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プロローグ:衝撃の告白

(わたくし)、前世の記憶がございますの」


 ――なんて、告げられた時、人はどう答えるべきなのだろうか?

 立ち上がり、ティーポットから紅茶を入れようとした手を止め、黒髪の少女は考えた。


 二人きりしかいない部屋、少々狭いが、絵画や派手な彫刻など華美に揃えた豪勢極まりないその空間。しかし二人の少女は決して派手ではない紺色を中心とした、同じデザインのブレザーとスカートを履いていた。


 服装は同じでも、それ以外は対照的と言えるほど別物である。


 かたや黒髪の少女は、その黒髪を短く切り、ツンツンと尖ってあまりケアもしていないよう。顔も決して不細工ではないがどこか地味で、デザイン自体は質素だが材質は滑らかで気品を感じる服に明らかに着られている感が強く、絢爛とした部屋とも相まって場違いと言わざるを得なかった。


 そしてもう一人の少女は、煌びやかに飾られた部屋に負けぬほどの輝く金髪、しかも染めたわけではない生まれついてのその髪を、何本も縦ロールに巻いている姿は、西洋の絵画や少女漫画の主人公を思わせるまさにお姫様で、その美貌は部屋の美しさを陰に隠れさせるほどだった。


(特に……)


 と、黒髪の少女はある一点を凝視する。


 見つめたのは金髪の少女の胸部。平たく言えば胸。有り体に言うとおっぱい。

 ブレザーに隠された彼女の双乳は、隠されていると思えないほど激しく自己主張し、何かの球技の球を仕込んでいるのかと疑いたくなるくらい大きく膨らんでいた。動くたびに弾むその胸部が信じられず、変な生物が寄生しているに違いないと何度も揉んだこともあるが、結果はいつも一緒だった。


 それに比べて、と黒髪の少女は自分の胸部を見下ろす。

 何も無かった。いや服を脱げばかろうじて見つけられる程度にはあるのだが、それでも目の前の彼女に比べれば無いと言うべきな程寂しい代物だった。


「取り乱すようなことを言って申し訳ありません、ナオ様。ですが、どうか聞いて欲しいのです」


 などとセクハラまがいなことを考えていると、金髪の少女はそう言って頭を下げた。どうやら、しばらく硬直し黙っていたのを動揺し絶句していると勘違いしたらしい。


「い、いえ、こちらこそ失礼なことをしました。お詫びするのはこちらの方ですわ、エミーナ様」


 そうナオと呼ばれた黒髪の少女は頭を下げる。エミーナと呼んだ金髪の少女には口が裂けても言えない内容だったので本当に穴があったら入りたくなる。もっとも、彼女と会う度に一回はこんなことを考えてしまうのだが。


 すっかり傾けたままだったティーポットから、ようやく紅茶をティーカップに注ぎながら、これから何を言うか考えていた。


 え、今更? ――いや、これはまずいとナオは却下した。エミーナ本人としては重大かつ恐るべき真実を告げたつもりに違いないからだ。


 うん、知ってる。――ダメだ、さっきと何も変わらないとこちらも却下。なんで知っていますのと驚かれてはどう答えるか悩んでしまう。


 えー、ホントでございますのー? ――わざとらしい。白々しい。この無垢な少女なら大根演技でも騙されるに違いないが、しばらく黙ったままなのでタイミングを逃してしまったとナオはこちらも諦めた。


 返答をどうするか。悩み、悩み、ティーカップに紅茶を注ぎ終わるまでの数十秒と、ティーポットを戻しエミーナと対面に座りなおす数秒悩んだ末に、ナオは紅茶を一口飲むと、


「……どういうことでしょうか?」


 一番、当たり障りのない返答をしてしまった。


 ダメだ、彼女に必要なのはこんな言葉じゃないとナオは苦悶したが、結局思いつかなかったから仕方ない。自分のアドリブ能力の無さを呪いたいと、テーブルの下で左手に嵌めた腕輪をカチカチ鳴らしながら呆れかえっていた。


