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第五話:邂逅、そして絶望

『タイタン・ソルジャーズ・ファンタジア』。通称『タイソ』は乙女ゲームありながら、そこはやはり『Iron Legend』、通称『鉄伝』シリーズを作った会社だけあって、ロボットでの戦闘シーンも抜かりは無かった。


 相変わらずの美麗なグラフィック、カッコいいロボット、それを動かす戦闘もプレイヤーの思った通り素早く動き、アクションでも往年のファンを満足させる出来栄えはさすがこの会社は凄いを絶賛された。


 故に、ナオも期待していた。現実と化したこの世界で、MNが魔物と激しく戦うことを。最初自分で動かさないとしても、それを見るだけで充分楽しいだろうと。

 しかし、実際に拝んでみると――


「……遅っ」


 なんて、淑女らしからぬ言葉が出てくるほどだった。


 いや、遅いというのは違う。ゲームのようにヌルヌル動くなんてことはある訳が無いが、それでも重い巨兵がその四肢を激しく動かし、地中から四方八方顔を出して噛みついてくる≪ラムトワーム≫に対して見事に斬り返している様は確かにカッコいい。挙動もおかしいなんてことはなく、まるで生きている人間が如く警戒に動いている。


 しかし、その動きがどうにも鈍い。より正確に言うと、ぎこちない。ガックンガックン急停止したりまた動き出したり、一つ一つの動きがバラバラで乱れている。おかげで防御はともかく攻撃が全然ダメで、≪ラムトワーム≫をいつまでも手こずってしまっていた。


 ナオは何が何だかさっぱり理解できなかった。まるで下手くそな素人芝居を見ているような――芝居?


 ちっ、と舌打ちする音がした。

 横を見ると、同じくMNと魔物の戦いを観戦していたレベッカが睨みつけている。


「酷い物だ……連携が全く出来ていない」


 連携、という言葉を聞いて、ナオはようやく違和感の正体に気付いた。


 そう言われてみると、今目の前の戦場には二体の≪ジャック≫と二体の≪ブロード≫がいたが、動きが悪くなるのは常に≪ジャック≫が前に出ようとしたところを≪ブロード≫が先に出ようとしたり、逆に≪ブロード≫が引こうとしたところを同じく≪ジャック≫が引こうとしたりと互いに行動しようとした時だった。


 つまりこの護衛隊のシルヴィア王国とギヴィン帝国の魔導機師たちは、互いに互いの足を引っ張っている形になっていたのだ。さすがに通信くらいは取れているはずだが、連携することが出来ず攻撃のチャンスを互いに潰し合っている。これではダラダラ戦いが長引くばかりだ。


 もしかしたらどうせ魔導列車の路線で魔物なんて出る訳が無いと、互いの国同士で訓練すらしたことが無い輩と組ませたのかもしれない。あるいは、この列車のようにシルヴィア王国とギヴィン帝国の人間が同時に列車に乗ること自体が突発的なアクシデントで起きたことで、両国のメンツを保つために護衛をそこら辺から出しただけの可能性もある。


 ならばこの酷い有様も合点がいく。ゲームでは編成は変わらないものの、あくまでMNを動かすのはプレイヤーだったため、こんな状況は考えすら浮かばなかった。これは大変な事態になってしまったとナオは困惑する。


 すると、列車がゆっくりとだが動き出した。戦闘が終わる気配が無い以上、もはやここに留まるより逃げた方がいいと判断したのかもしれない。危険な賭けだが、その方がマシだろう。


 なんとか戦闘エリアから離れ、≪ラムトワーム≫の姿が小さくなっていくのに皆が安堵の息をついた。が、その時、


「うわぁ!?」


 その静寂を破るかの如く、再び強烈な響きが列車を襲う。

 窓の方を覗くと、また別の≪ラムトワーム≫が地面を突き破って現れたのだ。


「やばっ……!」


 しまったと、ナオは自分を呪った。

 そうだった。このチュートリアル戦闘で出てくるのは一匹ではない。二匹、いや三匹はいたはずだ。すっかりMNでの戦いに気を取られて忘れていた。ナオは己の愚かさに腹立たしくなっていた。


 しかし、腹を立てている余裕などない。何故かは知らんが、≪ラムトワーム≫はまたしてもこちらに牙を向けようとしているようだ。護衛のMNたちからは離れすぎてしまっているし、第一こちらへ救援に来る暇も無いらしい。護衛の意味ないだろと吐き捨てたくなった。


 ナオは一瞬で辺りを見回す。

 レベッカはゲームでは剣士としては優秀だが、MP――魔力の量は低く、MNも無しに≪ラムトワーム≫のような大型の魔物相手は無理がある。

 ギヴィンの二人はゲームには登場しなかったので分からないが、魔物出現に怯えてオロオロしているところから見れば、素質の類はともかく戦闘経験なんて皆無に等しいのはほぼ確実。期待は無理だろう。


