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ファンタジー世界の八月編


 暑い日が続きうんざりなのは何も人間だけに限ったものでもなく、いわゆる魔族と呼ばれる者達も同様である。

 深い深い森の奥に佇む魔王の城、その主人たる魔王ガーベラは自らの玉座に実際偉そうに座っていた。 長い紫の髪を持つ十歳程度の魔族少女は、「……テトラ」と部下の名を呼ぶと、数秒の時間を置いて光の粒子が出現する。

 光は次々に現れ一か所に集まり肥大化すると、やがてヒトの形を成す。 そして輝きが消失した後に「……及びでしょうか、我が主?」と恭しくお辞儀をしたのは、魔王より少し年上に見える青いツインテールの少女だ。


 「エルは例の場所に出掛けたのかしら?」

 「はい。 ガーベラ様にはお土産を期待していてね……との事です」


 部下の答えに溜息を吐く。


 「まったく……あの子の趣味は否定しないけども……」


 今日び大抵のものはインター・ネットを使った通信販売で入手出来る時代である、この暑い中わざわざ人間のごった返すイベントになんて行かなくてもと思うのだ。


 「……そりゃぁ……ショップ委託してない、現地でしか入手出来ないものもあるんでしょうけど……てか、ファンタジーで通信販売ってどうなのよ?」

 「……は?」


 怪訝な顔をするテトラに「何でもないわ……もういいわ」と言うと、青いツインテール少女の身体はまた光の粒子となり消えた。 それを見届けたガーベラは、今度はサイドテーブルに置かれた文庫本を見やった。


 「□ードス島戦記……今になって新作が出るとはね……」


 昔に気まぐれで読み、何となく気にいったファンタジー小説の最新作である。 ぶっちゃけ、この作者アホの書くダメダメファンタジーとは比べるべくもないくらいな名作だ。


 「なろう系ファンタジーが勢いのある中でも、こういうとっくに完結した昔の名作も復活するか……」


 今の主流ファンタジーを受け付けない年寄りのためのものであろうがと、そんな風な考えは、自分もその年寄りに含まれるのだろうかというように思えた。


 「……まさかね?」


 ガーベラはやや自嘲気味な笑みを浮かべた。 



 

 照りつける太陽を恨めし気に見上げるのは、王都にあるカフェで働くストラ・イクである。 十代後半の彼女は特別な力があるわけでもないごくごく普通の一般市民だ。


 「……店にいればエアコンで涼しいのに……」


 茶色い紙袋を抱えているのは急な買い出しを頼まれたからである。 ふと街路樹へと目をやれば、朝からずっとうるさく大合唱しているセミ達と、それを捕まえようという数人の虫取り網を握った子供達の姿を見つけた。


 「……まあ、子供が遊べる暑さってだけましなのかな?」


 温暖化のせいか、迂闊に子供が遊ぶことも出来ない暑さになるというあっち・・・がどの程度かを、ストラは想像してみても出来なかった。


 「それにしても……子供ってどうしてセミ捕りをするんだろうねぇ……?」


 カブトムシやクワガタムシならともかく、家で飼う事も出来ないセミである。 どうせ最後には逃がすのだから意味があるのかな?と、そんな疑問が浮かぶ。

 女の子だからというわけでもないのだろうが、ストラはセミ捕りをした事はない

 あったとしても、おそらく今更その時期の考えや気持ちは覚えていないような気もするが。 幼い頃に夢中になってやっていた事の大半などそんなものと思え、それが大人になるという事なのかも知れないと思うと、少し複雑なものだった。

 



勇者王の城にある執務室では、少年王のガオ・レオンハートが今日の分の仕事を終えて一息吐いていた。 メイドであるゼフィランサスことゼフィの用意してくれたサイレント・ヒル産の緑茶には、薄く湯気が昇っている。