「はい。ナオ様、これからお話しする内容はとても信じられない、荒唐無稽な冗談と思われるかもしれません。ですが、私にとって大事なことなのです」


 そんな前振り要らない、分かってるから。と言いたいのをぐっと堪える。エミーナは突然おかしなことを言いだした自分にナオが困っていると勘違いしているが、実際はとうに理解していたことをようやくカミングアウトしたのに苦笑していると知ったらどんな顔をするだろうか? とも思いつつ、ナオはとりあえず困惑する演技をすることにした。


「エミーナ様がそこまで言うからには、とても重大な話なのでしょう。でもご安心ください、私がエミーナ様を信じられないなんてあり得ません。どうぞ遠慮なくお話ください」

「……?」

「あの、どうかなさいました?」

「あ、いえ、その、なんかナオ様がいつもと感じが違うのでつい」


 びくっ、とナオはティーカップを持った手を揺らしてしまう。こっちは気を使っているのに随分な言い草だなあと悪態を突きたくなった。まぁ、確かに最近エミーナの前で学園モードでいるのもあまり無かったからと思い返してみる。


「別にそんなことありませんよ。それより、お話とやらを聞かせてくださいな。前世――でしたっけ?」

「あ、はい。その通りですわ。私には前世の記憶がございますの。生まれる前、私が私で無かった別人だった頃の記憶ですわ」

「別人……とおっしゃいますと、もしかして依然話していただいた夢の話ですか?」

「そうです。あの時は夢と誤魔化しましたが、本当は転生する前、つまり前世の記憶だったのです。騙してしまい申し訳ありません」


 そう言ってまたエミーナは頭を下げる。夢と偽られた時から、いやそれよりずっと以前から前世だと知っていたので騙されてないけど、とフォローしたかったが、フォローにはならないので口をつぐむしかなかった。


「そんなことお気になさらないでください。それよりもっと詳しく聞かせて欲しいですわ。前世について」

「そうですわね。前世の私も、高校生――いえ、今のようにテヘラヘドロン学園のような学校に通っていましたわ」


 テヘラヘドロン、相変わらず妙な名前、と昔のナオは思っていた。三角錐、あるいは四面体の英訳だそうだが、どうして学園名にそんなものを付けるのか理解できなかった。理由を聞けば納得だったが。


「学校――ではエミーナ様は、そこでも魔法やMN(メタルナイト)の操縦を習っていたのですか?」

「いいえ。前世の学園には、そもそも魔法というものは架空の存在で、実在しないものとされていました」

「信じられませんわ、魔法が存在しない世界なんて」

「私も前世の頃は、魔法が存在する世界があるなんて信じてませんでしたわ。前世の世界では、こういった何もかも違う世界へ生まれ変わるのを『異世界転生』と呼びました」

「異世界転生……ですか。興味深いです」


 拙い演技だなあと自分を情けなく感じつつも、ナオはとりあえず合わせてみる。エミーナもこちらの反応を喜んでいる感があるので、少々の遣り甲斐を持ってしまう。


「そしてその世界で私はゲーム……そうですわね、絵のついた小説のようなものをプレイ、じゃなくて読んでいたのですが、その中にこの世界があったのですわ」

「この世界が……? というと、まさか私たちの今の生活が全て描かれていたとでも?」

「そう! そうですわナオ様! すごいですわねそこまで理解してくれるなんて!」


 しまった、先読みし過ぎた。話を先に進めたい欲求が出てつい急いでしまった。これ以上分かりが良過ぎると怪しまれる可能性もあるので無知のフリをしなくてはいけない。


「そんな、エミーナ様に褒めてもらうなんて光栄ですわ。それよりも、そのゲーム? とやらはどんなお話でしたの?」

「おっと、またズレてしまいましたわね。ええ、詳しく話しますわ。そのゲームのタイトルは、ええと……『タンタン・ソーッス・ファンレター』でしたかしら?」

「ぶっ」


 紅茶を少し吹いてしまい咽る。ゲホゲホと咳をするナオをエミーナが気遣うってくれたので、お礼を言いつつなんとか落ち着かせた。しかし、内心ではその金髪クルクル頭をひっぱたきたくて仕方無かった。


