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◇3 - 闇教会とレベルアップ

 浴室から出ると、タオルと一緒に綺麗な服が用意されていた。

 入る前には無かったはずだから、恐らく俺が着ても良いものなのだろうが―――


「どうして、修道服なんだ?」


 これしかなかったのだろうか。厚意に文句を言うつもりは無いが、信者でもない俺が着て良いのか。


「まあ、向こうが気にしないなら良いか」


 聖堂へ戻ると、ミラが待っていた。

 通路の真ん中に、さっきは無かったテーブルを置いて、その上には茶と菓子を広げている。


 随分と自由な教会である。というより、ここは本当に何かの宗教拠点なのか?


 どこにも偶像が見当たらないし、どうも変わっている。


 ミュセの姿が見当たらないので、一応ミラに風呂を借りた旨を説明しておく。


「お風呂借りました」


「ふっ、服は、きつくないですか?」


「ああ。大丈夫。ありがとうございます。こんな物まで貸してもらって」


「あっ、貴方は、お客様だから。どうぞ、座って」


「それじゃあ、失礼します」


 うながされたので、ミラの対面に座る。ミラはティーカップにお茶を炒れて出してくれた。


「あっ、貴方にお話があります」


 これまた唐突に、ミラは緊張した様子で声を張り上げた。

 この人見知り気質にも、なんだか慣れてきた。俺は素直に、聞くという意思を首肯で伝える。


 するとミラは、俺に右手の甲を差し出した。


「……って、ちょっと待った!」


 慌てて顔を背ける。

 手の甲に書かれた【能力紋】は、その人間の個人的な情報を集約したものである。

 プライバシーを守る意味でも、通常時はただの紋章の形になっているのだ。


 それが開示された形で、ミラの手には表示されている。


「へっ、平気……だから」


 ものすごく恥ずかしそうにミラは言う。やましい事は無いはずなのだが、なんだかそんな気持ちになってくる。


「……分かった」


 ミラの能力紋を覗く。そこには、意外な文字列が並んでいた。



 祝福 - ≪死霊術≫

 職種 - ≪ネクロマンサー≫



 目にした瞬間、脱力感と共に背中が震えた。

 聞いた事もないギフト名だが、これは間違いない。この子も、俺と同じだ。


「君は、俺と同じなのか? 呪い持ちなのか?」


 ミラは真剣な様子で頷いた。


「やっ、やっぱり、貴方もそうなんですね、ギルさん」


「ああ。俺のギフトは≪黒魔法≫だ。職種は登録していないから、まだ無い」


「そうだと思いました。さっきの黒い影を操る術。あれは、≪白魔法≫じゃなかったから」


 信じられない事だった。自分の同類が、この世にいるなんて。

 それを素直に喜んでいいのか、まだ良く分からない。

 仲間が居てくれた事は嬉しいが、それで露骨に喜んでは、ミラに悪い気がした。


「君はいったい何者なんだ? どうして、呪い持ちなのに聖職者になれたんだ? この教会はいったい、どういう場所なんだ?」


「ここはエセナ教会に属しながら、その教義には従わない独立機関。呪い持ちだけを集めたパーティーギルド『闇教会』の拠点です。そっ、そして私は、このギルドの主宰者です」


「呪い持ちの、パーティーギルドだって? そんな馬鹿な!」


 そんなものが存在するはずが無い。


 死罪は辛うじて免れているが、今でも教会は異端のギフト持ちを悪しき者だとして嫌厭している。

 俺達が巡礼者になる事を、教会が認めるはずがなかった。


「こっ、ここの存在は、教会の内部でも一部の者にしか知らされていません。有事の際に、教会が表向きではできない仕事を命じる、汚れ仕事専門の部門。言わば、影の結社なのです」


「そんなものが在って、それならどうして俺は、今まで―――」


 こんな惨めに生きて来たんだと、そう言いかけて止めた。


 決して望んだ道では無かったが、その生き方を選んだのは、あくまでも俺自身だ。

 ここでミラを責める様な道理はない。


「こっ、このギルドを創ったのは、半年前なんです。やっぱり、教会は私たちの事をよく思っていなくて……それで、貴方の事も全く知らなくて…………ごめんなさい」


 ミラはそう言って、頭を下げた。


「やめてくれ。顔を上げてくれ、ミラ。君は何も悪くない。悪いのは―――」


 俺か? 教会の連中か? 世間か?


