと消えた。
「……」
……言葉は出ず、次から次へと涙が溢れた。
読んで頂き、ありがとうございました。