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◇1 - クズ拾いの探索者

 あの日から、俺の生活は一変した。

 仲の良かった友人たちは全員離れていき、その親には"悪魔の子"と罵られて石を投げられた。


 周囲の目が怖くなったのか、両親は俺を捨てて出て行った。

 それ以来俺は、貧民窟で人目を避けて暮らしている。


 いかに貧民窟とはいえ、ここに居る者たちも所詮は神に愛されたギフト持ちだ。

 俺の様に呪われたギフトを持った者など、一人として居ないだろう。


 親しい人間に見放されるのも辛いが、顔も知らぬ相手から邪険にされるのもキツイ。

 だから俺は、ずっと一人で暮らしてきた。誰も頼らず、誰にも関わらずに。




「―――駄目だな。こんなんじゃ金にもならねえ。1リデス銀貨だ」


 買取屋のオヤジはそう言って、銀貨1枚を俺の前に置いた。

 オヤジが鑑定しているのは、俺が地下墳墓からくすねて来た、金属製の装飾品だ。


 本当はもっと高い値が付くはずなのだが、襤褸ボロを着た俺の事を、価値の分からない貧民だとあなどっているのだろう。


「それでいい」


 だが、それでも大人しく受け取る。

 言い争いをしたって、相手が適正価格を提示してくることなど無い。


 下手に脅せば憲兵を呼ばれるし、しつこく交渉すれば買取を断られる。

 今日一日のパン代だけで我慢するのが、一番めんどうが無くて、手っ取り早い。


 俺は銀貨を受け取って、早々に買取所の前を離れた。


 貧民からも物を買い取る様な、こんな粗悪な業者を聖職者たちが使うとは思えなかったが、万が一にも見つかったら、処罰の対象だ。


 捕まって呪い持ちだと知られた日には、何をされるか分かった物じゃない。


「ようっ、異端者。悪魔の子がいっちょ前に、人様の街を歩いてんじゃねえよ!」


 通りを歩いていると、見知らぬ青年たちに、そう声をかけられた。

 こんな事は日常茶飯事である。

 儀式の事は口留めされる事なく、この街全体に流布した。俺の事情を知って居る者は、大勢居るのだ。


 そして、そういう所を悪辣に責める様な連中というのは、不必要に人の人相を覚えてくれる。

 だが、俺にはそれに突っかかる権利すら与えられない。


 大分昔の事だが、一度やり返したら憲兵を呼ばれ、全て俺のせいという事にされた。

 ひどく殴られた経験から、二度と相手にしないと決めている。


 こちらが無視するのが面白くなかったのか、背後から石を投げられた。


 路地裏を駆けて、干乾びた人工の水路に降りる。

 街の最下層に造られた、もう水の流れていないこの水路が、貧民窟である。

 

