『決意』
ピンポーン
チャイムが鳴る。その音を聞いた俺は、一目散に玄関へと走り、扉を勢いよく開けた。
「凛月、来たよ…」
そう言う綾瀬さんの声は、いつものような覇気はない。今にも泣きそうな表情で、目は潤んでいるように見える。
俺は勇気を出して、ずっと気になっている事を聞いてみることにした。
「綾瀬さんって俺より年下……?何で俺に嘘を……」
緊張のあまり声が震える。
『そんな訳ない、何言ってんの?』って『たまたま1年生の教室に行ってただけだよ』って、お願いだから否定してくれ!!いつものように笑い飛ばしてくれ!!
「ごめんね……」
そんな思いも虚しく、か細い声で綾瀬さんが呟く。そして、何かを決意したような表情に変わる。
「どうしてそんな嘘を……」
それは私が1番恐れていた言葉。
恐る恐る発せられるその声は真っ直ぐ私の元に届く。力強く握られている凛月の拳は、微かに震えているように見えた。
初めて会ったあの日、私はあなたを変えたいと思った。もっと外の世界を知ってほしい、そう思った。学校に来てほしくて、1つ上の学年の勉強も必死に頑張った。いずれこうなる事は、分かっていたはずなのに……
「あのね、私たち本当は血が繋がっているの」
「それってどういう……。」
「私たちは兄妹ってこと。両親が離婚して、凛月が小さい頃に別居したでしょ?私も覚えてないんだけど、私はお父さんに、凛月はお母さんに付いていくことになったの。」
「……。」
「父親には、凛月やお母さんに会うなって言われてる。だけど、こっそりお母さんとは連絡取ってて。」
「そ、そうなのか……」
あまりの驚きで、頭の中が真っ白になってしまい、曖昧な返事しか出来ない。
「私、ずっと凛月……お兄ちゃんに会ってみたくてお母さんにお願いしたの。たった一人の私のお兄ちゃんだから。でも……」
そう言う千紗の顔は、火照っていた。それを隠すかのように少し俯く。
「俺が、綾瀬さんの兄で、血が繋がってて……」
「そう。ずっと隠して嘘ついてて本当にごめんなさい」
瞳に薄っすら涙を浮かべ、今にも泣きそうな表情をしている綾瀬さんを見て、思わず抱きしめた。
「綾瀬さん……。」
そっと抱きしめる腕を緩めながら名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
息を呑む凛月を見て、その緊張が千紗にまで伝わる。
凛月は、ゆっくりと口を開く。
「俺、綾瀬さんのことが好きです。好きで好きでどうしようもなくて、気が付くと綾瀬さんのこと考えてしまって……」
こんなこと言うと綾瀬さんは、困ってしまうだろう。しかし、自分でも止められないくらいに感情が溢れ出してしまったのだ。
「私も好きだよ、凛月。髪もすっごく似合ってる。」
「……!!」
想像もしていなかった言葉に思わず驚いてしまう。
いつの間にか綾瀬さんがいるのが当たり前になっていて、気が付けば彼女の事を考えていた。その相手が、自分の事を好きでいてくれたなんて……。そんな幸せな瞬間は束の間、俺たち2人は血の繋がった兄妹。お互いがどれだけ想っていても、あってはならない関係なのだ。
しばらく沈黙が続き、その後お互いに目を合わせる。その視線から伝わってくる強い決意は、俺と同じものだろう。
「私たち、もう会わない方がいいよね…」
「俺も同じこと思ってました。」
これ以上一緒の時間を過ごすと、楽しい時間が続くと、このままでは居られない。それ以上を求めてしまう、そう思った。ここ数ヶ月、楽しかった思い出が頭を過る。この先、あの日常は戻ってこない、そう理解した途端に胸が締め付けられるように苦しくなった。
笑いあったあの日々は、もう二度と……
たった一人のお兄ちゃんに会ってみたかった、ただそれだけなのに。同じ時間を過ごせば過ごすほど、だんだんと惹かれていくキモチに嘘がつけなくなってしまった。絶対に好きになってはいけない人、わかっていたはずなのに……
「凛月、最後にお願いがあるの。」
「お願い……?なんですか?何でも言ってください。」
「私も名前で呼ばれたい、あと敬語じゃないのにしよ?今だけは兄妹じゃなく……」
顔を赤らめてそう言う綾瀬さんが、愛おしくて堪らない。
「千紗、好きだよ。俺と出会ってくれてありがとう。」
千紗は、俺の方に真っ直ぐ近付いてくる。そして、背伸びをしながら優しく唇を重ねた。少し離れて千紗の方をみると、その瞳から一筋の光が零れ落ちた。
俺たち2人は手を繋いだ。そして、そのまま目を閉じる。そしてゆっくりと目を開けて見つめ合う。
「ありがとう、さよなら……」
もう二度とあなたを見ることも、この手で触れることも出来ない。
だがしかし、最後に交わした口付けと、繋いだ手の感触、そして『綾瀬千紗』という存在を一生忘れる事はないだろう。
あなたに出会えて、俺は、変わることが出来た。
そして、それはきっとこれからも……
この度は、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!!