第二話:まずは準備
必要なのは騎士としての肉体強化と魔術師としての魔術の勉強。そう決めたナオが目を付けたのは、当然のことながらその専門家のところだった。
騎士としての修行……というか、MNに乗りたいという第一目標を果たすために選んだのは、村唯一の魔導機師だった。
こんな小さな農村に魔導機師がいるのかと最初は驚いたが、後で聞いた話だと、こんな村だから置いていかれたということらしい。
主力兵器であるMNの歴史は意外と浅く、二十年前の大戦で使用されたものが最初である。何しろそれ以前戦争なんて魔術を除けば剣と弓矢の世界。それが突然あんな巨人がわんさか闊歩するようになればとんだカルチャーショックだ。当時三か国がこぞって開発に心血を注ぎ、それは今も続いている。
それはいいのだが、問題はそんな狂ったかのような開発競争を続けていれば、当然大量のMNが産まれ、そして旧式化していくのは必然だ、ということ。しかもMNというのは作るのがそんな難しい代物ではないらしく、調子に乗って大量生産した結果、在庫の山をどこの国も抱える結果になった。
既に旧式化して軍でとても使えないポンコツMN。しかし捨てるのも勿体ないし第一費用が掛かる。だから使い物にならない老朽化したMNを、同様に高齢化しただの怪我で引退しただの使い物にならない魔導機師を駐在という形で田舎に追い払う、なんて行為をどこの国も行っているらしい。
このガイール村の魔導機師も例に漏れず、六十過ぎのジジイであった。一応国から給金を貰っているようだが、その金で一年中酒をかっ喰らい騒いだり暴れたりする厄介者。魔物が出てくれば当然戦うのだが、そもそも田舎とはいえ王都や別の少し大きな街ともそれほど離れていないこの村では定期的に騎士団が巡回に来たりするのでそんな中襲撃される例はほぼゼロである。
であるから、仕事と言えば木の伐採だったり農作業の手伝いだったり家が壊れた時専用のトンカチを持ってきて修復工事だったりと便利屋レベルのみ。しかもそれすら大してある訳ではないので、村人からはただ飯ぐらいの飲んだくれ扱いで迷惑がられていた。
そんな問題だらけの奴なので、自分でもかなり不安ではあったが、他に頼れる相手もいないので仕方ない。王都か他の街へ行くことも勿論考えたものの、身寄りもない孤児を魔導機師として訓練してくれる奇特な人間がいるとは思えず、粗筋では村へ魔力適性を調べに来る王国の高官がナオを診た結果、光属性と判明するというイベントを考えればここで待つしかない。ため息と共にナオは爺さんの所へ向かった。
昼間から酔っ払っていた爺さんは、いきなり訪れたナオを怪訝そうに見たが、魔導機師になりたいので剣とMNの扱いを教えて欲しいと頼むと顔色を変えとんでもなく喜んだ。ガッハガッハと大笑いし、危うく酒を飲まされそうになったのでそれは拒絶しておいた。
弟子入り志願して最初は、単に酒の付き合いと自慢話ばかりなので閉口した。自分は二十年前の大戦で敵のMNを生身でバッタバッタとなぎ倒したとか、魔物を何十匹も剣一本で真っ二つに裂いてやっただの、そんなすごい人がこんな田舎の駐在やってるわけないだろと突っ込みたくなったが、へそ曲げられても困るので適当に感心したり褒めたりして調子を合わせた。結局、本格的な訓練は数日後になった。
前世の日本でいた頃は、運動なんか全然せず、運動部の経験も無かったので、連日の走り込みだの筋トレだのははっきり言って地獄だった。最初からMNに乗りたいだの我が儘は言わなかったが、だとしても毎日毎日毎日毎日朝から晩まで鬼のようなシゴキを受けた時はさすがに後悔と爺さんへの殺意が湧いたのは自然だとナオは思っている。なにしろ女の子にでも僅かも容赦しないのだ。
しかし、弟子入りしたことになって思わぬラッキーな出来事が発生した。村の人間が、ナオに仕事を強制したり奴隷扱いされることが無くなったのだ。
ただでさえMNなんて抱えて、しかも国から雇われた身だから無下にする訳にもいかない面倒な爺さん。それが村共有の奴隷同然のガキに何をしたところで構いはしない。むしろいつ暴れるか分かったものではない奴の興味を逸らしてくれるのはありがたいと思ったのかもしれない。あるいは、せっかく手に入れたオモチャを取り上げて、爺さんを怒らせるとまずいという触らぬ神に祟りなしの精神かもとナオは判断した。
いずれにしろ村仕事を引き受ける必要が無くなったのは好都合。修行に集中することが出来る。――疲労感はむしろ増大したのだが。
そしてもう一つ、魔術師としての魔術の勉強も抜かりは無かった。ナオは村の中でそのためにもう一人、目を付けた人間がいた。
