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第三話:光属性と闇属性

 王国高官の馬車に乗せられてナオが向かったのは、学園ではなく、その高官の別荘であった。

 何をさせられるかと言うと、特訓だった。しかし騎士としてのでもなく魔術師としてのでもなく、淑女としての特訓だった。


 確かにテトラヘドロン学園には平民出身者も適性さえあれば入学することはできる。しかし本当にただの平民をそのまま入学させることはできない。何しろ国を代表して入学させるわけだから、礼節も知らない野猿を入れては国の名誉に傷がつくからだ。


 そこで入学までの一定期間で、ある程度の礼節やマナーを学ばせる専用の施設があるとは聞いていた。だが、ナオはその施設には入らず、高官が特別に用意した別荘で専門の教師が付いてマンツーマン指導させられることとなった。


 理由はまあ明白で、ナオが光の属性持ちだからである。


 数万人に一人とも呼ばれ、勇者とも聖女とも呼ばれる伝説的な存在。と言っても世界にナオ一人しか使えないわけではないが、貴重な光属性が魔王復活まであと数年と言われるこのタイミングで来たのだから王国が妙な期待を抱いてしまうのも仕方ないだろう。他国へのプロバガンダにも使える。


 故に、その存在を知られれば良からぬことを考える人間がいるに違いない。誘拐でもされるか最悪始末される可能性だってある。そんな事情を抱えた相手を、どこの馬の骨が入り込んでいるか知れたものではない施設に捨て置くはずも無し、この扱いは当然というか自然であろう。


 まあ、ゲーム知識を持っていたナオはこの展開を知っていた。と言ってもゲーム開始冒頭に「突然「貴方は光の属性持ちです」なんて言われて、貴族の家に入れられて……」程度のテキストで描かれた程度だったが、シナリオ通りなのでむしろホッとしていた。


 が、その後の描かれていない淑女教育の方は大変だった。前世では学校教育を受けていた身とはいえ、何しろ全然畑違いの上流階級のマナー、しかも性別まで違うのだから一からアレやコレやら叩きこまれるのは苦痛でしかない。これなら村の平民暮らしの方が平和だったと早くも里心が湧いてしまう。


 入学までは残りひと月ほどの期間だった。教師やら高官が話してくれたことには、なんでも今年は上の方でゴタゴタがあったらしく村々へ測定へ訪れるのが遅れてしまい、王都からそれほど離れていないガイール村ならもっと早く来れるはずだった、と語っていた。


 まあそんなことは気にはならないが、おかげでかなりのハイペースで教育を受けさせられたのはたまったものでなかった。特に一番きつかったのはダンスで、どうも自分には才能が無いと悟ることが出来たが教育係のおばさんはそれで許してくれず、とりあえず形になるまで死ぬほど猛勉強させられた。


 もう一つ大変だったのは身だしなみだ。特に髪。

 なにしろシャンプーやヘアコンディショナーどころか石鹸も存在しない貧しい農村、髪なんて拘ることは出来ず単にストレートに伸ばしただけのボサボサ髪だった。一か月の猶予の中プロの美容師を呼びつけて、色々な液体を使われてケアさせるのは苦労したに違いない。――やられる自分も大変だったが。


 しかしその結果、ひと月前の自分とは比べ物にならない光沢とツヤを手に入れたサラサラ髪が完成した。食事マナー教育の傍ら栄養価の高い物を食べさせられたこともあって、食生活の変化により瘦せぎすの孤児は一転して美少女へと変わってしまった。ナオ自身が、鏡に写る自分を可愛いと思ってしまったくらいだ。


 衣装もだいぶ変わった。村で着ていたボロ布は早々にポイ捨てされ、きっと貴族ご用達のブランド品であろう衣類が大量に渡された。学校へは制服で通うので必要ないのだが、やはり国の代表する聖女様なのだから細かい物も一流でないといけないということだろう。


 この世界にはブラやパンツも存在し、村の物とは比較にならない肌触りの高級品を身に着けることに。さすがに最初は元男として抵抗はあったが、十五年も女をしていれば慣れたもの。むしろこの時点で自分を着飾る楽しさに目覚めつつあったくらいだ。


 ――似合う衣装を選ぶと言って、何枚も衣類を着させてはしゃぐ侍女たちを見て、ああこいつらは自分をお人形代わりにしているだけだなとナオも気付いたが、世話になっているので言わないでおいた。