 「……確かにエアコンが効いて涼しいですけど……夏ですから冷たい麦茶とかでもいいのではないですか?」


 自分と同じ十代前半である獣人少女がそう言うのに、ガオは「それも悪くないんだけどね」と笑う。


 「まあ……ガオ様がお好きならそれでいいんですけど……」


 このボリューム感のあるピンクの長髪の上に猫耳を生やした少女は、もうすっかりメイドの仕事に慣れてきていた。 家事が得意で世話好きな性格であっても、他の住人のように優れた戦闘力や魔法という特殊な能力は持っていなくても、その普通さにガオは好感を覚えもしている。

 「それにしてもゼフィ、そろそろ”ガオ様”はやめてもいいんだよ?」

 そんな思いからか、ガオはゼフィとは王と従者ではなく友達でありたいと願いはじめていたが……。


 「そうはいきませんと何度も言ってますよ。 あなたはこの国の王なんですから」


 ……と言うのが彼女なのである。 それが正論だとは分かりはしても、自分の立場や責任をしっかり自覚していても、それ以前に同じニンゲンであるという事に違いないと思う。

 だからといって強引にやめさせても、それは王の命令に従わせるという事であり、それではガオにとって何の意味もない。 力で従わせる友達など友達ではないからだ。

 気長にいくしかないかなと、ガオはそう思った。 

 



  少女の呻き声に続き、陶器の割れる音が響く……。


 「……くっ……図ったわね……!?」


 ピンク色の服を纏った少女の紅い瞳が睨みつけてくるのに対し、「うふふふふ……油断なさったお嬢様が悪いのですわ?」と銀髪のメイドが嬉しそうに笑う。 少女は白いテーブルクロスの敷かれた丸テーブルを支えに堪えようとしたが、どうしても身体に力が入らず床に転倒してしまう。


 「あなたに敗れてお仕えしてきましたが……やっとこの日がやってきたのですわ」

 「……ずっとこの機会を……というわけね……」


 メイドは頷くと一歩前に踏み出す。


 「お嬢様の自由を奪える薬の調合、苦労致しましたのですよ?」


 胸元のネクタイを解きながら僅かに顔を赤らめるのに、少女の怒りに歪ませた表情が怪訝なものへと変わった。


 「すべてはお嬢様を私のものとするためっ!!」

 「…………はぁ? ちょっ! あなたは何を言って……」


 その言葉が聞こえているのかいないのか、メイドは「すべてはお嬢様の可愛さが悪いのですっ!!」と興奮した声を上げるのに、少女はゾッとなる。


 「手始めにお嬢様の初めて・・・を頂きますわ?」

 「へ……? ちょ……やめなさい!」


 銀髪のメイドは「ふふふ……」と愉快そうな笑いを浮かべ、白い手袋を嵌めた細い手を、スカートの中へと伸ばし、そして……。


 「……あなた、本当にそういうの好きねぇ……」


 親友の呆れた声に、エルメスは顔を上げた。


 「ちょっとベラちゃん! 勝手にヒトの部屋に入ってこないでよね!」


 高価そうな一人用のソファに腰かけているエルメスは、抗議しながら読んでいた薄い本をテーブルの上に置く。 そこには同じような本が何十冊と積まれている。


 「……それが今回の戦利品なわけね」


 年に二回ある、いわゆるオタク達のビッグ・イベント。 実際戦場とも呼べる過酷な場所にエルメスは行って来たのであった。 そこでお子様厳禁の本を大量に買い込んで来る趣味は、親友であっても理解不能なガーベラだ。


 「そーゆー事よ? あ、もちろんベラちゃんへのお土産もあるわよ、グリッドなヒーローのアニメ好きでしょ?」

 「あれは偶々見て少し気にいっただけなんだけど……」


 流石にお土産は一般向けだけではあるのだが、別段興味もなく、さりとて友人からの贈り物だけに捨てるわけにもいかないというのが困ったものだった。


 「うふふふ、ベラちゃんも、いつでもこっちの世界に来てもいいのよ?」

 「全力で断るわ、エル……」


 親友の勧誘に、うんざりとした風に断る少女魔王であったとさ。


 




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