魔導機師の爺さんと、同じく駐在として派遣されたという魔術師。爺さんとほぼ同年代の婆さんだったが、かなりの偏屈者で村人からは同様に毛嫌いされていた。しかしながら、治癒魔法で病人を治療したり魔法薬を作成したり、何かと必要な仕事も多いのでそこまで冷遇されてもいなかった。まあ、逆に言えば用があるとき以外は無視されていたということだが。
そんな人だからか、魔術の勉強を頼んだ時はかなり怪しまれたもののなんとか了承してもらえた。もしかしたら、人との関係に飢えていたのかもしれない。爺さん同様にだいぶ昔話や他人の悪口を交えつつ、勉強は望み通り行われた。
というわけで、ナオは朝から晩まで体力づくりを兼ねた訓練と、魔術の勉強を行う羽目になった。自分で臨んだことはいえかなりきつかったが、子供故の体力かなんとか持つことが出来た。
無論、二人に同時に弟子入り志願したことはすぐに発覚し大分揉めた。この爺さん婆さん、その時は理由は分からなかったが、随分仲が悪く互いに大層騒いだ。しかし、なんとか折り合いがつく授業配分が完了し、二人の指導を交互に受けたのが続いた一番の理由かもしれない。
魔術師としての勉強の方は、元から素養はあると思っていたが実際に魔術を行使するとなると別問題で、術式や魔術陣の書き方など覚えることは山ほどあった。前世でも頭はそれほど良くない方だったのでこちらもある意味地獄。しかもこちらの婆さんもシゴキは鬼の如くで、ついていくのは大変だった。
何気に困ったのが、『タイソ』ではゲームという都合上勿論ステータスやバロメーターと呼ばれるものは表示されていたのだが、この世界にはそんな都合のいい物は存在せず、自分の成長具合が見えなかった。いくら成長したか見えないというのはゲーマーとしてはかなりやる気を削がれたが、無い物ねだりをしても仕方ないので諦めた。
そうした魔導機師としての訓練を重ねて数年、十歳くらいになった時ようやくMNへ搭乗することを許された。
村にある唯一のMNは≪ゴーレム≫という機体で、褐色の表面に人形のような球体関節を剥き出しにした四肢はかなり急ごしらえな仕事に見え、顔は平たいお面を貼り付けたような無骨な様を相手に与える。
とうにも古臭く見えるがそれもそのはず、≪ゴーレム≫は二十年前の大戦時代に作られた最初期のMNで、旧式どころかとんだ骨とう品で動いているのが不思議というくらいの代物だった。
初めてMNを動かした感覚は、今も鮮明に覚えている。
はっきり言って、気持ち悪くなった。
爺さんが笑いながら話してくれたが、これは誰でもなるものでいわゆる『酔い』だそうだ。
MNを操縦するというのはロボットアニメのようにレバーやペダルを使って動かすのではなく、内部の魔術回路を経由して疑似的にMNと操縦者の感覚を『繋げる』ことらしい。
つまり人間が肉体を動かすのと同じく考えただけでMNを動かせるようになるそうだが、普通の人間がいきなり身長や体重が五倍近く膨れ上がったする感覚の変化に耐えられるはずがない。気分が悪くなったり気絶したりするのが当たり前だとか。
だったら最初に言えとナオは怒ったが、余計に二人を笑わせただけだった。
***
そんな散々なMN初搭乗ではあったが、何度も繰り返し乗ることでなんとか酔いを乗り越えて、それなりに動かせるようになった頃、村人が二人の話をしているのをナオは立ち聞きした。
実はあの爺さん婆さんは元夫婦で、爺さんの怪我が原因で騎士団を辞めさせられ、田舎へ左遷させられた時婆さんも付いてきたが、昔を忘れられず酒に溺れ身を崩した爺さんに愛想を尽かし離婚することになったらしい。
そして村人が二人を爪弾きにする理由が、本人たちの性格やら国の金で働きもせず暮らしているからというものではなく、単に「余所者だから」ということを知った。
村社会という非常に狭苦しいコミュニティの中では、何らかの理由でコミュニティから外された、あるいは最初からコミュニティの外にいる人間は、何年暮らしてもいくらコミュニティに貢献したとしても、絶対に一員と認められることは無い。ナオの元居た世界でも、当たり前にあることだった。
この話を聞いた時から、ナオはある決意を固めていた。もっとも、その決意を実行に移すのはだいぶ後のことになるだろうと思ってはいたが。
***
それからさらに数年後、ちょうどナオが十五歳になろうとする時、爺さんが亡くなった。
昔の怪我が悪化したのか、それとも日頃の不摂生な酒浸り生活が祟ったのかは知らないが、調子を悪くして寝たきり生活から半年も経たず亡くなった。
もっとも、寝たきりとはいえ大して苦しむこともなくいつものようにガッハガッハと大笑いしながら死ねたのだから、十分天寿を全うと言えるかもしれない。
婆さんは表面上気落ちした様子は無かったが、やはりかつての連れ合いがこの世を去ったのが相当辛かったのか、爺さんが死んでひと月もせずポックリと自分も旅立った。
