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◇5 - 死霊術と骨傀儡

 俺とミラは順調に、地下墳墓の三階層まで降りる事ができた。

 幸いにも道中で遭遇するのはウィスプだけだったので、全て俺の≪黒魔法≫で片付ける事ができた。


 地下墳墓は下層に行くほど、立ち込める瘴気が濃くなっていく。

 その影響で、同じウィスプでも下層に居る個体ほど強化されて強くなっていくのだ。


 しかしこちらのレベルが高すぎるせいか、二階層のウィスプ程度ならもはや誤差の範囲でしかなかった。


「昨日まであんなに苦戦する敵だったのにな……自分のことながら驚きだ」


「ギルのレベルは30代ですからね。教会が発表したこの辺りの適正レベルは2ですから、苦戦する事も無いでしょう」


 ミラはさらりとそんな事を言う。俺にとっては衝撃発言以外の何ものでもない。


 俺はたった1レベルの壁につまづいて、八年間も一層をさまよっていたのか。

 しかしそう聞くと、改めて自分のレベルが桁違いな事を理解した。


「三層のスライム討伐を依頼されたのも、それが理由です。グランスライムは5レベル相当のモンスターですから、未熟な巡礼者では勝ち目がありません。なるべく平和に探索ができるようにするための、掃討作業ですね」


「初心者の為にこっそり露払いか……なんだかな」


 実に間抜けな話である。

 顔も知らないどこかの誰かが、悠々自適にダンジョン探索できる様に手引きする。

 

 何のためにギフト持ちを集めてまで、巡礼者なんてシステムを作ったんだか。

 そもそも、そういった障害を排除するための戦闘スキルだろうに。


「元はと言えば、グランスライムほどの個体が、三階層に現れる事自体が普通では無いのです」


「……いや、そう言うんじゃなくてな。そんな物に対処できない探索組織って、実質機能しているのかなって」


「戦って倒せない事もないでしょうが、現在この街には高レベルの巡礼者は居ないそうですから、苦戦は間違いないでしょう。

 教会は悪い噂を好みません。女神の加護を受けた聖職者が、地下墳墓で討ち死にするなんて話を世間には流したくない訳です。そんな事でも無ければ、うちに依頼は持ってきませんよ」