 ならば、道は一つしかない。決意したナオは、個室の窓を思い切り開ける。


「な、ナオ様何を!?」

「下がっててください、レベッカ様」


 有無を言わさぬナオの迫力に、レベッカも思わず黙ってしまう。三人が離れたのを見ると、ナオは窓の前に立った。


 こちらへズリズリとその巨躯を滑らせて襲ってくる≪ラムトワーム≫を睨みつけると、精神を落ち着かせ意識を両手に集める。


 すると、両掌に白い、白い光が集まってきた。その光は非常に冷たく、部屋の中が冷気で満たされていく。

 すぐに光は掌に収まらないほど巨大になっていった。そして、その光がひときわ強く輝いたその瞬間、ナオは両手を眼前で合わせて、


「アイス・ランスッ!!」


 と叫ぶと、光の中から氷の柱が生まれ、そしてものすごい速度で飛び出していった。


『アイス・ランス』。氷魔法に属する、巨大な氷柱を作って相手に突き刺す基本的な攻撃魔法だ。もっとも、ナオの力量ではせいぜい前世でのカラーコーンぐらいの大きさしか出せないが。


 ナオが元々持っていた自在に水を作る水魔法の素質は、魔術師の婆さんによる十年間の勉強の果てに、自在に氷を作り出す氷魔法に変化した。というより元々氷魔法使いとしての素質があったようで、冷たい水しか出せなかったのはそれが理由らしい。


 と言っても、本当に氷魔法という属性がある訳ではない。この世界の魔法属性は火、水、土、風、雷、そして滅多にいない光と闇。あとそのどれにも属さない無属性と呼ばれるのもあるが、こちらは魔力さえあれば誰でも使えるオールマイティなので例外扱いされている。


 では氷魔法とは何かというと、単純に水魔法の中で氷を使う魔法が得意な傾向がある、なんて時に使う、要は言い方でしかない。他にも土魔法で岩を使うのが得意なら岩石魔法とか、風属性で竜巻を起こすのが得意なら竜巻属性とか、自身の長所を強調するための勿体付けた表現という事だ。ナオもその例に漏れず、単なるカッコつけた言い方でそんな大仰な意味は無かった。


 ……などという、現実逃避をしたところで、目の前の光景に変化は無かった。


「…………」


『アイス・ランス』を放った形のまま、ナオは硬直していた。正確には、個室に同席していた三人も。


 結果だけ言えば、『アイス・ランス』は見事≪ラムトワーム≫に命中した。村での婆さんにしごかれたあの日々は決して無駄ではなかった、と歓喜してもいい。本来なら。が、


「……効いちゃいねぇ」


 と、淑女らしさのかけらもないセリフを呟いてしまうほど、≪ラムトワーム≫に変化は無かった。氷柱は巨大ミミズの顔面に突き刺さったは突き刺さったが、ただそれだけで大したダメージは与えられず、むしろより怒らせただけにしか見えない。


 当然の結果だ。いくら村で修行を積んだとはいえ、所詮はにわか仕込み。若干十五歳で、あんな巨大な魔物と戦える力を持っているはずが無かった。


 ただ、期待してしまっていた。自分なら、『タイソ』の主人公であるナオ・ハディスなら、チートでも出てきて退治できるのではないかと。だって主人公だし。


 しかし、これは現実。というかゲーム本編でもこの時点のナオはレベル1だし強い訳ない。自分が馬鹿だったと後悔したところで、突き刺さった氷柱が消えてなくなる事は無い。


 完全にキレたらしい≪ラムトワーム≫は、その巨大な口を大きく開けて、ナオたちが乗る車両に突進してきた。


 終わった、と嘆く暇もない。こうなりゃ自分の責任と、今度は氷の盾を作る『アイス・ウォール』を作ろうと構えたその瞬間、


 ザァッ! と大きな風が吹いたかと思うと、≪ラムトワーム≫の姿が目の前から消えていた。


「……え?」


 何が起きたか分からず呆然としていると、突如激しい音と共に空から巨大な物体がいくつも落ちてきた。


「な、なんだぁ!?」


 驚く四人が窓の外を見ると、それらは全て≪ラムトワーム≫だった。

 いや、正確には≪ラムトワーム≫だった物の破片。あの長く伸びた肉体が、筒切りにされたソーセージの如くバラバラに切り離されてそこら辺に転がっていた。


 怪獣パニックからスプラッタホラー顔負けの血みどろの惨劇が展開されたわけだが、何が起きたのか原因が理解できずただ硬直していると……


『……あー、やだやだ』


 と、まるで拡声器やスピーカーから流れた来たような機械越しの声がした。どうしてだか疲れた声だったが。


『結局出ちゃったじゃないかよ。俺が出ると面倒なことになるからおとなしくしてたのに。こりゃ上から怒られるぞ……ま、しょうがないけどさ』


 愚痴りながら、ズシンズシンと巨大な足音と振動が聞こえてくる。そしてナオたちの横に、またMNが現れた。ただし、≪ジャック≫でも≪ブロード≫でもない。


 見上げた先にいた巨兵は、真紅に染まっていた。それは≪ラムトワーム≫の専決を浴びているからだけではない。元から紅い、ルビーのように深く怪しく輝いている装甲をしていたのだ。


