第三記 僕と姉と妹と
この大正恋記〈一〉は、第一記から第六記までで構成される恋物語である。現代人にとってあまり馴染みのない大正時代を生き抜いた男女の恋愛事情をとくとご覧あれ。
今日もいい天気だ。近所に散歩にでも行こうか、それともここでゴロついていようか、なかなか迷うところだな。よし!散歩に行くか!帰りにいつものダガシ屋でラムネでも買おう。そう決めて僕は家から飛び出した。
近所の川沿いに来た。まだ早い時間だからか、歩いている人は少ない。でももうすぐ子供たちが川遊びにやって来るだろう、はしゃぎながら、きっと。そんなことを考えながら、僕は川沿いの細い道を、ただひたすらに、真っ直ぐに、歩き続ける。家を出てから結構な時間が経ったと思えるくらいの所まで来た時だった、反対側の川沿いを、重そうなビールの空き瓶入れを抱えた、見覚えのある少女が走っているではないか。あの入れ物の中身は多分、ラムネだ、ということは、もうすぐダガシ屋の開店時間なのだろう。僕は今来た道を急いで戻り、ダガシ屋の前に向かった。
ああ!良かった、間に合った!ダガシ屋の前には誰もまだ並んでいない。今日も僕が一番乗り、一番客だ!僕が着いて少しすると、店のシャッターが上がった、開店だ。
「いらっしゃいませ、今日も早いですね!常連さんっ!」
元気な眩しい笑顔で彼女は言った。この子は多分年下。店先でしか話さないのに、勝手に僕は、妹のような存在だと思っている。僕の家は、このダガシ屋の隣。オヤジが酒屋をやっている。その手伝いで店先に出たり、配達に行ったりすることがよくあるのだけれど、隣のこの少女の笑顔を見ると、頑張ろうって思えるんだ。不思議な力をもつ少女だと、僕は思っている。こんな子と一緒に仕事ができたら楽しいだろうな、そう思いながら、僕は彼女からラムネを2本買った。
「毎度ありーっ!!」
彼女は元気よく僕に手を振ってくれた。ここで恥ずかしがって手を振れないのが僕なんだけど。
隣のダガシ屋で買ったラムネを向かいのみっちゃんの所に届ける。みっちゃんは、昔から知っている、僕にとって姉みたい存在の人。お父さんと一緒にキツサ店を営んでいる。最近、みっちゃんは前よりずっとずっと大人っぽく、色っぽくなって、姉というよりは気になる存在というべきかもしれないと思えてきた。ダガシ屋の少女とは違い、落ち着いていて、可愛らしいと言うよりかは、美しいと言ったほうがいいだろう。とにかく、美人で、僕の好きな人だ。でも、彼女には縁談相手がいる、しかも、それも決定間近だという。どうにかして止めたいというのが、僕の本音ではあるのだが、みっちゃんの話を聞いてから、策を考えるとしよう。おっと、ラムネがぬるくなってしまう。早くみっちゃんに届けねば…。