「道理よりも体裁を整える事に必死なんて、実にアホらしい話だ」


「その最たる被害者が……私たちです」


「……そうだったな」


 今思えばそれも馬鹿らしい話だ。

 異端だ、悪魔の子だと罵られてきたが、そもそもそれは誰が決めたのか。何の根拠が在ったのか。


 基準も不確かな教会の勝手なルールによって、周りと違うギフト持ちの俺たちは、理不尽に悪者扱いされた。

 考え無しの世間の連中は、言われるままそれに従った。


「……もっ、申し訳ありません。余計な一言でしたね」


 空気が重くなったのを感じたのか、ミラが謝った。


「謝るなよミラ。お前の言う事は、何も間違っちゃいない」


 そんな話をしていると、通路を抜けて開けた場所に出た。

 壁には死体を寝かせる穴も無く、単純に広間と表現するしかない部屋だ。


 遺跡の自動的な機能なのか、壁に付けられた燭台に魔法の炎が燃えていて、広間は明るく照らされている。

 その中を隙間もなく蠢いているのは、スライムの群れだった。


 群れの中心には、天井に着くほどの巨大な個体が一匹だけいる。おそらくあれが、ミラの言うグランスライムなのだろう。


「デカいな……今の俺なら問題なく倒せるかもしれないが、どうする?」


 ミラに問う。彼女には、あのスライムと因縁があるはずだからだ。


「自分勝手な頼みとは思いますが、あれの討伐だけは私にやらせてください。昨日のリベンジです」


 ミラは棺桶を床に置いて、その蓋を開く。中には、動物の骨が詰め込まれていた。


 棺桶の意外な内容物に驚きつつ、俺はミラの頼みを肯定した。


「……雑魚は任せろ。ミラはアイツに集中してくれ」


「ありがとうございます」


 スライムたちがこちらに気づいたのか、威嚇行動の様な動きを取る。


 それに合わせて、こちらも魔法を発動した。


「≪ブラック・ランス≫!」


「≪マヌーヴル・カダーヴル≫!」


 俺が全体攻撃向きの≪ブラック・ランス≫で先攻するのと同時に、ミラが隣で死霊術を唱えた。


 棺桶に入っていた骨がひとりでに組み上がっていき、歪な巨人が出来上がる。


 俺よりも一回り大柄で、骨の集合体とは思えないようなたくましいその容姿を言い表すのなら、ボーンゴーレムと言ったところだろうか。


 ボーンゴーレムの背中からは、紫に輝く十本の魔力でできた糸が伸びていて、それがミラの指先に繋がっていた。


 ボーンゴーレムはスライムの群れを弾き飛ばしながら突進し、グランスライムへと接近する。

 弾き飛ばされて宙を舞うスライム達を、俺は覚えたての火炎魔法≪ブラック・フレア≫で撃ち落していく。


「≪フォンセ・セール≫!」


 ミラの呪文発動に応じて、ボーンゴーレムの右腕が光る。

 闇属性の力を纏ったその爪で、グランスライムの身体を切り裂いた。


 抉り取られたスライムの一部が、壁まで吹っ飛んではじけ飛ぶ。


 しかし、スライムに痛覚など無いのだろう。何事も無かったかのように、スライムは抉れた箇所をすぐに再生させる。

 幸いなのは、体積が確実に減っている事か。あの大きさでなければ、今の一撃で仕留められただろう。


「昨日の個体よりも耐久力がある……やはりこいつが親玉ですか」


 ミラは少しだけ悔しそうにすると、再び攻撃動作を構える。


 それに応じて、グランスライムも反撃行動をとった。

 液体の体を細くなるまでねじると、体内から無数の骨棘を生やす。昨日ミラの身体に刺さっていた物と同じに見える。


「っ! ギルさん、回避行動をとってください!」


 ミラが叫ぶのと同時に、グランスライムはねじった身体を巻き返した。


 ねじれを戻す力で高速回転するスライムの身体から、毒の骨棘が四方に射出される。配下のスライムすら巻き込んだ、容赦のない全体攻撃だった。


 ミラはボーンゴーレムを使ってそれらを弾き返しているが、骨棘の数が多すぎて反応しきれていない。

 それはミラが、俺の方に飛んでくる骨棘にまで対処しようとしてくれているからだ。


「大丈夫だミラ。任せろ!」


 【俊足】スキルでミラの傍に瞬間移動して、防御魔法を発動させる。


「≪ブラック・ウォール≫!」


 俺の手元から影が広がり、黒い円形の盾が展開される。

 漆黒の盾は向こうが透けて見えるほどに薄いが、向かってくる骨棘をことごとく弾き返していった。


「すごい、こんな魔法まで使えるんだ……」


 ミラが感心した様に、俺の後ろで呟いた。


「戦術の事考えるなら、俺の魔法は全部教えておくんだったな……」


 お互いに人と組むのなんて初めてだから、その辺りの考えが抜けていた。


「守りは俺に任せろ。思いっきりやってやれ!」


「はい。ありがとうございます! ―――≪フォンセ・セール≫!」


 ミラの操作に応じて、ボーンゴーレムが爪撃の連続斬りを仕掛ける。

 魔力を纏った爪で切り刻まれては再生する事も出来ず、グランスライムはただの液体に成り果てて消滅した。


「さあ、これで終わりだな。―――≪ブラック・ランス≫!」


 残った雑魚スライム達も、俺の魔法で掃討し、大広間に居たスライム達は全滅した。


「やったな!」


 ミラの方を向いて、手を掲げる。


「あっ……はいっ! やりました!」


 ミラは嬉しそうに笑って、俺のハイタッチに応じてくれた。

 しかし勝利に喜んだのも一瞬で、ミラはまた気を落としたような顔をして俺に謝りだした。


「すみませんでした。私の意地に付き合ってもらったばかりに、回りくどい戦い方をさせてしまって」


 俺はミラをたしなめる。

