ファンタジーには危険が付き物だよね編
大昔に魔王を倒した勇者の子孫が治める国、名をエテルシオンという。
広大で緑豊かな大地に、危険な野生生物や悪党がいないわけでもないが、人々はおおむね平和に暮らしている。 どだい人間にだけ都合の良い生態系だの、悪人の存在しない人間社会など、いくらファンタジーでもありえるはずもない。
人気のない森の中を一人の少女が歩いていた、年齢は十歳くらいであろうか、綺麗で長い銀髪の天辺がアンテナめいて立っているのが特徴的だ。 人気がないと言ったものの、少女が歩いているのは明らかに人の手で作られた道の上であった。
「……?」
不意に少女の足が止まったのが背後からの草木の揺れる音のためなら、当然すぐに振り返ると、次の瞬間に少女の蒼い瞳に映ったものは黒い巨体の姿であった。 自分の身体の三倍以上はあるその生き物が、熊であるとはすぐに分かった。
「ちょ……何でっ!?」
この森に熊はいないはずだと驚く少女の頭上を、光の矢が通過し両腕を振り上げ威嚇のポーズをとった熊に命中した。 すると黒い全身が一瞬白く発行した直後、巨体が実際糸の切れた操り人形めいて倒れた。
少女が再び振り返れば、今度はウェーブのかかった亜麻色の髪の女性が右腕を下ろしながら息を吐いていた。 そして彼女の足元にいる黒い猫が、少女を心配そうな紅い瞳で見つめていた。
「……ししょー? アイン?」
「何らかの理由で棲家を追われたか、食べ物が不足し移動したというところでしょうかトキハ様?」
「でしょうね。 野生の生き物も生きるのは大変という事、そして危険とはいつどこからやって来るか分からないという事もね」
足元のアインを見て言ったトキハは、今度は銀髪の少女へと向けた表情は、穏やかで優しいものであった。
「大丈夫よエターナ。 魔法で気絶させただけで殺してはいないわ」
師匠である魔女の言葉に、分かっているよという風に頷くエターナだった。
賑やかな王都の中に建つ勇者王の城、そこで働くメイドさんの休憩室では少年勇者王のガオ・レオンハートが二人のメイドさんと向かい合ってティー・タイム中だった。
「……パラレル・ワールド?」
サイレント・ヒル産の緑茶の入った湯呑を手にした黒髪の少年に「はい、並行世界とも言いますね」とは、この城に昔から仕えているエルフ・メイドのアストレアだ。
「う~~ん? 聞いたことあるようなないような……?」
首を傾げるピンクの髪のメイドさんの頭には猫のような耳が生えている、ゼフィランサスというこの獣人メイドさんは、ゼフィという愛称で呼ばれていた。
猫耳や尻尾の存在はともかく、生物学的にみれば頭頂部に耳があるなどありえないという読み手もいるであろうが、ファンタジー世界でそれをツッコむのは無粋であろうというものである。
ちなみにメイドさんの前にあるのは紅茶の入ったティーカップだ。 十代前半のガオとゼフィ、そして見た目二十代後半のアストレアという組み合わせは、主人と従者達というより姉とその妹と弟の茶会という雰囲気だ。
「我々が認知出来ないだけで少しずつ違うセカイが無数に存在するという説です、もちろん本当かなんてわかりませんけどね?」
そう言って笑うアストレアがどうしてこんな話題を始めたのかといえば、単に思いついたからというだけの事ではあった。
「それって……例えばメイドじゃないボクや王様じゃないガオ様のいるセカイとかそういうのもあるんですか?」
「そうですね、そういう事ですゼフィさん」
頷きながら紅茶を一口啜る。
「そしてひとつひとつは少しの違いでも、無数であれば当然今のこのセカイとは似ても似つかないものもありましょう」
例えばガオが白いモビ〇スーツのパイロットだったり、ゼフィが散らばったク□ウ・カードを集める魔法少女だったりするセカイもあるかもという事である。 そんな説明に、ガオとゼフィはまさか……という風に苦笑していた。
「ちなみに逆に言えばですね、別にセカイの誰かもこのセカイにいるかも知れないという事になりますね?」
「それって……?」
「どういう事なんですか?」
ガオとゼフィには意味が分からず、揃ってアストレアを見つめた。
「え~とですね……ざっくり言ってしまえば、この作者の別の小説の人物が出てくるかも知れないという事です」
人差し指を立てる仕草をしながら言ったのに、二人は唖然とした顔を見合わせ、それから再びアストレアを見た。
「……ざっくり……」
「……過ぎですよ、アストレアさん……」
呆れたという風のガオ達に、「まあ、もう出てきているかも知れませんけどね?」と意味深な笑みを浮かべるアストレアであった。
平和な大通りに突如として爆音が響き渡り、道行く人々が大慌てで逃げ出し始めたその理由は、一台の大型バイクが原因であった。
「ひゃっはぁぁああああっ!! このブラック・キング号にひき殺されたくなかったらどきやがれぇぇええええええっ!!!!」
黒く塗られた単車の上で爆音にも負けない声を上げるのは人間ではなくオーガだ、緑色の肌をした二メートル近いこの種族もまた、ファンタジーでは定番である。
「ファンタジーにバイクって……!?」
弾丸めいて突っ込んで来たブラック・キング号を間一髪で回避した十代後半くらいの少女が呆然となる、ストラ・イクという名の彼女は、この王都にあるカフェで働いる。 そのストラは、次の瞬間にバイクに向かって突っ込んでいく中年男性の姿を見た。
「……って! ちょ……マスターっ!!?」
白髪でがっしりした体格のその人物は、間違いなくストラの働くカフェ”アーク・エンジェル”の店長だ。
「なんだてめぇはっ!!!?」
オーガも当然気が付くが、当然ブレーキなど掛けない。 それどころか「このニック様の前にでるたぁなっ!!」とアクセルを捻り更にスピードを上げた。
「ふん! 若造がイキりおってからにっ!!」
「素手の人間がオーガに勝てる通りはファンタジーにゃねえよっ!!」
容易く人の命を奪える黒い凶器が向かってくるのにマスターは怯えも焦りも見せず、むしろ不敵な笑みすら浮かべながら跳躍する。
「己が乗っているものがいかに危険かを理解せぬアホゥが!!」
一瞬にして接敵したマスターは正面から蹴りを繰り出せば、高速で迫る数百キロの車体を軽々とゴムボールめいて弾き飛ばしたのだ。
「もう一度教習所で勉強しなおしてくるが良いわぁぁあああああっ!!!!」
「そんなバカなぁぁぁああああああっ!!!?」
空高く跳んだニックとブラック・キング号は、ストラを含む町の人々が見上げる視線の先で何故か花火めいて大爆発、四散した近くを一羽の大ガラスが「あほ~~~!」と通り過ぎた。
「……大ガラスのフラッグがまた飛んでる……?」
その呟きは、ストラ・イクのものであった。
「……というような事件が昼間にあったそうです」
窓の外が朱色に染まった執務室でアストレアか報告を受けたガオは、「……何それ?」とキョトンとした顔を見せた。
「……って言うか、その人ってレアさんが行くっていうカフェの人だよね? 何者なのっ!!?」
アストレアは「うふふふ」と、どこか謎めいたように見える笑いを浮かべたのは、ガオには彼女をとてもミステリアスな存在であるように感じさせた。
「さて? 私も存じませんよ、ガオ君?」