 左右の石壁に沿って、テントがいくつも並ぶ光景は賑やかではあるが、中に住んで居る者たちは、揃いも揃って腐臭を漂わせた浮浪者たちだ。


 最初はここに住むのにも抵抗があったが、八年も住んで居ればそれなりに居心地は良い。ここの人間は、絶対に他者を詮索しようとしない。

 こちらから関わろうとしなければ、放置していてくれる。




 自分の定位置で昼飯のパンを食べて居ると、頭上から声がした。


「やっほー、ギル!」


 俺なんかにこんな明るく声をかける奴は、一人しか居ない。俺は振り返らずに、その名を呼ぶ。


「アイシャか……何の用だ?」


「あっ、うん。元気してるかなって……」


 こちらが冷たく応じるからか、アイシャは躊躇ためらう様に言った。


 しかしこれは、彼女のためだ。今や彼女は、教会の中でもそれなりの称号を得ている。

 俺の様な呪い持ちと話しているところを見られたら、どんな影響があるか分かったものでは無い。


「気遣いは不要だって言っただろう。俺たちはもう、何の関りも無い他人ですよ、神官様」


「そんな事……私は今でもギルの事、友達だって思ってるよ」


 哀しそうに、アイシャは言う。

 本当に、優しい子なのだ。


 俺が親に捨てられた日、家に来いと言ってくれたのは彼女だけだった。しかしそれは、彼女の優しさであって、彼女の両親の意向ではなかった。


 将来有望なアイシャに、俺のせいで酷い目に合ってほしくはない。だから俺は、彼女から離れる様にここに住むことを選んだ。

 それなのに、アイシャは時間を見つけては、俺の様子を見にここへ通う。


 場所を変えようとも思ったが、それが実行に移せないのは俺の弱さだろうか。

 だから俺は、素っ気なく彼女に振舞うしかない。


「俺は他人だと思ってるよ。俺は呪い持ちで、アンタは教会の神官職だ。いったい、どんな関りが在るって?」


「そんなの、理由にならないよ。ギフトも仕事も、友達である事に何の関係もないよ」


 ……ずるいことを言う。でも、俺がそんな前向きになれるものか。

 何もかも諦めた。自分の生い立ちを、今更不幸ぶって誰かに助けを乞う事すら馬鹿らしい。


 だが、他人を不幸にするのは御免だ。


「俺と話していると、周りにどんな目で見られるか考えてるか?」


「ほら、やっぱり。そうやって昔から、私には優しかったよねギルは」


 目撃されれば本気でシャレにならない状況なのだが、アイシャは呑気にそんなことを言う。


「調子はどう?」


 唐突に、アイシャは訊いてきた。


「何の話だ?」


「地下墳墓の探索。こっそりやってるんでしょ?」


「さあな」


 俺はしらばくれる。

 アイシャは密告などしないだろうが、その情報が何かの拍子に伝われば、背教罪で死刑になりかねない。


「これ、良かったら使って」


 何か瓶のような物が、頭の後ろに置かれた。

 振り返って押し返すべきか考えて居ると、別の男の声がした。


「アイシャ様、またこのような場所に!」


「あっ……ルインさん」


 アイシャの戸惑う様子が、声から伝わってきた。


 ルインと呼ばれたこの男は、アイシャの護衛だ。

 ≪神聖術≫持ちの聖女として持てはやされているアイシャは、教会から専属の護衛が与えられている。


 そして当然のように、ルインは俺を目の敵にしている訳で―――


「ふんっ、またお前がそそのかしたのか、呪い持ち! 今日こそは捕らえて、牢にぶち込んでやろうか!」


「止めてください、ルインさん!」


 アイシャが必死に止める。―――まったく、だから言っただろうに。


「俺は何もしてないよ。そこの神官様が勝手に来たんだ。心配なら、アンタがずっと見張ってな」


「呪い持ちの分際で、何だその口の利き方は! ―――もういい。アイシャ様、さあ行きましょう」


 そう言い捨てて、ルインは去って行く。

 まったく。呪い持ちは人間じゃないとでも言いたいのか。


「ギル、またね」


「"また"はありません、アイシャ様!」


 そんな風に騒々しく去って行く二人。

 静かになったので振り返ると、道路と水路の境に設けられた柵の下に、ポーションの瓶が置いてあった。


 結構高価な物だろうに。やはり、返すべきだったかと後悔する。

 しかし、売れば十分な金になる。一週間は食うのに困らないかもしれない。


 幼馴染からの貰い物で、そんな算段をしてしまう自分が、なんだか嫌になった。





 午後も金目の物を探しに、地下墳墓に入る事にした。水路の端の一角に、地下墳墓の入り口があるのだ。


 地下墳墓とは、街の周囲に張り巡らされた、その名通りの墓地である。


 いつの時代の物かも知れない古代の遺跡で、魔物が巣食う呪われた区画とされている。


 この魔物達が外に出て来て暴れるという事で、それを退治していたのが、教会の巡礼者の始まりとされている。


 一時期は墳墓の入り口を厳重に塞いでいたそうだが、ニ十年ほど前に事態は一変した。


 この地下墳墓を調査していた一団が、古代の聖者の遺体と、その埋葬品を発見したのである。


 それらが魔物退治に効果があると判明した途端、教会は進んでこの墳墓の調査に乗り出した。


 教会の聖職者たちは冒険者へと成り代わり、今や巡礼者とは墳墓を探索する者たちの事を指す。


 エセナ教会の信仰は、古代の墓を暴く行為によって示されるのだ。

 それもまた横柄な話だが、それが世界のルールである。


 通常、地下墳墓に入れるのは聖職者だけと決められている。

 冒険者を全員信者にするための思惑が匂うこの仕組みだが、違反すれば背教罪に問われて死刑となる。


