第022話 「2人の生者」
イセちゃんがどういう神なのか分かるかも……
※大規模修正
「さて、妾はちょっと劇場のゴミ掃除をするので先に戻っておくのじゃ」
ウチカは、目の前に居る[ニシカであろう]姿をした少女が、何を言っているのか理解が出来なかった。
言葉の意味は分かる。
だが、その内容が常軌を逸している。
神降ろし? 殻だけ? ゴミ掃除?
困惑した頭のままのウチカは、縋るように[ニシカの姿をした者]の前で膝を折り、祈りの姿勢を取って神に問いかけた。
そうすることしか、今の彼女には出来なかった。
「あぁ神よ……
わたくしには……どうしてこのような事になったのか心当たりが御座いません……。
これはわたくしの行動に落ち度が合ったということでしょうか?
信心が足りなかったのでしょうか?
もしそうならば、わたくしにだけ罰をお与えくだされれば良かったのではないでしょうか?
なぜ、罪なき妹が……。
女神フォンティーヌ様は正しい行いをすれば報われるだろうと仰りました。
わたくしの行いは過ちだったのでしょうか?
神よ、知恵無きわたくしに真実をお与えください……」
必死に祈るウチカを見ていたもう一人の少女は「ふふん」と鼻を鳴らす。
どうやら満更でも無かったのだろう。
崇められることには慣れていても、やはり気分が良いものらしい。
「やれやれ、仕方がないのじゃ。
本来は教えてやる必要など無いのじゃがなぁ……。
ネタばらしは三流のすることじゃが。
其方の神を敬おうとする姿勢には答えてやろうかのぅ。
逆に、そこまで言われて教えてやらん理由も無いしの。
妾は優しい気の利く幼女なのじゃ。
感謝せい。
そこに居る者共も聞いておるのじゃろ?
なら心して聞くがよい」
ウチカとニシカの様子を黙って伺っていたショーヴとウエルシアは、話の対象が急に自分達になった事に息を呑んだ。
だが、動けない。
圧倒的なプレッシャーが、その場を支配している。
2人ともこのままではいけないと考えたのか、ウチカと同じく祈りを捧げる姿勢を取った。
そうしなければ押し潰されてしまいそうな、本能的な恐怖。
もしかすると、ニシカの身体から発せられる神たる力(神威)により、皆自然とそうさせられてしまっただけなのかも知れないが。
「おぉ! 殊勝なのじゃ!
本当の神を敬うのは良いことなのじゃ。
感心感心。
この世界の宗教は偽の神を奉っては、都合のよい神託で利を貪るだけなのじゃ……。
嘆かわしいことじゃのぅ」
神のこの言葉に対し、ウチカが顔を上げて答える。
敬虔な信徒としての最後の意地。
「本来の主たる神よ!
わたくし達ピュリナック教の者は女神フォンティーヌ様を崇拝しております。
決して偽の神等を信仰しているわけではございません……。
あのお方は、確かにわたくしに奇跡を見せてくださいました!」
「そんな事は知っていて言っておるのじゃ」
「で、では何故に偽の神と……?」
「簡単な話なのじゃ。
白い部屋にいたもう一人の女じゃが、アレが神などという代物ではないからじゃよ?
アレはただの暇つぶしで飼っておるだけの、ただの[なり損ない]なのじゃ。
神の真似事をさせただけの、バイトじゃよ。
妾は悠久の時間の中で暇を持て余しておったアレに仕事を与えたのじゃ。
其方を使い、妾の決めた設定で、良い物語を作れと……の」
「そんな……
あの時、案内されたあの場所は聖堂になり、わたくしは女神のお姿となったフォンティーヌ様に天啓を……」
「だから物語じゃと言うておるのじゃが?」
「物……語……?」
「あの景色も女神の姿も、妾の貸し与えた力でアレが作った寸劇の為の小道具と大道具なのじゃ。
書き割りと衣装じゃよ。
妾もコッソリ観ておったが即席にしてはなかなか良く出来ておったのぅ。
女神役の役者が大根なのは残念じゃったが、元々只の人間だったアレにしては悪くなかったじゃろ?
何も知らぬ其方が傾倒し、涙を流して聞き入っておったくらいじゃしな。
あの時の其方の顔、傑作じゃったぞ?」
くすくすと笑う少女。
「そんな!?
――女神様が、わたしくを騙しておられたと……?
すべて、嘘……?」
「はて?
誰が誰を騙したのじゃ?
人聞きが悪い。
ちゃんと約束通りに裕福な家に才能を持って転生しておる。
弟にも会えて、こうやって妹の顔も見れたのじゃ。
契約履行じゃろう?」
「ですが!?……え? 弟ですか?
わたくしに弟はおりません。
わたくしが申し上げているのは、たった1人で生き残った妹のニシカの事で御座います!」
ウチカの記憶から、弟の存在が消えている。
いや、認識できなくなっている。
「……あ。
それは済まなかったのじゃ。
さっきキョウちゃんを戻す時に[弟君の存在を消して]しまったのを忘れておったのじゃ。
魂を引っこ抜いた時に、この世界の因果律からも消してしまったからのぅ。
さて困った。
治療室にその弟が居らぬと、他の皆がここに居る辻褄が合わぬのじゃ……。
ショーヴも、婆さんも、弟のためにここに居るはずじゃからの。
このままでは事象補完の為に空間が作り替えられてしまうのぅ?
