エテルシオン騎士隊vsアント・ババと四十人の盗賊編
アント・ババとその一味四十人は各国を荒らしまわる盗賊団であり、その盗賊団が勇者王の国にもやって来るのは、当然と言えば当然ではある。
その彼らが拠点としているのは古い砦跡である、そして応急で修理されたと分かる門の前に立つ男。 彼の名はミハ・リーヤック、この門の前で不審者がやって来ないか見張るのが仕事であるが、決して下っ端の三下ではない。
並の兵士であれは数人はまとめて相手にし勝てるほどの実力はある、更に単に腕っぷしが強いというだけではなく、隠れて忍び寄る敵の気配を察知するような勘も優れていた。
そんなミハではあるが……実はもうすでに倒されていたりする……。
「……ちょ……そこまで持ち上げておいて……ガクッ……」
大地に倒れ動かなくなったミハを見下ろしていた女性騎士が「……何を言ってんや?」と首をかしげた後に、仲間である騎士二人へと顔を向けた。
それは数日前の事である……
「……アント・ババと四十人の盗賊?」
少年勇者王ことガオ・レオンハートが執務室でエルフ・メイドのアストレアから報告を受けていた。
「はい、その彼らがこのエテルシオンに入って来たという情報があります」
「盗賊団なら放置もして置けないでしょうけど……」
猫耳獣人メイドのゼフィが表情を曇らせてガオを見やると、「ゼフィの言う通りだね」と頷いた。
「ちゅーことはや、うちらの出番ってわけやな?」
元気のよいビッグ・スロープ地方のしゃべり方はアム・ルマークだ、最近赴任したばかりの女性騎士と、部下のヴァイン兄弟と三人でこの城の騎士隊である。
「出番って……アムさん達が強いのは分かってるけど、いくら何でも三人なんて無茶だよ……」
ちなみに、確かに最初にこの城にはガオとアストレアしか居ないと言ったが、城には居ないと言っただけで城以外の場所に兵士などが居ないとは言っていない。 ガオとしてはそんな彼らの力を借りて盗賊退治をしようと思っていたのだ。
自分が先頭に立って解決したいという気持ちもないではないが、王と言うべき立場の意味や、勇気と無謀の違いをまったく分かっていない愚か者でもない。
「大丈夫や、少数なら少数の戦い方もあるんやでガオはん」
自信たっぷりに言ってみせられても、やはり安易にオーケーしていいとは思えず、ガオは机の上で手を組んで考え込んでしまう。
「しかし、アント・ババとその一味は凶悪極まりない集団と聞きます。 市民に犠牲を出さないためには早期の対処は必要かと」
武器を持たない無抵抗な一般市民であっても殺す事を躊躇わず、やって来た討伐隊も皆殺しにして来たという連中なのだ。 そのアストレアの説明に余計に険しい顔になるガオだ。
「まあ、うちらかて無茶はせえへん。 無理と思ったら素直に引き返すよ?」
「……三人で四十人を相手にするって時点で無茶な気が……」
不安を隠せないゼフィを見やり、「だったら僕も……」と言い換えた瞬間に机の上に分厚い書類の束が置かれ、目が点になる。
「……レアさん?」
「忘れておりましたわ、ガオ君にはやらないといけない仕事がこんなにあります」
笑顔だが、有無は言わさないぞという迫力があるのは、付き合いの長いガオには分かった。 小さく息を吐き「どうしても?」と問うと「どうしてもです」と返ってくるのは予想通りだ。
「部下を信用するのも大事な事なのですよ?」
優しく諭すアストレアの声には逆らえず、絶対に無理はしないでねと約束する事で許可をした。
そんなこんなで、ガオの許可を得たアムとダン・ヴァイン、そしてビル・ヴァインは盗賊退治の任務を開始したのであった。
見張りを倒し持ってきたロープで拘束したアム達が、そのまま突撃したのは、相手に反撃の態勢を整えさせる間を与えないためである。
「どこのカチコミじゃぁぁああああああっ!!!!」
そんな怒声と共に数人の敵が現れたのは、門を抜けてすぐ先の広場になっているところであった。
「盗賊といえど早い動きを見せるか……」
多少感心したように呟くダンとビルが前に出て剣を振るう、力強く早く二人の剣裁きは、あっという間に彼らを倒す。 それはミハに比べて彼らが弱いという事でもなく、アム達の強さが段違いというだけである。
更に今度は十人程が飛び出して来たのに、アムも前に出て三人で迎撃する。