 だから俺の様にこっそりと忍び込んで、日銭を稼ごうとするのは大変リスクの高い行為だった。


 危険なのはそれだけではない。

 墳墓に巣食う魔物たちは、常人では太刀打ちできないほどの、強者ばかり。

 教会が率先して、戦闘系ギフト所持者を教会に引き込んでいるのは、そんな理由からだったりする。


 だから普通は、いかに浮浪者と言えども入ろうとしないのである。金目の物を見つける前に、魔物に喰われて死んでしまうから。


 だが、俺にはこれしかなかった。

 八歳で世間に放り出された俺に、普通の仕事などできるはずも無かった。


 外に居ても野垂れ死ぬ。

 墳墓に入っても、殺される。


 どちらかを選ばなくてはいけなくなった時、俺は戦う事を選んだ。

 幸い、世の中が悪く言うほど≪黒魔法≫は使えないギフトじゃなかったし、かくれんぼは得意だった。


 隠れて、逃げて、魔物を殺して、そうして生き延びているうちに慣れてきた。

 今では立派な冒険者。ただし、一層のクズ拾い限定だ。


 努力によって発生するエクストラスキルは習得できるのだが、教会の施設を利用できない俺は、レベルアップができない。

 いかに経験値をため込んだところで、レベル1のままでは墳墓の下層には潜れないのだ。


 下層に行くほど呪いは濃くなり、魔物は強くなる。

 レベルアップによってもたらされるスキルと強化の加護が無い限り、一人での探索は第一層が限界だった。


 見慣れた道を進み、未発見の区画が無いかを探す。


 第一層とはいえ、弱い悪霊ウィスプばかりで巡礼者たちも張り合いが無いのか、深く探索されずに見逃されている場所はかなり多い。


 年代物の遺跡なので崩れている場所が多いのも、一つの要因だった。


 探索の道中、スライムに襲われている巡礼者を見かけた。

 纏った白いローブは真新しく、まだ新人の聖職者だという事が一目で分かる。


 スライムはこの層では滅多に出ない魔物だ。獲物を包み込んで窒息させる、凶悪な敵である。


 殺した人間の遺体を自力で放す事ができないのか、濁った体には人骨や肉が埋まったままである事も多い。

 どうあれ、醜悪な敵には違いない。


 新人らしき巡礼者は剣士なのか、物理攻撃の効かないスライムを攻めあぐねていた。


 魔法系のギフト持ちなら余裕で倒せるが、≪剣士≫などのギフト持ちは魔法を習得できない分、こういった敵に苦戦する。


 逆に魔法系のギフト持ちは、剣さえ振っていればエクストラスキルで剣術を習得できてしまうので、大変不公平な話だったりする。


 だから≪白魔法≫は誰もが憧れるスキルだったりするのだが、それはともかくとして、≪剣士≫は通常そう言った理由から、単独での探索は非推奨にされているはずである。


 それを破って一人で潜ったのだから、あの剣士は自業自得である。


「助ける義理も無いしな」


 やり方によっては、剣でスライムを倒せない事もない。

 素通りしようと思った途端、こんな声が聞こえて来た。


「嫌だ! まだ死にたくない!」


 …………ああもう、それほんとズルい。

 ここで見捨てたら、俺が悪者じゃねえか。めんどくさい。


 【隠密】スキルを発動し、自分の気配を消す。魔物から逃げに逃げまくった結果習得した、エクストラスキルである。


 長剣を抜いて、スライム目掛けて駆けだす。接近する手前で、巡礼者が落とした松明を蹴り上げた。


 スライムを脳天から縦一線に切り裂き、蹴り上げた松明を開いたスライムの中に突っ込む。

 途端に、スライムが中から火を噴いてもがき始めた。


 スライムは液体の様な見た目から誤解されているが、可燃性の物質で構成されているらしく、火を着けると良く燃えるのだ。


 いかに強いと言っても、所詮はこの程度の敵である。こちらの知恵次第で、まだ対処できる相手だ。


「覚えておけ。スライムは斬ったらすぐに火を突っ込め。それで殺せる。―――これに懲りたら、次からはパーティー組んで来いよな」


 尻もちをついている巡礼者へ、そう言い残す。相手はこちらの姿が見えていないので、より困惑した表情を浮かべて周囲を探っていた。


 我ながらお節介だと思いつつ、自分の探索に戻る。


 するとしばらくして、再び同じ様な光景に出くわした。

 黒い装束を着た女の巡礼者が、スライムに襲われていた。しかも今度はやたらと数が多い。


 対する女が手にしているのは、棺桶だった。武器でもなんでもない、装飾が無駄に凝った、ただの棺桶だ。

 それを必死になって、スライムに叩きつけている。


 呆れて思わずため息が出た。最近の新人は、こんな奴ばかりなのか。


「今日は、厄日だ」


 吉日だった事など一度も無いが、思わずそう声が漏れてしまった。


 女が、こちらを見た。目にかかるほど伸びた前髪の隙間から、助けを乞うような瞳が覗く。


 【隠密】スキルは発動したままだ。女に見られているという事は無いだろう。


「……ブラック・ランス」


 ≪黒魔法≫を発動させる。俺の足元から伸びた影が、漆黒の棘となってスライムたちを串刺しにする。

 魔法攻撃は白でも黒でも魔物には特攻があり、剣と違ってこれだけで倒せる。


 漆黒の棘に貫かれたスライムたちは、途端に粘度を失って地面に吸われていった。


 さて、面倒事は御免だ。騒がれる前に、この場から退散しよう。

 そう思ってきびすを返した途端、女が俺を呼び止めた。


「あっ、あのっ―――ありがとうございます」


「はっ?」


 驚きのあまり振り返った。どうしてこの女、俺の姿が見えているんだ?

読んでくださり、ありがとうございました。


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