バグって世界が落ちるかもしれん。
弟君の存在を元に戻すか?
それは簡単なのじゃが……かと言って生き返らせる理由が無い。
死体がないと変じゃし。
何せ生きている事にすると話が長引いて面倒なのじゃ……
もう次の設定考えたいし。
…
そうじゃ!
姉である其方に射貫かれて死んだ事にするのがよいのじゃ!
それならばドラマチックな感じになるかもしれんしのぅ。
愛憎劇の末の悲劇。
うむ、美しい」
ウチカは目の前の少女が自分に向かってブツブツと呟いている内容が、またしても理解できない。
理解したくもない。
弟を……私が殺したことにする?
ショーヴやウエルシアも同じく内容が理解出来る筈もなかった。
それどころか、彼等は本来ここに居る理由であるヒガシカの存在が失われている影響で、[なぜ自分たちが治療室にいるのか]すら理解出来なくなっていたのだ。
記憶の混濁。
「さて娘、話は[其方の矢で撃たれ死んだ弟]と[妾の使っているこの身体の主]の話でよいかの?」
少女がそう話を戻した瞬間だった。
剣聖ショーヴ・ノワール・ミズカミの理性が、限界を超えた。
記憶がなくとも、魂が許さなかった。
彼は全力でスキルを発動し、大剣を振りかざして[ウチカ]へと斬り掛かった。
神速の一撃。
「貴様がッ! 貴様がヒガシカの命をぉぉーーー!!」
ウチカは目を閉じ、斬られるのを待った。
これで終われるなら、それでもいいと思った。
しかし何も起こらなかった。
痛みも、衝撃も。
いや違う。
何も起きていなかった。
そこに剣聖ショーヴ・ノワール・ミズカミの姿はなかった。
大剣も、殺気も、彼という存在そのものが、煙のように消えていた。
「まったく喧しいのじゃ。
野蛮人は嫌いじゃ。
ヤツは去年病気で死んだ。
流行り病でコロリとな。
それで良いのじゃ。
これなら少年は剣の師匠の意思を継いで、ここに1人で来たとかそんな感じの流れになるのじゃ。
形見の剣を持ってな。
お涙頂戴じゃ。
婆さんは……まぁ少年の傷は即死か重傷じゃし、何れにせよここに呼ばれておるじゃろうから辻褄はあうのぅ。
"ヒザニヤヲウケテシマッテナ"の呪いも存在を消したし完璧なのじゃ。
あれはギャグじゃからな、シリアスな死に場には似合わん。
もうそのネタは終わったしの。
自分で出したゴミを片付けるのは大事じゃ。
マナーは守ろうなのじゃ。
来たときよりも美しく、じゃな。
そうじゃ、おい娘!
確かウチカじゃったか?」
……
ウチカからの返事はない。
膝を折り祈る姿はしているが、その目はどこも見ていなかった。
光を失った瞳は、虚空を見つめている。
心が壊れていた。
返事をしないウチカ。
それをジッと眺めるニシカの姿は、既に身体の半分程崩壊を始めている。
指先から砂のように崩れ落ちていく。
「なんじゃ。
こっちの娘は壊れてしまいおったか?
脆いのぅ。
このまま返事を待っていては、こっちの娘の身体が崩れさってしまうではないか!
折角もう一つ褒美をやろうと思っておったのに……。
仕方ないのう。
褒美は勝手に置いてゆく。
ありがたく受け取るがよい。
後は好きにするがいいのじゃ」
その言葉を最後に、ニシカだった少女の身体がフワリと姉のウチカへと倒れこんだ。
糸の切れた人形のように。
倒れ込んできたニシカの身体を、ウチカは条件反射的に受け止める。
抱きしめる。
だが、受け止めたニシカの身体に息はなく、死者特有の重く冷たい感覚が伝わるのみだった。
唯一、崩れかけていた身体だけは、生前の愛らしいニシカの物に戻っていた。
傷一つない、眠っているかのような綺麗な顔。
それだけが、神の最後の気まぐれ(褒美)だった。
部屋のベッドには、胸を射貫かれ、即死したことになったヒガシカの死体が横たわる。
それをジッと見つめ、立ちすくむウエルシア。
床に座り込んだ状態で、息のない妹の身体を抱きとめ、ただ呆然とするウチカの魂を持った聖弓ナーニ。
まるで眠っているかのように姉にもたれ掛って死んでいるニシカ。
そして、本来守ってくれるはずだった最強の剣聖は、最初からいなかった。
2人の生者と2つの死体だけが部屋に残ったのだった。
時間が止まったかのような治療室。
その風景が動き出したのは、随分と時が経ってからだった。
褒美は綺麗なニシカの身体でした。
後味が悪かったら申し訳無いです。
次回、神が不在の白い部屋です。
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※後半の記述を修正しました。