 いいや、そうじゃない。そんな事はもう、どうだっていい事なんだ。

 俺が欲しいのは、そう言うものじゃないんだ。責任の追及でも、謝罪でもない。

 それなら、俺は何が欲しい?


「なあ、教えてくれ。……君は、何を思ってこのギルドを創ったんだ?」


 それが聞きたい。そこに、俺が今欲している答えがある気がしたから。


「とっ、取り戻したい。……私が、奪われた物。権利とか、正当な評価とか……私は世界に、自分の価値を示したい! 私は、要らない子じゃないって!」


 嘆くように、苦痛に叫ぶように、ミラは言った。


 この子は、俺と同じなのだと思った。


 何も悪い事はしていないのに、ただ貰ったギフトが白か黒かの違いだっただけで、全てが否定された。

 世界が俺を、理由もなく否定した。


 俺達はただ、人並みで居たかっただけだ。それ以上は、求めちゃいない。


「自分の価値。そうだ。そのとおりだ。……俺が欲しいのは、それなんだ」


 前髪からわずかに覗くミラの藍い瞳は、俺を強く見つめていた。

 何かを決心した様に、ミラは俺に言った。


「……ギルさん。この教会の一員として、私と一緒に戦いませんか? 私には、仲間が必要なんです。同じ目的をもって戦ってくれる、そんな人が」


 嬉しかった。


 同じ痛みを知る仲間が居た事が。


 俺がはっきり言葉にできなかったを、追い求めている人が居た事が。


 そんな人が、俺の力を必要だと言ってくれることが。


 誰かに必要とされる事が、こんなにも嬉しい事だとは知らなかった。

 それは俺にとって、生きる事を許されるのと同義だ。


 迷う理由が無い。自分の価値を示す。そのためにできる事があるのなら、俺は全力でミラと戦う覚悟だ!