 そうしてひと月はあっという間に過ぎ、いよいよゲーム開始、つまり学園へ入学する日がやってきた。


 ゲームと同じ紺色を中心とした地味そうに見えるが可愛らしいブレザーを身に纏い、別荘を後にする。執事やメイドさんたちが総出で送ってくれた。なんか数人泣いているメイドもいるが、変に感情移入しすぎだろと手を振りながら苦笑してしまった。


 そして何名かの騎士の護衛を付けながら馬車に乗り、学園にはまだ距離があるので別の移動手段のところへ向かう。これからの展開を思い出し正直ワクワクしているのだが、にやけるとマズいので静かにしている。


 馬車の中には、ナオ以外にも二人乗っていた。


 一人はナオと同じブレザーを身に着けながら、髪は真逆といっていい白銀のセミロングで、透き通るような白い肌と青い瞳を持ち、インスタントで作り上げたナオの物とは違う本物の『気品』を感じさせる。

 レベッカ・ジーク。シルヴィア王国貴族の娘であり、武門を尊ぶシルヴィア王国の例に漏れず剣術の達人で、年齢も丁度いいということからナオの護衛も兼ねて学園への入学が決まった。馬車の中でも手放さないロングソードからして、その剣豪ぶりが推察できるというもの。


 このキャラはゲームにも登場し、主人公に色々な面でサポートしたり護衛として守ってくれたりと数少ない『タイソ』の男性ファンからも人気のキャラクターではある。が、


「あ、あの……レベッカさん?」

「はい、何でしょうナオ様」

「改めて、本日よりよろしくお願いいたしますね。色々と至らぬ点もあると思いますが、何かありましたら指導してもらえると助かります」

「とんでもございません。貴方はこのメガラを救うために神託を受け生まれ落ちた聖女様、私如きが何を申すことがありましょう。このレベッカ、ジーク家の名に懸けてナオ様をお守りする所存であります」

「はは……ありがとう、ございます……」


 と言ったら、また黙ってしまった。最初会った時も格式通りの挨拶をされただけで会話が続く気配が無い。


 まあこのように、無表情、寡黙という典型的なクールキャラである。攻略キャラでもないのでどのルートでもほとんど変化が無いのだが、そこがいいと男性ファンからは喜ばれている。――が、ゲームならともかく現実の世界で生きた人間となると話は全然違う正直かなりきつかった。


「おいおいレーちゃん、聖女様困ってんの分からないのか? その必要最低限しか喋らない冷めっぷりどうにかなんないの? お前には聖女様の友人もやって貰わなきゃ困るんだがな」

「叔父様、レーちゃんは止めてください。騎士として未熟な身ではありますが、せめてレベッカとお呼びください」

「だったら俺も叔父様は止めてちょーだいよ。一応お前の学園へ教師として赴任するわけだからさ」

「失礼しました、シュテッケン先生」


 そう言って笑いながらたしなめたのは、馬車のもう一人の搭乗者である男だった。


 赤毛に青い瞳、スーツは赤一色という目がチカチカしそうな構成。元男のナオでもはっきりイケメンと断言できる容姿だが、二十代後半とは思えぬくらい少年のようにニヤついて、レベッカのクールな対応にも笑っている。姪っ子同様に剣を携えているが、こちらは細身でまるで日本刀のような形状をしていた。


 フォルト・シュテッケン。こちらも貴族出身で、ゲームでも今年度から学園に赴任する新人教師して紹介されていた。剣士であるだけでなく一流の魔導機師で、ゲーム中は何度かイベントで使用できるキャラクターでもあった。


 ゲーム冒頭は既に馬車ではなく次の移動手段に乗っていたので出演は少し後になるが、気に入っていたキャラなのでこうして会えるのは嬉しかった。この冷血女と二人きりにならず一服の清涼剤と化していることも含めて。


「シュテッケン先生も、ひと月の間ありがとうございました。特に剣術の指導までして頂けて嬉しかったですわ」

「ははは、別に指導というほどのことはしちゃいないさ。こっちも教師なんて初めてだから予行練習も兼ねてね」

「そんなことありません。非常に勉強になりましたわ」


 何よりあんたの指導に時間裂いたからギチギチの淑女教育から逃げれたし、とは言わないでおいた。その点に関してはフォルトには礼を言っても言い切れないとナオは感じている。