『タイタン・ソルジャーズ・ファンタジア』だ、馬鹿。とナオは叫びたいのを必死に堪える。単語は一つも合ってないのに字面としては似通っているのが余計に腹立たしかった。いずれにしろ指摘できないので黙ってる他は無いが。


「な、なるほど面白いタイトルで……で、どのような内容だったのかしら?」

「ええ、乙女ゲーム……と言っても分からないですわね。そのゲームというのは小説などとは違って、読んでる方が自分で選択肢を選ぶことで物語の結末が変わるのですが、実は、そのゲームの主人公というのが、他ならぬナオ様なんです!」

「えぇ、私が主人公? 本当ですか?」


 だんだん演技が調子に乗ってきた。まあ事実上()()()()()()()()()()演技をして過ごしてきたのだから、これぐらい楽勝なのは当然だったなと思いなおす。


「そうです。そして私が……ええと、なんて表現すればいいのかしら。ええと……」

「……もしかして、『悪役令嬢』ですか?」

「えっ!? ナオ様何故それをご存知なのですか!?」

「ご存知って……エミーナ様ちょくちょく言ってましたよ」

「マジですの!?」


 まさか本当に自覚無しで言っていたのか、と呆れかえる。こういう人だと初めから承知の上だが、改めて馬鹿だなあこの娘と心の中で失笑してしまった。


「それでその、悪役令嬢とやらは具体的に何をなさるんですの?」

「そう、そこが大事なんですの。悪役令嬢とは、悪役の名の通り、主人公に様々な嫌がらせや苛めなど酷いことをなさるものなのです。乙女ゲームに出てくる悪役令嬢は大抵そういうテンプレでした」

「……嫌がらせや苛めなんて受けた覚えありませんが」

「え? ……そういえばあんまりしなかったですわね」


 やる気があったのかお前は、とナオははたきたかった。まあ色々ありすぎてシナリオだのフラグだの大概吹っ飛ばしたのは自分も同様なので責める気にはならんが。


 本当に、このエミーナと出会ってから色々あったなあ……とナオが懐かしんでいると、ふと左手が痺れる感覚がした。


「……っ」

「それでですわね、一番重要なのは、実はその乙女ゲームでは私ではなくてナオ様が……!」

「――エミーナ様、お話は気にかかるところではありますが、それはまた後にいたしませんか?」


 いきなり話を折られて、エミーナは眉をひそめる。


「え? な、なんででありますの?」

「だって……ほら」


 そう言うと、ナオは左手を上げ、腕輪を指さした。銀色に輝く腕輪に嵌められた小さな球が、赤く、まるで脈動するように点滅しながら光っていた。

 あっ、と気づいたようにエミーナが自分の右手首を見ると、こちらは金色に輝く腕輪が、同様に填められている球が青色に点滅していた。


「そうですわね。危うく私たちがここに来た理由を忘れるところでした。では詳しい話は後にということで」

「ええ。ではエミーナ様、準備は?」

「いつでも構いませんわ」

「よろしい。では――行きますか」


 そう言うとナオは立ち上がり、部屋に二つある扉のうち、やたら大きく分厚そうな、部屋にそぐわない無骨な方の扉に手を掛ける。見た目通りの重い扉をゆっくり開けると、外から激しい強風が流れ込んできた。


 扉の向こうは、空だった。

 正確には夜空。あいにくの曇天模様でいつもなら赤と青に美しく光る二つの月や星もチラホラとしか分からない。その空の下、二人がいた部屋、いや本当は二人が乗っていた飛行船は飛んでいた。


 その飛行船に、ほぼ並行する形で飛んでいる影があった。

 バッサバサと飛行船に劣らない大きな翼をはためかせ、咆哮と共にこちらを威嚇する巨大な牙を持った口、鋭い目と二つ並んだ角、鱗に覆われた体躯には体の半分ほどもある長い尻尾と両手両足。

