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とあるファンタジー世界の夏の日編


 ファンタジー世界であっても、七月も終わりになれば暑さも本番となってくる。

 かつて魔王を倒した勇者の子孫である少年王が治める国、エテルシオンを連日暑い日が続いていた……。


 「……なのにねぇ……」


 執務室で事務作業中のガオ・レオンハートは、書類を書く手を止めて溜息を吐いた。

 十代前半から半ばくらい容姿に黒くいかにも主人公という風な髪型のこのガオこそ、かつて魔王を倒した聖剣と勇者王の称号を受け継ぐ少年だ。 しかし、魔王が現れても、普通に悪人と呼ぶようなヒト達も一定数いるとはいえ、概ね平和な世界であれば彼自らが物騒な事をする必要もなく、ほとんど毎日事務仕事というのが今の勇者王だ。

 だが、自分が勇者と称えられるような事態などない方がいいし、聖剣とて単なる飾りで置いておけるならそれが一番なのはガオも分かっている。

 勇者や聖剣が必要とされる事とは、必然的に大勢のニンゲンが不幸に見舞われるという事であり、そういう想像がしっかり出来れば勇者や英雄など決して憧れる存在でないと分かるものなのだから。

 まあ……それはいいのであるが……。


 「ファンタジーに何でエアコンがあるんだろう……」


 確かに快適で仕事も進むのではあるが、いろいろと釈然としない。


 「……しかも地球環境に優しい最新型ですからねぇ……」


 猫耳獣人メイドであるゼフィランサスが壁に設置された白いエアコンを見上げた、ゼフィの愛称で呼ばれる十代前半の少女は、今は書類を整理している。 本来であれば先輩というかメイド長的な立場にあるアストレアというエルフ・メイドさんがやっていた仕事なのだが、最近はゼフィに任される事も多くなってきた。

 実際のところこういう事は苦手であるしミスもまだ多いのだが、ガオもアストレアも注意や説明はしてきても怒る事はしてこない。 経験もない事をそう簡単に出来るはずもないし、そもそもメイドの仕事なのか?という疑問もある。


 「……このお城、まだまだヒトがいないですからねぇ……」


 雇い主であるガオではなく、ここにはいない誰かに向かってぼやいてみるゼフィであった。

 同じ頃、城内にある食堂ではアストレアと騎士隊長であるアム・ルマークが向かい合って雑談をしていた、互いの手前には紅茶の注がれたガラスコップが置かれている。


 「いや~騎士……てか、戦士には嫌な季節がやってきはったわ」

 「暑そうな鎧を着ていますからねぇ……」


 苦笑するアストレアの水色の瞳が見つめるアムは、流石に今は鎧を着てはいないが、いざ出動となれば防具を身に着けないわけにはいかないだろう。 実際のところ、彼女も仲間であるダン・ヴァインとビル・ヴァインも並大抵の相手なら防具がなくても問題ないくらいの強さはあったりする。

 それでも出撃とあれば可能な限り鎧を身に着けるのは、いかなる相手でも油断しないようにするという心構えである。 もっとも……「まあ、騎士が鎧着ていないのもカッコ悪いしな?」というのも本音ではあったが……。

 そこへ「あれ? 二人して何してるの?」と入って来たのは、長い銀髪の女の子であった。 エターナという名前の彼女は、前回から勇者王城の一員となった魔女である。


 「休憩中ですよ、エターナさん」

 「そういうこっちゃ」


 アストレアとアムが答えると、エターナ「そっか~」と納得した様子で食堂を出て行ってしまった。 ふらっとやって来て、またふらっと出て行くというのが気まぐれ猫のようだと見えて、二人同時にクスッと笑っていた。




 深く不気味な森の奥深くに聳え立つ魔王の住む城の中に、エルメスという名の符術師の部屋はあった。 ぎっしり詰まった本棚が五つはあるが、そのほとんどが魔術書の類ではなく薄い本なのが、この少年めいて短い藍色の髪を持つ魔族少女なのである。

 そして、現在この部屋の主は、作業用と思われる机で分厚い書物を開いていたが、これも明らかに魔術とは無関係と分かる表紙である。


 「暑い夏・・・ももうすぐねぇ……うふふふふ」


 彼女の表情は、実際遠足が待ち遠しい小学生のそれであった。



 勇者王城の二階テラスに涼しいそよ風が吹いてくる、そこに佇む銀髪の少女の蒼い瞳が見上げるのは、赤く染まった空であった。 そんな彼女足元には黒い猫がチョコンと座ってもいた。


 「夕涼みですかエターナさん?」


 背後からの声に振り返った少女は、「ゼフィ? そだよ~」とピンク色の髪の獣人メイドの愛称を口にした。


 「これからもっと暑くなっていくんでしょうね……」


 エターナの隣まで歩いてきたゼフィが少し憂鬱そうに言うと、「まったくですよ……」と苦笑したのは、足元のアインだ。 そんな二人の会話にエターナは不思議そうな顔をする。


 「いいじゃん、夏なんだから暑くってさ?」


 自分より少し背が高いゼフィを見上げて言った後に、今度は使い魔である黒猫を見下ろす。


 「暑いからプールとか海に行って遊べるし、かき氷とかアイスとか冷たくて美味しい物を食べるんじゃん?」


 実年齢は二十歳という魔女の女の子の言い方は、十歳くらいにしか見えない外見通りの子供っぽさがあった。 アインとゼフィは一瞬ポカンとなり、その後に揃って可笑しそうに笑い出した。


 「何よ~?」

 「……いえ、ご主人様らしい前向きさだと思っただけです」

 「ええ、そういう考え方もありですね、確かに」


 どうにも褒めらてるように思えず「む~~?」と口をとがらせるエターナと、そんな少女の仕草が可愛らしく見えた二人の頭上では、徐々に赤かった空が黒く染まり始めていたのであった……。




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