「だから気にすんなって。まあ息抜きになったと思ってくれればいいさ」


 ぎくっ、と笑顔が引きつく。あ、これは完全に内面読まれてるわと気づいた。


「で、でも申し訳ないですわ。私なんかのために二人にも学園に入っていただいたり、こなにも良くしていただくなんて」

「何を言ってるのさ。あんたは伝説の聖女様だ。我が国の、いやこの世界の希望なんだから、何をしても足りないくらいさ。だろ?」

「勿論です」


 そんなに上げて貰っても困るんだがなあ、と内心げんなりしていた。


 勇者。あるいは聖女。この世界、メガラ大陸では誰もが知ってて当然の伝説に記された光魔法の使い手にして、魔法を倒し大陸を統一した初代メガラ国王と王妃の事だった。

 内容は、まあよくある世界を闇に覆っていた魔王を、勇者が光の力で退治したというありきたりな物だが、その伝説の影響で光魔法を非常に尊ぶ傾向がある。ナオの場合は極端すぎるにしても、英雄扱いされるケースは珍しくないと聞いた。


「そんな、私なんて光属性の持ち主だなんて言ってもまだ何もしてませんよ? それに――確か、私よりもっと珍しい、闇属性の方が見つかったそうじゃないですか?」


 そう言った瞬間、急に場の雰囲気が変わった感じがした。フォルトどころか、あの無表情なレベッカですら眉をひそめている。


「聖女様、なんでそれ知ってるんだい?」

「え? お話してくれませんでした? どこかでそんな話を聞いたと思ったのですが……」


 やばい、と冷や汗をかきながら誤魔化した。先の展開を知ってるせいで、余計な一言を付けてしまった。


「そうかい? まあ噂話にはとっくになってるからな。誰かが喋っちまったのかな……いや、隠すことでもないしいいか」

「じゃあ、事実なのですね?」

「ああ。隣国のギヴィンで、闇属性の持ち主が見つかった。しかも聖女様と同じく今年から学園へ入学するとさ。驚きだろ?」


 一応驚いた演技はしたものの、そのことは誰よりもナオ自身が一番早く知っていた。


 ギヴィン。ギヴィン帝国。シルヴィア王国の隣国にして元敵対国家である。

 勇者が統一したメガラ大陸の王国は、一旦は平和になったものの国王の死後その平和は崩れ、各地で反乱が起き分裂していった。


 やがて小国が入り乱れる戦国時代が終わり、残ったのは主に三つ。


 武門を尊び、三か国一番の国土と人口を誇るシルヴィア王国。

 魔法が発達し、優れた魔術師を数多く要するギヴィン帝国。

 国土は狭いものの数多くの資源に恵まれ、両国との通商により栄えたゴルディロ共和国。


 三か国はゴルディロはともかく、シルヴィアとギヴィンは昔からいくつもの戦いを繰り返してきた国。今こそ平和であるものの仲の悪さがそう簡単に解消されるわけもなく、表立って戦争しないだけで対立は相変わらずだった。


 そのギヴィンが伝説の闇属性の持ち主を見つけたとあれば、シルヴィアが焦るのは当然のことだった。ナオが見つかって大騒ぎする背景はこれもある。


「本当に入学させるのですか? ギヴィンは何を考えているか分かりませんね。おぞましき闇属性の使い手など危険すぎるでしょう」

「レーちゃんそういう発言は控えた方がいいぞ。闇属性そのものに非がある訳でなし、誰だかは知らんが別にその子だって闇属性になりたくてなった訳じゃないし」

「それは、そうですが……」


 初めてレベッカが嫌悪感を露わにしたので、ナオは驚いた。彼女にもこう言った部分があるのかと感心したくらいだ。


 同じ希少な属性ながら、対極と呼べるほど闇属性の扱いは悪い。割合は光属性より少なく十数万人から数十万人とも言われているが、実際はもっと多いだろう。何しろ、自分が闇属性と知ったらみな隠したがるのだ。


 そこまで闇属性が嫌われている理由だが、単純に先ほどの勇者と魔王の伝説で、魔王が闇魔法の使い手だと語られているというだけである。ただそれだけで、闇属性は差別の対象として迫害され、時に火炙りにされただの伝承として語られている。


 今はそれほどまでではないとはいえ、未だ差別は根強く、闇属性は世間に隠れてひっそり暮らすのが常識で、今回ギヴィンが闇属性が国内にいると宣言、しかも学園に入学させるなんて異常事態に他ならない。


 しかし、ギヴィンがそれを行ったのは理由がある。それこそが、シルヴィアがナオをここまで厚遇する理由でもあった。


「だからこそ、聖女様をこうして連れてきたんだ。ギヴィンが闇の機導巨兵を自分のものにすると聞かされた時、上の連中の混乱ぶりは酷かったものな。もうシルヴィア全土かき回してでも、光でも闇でもいいから使い手探して来いって大騒ぎさ」

