第021話 「最悪のフィナーレ」
この物語の異世界転生。
その本質に触れていきます。
※大規模修正
「一度話をしましょう」
俺、[斎京 剣士]はウチカのこの提案に望みを掛けることにした。
このどうしようもない状況で、唯一残された蜘蛛の糸。
――少しでも良い方向へ進めたい――
――少しでも苦しむ異世界人を救いたい――
そう考えた。
自分が原因である以上、贖罪のチャンスがあるなら掴みたかった。
だから、望みがあれば出来るだけ叶えようと思った。
「助かる。
俺も話を聞いて欲しいと思っていた。
まずはそちらで分からない事があれば先に聞いて欲しい。
嘘はつかないと誓う」
コクリとウチカが頷く。
その瞳は揺らいでいるが、理性的な光を失ってはいない。
「では伺いますわ。
転生はどのタイミング?
ヒガシカの自我はどの程度残っているの?」
「膝に矢を受けた直後に転生した。
自我の存在度合いだが……今は俺の意思しか感じ取れない。
勿論、思考の一部にヒガシカ君の思考と経験が含まれているのは分かる。
データベースのように参照することはできる。
それとな……
ワノア卿を最初に見た時に[姉上]と呼んだのはヒガシカ君だ。
あれは俺の意思じゃない。
俺の中に残った彼の強い思いは、貴女が生きていて良かったと、嬉しかったと、唯々喜んでいるよ」
(信じて貰えるかは分からないが……)
しかし彼女はそれを信じてくれたようだ。
ピンと張っていた糸が切れたように、目から涙が止めどなく流れている。
だが彼女はそれを拭うことをしなかった。
「最後にヒガシカに会えたのですね……
あの一瞬、あの子は確かにそこに居たのですね……」
ウチカの声が震える。
「きっと、転生からそんなに時間が経っていなかったからですわね……。
神の間で女神フォンティーヌ様はヒガシカに会えると仰っていました。
嘘ではなかった。
神のご慈悲に感謝致します……」
ワノア卿はそう言うと、手を組み深く神に祈りを捧げる。
敬虔な信徒の姿だ。
(神の間? まさか……白い部屋の事か? 女神フォンティーヌ……?)
不思議に思った俺は、その経緯を確認する。
「すまないがいいか?
もしかして神の間とは白い部屋の事か?
だとしたら女神は小さな少女ではなかったか?」
祈りを捧げていたワノア卿だったが、すぐに止め此方をみた。
「神の間が分かるのですか?
いえ……あなたも転生しているのなら知ってもおかしくはないでしょう。
緑の悪魔の姿ではどんな風にあの部屋に招かれたかは想像がつきませんが。
それと、最初は確かに小さな少女の神にお会いしました。
ですがすぐに隣の部屋の行くよう言われましたの。
わたくしに力と天啓を授けて下さったのは、その隣の部屋にいらした女神様でしたわ」
(隣? 放送室か。と言う事は天ちゃんだな)
天ちゃんが女神だという設定だったとしても別に変ではない……か?
あの部屋ならなんでもアリだ。
まぁイセちゃんに無茶振りされたんだろう可能性が高いな……。
あの中間管理職も苦労しているようだ。
(しかし、俺の本来の姿がゾウリムシだと思っているのか?
緑の悪魔=俺の本体、という誤解は解いておくべきか)
俺は少し説明することにした。
「少し話が合わないので言っておくが、俺は元々人間だ」
えぇえっ! と言った感じで驚かれた。
ショーヴたちも目を丸くしている。
「あなた、前世は緑の悪魔の筈! 人ではないのではなくって!?」
「あ~、俺はワノア卿の思っているよりは複雑な転生をしてるんだ。
ヒガシカ君の前はダンジョン内の虫。
その前は……あなた方で言う[緑の悪魔]に転生した。
……
だが元々は別の世界の人間だ。
信じられるかは分からないが……」
……
……
……
今まで話していたワノア卿、いや、ヒガシカの姉は驚いた姿のままピクリとも動かない。
呼吸すらしていないように見える。
音がない……。
静かなのではない、これが無音なのだと思う。
世界から音が消えた。
そして色がない。
彩度が抜け落ちていく。
物体が在るという感覚が、目でない何かから精神体に流れ込んでくる。
だから実際には見えていない景色の中にいる感覚がある。
(ん? これ、まさか時間が止まった中にいるのか?
でもなんで急に……)
「キョウちゃんや?」
聞き慣れた声がする。
無邪気で、残酷なほど明るい声。
俺の? いやヒガシカの記憶にある声……。
だが口調がどうにもイセちゃんじゃないか?
「どれ、折角なので今の妾の姿を見えるようにしてやるのじゃ」
俺の目の前によく見知った少女がいる。
いや、知っているが……違う。
(何故? イセちゃん……じゃ……ない)
12~13歳の少女。
明るい茶色の髪、それを左右に結わえたお下げ。
鳶色の瞳に、ヒガシカに似た面影のある愛らしい顔立ち。
ヒガシカの記憶にある、成長した妹の姿。
(もしかして、イセちゃんが化けているのか?)
