新人メイドと動き出した少女魔王編
玉座に据わる魔王ガーベラの前に立つ少女、十代半ばくらいに見える青いツインテールが特徴的な彼女の名はテトラという。 ガーベラのような角はないが人間のそれより尖った耳が、彼女もまた魔族である事を示していた。
「……及びでしょうか、我が主?」
「あなたに任務を与えるわテトラ……」
その任務内容を聞いたテトラは少し驚いた様子だったが、すぐに「……は! 我が主の仰せのままに……」と恭しくお辞儀をした。
「平成も終わり令和になった一発目よ、しくじらないようにね?」
王都へ続く街道を一人の少女が歩いている、ボリュームのある長いピンクの髪の頭に猫のような耳を生やしたその少女は見た目は十代前半くらいだ。 よく見れば腰のあたりから尻尾も生えている、ゼフィランサスという名の彼女は、ファンタジーではお約束の獣人という種族なのだ。
「……もうすぐ王都、そこがボクのお勤め先かぁ……」
期待と不安を胸に抱きながら歩いていたゼフィランサスが不意に立ち止まったのは、靴紐が解けているのに気が付いたからだった。 すぐに結び直すためにかがんだ時だった、「ちっ! 気が付きやがりましたか……」という女の声が聞こえた。
「……はい?」
いきなりの事に驚き周囲を見渡せば、いつの間にか前方に青いツインテールの少女が立っていた。
「わたしの名はテトラ、魔族ですわ」
「はぁ……ボクはゼフィランサスですけど……?」
名乗りあいが済むや否や、テトラはゼフィランサスの足元を指さす。
「あと一歩進めばわたしの用意した落とし穴に落ちたものを……ニュータイプ並みの勘とでもいいますか?」
聞いてもいないに説明を始めたのに「……はぁ?」と目を点にするが、直後にツインテール少女が大鎌を出現させたのに驚きのものへと変わった。
「ですがぁっ! ならばこの〈処刑人の鎌〉で直接始末して差し上げますわっ!!」
テトラが一人で話を進めていくのに付いていけず「なんでそうなるんですかっ!?」と数歩後ずさりながら半ばパニック気味に叫ぶと、「……まったくですね」とテトラとは違う声で返事が返ってきたのに更に驚く。
それはテトラも同じで「何者っ!?」と振り返れば、そこにはメイド服を着た二十代半ばの女性の姿があった。
「私はアストレアです。 嫌な予感がしたので念のため様子を見に来てみれば案の定という事ですか……」
「わたしは魔王様の配下のテトラだ。 女の勘かメイドの勘か……? どっちにしてもご都合主義ですけどね、このタイミングで都合よくも来れるのは?」
「さて? まあ、作者のする事、ご都合主義も致し方なしでしょう?」
言葉と共にアストレアの両の手首あたりが光り出し、それは瞬く間に白く輝く光の刃の形となったのに、テトラは「ほう?」と感心したような声を出す。
「〈精霊の双刃〉……魔王の配下というなら使わせて頂きましょう」
両者はしばし互いの隙を伺うかのようににらみ合っていたが、やがて同時に地を蹴れば、一瞬にして互いの武器がぶつかり合う。
「この時世に魔王ですか?」
「勇者の子孫がいるなら魔王様とて同じ事っ!」
横なぎに振るわれた〈処刑人の鎌〉を「魔王と勇者は対の存在……か」と後方へ飛ぶことで回避するアストレア。
「そういう事ですわ!」
反撃とばかりに振るった右腕のブレードを鎌の柄で受け止められた。
「ならば魔王は何のために動き出したのです?」
その言葉にテトラはにやりと笑うと大きく後ろに跳び間合いを開けば、アストレアはそれを追撃はしなかった。
「退屈しのぎの嫌がらせですわっ!!」
少女魔王ガーベラの先祖はガオの先祖たる勇者に倒されたわけだが、確かに勇者に対する恨みという感情はないでもない。 だが、子孫は子孫であってもその勇者とガオはまったくの別人なのであり、それは自分も同様だ。
いくら先祖が理不尽な目にあったとしても一族だから、同じ国の人間だからというだけの当事者でもない子孫が恨み合っても不毛なだけだとガーベラは分かっている。
とはいえど、何だかんだと勇者と魔王は因縁のあるのがファンタジー世界であれば、多少のちょっかいはかけてみようとも思うものである。
「……という事ですわっ!!」
テトラの説明が終わり、「……大人なんだか子供なんだか……」という感想をもらしたゼフィランサスの表情は、おもいっきり苦笑していた。