「機導、巨兵……とはなんです? シュテッケン先生」

「あん? 今時の奴はMNとしか言わないのか? 俺のガキの頃は機導巨兵なんて名で恐れられてただけど」


 機導巨兵、というMN別名はナオもゲームの中で聞いていた。もっともその名を使われるのは作中でもごく一部で、前世のプレイヤーももっぱらMNと呼んでいて、設定集でも読まなければ忘れてしまうファンも少なくはなかった。


 そして闇の機導巨兵、闇のMN。その名を≪ウィズゲヘナ≫と呼ばれる機体が、闇属性の持ち主を探し出した訳だった。


 MNは通常、魔力さえあれば誰でも操縦することが出来る。魔力は人によって容量に差があるが、持っていない人間など存在しないので、何属性であったとしてもMNを動かすことに支障は無い。


 しかし、≪ウィズゲヘナ≫は例外で、闇属性の人間しか乗ることが出来ない。他の属性では戦うどころか指一本動かせない。しかも闇属性ならいいという事でもなく、ある程度の魔力容量が必要になるという厄介過ぎる代物なのだ。


 そんな面倒極まりない物、倉庫の奥にでも放り込んでおけばいいのに、どうして国中かき回って闇属性を探してでも使おうとするのか?


 答えは簡単、強いからだ。


 二十年前、初めてMNが戦場に現れた時。通常のMNでも十分脅威であるが、その中でも圧倒的強さを誇った二体のMNのうち一体、それが≪ウィズゲヘナ≫だった。


 伝え聞くところでは、一瞬でいかなるMNの大軍も蹴散らし、放たれる闇の魔術はいかなる光すら飲み込み全てを無に帰したとか。実際のところはどれほどかは知らないが、とにかく二十年経った今でも最強の機体と呼ばれるにふさわしかった。


 しかし、その時の戦いで搭乗者だった闇魔法の使い手は死亡してしまい、各国は次の乗り手を探していたものの、二十年間適応できる者はついに見つけられなかった。


 そんな最強のMNを、敵国――一応今は違うのだが――が所持すると聞いて、シルヴィアの政治を司る元老院に狂乱が巻き起こったのも無理はない。

 焦った彼らは対抗策を考えたが、思いついたのはたった一つ。光属性――つまり、もう一つのMNを動かせる人間を探すことだった。


≪レイキャリス≫。二十年前の大戦で≪ウィズゲヘナ≫と共に最強を誇ったMN。その力は同じく一瞬でいかなるMNの大軍も蹴散らし、放たれる光の魔術はいかなる闇も切り裂き悪しきものを滅ぼしたとか。≪ウィズゲヘナ≫と同じくどれほど眉唾か分かったものでないが、並び立つほどのポテンシャルを秘めているのは間違いない。


 そして≪レイキャリス≫は、≪ウィズゲヘナ≫と同様、しかし対照的に光属性の人間にしか扱えない。光属性は闇属性と違って数は多いものの、こちらも乗れるほどの力量を持った人間に恵まれず、今まで置いておかれていた。


 だが≪ウィズゲヘナ≫の一件でシルヴィアがどうしても光属性――≪レイキャリス≫の搭乗者、魔導機師になれる人間を探さなくてはいけなくなり、草の根分けてようやく見つけたのが、ナオ・ハディスという少女だった、ということだ。


――まあ、その辺はシナリオ通りだな。と、ナオは心の中で呟いた。


世界の、人類の、というよりシルヴィア王国の希望としてほぼ強引に連れ出された主人公。最初は貧しい農村生活からは想像も出来なかった学園での日々や貴族や他国の人間との軋轢、何より背負わされた『聖女』の重圧に苦しむ。


 しかし、そんな主人公を救い、主人公に救われるのが、ゲームの攻略キャラ達。


 イケメンな彼らと共に戦い、悲しみや苦しみを乗り越えてやがて世界を救う――と、これが『タイソ』の大まかな粗筋だ。


 正直言うと肉体は女なものの、精神的には全然男のままの自分が攻略キャラたちと恋愛なんか出来る気がしないが、まあ仲間というだけでも可能かもしれない、とナオは思うことにした。


 いずれにしろここまでシナリオ通りなら、魔王復活も二年後になるだろう。たとえもっと早くても、やることは変わらない。とにかく自分の力を上げて≪レイキャリス≫を乗りこなせるようになるのが一番だ。