「なんじゃ……これは本物なのじゃがな?
ちょっとしたサプライズなのじゃな。
驚かせてやろうと思って考えていたのじゃ!」
そう言ってヒガシカの横たわるベッドの足下にちょこんと腰掛ける。
軽い動作。
…
……
(本物? まさか……)
「ささ、時間の流れを戻すのじゃ」
少女がそう言うと、空間に鮮やかな色合いが戻っていく。
まるで絵の具が広がるように。
無音が静かに変わっていく。
日常の雑音が戻ってくる。
その時、足下の少女からふわりと嗅ぎ慣れた懐かしい香りがした。
時間が動き出す。
聖弓が、剣聖が、元軍医長が、今まで居なかった者がそこに居る事を悟った。
息を飲む気配。
俺以外は何が起こったか分かっていないようだった。
突然の出現に、思考が追いついていない。
しかし、床に座り込んでいたショーヴは俺と同じで知っていた。
彼女の姿を。
そして居るはずのない少女の名前を口にする。
「ニ、ニシ……カが? なぜ……こ、こに……」
北の国にいるはずの少女。
ベッドの端に座り、脚をパタパタとさせながらニコニコと笑うニシカ。
天使のような笑顔。
「ウチカ姉様へのサプライズだよ?」
ワノア卿が目を剥く。
「まさか!?
あなたがニシカ……なの?
本物……なの?」
そしてまたも目を潤ませる。
会いたくてたまらなかった妹。
ベッドから立ち上がり、姉に歩み寄るニシカ。
それを受け止めようと、涙ながらに両手を広げる姉のウチカ。
感動の再会。
誰もがそう思った。
だが、ニシカは一歩手前でピタリと立ち止まると、ニヤリと笑ってこう告げた。
「安心せい。この身体は本物のニシカ・ワグチなのじゃ。
ちゃんとイベントを頑張った其方へ、妾からの褒美じゃ。
どうじゃ?
最後に一目見ることが出来て良かったじゃろ?
良いことをすると気持ちがいいのじゃ」
(コイツ、何を言って……)
『考えてはいけません』
脳内に天ちゃんの鋭い声が響く。
(天ちゃん!? だけどこれは――!)
『それは……その気持ちはイセちゃんにはお分かり頂けないのです!
今は……考えないで! 耐えて……下さい……お願いします……』
天ちゃんの声が悲痛に震えている。
ウチカは震えていた。
目の前の妹から発せられる、異質な気配に。
「あの……もしかして……白い部屋の神様であられますか?」
震える声のまま確認するウチカ。
「そうなのじゃ。
最初に会ったじゃろう?
この娘に会いたいと、天ちゃん……? じゃなかった、あぁ~女神フォンティーヌ(笑)に言っておったろう?
じゃが思ったより遠くにおったからの、時間もないし乗り移って持ってきたのじゃ!
テレポートじゃ!」
「そ、それは転生とは違うのですか?
……ニシカはどうなったのですか?
あの子の心は……」
聖弓とまで謳われた女傑は、落ち着き無く身体を震わせながら、少女の答えを待った。
嫌な予感が、心臓を鷲掴みにしている。
だが、その問いにニシカは嫌そうな態度で、つまらなそうに話し出す。
「そんなもの、殻だけに決まっておろう?
依り代にした時点で中身など消滅しておるわ。
上書き保存じゃよ。
妾が降臨する。
すなわち神降ろしなんじゃぞ?
只の小娘の魂が神の存在と共存できる訳がなかろうが。
耐えきれずに弾け飛んでしもうたわ。
それと、この肉体も依り代としては脆すぎるのじゃ。
あと数刻もすれば崩れ落ちてしまうじゃろうな。
細胞が耐えきれんのじゃ。
わざわざ時間のない其方への褒美にと、この娘の顔を見せてやるために、妾の神威で塩の柱にならんように頑張って運んできたのじゃぞ?
妾の努力を理解したか?
感謝せいよ?
まぁ理解出来なくとも話はここで終わりじゃがな」
終わった。
何もかも。
俺の中のヒガシカが泣いているのが分かる。
魂が叫んでいる。
その時のウチカの表情が、希望から絶望へと叩き落とされた人間のモノだというのが分かる。
心が壊れる音が聞こえるようだ。
ニシカの未来を聞いた剣聖と元軍医の瞳に、怒りの炎が灯ったのが分かる。
だが、相手は神だ。
手出しなどできるはずもない。
「キョウちゃんや。
ゾウリムシから始まった物語は、感動の再会で終わり。
バッドエンドもまた、物語の華じゃ。
大団円だったのぅ。
…
さて、妾はちょっと劇場の片付けとゴミ掃除をするので先に戻っておくのじゃ。
次回の作品にご期待ください、じゃな」
その言葉と共に、俺の魂は強制的にヒガシカの身体から分離され、意識が黒く暗転するのが分かった。
視界が消える直前、崩れ落ちる少女の肉体と、絶叫する姉の姿が見えた気がした。
イセちゃんどうするのかな?
次はこの転生の〆です。
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