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越えられないその距離は  作者: 月日
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『ほんとのキモチ』




俺は今日も同じ時間に起き、ゲームをする。ただ、いつもと違うことがあるとすれば、母親が休日だって事。土日は母親が家にいて口うるさく言ってくるため、ゲームに集中出来ないのだ。



『一緒に出掛けよう』だの『これ手伝って』だの何度も投げ掛けられる言葉を、適当に(かわ)しながら、無意識に時計を気にしていた。



そうして時刻は午後4時を迎えた。綾瀬さんがやってくるのは、いつもこの時間だ。窓を開けて辺りを見渡すが、それらしき姿はない。



「今日は来ないのか……」



ボソッと呟いた自分の声を聴き、初めて気持ちの変化に気が付く。煩わしく思っていたはずなのに、いつの間にか綾瀬さんが来るのを待ち望んでいた自分がいたのだ。



次の日も綾瀬さんはやって来なかった。平日は9割くらいの確率でほぼ毎日家にやってきて、休日はほとんど姿を現すことはなかった。

『学校が休みだから土日は家に来ないのかな、でも平日来る意味もイマイチわからないし……』疑問は募るばかり。そんな毎日は早々と過ぎていき、綾瀬さんが家に来るようになってから1ヶ月程の月日が経った。





11月に入った始めの月曜日。綾瀬さんが2日ぶりにやって来た。心待ちにしていた分、なんだかとても嬉しい。こんな気持ちは久しぶりだった。



千紗と話す凛月の顔付きは、心なしか明るくなっていた。




「凛月〜!来たよ!」


「今日は、何かありました?」


「んーとね、今日はねー合唱祭の話し合いしたっ」


「あー男性パートと女性パートに分かれて歌うあの行事ですね笑」


「私歌うの好きだし楽しみだな〜」



ひと通り話し終えた頃合いを見計らって、凛月が問い掛ける。



「綾瀬さんって土日に来ないのは、やっぱり学校が休みだからなんですよね?平日、俺の家にわざわざ寄って行くのはどうしてなんですか……?ずっと疑問だったんです」



ハッとしたような顔で俺の方を見て、その後少し俯いているように見えたが、俺は続けて口を開いた。



「特に意味はなく、話がしたいからとか……ってそんな訳ないですよね、こんな引きこもりの俺と」



「んーーナイショだよっ」



そう言いながら、いつもの笑顔をこちらに向けてくる。少し表情がいつもより曇っていたような気がするが、それは俺の気のせいだろう。



「今日は、そろそろ帰るね!じゃあまた!」







翌日、いつもの時間に千紗はやってきた。



「凛月ー?そろそろ期末テスト始まるから一緒に勉強しない?私教えるよ!ってか、そうしようと思ってたくさんノート持ってきた!」



有無を言わさず、ちゃっかり用意までしてきている。そして、満面の笑みで俺を見つめる綾瀬さん。その真っ直ぐな眼差しに負けて、俺は渋々それを承諾した。



「お邪魔しまーす。わー!凛月の部屋だぁ!男の子の部屋って初めて入るなあ」



楽しそうに部屋中を見回す。



「勉強するんですよね、趣旨変わってません?」


「うぅバレたか、、笑」


「楽しそうで良いですけど」


「あ、あ、でもちゃんと教えるからね!任せてちょーだいっ」


「お願いしますっ」


「嫌そうだったのに、やる気になったの!?よし、私も頑張らなきゃ!」



部屋の真ん中に置いてある小さなテーブルで教科書とノートを開き、二人並んで勉強を始める。成績優秀な千紗は、教えるのがとても上手。その上、凛月も理解が早く、基礎的な部分をすぐに自分のものにしていた。区切りがいい所まで終わらせたので、二人は休憩をとることにした。


台所からコップとジュース、手軽なお菓子を持ってきてテーブルに並べる。それを食べながら、他愛も無い話をたくさんした。



どんな話もニコニコ楽しそうに話す綾瀬さん。話の途中で入れられる身振り手振りは、とても愛らしい。終始、目が離せないほどに惹き込まれていた。



「私がこんなに教えてるんだから、絶対に期末テスト受けに来てよね?」


「んーー、それは考えておきます、、」


「えーー!それ絶対来ないやつじゃん!」


「あ、てかてか話変わるんだけど、もう少し髪短くすればいいのに。どうしてそんなに前髪伸ばしてるの?」


「目が隠れてる方が落ち着くんです。俺、周りの視線が苦手でこうしてた方が楽というか」


「そうなの〜?勿体ない。絶対似合うのに!」



綾瀬さんは、持ち前の笑顔と天真爛漫な性格で、周りを巻き込んでいく。でもそれは不思議と嫌ではなくて、むしろ楽しく感じる。それは綾瀬さんのパワーなのだろうか。



そうこうしているうちに、時刻は午後6時を迎えた。そろそろ母親が仕事から帰ってくる時間。そんな風に考えていると、綾瀬さんがそわそわし始めている事に気が付いた。



「綾瀬さん、そろそろ時間ですか?これから何か予定とか……?」


「あ、いや、ごめんそろそろ帰らないと!ごめんね」


「いえ、こちらこそ遅くまでありがとうございます、すごく分かりやすかったです!」



千紗は、少し口を濁しながら帰る旨を伝え、最後は『またね!』と言い残して帰っていった。その雰囲気を凛月も感じ取っていたようで、楽しかったのは自分だけなのか、それとも何か嫌な事してしまったかな、と不安に駆られていた。



次の日もその次の日も、綾瀬さんはいつも通りにやってきて、勉強を教えてくれた。一緒にいる時間は途轍もなく楽しくて、時間が経つのが早く感じる。この間の不安なんて、この楽しさで何処かに吹き飛んでしまっていた。





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