 そういう事をうやむやにしないミラの誠実な所は評価も出来るが、今後も一緒に戦う仲間としては、そういった気苦労みたいなものに縛られるのは、なんだか嫌だった。


「謝るなって。勧めたのは、そもそも俺の方だっただろう? 二人で連携する意義とかも発見できたし、今の戦闘が無駄だったなんて思ってないよ」


 確かに今のスライム程度なら、俺一人でも難なく討伐する事ができただろう。

 しかし、この辺りまで潜ると流石に魔力の消費を感じ始めている。


 これから先、二人で協力して探索に当たるのなら、今から連携する訓練をしておく事は必要だと思うのだ。


「そうですね。ありがとうございます」


 ミラはこちらの言い分を理解してくれたのか、少しだけ気を持ち直した様だった。


 どうもこの子は、少しでも自分に非を見つけると、すぐに謝る癖がある様だった。


 本来それは悪い事では無いはずなのだが、どうもミラからは、怯えや距離みたいなものを感じてしまう。


 昨日今日で信頼関係なんか築けるはずもないし、そっちは気長にやっていくしかないだろう。


「さて、これで依頼は果たしただろう。戻ろうぜ。お腹減ったよ」


「そうですね。そう言えば私たち、朝食もまだでしたね」


 荷物をまとめて引き返そうとした刹那、唐突に上から巨大な"圧"が降ってくるのを感じた。


 勝利で気が緩んでいたのか、天井に張り付いていたそいつの気配に、直前まで気づく事ができなかった。


「危ないっ!」


 ミラの身体を咄嗟に抱え、地面に落ちる巨大な影の範囲外まで跳ぶ。

 何回転か石畳を転がって顔を上げると、俺達がさっきまで立っていた場所にグランスライムが居た。


「大丈夫か、ミラ?」


「はっ、はい。私は平気です」


 抱えたミラの様子を確認する。

 地面に打ち付けるような形になってしまったので、怪我をしていないか心配だったのだが、ミラは無傷の様だった。


 とりあえずは安心した。


「……グランスライムか。もう一匹居たとはな」


「油断しました。二体居るなら、三体目が居たっておかしくないのに」


「あんなデカいのがそう何匹も居るなんて、俺は想像もできなかったけどな。―――ここは任せてくれ」


 立ち上がって剣を抜く。

 【俊足】スキルで一気に間合いを詰めて、剣術スキルを乗せて剣を振るった。


「≪斬破≫!」


 魔力で造った刃で、斬撃の範囲を何倍にも拡大し、グランスライムを両断した。

 どんなに巨大化していようと、基本の倒し方はあまり変わらないはずだ。


 魔力による斬撃でダメージは与えられたのか、体の一部が水となって流れていく。

 しかしこれだけでは致命傷とまではいかないのか、二つに裂けた体は再び接合しようと動き始めた。


 両断した身体が再生する前に、その体内に黒炎魔法を撃ち込む。


「≪ブラック・フレア≫!」


 左手から発射した黒色の火炎球は、グランスライムの体内で爆ぜて、その体を火だるまにした。


「あっ……いけませんっ、ギルさん逃げましょう!」


 ミラが燃えるグランスライムを見て、焦った様に声を上げた。


 グランスライムが蒸発して、煙が上がっている。

 グランスライムの身体が毒を含んでいる事を考えれば、その煙が有害なのは確実だ。


「やばっ、こいつはヘマこいた!」


 ミラが斬撃しか使わなかったのは、こういう理由が在ったのか。

 考えれば分かるだろうに。馬鹿か俺は!


 ミラに手を引かれ、急いで大広間から離れた。

 位置の関係上、来た道には逃げ込めなかったので、やむなく目についた適当な通路へと飛び込んだ。


「はぁ、はぁ……ここまでくれば、何とかなるでしょう」


 口元に布をあてながら、ミラは壁際に座り込む。


「あの一帯の毒が散るまでは戻れないか。悪かった。考え無しに魔法なんか使って」


 命に関わる失敗なだけに、申し訳ないと思う。


「いいえ。結果的に助かったのですから、問題なしですよ」


 しかしミラはそんな風に微笑んで、俺のポカを許してくれた。良い人だよな、本当に。


「それにしても……この辺りは随分と埃っぽいですね」


 ミラは腰に下げていた照明具を手に持ち換えて周囲を照らしながら、興味深そうに観察を始めた。


 地下墳墓は元々朽ちた遺跡だが、この通路だけは特に痛みが酷く、埃で真っ白になっている。


「確かにな。なんだか籠った匂いもするし……」


 長い間空気が閉じ込められていた様な、そんな濃厚な匂いが立ち込めている。


「まさかこれって……やっぱり」


 ミラが地面に落ちたレンガの山を見下ろして、声を上げた。


「何だ?」


「この瓦礫は壁です。今まで塞がれていたものが、何かの拍子に崩れた様ですね。おそらくあのスライム達は、壁を壊してこの通路から出てきたのでしょう」


「ここは隠し通路って訳か」


 地下墳墓には、こうした隠し通路や隠し部屋なんかが無数にある。

 地下へと降りる階段も一つとは限らず、まさに地下に広がる大迷宮なのだ。


 層一つを完全踏破するのにも、何年もかかるとされていて、人が足を踏み入れていない領域は上層でも未だに多いのだという。


「上に戻ったら、この通路も報告しましょう。うまくいけば聖杯が見つかるかもしれません」


 ミラは嬉しそうに、そんな事を言う。

 その様子からすごいお宝なのだろうという事は察しが付くが、聞いた事も無い。


「聖杯ってなんだ?」


「エセナ教会が探し求めて居る、最高位の聖遺物です。人類を魔物から救う、究極の魔法具ですよ」


 ミラは聖杯について、そんな大それた説明を返してきた。

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