葬儀はしなかった。というより、村の人間は誰も爺さんの世話に手を貸そうとも二人の葬儀も行おうとはせず、むしろ長年目障りだった余所者二人が死んだのを大喜びしていた。二人にやらせていた仕事は、いつの間にか弟子みたくなっていたナオに全部押し付ければいい、とでも考えていたのだろう。
ナオは二人の遺体を婆さんから習った火魔法(と言っても、ナオの火魔法の適性は大したことは無い)で焼くと、遺灰を箱に詰め≪ゴーレム≫で運んで村から離れた川の下流に流した。死んでまであの村に留まったり、土の養分となって村人の口に入るのを喜んだりはしないだろうと思ったからだった。
ナオ一人での葬儀を済ませ、さあこれからどうするかと考えていたところ、待っていたかのように王国からの高官が魔力測定に現れた。
この世界の魔力は主に五つの属性に分かれ、それぞれ火、水、土、風、雷に分類される。そして魔力測定とはどの属性がもっとも得意か判別するものだが、これが幼少期だとはっきりと判別できないことが多い。だいたい十歳くらいまではどの属性も入り混じっているのが普通で、完全に区別できるのは十五歳近くだという。
故に、優れた魔力の持ち主を欲しがる三か国は、年頃の子供がいる村ならよほどの辺鄙な村でもこうして高官を派遣し、こうして測定に来るのだという。
そして丁度いい年代の娘としてナオも測定されることが決まり――その結果、粗筋通りに光魔法の適性があることが分かった。
訪れていた高官たちは蜂の巣を突いたような大騒ぎを開始した。無理もない。光魔法、光属性と言えば伝承にある魔王を退治した勇者や聖女が持ったとされる数万人に一人という属性。それがこんな辺鄙な場所に来て見つかったとあれば、道中の苦労など吹き飛び歓喜に狂うのは無理からぬことだ。
もう勧誘とか言うレベルでなくほぼ強制的に学園への入学が決まった。まあ断る理由など無かったのだが、渋い顔をしたのが村長だった。村の便利屋というか共同の奴隷を失うのを不便と思ったのだろうが、高官が掲示した村への助成金の額を見れば顔色が変わって喜色満面にこちらを差し出した。本来その金はナオの家族に渡される物のはずが、家族がいないナオが村へ渡してくれと高官に頼んだのだ。
荷物など有りはしないので、その日のうちにナオは馬車に揺られながらガイール村を後にした。見送りなど誰もいなかった。きっと、高官に渡された金貨でも数えているのだろう。村の異物として邪魔者扱いしていた少女のことなど、思い出す訳がなかった。
馬鹿な奴らだ、とナオは内心嘲笑っていた。
ナオがMNの操縦訓練代わりと行っていた田起こしなどの農作業や農作物の運搬、それと怪我や病気の治療などは誰がやるのか。特に農業は巨大なMNなら簡単だろと散々こき使っておいて今更自分の手で出来るのか。
それに、MNが必要な大型の魔物などほぼ来ないとはいえ、前世での害獣のような小さな魔銃や魔物の類は珍しくないのに誰がそれを退治するのか。昔は自分たちでやっていたが、最近はほぼナオ一人に任せきりにしていた。あの村に戦える人間などもういないだろう。
せめて高官に金だけでなく新しい魔導騎師を来させるよう頼めばよかったのに、目の前の金に夢中になりすぎてそんなことも頭に浮かばなかったに違いない。明日からどんな生活をするのか、見れないのが残念だとナオは思っていた。
それに――とナオは揺れる馬車で思う。今まで散々冷遇されておいて何もしなかったは、何もする必要が無いことを知っていたからだ。
実はゲーム主人公の故郷の名はゲーム内でも出てきた。ただし、それはゲーム後半の三年生の頃、魔王復活による魔物の大量発生、通称スタンピードによって村が全滅したというテキストのみだった。
生まれ故郷が滅んだのに随分軽く流すなあと思ってはいたが、こんな扱いを受けていたとすれば当然だとナオは会心する。まあ、ゲームのナオも村から非道な目に遭っていたかは分からないが。
本当にスタンピードが発生するのか、したとしても村が壊滅するかは分からない。が、いずれにしろ村に戻ることも無いし思い返すこともあるまいとナオは思っていた。せめて村の景色を目に焼き付けよう、なんて気にもなれず、馬車に付いている窓から外を眺めもせず目を閉じた。
何にせよ、予定通り、か――そう、ナオはため息をついた。
とりあえずシナリオ通り学園へ行くことは確定した。後は本編に従って――攻略キャラと恋愛なんてする気は無いが――魔王を倒すために修練を積めばいい。光のMNも恐らくある。それに乗って戦うために、この十年頑張ってきたのだ。
≪レイキャリス≫、その機体に乗って魔王と戦い、勝利し、そして――
「≪ウィズゲヘナ≫――エミーナ・グリンメルスを殺せばいい。それだけのこと、だな」
そうとだけ呟くと、馬車の揺れにも構わず眠気に襲われ、ナオは深い眠りについた。
説明回はここで終わりです。
次こそは学園編、正確にはその前段階の予定です。お楽しみに