◇4 - 墳墓、探索開始
今回から、少し短めの文量で投稿していきます。
明くる日の早朝4時。
俺は唐突にミラに叩き起こされて、言われるまま探索の身支度をして聖堂に出た。
聖堂で待っていたミラも、俺と同じ様に探索用の装備だった。相変わらず、用途不明の棺桶を背負っている。
「おはようございます、ギル」
「ああ、おはようミラ。こんな早くから探索に出かけるのか?」
思わず欠伸が出てしまった。
昨日は疲れから早い時間に寝たが、普段こんな早くに起きないので体が覚醒しきっていない。
ミラは日常的にこういう生活をしているのか、しゃんとしていた。
「はい。私達はできる限り、他の巡礼者を避けなくてはいけないので、活動時間は主に早朝か深夜になります」
「影の仕事か……他の巡礼者に見られたらマズいっていうのは、なんとなく雰囲気で分かるが、ここの仕事は具体的に何をするんだ?」
「基本的には、依頼制のお仕事です。教会から委託された探索業務を行います。今日は、三層に現れたグランスライムの討伐です」
頼りない雰囲気はまだ抜けていないが、昨日に比べてミラの言動が落ち着いている事に気が付いた。
「なんだか、今日はしっかりしてるな」
「そうですか? だったら、良かった。
ミュセに言われたんです。あんまり私が怯えるのも、相手に失礼だからって。……人と話すのは、得意じゃないので。そちらもできるだけ頑張りますから、よろしくお願いします」
ミラはその決意を表す様に、両手の拳を握った。
息巻く小動物みたいで可愛らしいと思ったが、それは本人に言わない方が良いだろう。
「普通に接してくれればいい。俺は気にしないから」
あまりミラのやる気を否定するのも違う気がしたので、軽くそう伝えた。
同じギルドの仲間なのだから、できれば気の置けない間柄になりたいものだ。
聖堂からエントランスを通って外に出る。
昨日はここに来てから一度も外には出なかったので、この教会がどこに建っているのか俺は知らない。
ところが、玄関扉を開いた先に現れたのは、嫌というほど見知った光景だった。
天井から生えた木の根に浸食された、古びた石造りの建築様式。
砂と黴の匂いが立ち込める、暗い通路。
正しくここは、地下墳墓の中だった。
「あれっ? もしかしてここって、地下墳墓の中なのか?」
「はい。言ってませんでしたっけ? ここは墳墓の一部を再利用した、地下教会なんです」
「ああ、地下ってそう言う……」
地下教会の"地下"は、潜り的な意味だと勝手に思い込んでいたが、まさか言葉そのままだったとは。
「ここって一応、墓だよな。不気味じゃないか?」
知らずに死人の近くで生活していたなんて、ぞっとしない話だ。
ミラは不思議そうに首を傾げる。
「教会は普通、墓地を併設してますよ」
ぐう正論。何も言えない。
「……まあ、気にしなきゃいいだけか」
「はい。この辺りは魔物も出ませんから、安心してください」
ミラがなんだか頼もしく思えた。
考えてみれば、今までは単独でこの仕事をしていたのだから、実力はそれなりに有るのだろう。
二階層には降りた事が無いので、そう言う意味ではミラの方が先輩だ。
今日は色々見て勉強しようと心に決める。せっかく雇ってもらったのだから、やはり褒められる仕事をしたい。
「今日討伐するグランスライムっていうのは、どんな奴なんだ?」
移動しながら、ミラに尋ねる。
「昨日戦ったスライムの親玉みたいな個体です。一度交戦して撃破に成功したのですが、潜んでいた別の個体に奇襲に有って、やむを得ず撤退したんです」
「二体居たって事か。もしかして、昨日の棘って―――」
「お察しの通り、グランスライムにやられた傷です。通常の個体とは違って、猛毒を持っているので、ギルも気を付けてくださいね」
「肝に銘じておくよ。いざって時は、ミュセに貰った解毒薬を使えばいいんだな」