「それで新しく城のメイドになるゼフィランサスさんを狙ったというわけですか……」
「そういう事ですわっ!!」
両者同時に跳び出し戦闘を再開した、大鎌と光のツインブレードが再びぶつかり合う。
「……やはり大鎌のリーチの長さ、厄介ですか……」
相手に懐に飛び込むタイミングを掴めないアストレアは、右のブレードを繰り出そうとして、咄嗟の判断で左のブレードを使い〈処刑人の鎌〉を受け止めた。
「攻撃と防御を同時にする……これが二刀流……?」
テトラの方も決め手となり得る攻撃を出くず、戦いはしばし膠着してしまう。
その状況が変化したのは、「これでは埒が明かないですわ!」と大振りの一撃をテトラが仕掛けながら大きく後ろに跳んでからだ。 〈処刑人の鎌〉の刃が胸元を掠め、白いエプロンが僅かに裂けたのに、アストレアは一瞬動きを止めてしまう。
「……逃げる?……そうか!」
「そういう事ですわ!」
テトラの狙いはゼフィランサスだ、手ごわいメイドを当てにし続けるより当初の目的である彼女を始末し撤退するつもりなのだ。 自分が半ば蚊帳の外になっていたと思っていた獣人の少女は、それゆえに咄嗟に逃げるという判断を下せず、気が付いた時には〈処刑人の鎌〉の間合いまで接近されていた。
「……え!? えっ!? えぇぇええええええっ!!!?」
残忍な笑みで「死にさらせぇぇええええええっ!!!!」と迫る姿は、まさに死神そのものであった……。
……ここで唐突だがこの言葉を覚えているだろうか?
”あと一歩進めばわたしの用意した落とし穴に落ちたものを……ニュータイプ並みの勘とでもいうか?”
そしてもうひとつ、ゼフィランサスは僅かに後ずさった後は一歩も動いていない、つまり彼女の正面に立つ事の意味とは……。
「しまったぁあああああっ自分で仕掛けた落とし穴ぁぁぁあああああああああああっっっ!!!!?」
……となるのであった。
かくして、魔族の少女が目の前で陥没した大地に吸い込まれていったのも見送ったゼフィランサスは、次の瞬間に何かが肉に突き刺さるような鈍い音と、「あじゃばぁあああああああああっ!!!!?」という悲鳴とも断末魔ともとれる声を聞いた。
その直後、鳥の羽ばたく音に二人が思わず顔を上に向けると、一羽の大ガラスが「バカーバカーーー」と鳴きながらいずこかえと飛び去ったのが見えたのであった。
そんなこんなもあったが、その後ゼフィランサスは無事に勇者王の城に到着する。
「……というわけで、この子が新人のゼフィランサスですわガオ君」
執務室で仕事中にアストレアからゼフィランサスを紹介された少年勇者王は、真新しいメイド服に身を包んだ猫耳獣人少女に思わず見とれてしまう。
「あ、あの……そんなに見られると……」
照れて困惑するゼフィランサスに、「……あ、ごめん」と謝るガオを見て。この子も年頃の男の子なんだと思い出すアストレア。 ピンクの髪を持った素の容姿もさることながら、猫耳と尻尾というのがアクセサリー的に可愛く見せるというのは、女の自分でも理解できないものではない。
「それにしても、本当に獣人の子を連れてくるんだねレアさん?」
「きちんとした正規雇用ですから大丈夫ですよ、ガオ君」
二人の会話の意味はゼフィランサスには分からないが、気にするようなものでもないと思えた。
「……まあ、とにかくこれからよろしくねゼフィランサスさん?」
「あ、はい……とボクの事はゼフィと呼び捨てで結構ですよガオ様……」
「なら僕の事もガオ君とかでいいよ、様付けって苦手なんだ」
「ですが、あなたは国王陛下で……」
「生まれ持った権威で偉ぶるのって嫌いなんだ……」
自分もアストレアもゼフィも同じニンゲンだ、生まれが違うから自分の方が偉いわけでもない。 少なくとも、今はまだ誰かに尊敬され様付けされる器にはなっていないのだから。
「ガオ君の言うことも正しいけど、やはりそうもしにくいのもニンゲンですよ? それぞれに置かれた立場に対する礼儀と思えばいいでしょう」
更に彼女を困らせても仕方ないと言われれば、ガオもそれ以上は言えない。
「分かったよ、改めてよろしくねゼフィ?」
従者というより新しく友達になった相手に対するかのような笑顔の少年に、獣人の少女は「はい、ガオ様」と丁寧に一礼したのであった。




