第011話 「矢か膝の呪い」
治療です。
今回も剣聖ショーヴの視点です。
ヒガシカの膝、大丈夫でしょうか。
※大規模修正
ガンッ!
ガツン!
治療施設の扉を脚で蹴る。
乱暴だが、両手が塞がっているのだ。
マナーを気にしている場合ではない。
「ショーヴ・ノワール・ミズカミである!!
誰か居ないか!! 扉を開けてくれ!!
急患だ!」
俺の怒声にも似た叫びが、静かな施設に響き渡る。
建物の奥から「は、はいっ! 只今お開け致します!!!」と言う慌てた返事とともに、バタバタとこちらに向かう音が聞こえる。
ガチャリと扉が開き、中から大人しそうな青年が顔をだした。
線の細い、まだ駆け出しといった風情の男だ。
多分今日の担当の治療師だろう。
「こ、これは剣聖様!
いったいどうなされました!?
急患と……まさか訓練でお怪我を?」
若い治療師の男は、俺の両腕の中でぐったりとしているヒガシカを見た。
血の気の引いた顔、そして不自然な角度で突き出た矢。
「訓練ではない……
いや……訓練のようなもの……だ。
済まんが治療を頼みたい」
本当の理由は話すことが出来ない。
他言は無用だ。
俺は苦しい言い訳だと理解しつつも、訓練での怪我ということで押し通す事にした。
治療師は、気を失っているヒガシカの膝に矢が刺さっていることに気が付いたようだ。
その顔色がサッと青ざめる。
「――膝に矢が……まさか……
……
ま、まずは中にお入りください!
奥の右側の部屋が治療室になっていますので、そこのベッドに少年を!」
「分かった。
助かる」
「ただ、暫くお待ち頂く事になります……
申し訳御座いません。
……
私の手には余ります……この怪我は、私のレベルでは……」
怯えるように後ずさる青年。
ただの貫通傷ではないと直感したか、あるいは「場所」が悪すぎると判断したか。
「……分かっている。
すぐに女史を呼んできてくれないか?」
その言葉に、治療師の男はスッと頭をさげると、弾かれたように扉から外に飛び出していった。
居る場所に当てがあるのだろう。
治療師に呼びに行かせたのは、帝国の元軍医長だった婆さんだ。
現役を引退した後は訓練施設の治療院で臨時の治療師をしており、俺も訓練中の怪我で何度も世話になった。
最高峰の治療師と言う訳ではない。
しかし、経験豊富な熟練の治療師で腕は確かだ。
特に、呪いや古傷といった厄介事にはめっぽう詳しい。
治療室の白いベッドに、そっとヒガシカを横たえる。
まだ意識は戻ってはいないが、呼吸などは落ち着いているようだ。
苦悶の表情が張り付いたままの寝顔に、胸が痛む。
暫く待っていると、何人かの慌ただしい足音が建物に近づいて来たのが分かった。
(意外と早かったな)
先程出て行った若い治療師の男と一緒に、1人の老婆が白衣を翻してバタバタと部屋に入って来た。
元軍医長 ウエルシア・ファイン。
白髪の巻き毛、小柄で少し曲がった背中に丸眼鏡。
また少し老けたか……。
だが、その眼光の鋭さは現役時代のままだ。
「婆さん……」
「姉さんじゃというとろうに!」
(それは流石に無理だろうが)
脊髄反射で突っ込んでくる元気はあるようだ。
「まぁええわい。
どれ、この坊主か……」
横目でヒガシカを見た老婆の動きが、ピタリと止まる。
空気が変わった。
「最悪じゃ……
膝も、矢も。
色んな意味で最悪の状況じゃな……」
俺は老婆の真剣な目を見つめた後、ヒガシカに目線を移した。
「分かってる。
……
あれは俺の弟子だ。
名をヒガシカと言う。
俺の弟……同然の家族でもある。
なんとか治してやってくれ!
頼む……」
頭を下げる俺に、ウエルシアは短く息を吐いた。
老婆はスッとベッドへ歩みより、ヒガシカの膝に両の手を翳す。
そして目を閉じ、何かを唱え始めた。
解析の魔法だろう。
すると、ポゥと老婆の手の平に優しい光が灯り、ヒガシカの膝へと流れてゆく。
光は傷口を包み込み……そして、黒い霧のようなものに弾かれた。
「イカンねぇ……イカン……
――
――ぁぁあ、可哀想に。
発動しちまってるよ……」
「そうか……」
俺はそれしか言えなかった。
予感はあった。
だが、認めたくなかった。
「ショー坊、悪いがこの子の矢を抜いてくれんか?
