異世界物語はスマート・フォンと共に始まる?編
白い雲がゆっくり流れる空に一羽の鳥……にしてはおかしい。 爬虫類めいてごつごつした黒い肌には羽毛の一本も生えていないし、二本の角を生やし僅かに開いた口からは鋭そうな牙を覗かせている。
……というか、そもそも身体の大きさが桁違いだ。 普通の鳥を人間とするなら、こちらは巨大スーパーロボットくらいはある。 それもそのはず、それは鳥ではなくドラゴンというファンタジー世界最強の生物なのだから。
そのドラゴンのはるか下に広がるは大自然の豊かな大地、もちろんそこには植物だけでなく様々な種類の動物が生きていれば、人間と呼ばれる存在の営みもある。
小さな木造の家が立ち並ぶそこは小さな農村のようで、太陽の高く昇っているこの時間では畑仕事に精を出す男達の姿が見られる。
そんな農村からだいぶ離れた場所にある洞窟、そこでは数人の若者が剣や魔法をもって誰かと戦っていた。
誰かといっても緑色の肌をした一メートルほどの彼らが人間であるはずもない、ゴブリンと呼ばれるファンタジー世界では有名な雑魚キャラであった。 雑魚とは言ったものの、それも二十体近くいれば四人程度ではそれなりに苦戦しているようである。
こんないかにもファンタジーな世界には、当然というべきか西洋風の城も建っている都市も存在する。 その城は実際かなり年季の入った代物に見え、周囲に広がる街並みは規模はもう少しは近代的なデザインであった。
その街並みを城のテラスから意志の強そうで茶色の瞳で眺めているのは一人の男……いや、まだ明らかに少年というべき体格と顔立ちだ。
そして、彼の後ろに立つ二十代前半くらいの亜麻色の髪の女性は誰がどう見てもメイドさんと分かる衣装を纏っている。
メイドさんは数度頷いた後に、右手を使って人間のそれより長く尖った耳に当てていた”それ”を放して、水色の瞳で少年に向ける。
「…………」
「突然の電話で失礼致しました……」
少年の何か言いたげな表情に対し、丁寧なお辞儀を返すメイドさん。
「……ファンタジー世界にスマート・フォン?……ナンデ?」
「あら? 異世界にスマート・フォンくらい今は常識ですわ?」
メイドさんは、虫も殺せなさそうなくらいの善良な笑みを少年に向けた答えたのであった。
ここはありきたりな?ファンタジー世界である、故に人々は中世に近いレベル?の文明の中で生活し、魔物がいれば俗にいう冒険者もいる。 魔王もいた。 そして当然、魔王もいればを倒す勇者もいる……いや、いたと言うべきか。
何故なら、それも今は伝承で語られるのみであるくらいに大昔の話だ。
その伝承の最後は魔王を倒し世界を救った勇者は王となり、勇者王の称号で呼ばれるようになる。 その後は代々勇者の聖剣と”勇者王”の称号を受け継いだ彼の子孫達がこの国を統治してきたのであった。
「……ふぅ~」
幼き少年勇者王であるガオは小さく息を吐くと白い湯気の立つ黄緑色の液体の入った湯呑を机の上に置く、 このサイレント・ヒル地方産の緑茶は心の落ち着く彼の好みの飲み物だ。
十三歳の子供であっても王である以上は、この執務室で事務仕事というのもやらねばならないのは、分かっていても面倒だと感じるのは仕方ないであろう。
「世間はやれ新元号だ十連休だと浮かれてるのになぁ……」
彼の呟きに「そうですねぇ……」答えたのは、背後に控える亜麻色の長い髪のメイドさんである。
「元号が変わった程度でつらい世の中の現状が変わるもでもありませんが……まあ、ファンタジー世界にはどっちも関係ない話しでしょう」
それでも少しは明るい話題で気休めでも希望を持ちたいという心情もあるのかもとは、彼女にも理解できなくもない。
このアストレアという名前の彼女は見た目には二十代前半だが、人間ではなくエルフと呼ばれる長寿を誇る種族であるので実年齢は…………。
「余計なことは言わないで下さいね?」
……唐突にここではないどこかへと視線を向けたアストレアの笑顔は、実際氷のように冷たく怖いものだ。 しかし、次の瞬間に少年勇者王に向けた笑顔はいつも通りの穏やかなものに戻っている。
「……それはさておき……ガオ君、ともかく私達には可及的速やかに対処しなくてはいけない問題がありますわ」
ガオが首をかしげたのは、彼にはその問題とやらに心当たりがなかったからだ。
「はい……実はこの城には現在、ガオ君と私の二人しかいないのです」
「……はい?」
アストレアが何を言ったのがすぐに理解できず目を点にしたまま三十秒程固まっていたガオは、「なんだそれぇぇええええっ!!!?」と大声を上げてしまった。
「ぶっちゃけざっくりと言いますと、作者が大勢キャラを一気に作るのがめんどーだからですわね?」
「……はぁ?」
「そんなわけで……まずは人材確保を致しませんと」
再び呆然となった後に、「いきなり超手抜きするんかい……」と呆れ顔になるしかない少年勇者王ガオの胸中は、実際先行き不安で仕方ないのであった。
そんなこんなで始まったこの物語……その行方がどうなるのかは、実際誰にも分からないのであったとさ……。
ちなみに、通常の三倍はある体格の黒いカラスが「アホカーーーーー!」と鳴きながら城の上空を通過したのは、ガオ達の知る由もない事である。