「そうです」と、ミラは頷く。
俺たちはどちらも神聖系魔法が使えないため、回復行動がとれない。
それを解決するため、闇の教会にはポーションを自家製で用意する設備が整っていた。
ミュセは≪錬金術≫のギフトの所有者で、教会の回復事情を一手に引き受ける薬学者なのだそうだ。
俺たちが今持ち歩いているポーションと解毒薬は、全て彼女の作だという。
≪錬金術≫は異端認定されているギフトでは無いのだが、この教会と関わっているからには何か事情も有るのだろう。
ちなみにミュセは戦闘要員では無いので、外での任務には同行していない。
「……そういえば、昨日のアレはどうやったんだ? ほら、レベルアップの時に使った魔法」
「ああ、≪クリアカース≫のことですね」
「そう。それだ。アレは神聖魔法だっただろう?」
「あれは、儀式で使った黄金の杖の力です。あの杖は誰でも解呪魔法を使う事ができる、一級聖遺物なんですよ」
「聖遺物って何だ?」
俺がそれを聞くと、ミラは少し驚いた様だった。
「ギルさんは、御自分が何を発掘されていたのか、御存知なかったのですね」
「もしかして、遺跡で見つかる道具の事か? 魔物を退ける力が在るっていう」
「そうです。エセナ教会は、それらを総じて聖遺物と呼称しています。魔物を退ける力はもちろんですが、中にはあの杖の様に単純に便利なアイテムも有るんですよ」
「なるほどな。そいつが教会の欲しがるお宝の正体って訳だ。だけど、俺が居たのはずっと一層だったからな。拾っていたのは貴金属ばっかりで、そんな大それた物にはお目にかかった例がない」
「ああ、なるほど。巡礼者は死体剥ぎとかはしませんから、見逃されている貴金属は多いかもしれませんね。一応、聖職者ですから」
「軽蔑したか?」
「まさか。確かに良い事とは言えませんが、そうしなければ生きていけなかったギルの事情を、私は誰よりも分かっているつもりです」
ミラはきっぱりとそう言った。そこに同情のようなものは感じられない。
何もかもが許される訳ではないけれど、人に肯定してもらえるだけでも安心できた。
「……ありがとう」
「礼を言われる様な事ではありません」
ミラはかぶりを振る。
俺たちの会話を遮るように、ウィスプの群れが目の前に現れた。
暗い通路の中で、青い鬼火がゆらゆらと揺れている。
「ここは任せてくれ。―――≪ブラック・ランス≫」
黒魔法を発動させる。
影の棘が、ウィスプたちをまとめて貫いた。
「すごいな。魔力がまったく減らない……」
レベルアップの効果を、今更ながらに実感する。
レベル1の時に俺が唯一覚えていた【ブラック・ランス】の魔法だが、これは二発使うと魔力切れを起こす様な、燃費のすさまじく悪い物だった。
そのせいで剣を用いた戦い方を強いられてきたのだが、それがどうだ。
魔力の消費された感覚が、今ではほとんどない。これならいくらでも連発できそうだ。
「ギルはレベル32ですからね。作り出せる魔力の量も大きく増えているはずですよ」
「ああ。こんなに違いが出るとは思わなかった」
今なら二層でも三層でも余裕で戦える気がする。レベルアップ最高!
「よし。雑魚の相手は俺に任せてくれ。覚えたスキルを色々試したい」
「お願いします。私のスキルは個の相手に特化したものが多いので、そうしていただけると助かります」
「そうなのか?」
「はい。死霊術のスキルはかなり特殊なんです。見てのお楽しみという事で」
ミラはそう言って、こちらに期待を持たせる。
一般に浸透しているギフトと違って、俺達の様な異端のギフト持ちは、覚えるスキルが全てユニークだ。
前例がないからこそ、そのスキルに関する知識は習得した本人にしか分からない。
「そういう事なら、早く下に降りようぜ」
自分が強くなった事、仲間と戦える事が嬉しくて、道行く足取りはどんどん軽くなっていった。