婆には力仕事はキッツイわぃ!」
「任せろ」
(お姉さんじゃねぇのかよったく……だいたい、いったいいつまでショー坊と呼ぶつもりなんだか)
老婆の軽口から、少しでも空気を軽くしようとしてくれているのが分かる。
彼女の不器用な気遣いがありがたい。
俺はヒガシカの膝に刺さった矢を掴む。
グッと一気に引き抜いた。
ぬちゃり、と嫌な音がする。
だが、血は出ない。
老婆の治療魔法が即座に傷口を塞いだお陰だ。
表面上の傷は、見る見るうちに消えていく。
「傷は治ったよ。
だがそれだけじゃ。
どうするショー坊?」
婆さんはそれ以上なにも言わないようだ。
真面目に手の施しようがないという事だろう。
「なんとか、なんとかならないのか……?」
縋る俺の問いに、元軍医長だった老婆は静かに、しかし残酷に首を横に振った。
「無理じゃな。
済まんがこれは呪いじゃ……
古より伝わる、冒険者殺しの呪言。
"ヒザニヤーヲ・ウケテシ・マッテナ"
知っておるな?」
あぁ、知っている……。
この世界の住人で知らぬ者が居る訳がない!!
数多の英雄を引退に追い込み、門番や衛兵へと転職させてきた、悪夢の言葉。
――――解呪不可の呪い "ヒザニヤーヲ・ウケテシ・マッテナ"――――
「この坊主の場合は更に最悪の状態。
"[リョウ]ヒザニヤーヲ・ウケテシ・マッテナ"
じゃ……
呪いの効果は通常の2倍にもなろう……
それもこの若さでとはなぁ……」
通常の2倍の呪い。
この言葉が、俺の心に重く大きくのし掛かる。
冗談のような名前だが、その効果は極悪非道だ。
「実際のステータス影響はどれくらいだ?」
これまで俺を真っ直ぐに見つめていた老婆の目線が、気まずそうに下に落ちる。
「……全て、8分の1じゃ」
「は……?」
「ステータスも、戦闘スキルのレベルものぅ。
全て、現在の数値の8分の1に固定される。
そういう呪いじゃて。
しかも歩行にも重度の障害が残る。
ショー坊の弟子なら剣士か……
惜しいのぅ……
じゃが、お主の眼鏡に適う程の天才なのじゃろう?
なら人並み程度にはなれるかもしれん。
それでも……良く見積もって一般兵レベル、じゃがのぅ」
8分の1。
今の俺ですら、全て8分の1になってしまえば一兵卒程度の力しか出せないだろう。
ヒガシカ程の天才であっても、年相応の新兵と同じ程度か……。
いや、足が不自由になる以上、それ以下だ。
剣聖への道は、完全に閉ざされたと言っていい。
「しかもこの矢じゃが……」
そう言ってウエルシアは、俺がヒガシカから抜き取った矢を手に取りマジマジと眺める。
黄金色に輝く、忌々しい矢だ。
「賓客として滞在しとる聖弓ナーニの[竜貫き]じゃな。
やっかい極まりない……
公にすれば国際問題というやつじゃわな」
「あぁ……」
「うぅむ……?
特殊なスキルの残滓があるのぅ……」
ウエルシアは目を細めると、矢を無造作に床に放り投げた。
カラン
乾いた音を立てて落ちた矢は、まるで生き物のようにクルリと回転し、その鏃をヒガシカに向けた。
……!?
俺は息を飲む。
老婆はもう一度矢を拾い、今度は反対方向に投げる。
カラン
やはり鏃は、磁石が北を指すように、正確にヒガシカを向く。
追尾型、またはターゲット固定のスキルで間違いないだろう。
偶然の流れ矢などではない。
これは、明確な殺意を持った凶器だ。
「ショー坊や。
これはかなり闇が深いかもしれんぞ?」
帝国最強の剣士とまで謳われた俺であっても、背中に流れる冷たい汗を止める事が出来なかった。
少しはおふざけが出せた気がする。
シリアスさん、ちょっと押しが強くないですか?
この後で凄い展開が待ってるよ!って予告が気になりましたら★★★★★頂ければ幸いです。
ブックマークやコメントも嬉しいです。
宜しくお願い致します。