「こちらこそ、お願いする。俺に、チャンスをくれ」


 俺の返答に、ミラは嬉しそうに笑って、頷いた。


「はいっ! 一緒に頑張りましょう!」





 俺たちはさっそく、ギルドに加入するための契約を行った。

 通常、修道士のギルドに加入する場合には、普通の契約書ではなく【契約魔術】を使うのだという。


 俺もそれにならい、床に敷いた魔法陣の上でミラへ宣誓する事になった。


「―――でっ、では、パーティーギルド【闇教会】の一員として、貴方を迎え入れる事をここに承諾します。我らがギルドの掟に従い、奉仕する事を誓いますか?」


 スクロールに書かれた短い契約内容を読み上げ、ミラは俺に尋ねた。


「誓います」


 右手を前へと差し出して、宣言する。

 すると地面の魔法陣が赤く輝きだし、それに応じて能力紋の形が揺らいだ。


 月と太陽を象った模様だったのが、黒い星を象った模様へと変化する。


「それが、私たちのギルドのシンボルマークです」


 変化した能力紋を不思議に思っていると、ミラが言った。

 そう言うミラの手にも、同じ紋様が刻まれている。


「これでお揃いだな」


「えっ! ああ、うん……お揃いです。えへへ」


 仲間の証って感じがして喜んでいると、ミラも同じ事を考えて居るのか、照れくさそうに微笑んだ。


「仲が良くて、大変よろしい。私からも歓迎の言葉を送ろう。ようこそ、ギル」


 契約魔術の様子を静観していたミュセは、俺の方へ来て握手を求めた。


「はい、これからよろしくお願いします、ミュセさん」


「これからは互いに仲間なのだ。気軽に呼び捨てと行こうじゃないか」


「ああ。分かったよ、ミュセ」


 互いに硬く握手を交わしていると、もじもじとしながらミラが言った。


「あっ、あの、私も良かったら……それで」


 "それで"というのは、呼び捨ての事だろうか。


「ああ、もちろん。よろしくな、ミラ!」


 そんな簡単な事なのに、ミラはものすごく嬉しそうな顔をする。


「はい! よろしくです、ギル!」


「―――というか、ギルはすでに私の前で、彼女のこと呼び捨てにしていたがね」


「あれ? そうだったか?」


 ミュセの指摘にいまいちピンと来ないが、俺はそもそもそこまで呼称に気を遣わない方だ。ミュセは見た目のだらしなさに反して、けっこう細かい性格らしい。


「それじゃあさっそく、レベルアップをしましょう。ぎ、ギルは……レベルアップとか、した事ないよね?」


 ミラの問いに頷く。

 レベルアップという行為は特殊なもので、教会で専用の魔導具を使わなければできないと聞く。


 そもそも俺達が便宜上【経験値】と呼ぶものは、魔物を退治した時に吸収する呪いの残滓なのだという。


 体内にため込んだ"呪い"を浄化し、自分を強化するための力へと変えるのがレベルアップなのだ。


 そんな大掛かりな浄化の儀式は教会以外では不可能なので、俺はこの八年間レベル1で頑張ってきた。


「それじゃあ、まずはこれを飲んでね」


 ミュセが水のような物が入ったコップを渡してきた。


「これは? ただの水じゃないよな」


「聖水だよ。体内の呪いを浄化するんだから、当然だろう?」


「なるほどな」


 聖水と言うからには特殊な味でもするのかと思ったが、見た目通りの普通の水だった。

 ただ、飲み干した後にすぐ変化は現れ始めた。


「なんだか、体が軽くなってきた気がする。急に調子が良くなったみたいだ」


「呪いが浄化されているんだ。君がどのくらい墳墓に潜っていたのかは知らないが、けっこう溜め込んでいただろう? そういうのは良くないよ。君が今まで健康体で居られたことが不思議なくらいさ。レベルアップは元々、そちらの治療の副産物だからね」


「ミュセ、説明はそのくらいで」


 解説に白熱しかけているミュセを制すと、ミラは神々しい装飾の施された長杖を構えて、俺の方へと向けた。


「―――クリアカース!」


 ミラが呪文を唱えた途端、俺の身体は白い光に包まれた。体の底から、力が溢れてくるのを感じる。

 いくつか、新しい魔法も覚えた様だった。


 初めてのレベルアップは意外とあっさりしていて、それでいて確かな効果を実感できるものだった。


「のっ、能力紋を開いてみてください」


 ミラに言われた通り、能力紋をスライドしてステータスを確認する。

 俺の能力値は、だいたいこんな感じだった。



 レベル - 32

  祝福 - ≪黒魔法≫

  職種 - ≪アサシン≫



 一気に32とは驚いた。八年間ちまちまと魔物を狩ってきたが、その成果をようやく得られた気がする。


「こっ、これはまた、変わったステータスですね」


 ミラが不思議そうにして言った。


 魔法適性なのに、職種は近接のアサシンだからだろう。

 下に連なる獲得スキル欄を見ても、魔法と剣術が混ざっている。


 中には【隠密Lv20】や【俊足Lv20】などの技巧スキルまであった。

 ちなみに、これらのスキルでLv20は最大値だ。


 ミラの言葉には同意するが、こうなった理由に心当たりが有るので、不思議には思わない。


「なにも不思議では無いさ。剣と魔法で奇襲をメインに探索していたんだね。それならこうなって当然だ。これはかなり優秀な能力値だよ。君のこれまでの成果だ。誇りたまえ」


 ミュセは俺の能力値を見ただけで、ぴたりと言い当てた。

 この人、実は滅茶苦茶すごいのではないか。


「良く分かりましたね」


「長年の経験さ」


 ミュセはそんな風に決め顔で言って、ウインクした。

 今この瞬間だけは、この痴女エルフが世界で一番カッコいい気がする。まあ、気のせいだろうけど。


「でもでも、レベル32なんてすごいです。私でもまだ、レベル8なのに!」


 興奮気味に、ミラは言う。その辺りは知識が無いので、すごさが良く分からない。


「あんまり実感が湧かないんですけど、実際この数値って、どんな感じなんですか?」


「巡礼者が生涯で到達できるレベルは、30くらいが普通だ。それで言うと、君の数値はかなり高い水準だよ。とはいえ、巡礼者は探索が主で、戦う事を積極的にしないから、君のそれは特別な事ではないよ。

 戦闘をメインに行う巡礼者なんかは、レベル50代には普通に到達する」


 ミュセはそう、説明してくれた。


 言われてみれば確かに、一時期魔物を倒せるようになったのが嬉しくて、率先してウィスプを狩っていた時期がある。


 おそらく、ああいう行動がこの数値に繋がっているのだろう。


「なっ、なんであれ、ギルみたいな人が仲間になってくれて、本当に良かったです」


 ミラはそう言って、喜んでくれた。

 彼女のこの言葉だけで、これまでの苦労が報われた様な気がした。

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