 基本的には≪ジャック≫に似ているが、より流線的でシャープな鋭さを感じさせる。手にはその場にいる他のMNとは違い、ずっと細い刀身をした――まさに日本刀そのものとしか言えない巨大剣を持っていた。


「≪アーリスト≫……!」


 ナオはそのMNを知っていた。ゲームにも出てきたのだから当然だ。

 フォルト・シュテッケンの専用MN。彼に合わせてチューニングされた機体は、彼にしか操縦できない。何度かイベント戦闘で使えて、その強さとカッコ良さからプレイヤーからも人気が高いが、意外と出番が短くガッカリされている。

 しかし、こんな序盤で出てくるものではない。どうしたものかと思っていたら、


『……あ、来ちゃった。……はい、はいはい、わかってますて。でもそっちが悪いんでしょ。任せとけって豪語しておいて、いざやらせてみたらこんなグダグダで、聖女様の警護してる身としては放っておけなかったんでね』


 どうも誰かと通信で話しているらしい。その内容から、ナオは今までの状況をようやく把握できた。


 よくよく考えてみれば、教師兼護衛役として来ているはずのフォルトがこんな襲撃を受けて出ないはずがない。フォルトほどの機師になれば、自在にMNを召喚する魔道具を所有しているのが当然だからだ。

 にもかかわらず出なかったのは、言う通り止められていたからだろう。護衛隊を無視して別の機師が解決してしまえば、面目丸つぶれどころか処分されてしまう可能性だってある。しかもややこしいことにシルヴィアとギヴィン両国から出ている。下手なことをすれば両国間に亀裂を入れかねない。

 だからいくら情けない有様を見せても黙っている事にしていたのだろうが……流石に聖女様の危機にこれ以上は無理と判断したに違いない。賢明な判断である。


 本編のカッコ良く魔物を退治する雄姿は見れなかったが、何にせよ生きているだけ有難いと思うべきだろう。ようやく終わったと安堵し、皆がホッと胸をなでおろす。と、


 突然また、ゴゴゴゴゴと地響きがし出した。


「えっ!?」


 何事かと思った瞬間、ナオたちの乗った車両は下から突き上げられ、大きく舞い上がった。


「わああああああああああぁっ!!」

「きゃあああああああああぁっ!!」


 誰もが悲鳴を上げる。宙に浮いた車両は、すぐさままた地面に降下し、とてつもないスピードで叩きつけられた。


 落下の衝撃で呻いていると、割れた車両の壁からうなり声がする。

 外には、≪ラムトワーム≫がこちらを大きな口を開けて見下ろしていた。


 ――しまった、三匹目だ!


 ナオは今やっと思い出した。このチュートリアル戦闘で出てくる≪ラムトワーム≫は、全部で三匹。護衛隊が戦っている一匹とフォルトが倒した一匹、まだ残っていたのだ。こんなところは原作再現してどうすると呪いたくなった。


 しかし、魔物はそんなナオにお構いなしに、今度こそはと食らいつこうとしてきた。やばい、食われるとナオが確信したその刹那、


「――ぃだあああああああぁっーきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっくっ!!!」


 絶叫と爆裂音が鳴ったかと思うと、凄い速度の何かか≪ラムトワーム≫に突っ込んで、その巨体をボールの如く弾き飛ばした。


「……へ?」


 あまりのことにナオが呆然としていると、その突っ込んできた何かかナオたちの前に着地した。


 後ろ姿では、どうやらナオたちと同じ制服を着ている女生徒らしいが、髪は輝くような金髪を、いかにもお嬢様然とした、マヤとは比べ物にならないほどのボリュームの縦ロールで巻いていた。


 全体的にすらりとした長身だが、ある一部分だけ、背中越しからでも分かるほど、そう、豊満な……胸部、平たく言えばおっぱいが強調されている。


「……まさか」


 その姿、後ろ姿だけでも、ナオは感じていた。見たことある。何度も何度も、この世界ではないけれど、覚えていると。


「……まったく、なんてことですの」


 唖然としているその場の人たちを意に介さず、その女生徒は口を開いた。


「せっかく念願の魔導列車に乗れて、いよいよ本編の始まりだーなんて喜んでいたら、こんな情けない有様を見せられるなんて。自分がプレイしていれば、こんなチュートリアル簡単にクリア出来ますのに」


 ぴしっ、とナオは固まった。先ほどまでの化け物に食われる恐怖ではなく、ある種それより厄介な絶望のため。


「しかしっ!」


 びしっ、と彼女は魔物に対して指さした。そこには魔物に対する恐怖も絶望も無かった。自信満々に、まるで英雄の如く、彼女は宣言した。


「私が出てきた以上、好き勝手させませんわ! 貴方みたいな化け物、このエミーナ・グリンメルスがお相手いたします!!」


 高らかな名乗り。まさしくヒーローのようなその姿は、悪役令嬢とはかけ離れた姿であった。


 ――あ、こいつ異世界転生者だ。


 引きつった笑みで、ナオはそう確信した。

遅れて申し訳ありません。

とうとう悪役令嬢の登場です。

ここからようやく本編といったところ、もう少しお付き合い願います

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