 ナオのかつていた世界では、ドラゴンと呼ばれていた伝説上の生物そのものの姿だった。


 しかし、その恐ろしい怪物に、二人はまるで怯えることなく、むしろ笑顔まで見せる余裕を持っていた。


「≪ビックスカイドラゴン≫――やっと来ましたわね。出没の情報を得てから、わざわざ飛行船でウロウロ飛んでいた甲斐がありましたわ」

「学園長もこんな仕事一年坊主に任せるなよ……ま、あっちで色々あったから息抜きにバカンスに行かせるつもりだったんだろうけど……ん?」


 ナオが愚痴っていると、何故かエミーナがキラキラした顔でこちらを覗いてきた。


「あの……どうしました?」

「いえ、ナオ様がいつもの調子に戻ったなと思いまして」

「! ば、馬鹿なこと言ってんじゃないの! ほら、とっとと仕留めてバカンス行くぞ!」

「勿論ですわ、水着はちゃんと用意して来ましたもの!」


 いやそれは浮かれすぎ、と言いたくなったが、自分もちゃんと買っておいたので人のことを悪く言えず黙っていた。

 二人は強風が入り込む扉の前に立ち、顔を見合わせると、


「それじゃ行きますか、エミーナ」

「ええ、やりましょうナオ!」


 そう言うと、互いに腕輪を巻いた手を天に向かって突き出し、叫んだ。


「光よ照らせ、≪レイキャリス≫!!」

「闇よ満ちよ、≪ウィズゲヘナ≫!!」


 その叫びと共に、二つの球が一つは白く、もう一つは黒く染まった。

 それに合わせたように、飛行船と≪ビックスカイドラゴン≫の間に入るかの如く、巨大な光と影がそれぞれ現れる。


 まず光から現れたのは、白銀の甲冑。

 いや、正確には甲冑のような姿をした巨大な人型の物体。ざっと人間の五倍近くはあるだろう。白を基調とした繊細で滑らかな女性を思わせる体躯に、胸から四肢へ赤い模様がまるで血液のように流れている。兜の側頭部には二本の羽根のようなものが長く伸びていた。そんな異様にもかかわらず、見る者に恐れどころか慈愛すら感じさせる穏やかさを持ち、例えるならば『天使』と言うべき姿だった。


 一方闇から現れたのは、漆黒の甲冑。

 大きさは白銀の甲冑と同様ながら、それ以外はすべて逆と言っていいほど対照的。ほぼ黒一色でゴツゴツと鋭く尖ったパーツが組み合わされた表面はあらゆる干渉を拒絶する。筋骨隆々の男性を思わせる体躯には、胸から四肢へ流れる模様も真逆の青色だった。シルエットは似通っていても、見る者に恐怖と絶望すら感じさせるおぞましさは、言うまでもなく『悪魔』としか呼べぬ姿だった。


 そんな異形の巨人が眼前に現れても、二人は臆するどころかどこか頼もしそうに、同時に飛行船の扉から飛び降りた。

「ひゃあああああああああああっ!!」と叫びながら落ちていくエミーナを横目に見ながら、ナオはどこか感慨深くなる。


 もし仮に、この少女に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言ったらどんな顔をするだろうか?

 こんな風にこの子と話せる日が来るとは想像すらしていなかった。最初の時、自分は彼女を――するつもりだったのだから。


 自らも落ちつつ、空に浮かぶ巨人に目線を合わせる。全てはこの機体、人型ロボット兵器Metal(メタル) Night(ナイト)に選ばれた時、いや正確にはその十年も前から始まっていたのだ。


 転生して、少女たち二人が出会って、そこから世界を巻き込むかもしれない物語が始まった――なんて、どこかの三文小説のようなフレーズが思い浮かんだが、あまりに臭すぎるので失笑してしまう。


 第一、()()である自分には全然似合っていないし。


 などと考えつつ、ナオは転生してきた一番最初の日を思い出していた。

初投稿です。至らぬ点があったらご指摘ください。

とにかくギャグ&時々シリアスなSFファンタジーロボット物の予定です。

どうかお楽しみに

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