 そして、魔王のほかにもう一人、絶対倒さなくてはいけない人物もいる。


 エミーナ・グリンメルス。ギヴィン帝国が見つけ出した闇属性を持つ公爵令嬢。≪ウィズゲヘナ≫に選ばれ、ナオと対立し、戦い――最後は殺す相手。


 作中の彼女を知っていれば気が咎めるのは事実だが、それがナオ・ハディス、『タイソ』の主人公として転生した自分の運命で――この世界の歴史なのだから。


 とまで考えていると、不意に馬車が止まった。何か問題でも起こったのかと思ったが、外が騒がしい。どうやら、目的地に着いたようだ。


 外へ出ると、多くの人でごった返していた。目の前にあるのは大きな建物――否、駅だった。


 駅から伸びた線路には、ナオの世界でも昔使われていたSLそっくりな列車が止まっていた。煙突もちゃんとあるが、石炭を使うわけではない。魔力を用いて動かす、ゲームでも登場した『魔導列車』だ。


 大戦以降、同盟を結んだ三か国が互いの交易を深めるためなどの理由から開発を始めた移動手段兼輸送手段。さすがにまだ開発されてから十五年程度なので大陸全土を覆っているわけではないが、それでも大都市間を繋ぐほどの規模だ。


 無論、これほどの金がかかった乗り物に庶民が易々と乗れるわけも無し、もっぱら貴族様か大商人辺りが使うものと決まっているが、今回は別。この魔導列車への切符なんぞ買う金なんぞ持たない庶民の子供も大量に乗っているはずだ。


 ここに定着している列車は、外側が金やら銀やら赤やら、普通のSLの表面に妙に豪華な装飾がこれでもかと成されている。見るからに派手で悪趣味な車両は当然ただの車両ではない。テトラヘドロン学園用の特別車である。


 新入学生を、大陸のほぼ中心にある学園へ運ぶための専用車両。実際には大貴族様の子などは自前で移動手段を確保するのであまり使わないらしいが、そんな方法など無い平民出身者たちはまずこちらに乗る。ゲームの中のナオもそうだった。


 まあ、実際のナオは聖女様として大貴族の下で厄介になっている身。本当は自前で学園に行かせるくらい出来たに違いないが、わざわざこちらを選んだことにゲームでは分からなかったが――現実になったこの世界では見当がつくとナオは鼻白んだ。


 とうとうここまで来た。とナオは内心興奮していた。


 十年前転生したことに気付いてから、村での奴隷生活からスパルタ教育まで、ついでに超詰め込み淑女教育までを必死にこなしてきたのは、全てこの時のためだった。


 実際ゲームのナオ・ハディスはこの時レベル1で、魔術も剣術もからきしで当然MNに乗った経験などないただの少女だ。正直ここまで頑張る必要なかったんじゃないかと思う時は多々あったが、やはり油断は禁物。シナリオ通り全てが上手く行くとも限らないし。


 ――と、言いつつ、実際は憧れの人型ロボットに乗れる誘惑に勝てず、そのためならいかなる苦労も辞さなかったというのが正解であるが。


 何にせよ、今日この日からゲーム本編の開始。待ちに待った日がようやく来た。身震いまでしてきたのだが、ナオは抑えることが出来なかった。


「どうしました、ナオ様」

「え!? あ、いえいえレベッカ様、何でもございませんよ」


 立ち止まっていたので、レベッカが怪訝そうな顔でこちらを見てきた。どうやらだいぶ思考が飛んでいたらしい。


「なんだ、聖女様ったらここに来ていよいよビビったか? 屋敷に居た頃は変に根性座ってると思ってたが」

「そ、そんなことありませんよシュテッケン様」

「様はいらんよ。これからは教師と生徒の関係だし、シュテッケン先生で充分だ。その代わりこっちもナオって呼ぶぞ」

「勿論です。三年間よろしくお願いします先生」

「ははは、んじゃ、また後で」


 とだけ言うと、フォルトは笑って駅の方へ向かった。列車の座席は全席指定で、教師は生徒たちとは別の車両に乗ることになっていると先ほど聞かされていた。


「じゃあ、私たちも行きましょうか、レベッカ様」

「承知しました、ナオ様」


 フォルトに遅れて二人も駅へ歩みを進める。期待と興奮、あと多少の不安も入り混じって、それでもナオは前へと踏み出していく。


 ――何しろ、このすぐ後が大変なんだよなあ……。


 と、先を知っているナオは僅かばかり逃げたい衝動を堪えていた。

今回でようやく説明回は終了です。

次でようやく話が動く(予定)ですのでご期待ください

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