「ひゃっはぁぁあああっ!! 女騎士だぜっ!!」
「とっ捕まえてエロ同人みたいにしてやんよっ!! エロ同人みたいにっ!!」
妙にテンションの高い敵がアムに迫ったが、慌てることなく一人を倒し、もう一人に対しては足払いで転倒させるという事をやってみせる。 それから「くだらんものの読みすぎや!」と振り下ろした剣は、狙ったわけではないのだが盗賊の大事な部分に直撃した。
「おぎゃぎょげぎゃぁぁあああああああっっっ!!!?」
みねうちとはいえ男の急所への直撃にヒトのものと思えぬ悲鳴を上げた男は、口から泡を吹いて失神したのに、アムは少しだけ申し訳なさそうな瞳を向けはした。
「……こういう手合いは奇襲してやれば準備の整った連中からさっさと出てくるもんやが……」
更にやって来た盗賊へと視線を向ける。
「バラバラに出てくれば、こっちも各個撃破が出来るちゅうわけや!」
「……乗せられたのか? この敵に……あべっ!?」
それでもほぼ確実に自分達より数の多い敵を相手にする状況にはなる。 それらを手早く倒していかなければ、敵の数は増えていき結局は一度に全部の敵と戦うのと同じ事となるのだから、生半可な実力で出来るものではない。
「盗まれたものならまだ取り返しは付くっ!」
ダン・ヴァインの剣はやや直線的な太刀筋であるが、一撃一撃が重い力の剣技だ。
「だが命はそうはいかない! 貴様らが盗みのために人殺しもじさない連中なれば!」
一方のビル・ヴァインは巧みな技を駆使した剣技で盗賊達を倒している。
「せやから犠牲者を出さんためには無茶でも無茶するしかないんやでっ!!」
顔面に刀身を打ち付けられた盗賊が「おくらぁぁああああっ!!?」と仰向けに倒れた時には、すでに動く敵は残っていなかった。
「無茶はするが無理はしてへんからな、ガオはんの約束は破っとらんで?」
だが、これまでにアント・ババらしき男がいなければ、戦いが終わったと判断して剣を納める事はしない。
案の定、「やってくれたな貴様ら!」と怒りの声と共に頭に白いターバンを巻いた男がやって来た。 直後に引きつれた四人の部下が左右に分かれれば、ダンとビルが跳び出し迎え撃つ。
「俺様の相手は貴様か?」
「アム・ルマークっ!」
名乗りながら地を蹴れば、「アント・ババだ!」と剣を構えた次の瞬間に響く金属音。
「たった三人でこうもやって見せるか!」
「騎士やったらな!」
二回、三回と刀身がぶつかり合う。
「騎士? 勇者王の犬ってわけか!」
「どっちがや!」
どちらからともなく後ろへ跳び間合いが開いた、アントが「どういう意味だ?」と問うと、アムは「分からんかい!」と言い返す。
「人間ちゅうのはな! みんなで協力して生きていくもんやっ!!」
再度突撃する女性騎士を、盗賊の首領は迎え撃つ。
「自分勝手に好き勝手やって他人に迷惑かけてっ!!」
「他人など知った事か! 自分が良ければいいんだよっ!!」
「その考え方が人間やない! 獣以下やとゆーとんねんっ!!!!」
振り下ろされた一撃を回避したアムは、勢いよく跳び蹴りを繰り出したその先は……。
「あぎょぉぉおおおおおおっ!!!?」
……アントの、男の大事な部分であった。
思わず剣を手放しその大事な部分を両手で押させてしまうアントの脳天に、「ほんま効果覿面やな~」と笑いながらトドメの一撃を振り下ろしたのであった……。
かくして、アント・ババと盗賊の一味は全員捕縛された。
そしてこの事件の顛末をエルメスから聞いた少女魔王ガーベラは、玉座の上で詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「盗賊とはいえ三人で四十人を倒すとはやるものですわね」
青いツインテール魔族ことテトラが多少は感心するが、以前にぼっこぼっこにされた相手であれば複雑な気分にもなった。
「それはいいのだけどね……どうせ最後には殺すのにわざわざ生け捕りっていう偽善をするってのがねぇ……」
話を聞く限りの罪状であれば間違いなく全員死刑である、正当な裁きを持って刑を下すのが人間社会のルールと知っていても、無駄で効率が悪いとしか思わない。
「あなた達はどう考えてるのかしらねぇ?」
そんな事を言った少女魔王の金色の瞳は、この場にいない者達を見ているようだと、エルメスには思えた。