第三十二話 一時の平和
激しい戦いの連続だった。
特にクーゴなんかは連日の三連戦だ。
そんな俺たちを労ってか、怪獣の出現は暫く止んでいた。
アーデが言うには、同時に複数の眷属の召喚で、大元の大怪獣のエネルギーが減っているのではないかということだった。
実際、封印に対抗する力も若干弱まっているらしい。
委員長の弟勇輝に変化があった。
あの後暫くして、一度勇輝が目を覚ましたらしい。
横で見守っていた委員長を、うっすらと開けた目で見つめ、一言「お姉ちゃん、かっこいい。」と言ったそうだ。
再び眠りについたが、医者が言うには回復の兆しが見え始めているそうだ。
そして俺たちはというと、夏休みもすっかり終わり、皆で学校に通って普通の高校生活をしている。
今も昼休みでクラスメイトと弁当をつついているところだ。
「なぁなぁ、ワイドショーの特番で見たんだけどよ。あれスゲーな。パイルバンカーだろ?あれ。めっちゃロマン武器じゃん?」
「あぁ、あれな。実は杭の部分がドリルになってて、打ち出すときに回転するんだ。」
「マジかよ!?ロマン溢れすぎだろ!エグゼクティブな人も真っ青だな!」
俺たちの周りには、連日放送されるニュースやワイドショー、さらには特番等で映し出される世界各地の戦闘の映像を見たクラスメイトたちが集まっていた。
この学校の生徒は事情を知っている。
しかし誰にも話せない。
だから怪獣や護封機の話題は、学校で盛り上がる。
外で話題にして、余計なことを言ってしまう事も恐れてのことだ。
「他のもスゲーよな。委員長のは映像が無いんだけど、どんななんだ?」
委員長の護封機は、酷い砂に視界が奪われていたせいで映像がない。ニュース等でもさらっと触れられる程度だった。
「あぁ、なんていうかお前が発狂しそうな感じかな?」
「マジ!?」
「新しい情報は漏らせないぞ。また怪獣が出ればその内テレビでやるんじゃないか?」
「うおおおお!待ち遠しい!」
「不謹慎か。怪獣が出れば犠牲も出るんだぞ。」
「わかってるって。」
こんなのが普通の高校生活だっただろうか。
ふと小波の方を見る。
小波もクラスメイトに囲まれている。
小波を見ていたら目があった。小波の周りの女子もそれに気付く。
サッと小波が目を逸らすと、周りの女子たちがキャーと騒いだ。
どうやら向こうは護封機の話題ではないようだ。
新校舎はすっかりと出来上がっており、異常な工事の早さだ。
俺たちは次の体育の授業を受けるべく、ピカピカの廊下を体育館へ向けて歩く。
校内を見れば、最初に比べて大分活気づいているような気配がした。
学校側が配置した、カウンセリングが功を奏したのだろうか。生徒もかなりの数が戻ってきている。
俺たちのクラスの生徒もほぼ戻ってきている。
それでも家が住めなくなったり、家族に犠牲が出たりで引っ越していった生徒も少なくはない。
そういった生徒への口止めなどはどうなっているのだろうか。
彼氏が犠牲になったという、南無子の姿も見えなかった。
小波が聞いた話では引っ越し等はしていないそうだ。彼氏の件は俺が深く関わっていることから、南無子の様子は気になっている。
校内では敵意を向けられる事もあった。
しかし、やはりカウンセリングが効いているのか、面と向かって何かを言われる様なことは無くなっていた。
体育館へ入る。
「遅いぞ、5分前行動だ!君達!」
「・・・・・・・。」
そこにはジャージ姿の神田さんが立っていた。
担任の笹本さんに続き、神田さんまでもが・・・。
「集合!それではまず、体を暖める為にラジオ体操だ!それからストレッチだぞ!」
それになにやら何処かの元テニスプレイヤーのような熱血感が漂っていた。
それを見てクーゴは呆気にとられながらもニヤニヤし、委員長は冷ややかな目をして見つめていた。
「どうなってるんだ、この学校は。」
「本当だな。普通は全校集会などで新任の教師の紹介などがあって然るべきだ。」
「違う、そこじゃない。」
蒼也の意見に突っ込みを入れるころ、ラジオ体操が始まった。
「いやぁ、いい汗かいたな!」
「アホか。あんな全力の体育、始めてやったわ。学校の体育なんて、こんな汗だくのまま制服に着替えるんだぜ?勘弁してくれよ。」
「まぁまぁ、俺たちは体力勝負ってな。」
「体力バカはお前だけでいい。こんな体力使い果たして、今怪獣が出てきたらどうすんだ。」
「フラグか?」
「フラグじゃねぇよ!」
汗でぴったりくっついたズボンが気持ち悪いまま、その後の授業を過ごすのであった。
その後分かったことだが、保険医に木崎さん、英語教師に楠木さんがいた。
本当にどうなっているんだ、この学校は。
まぁ、俺たちと学校全体の監視だと思えば不思議なことではないのかもしれない。
因みに山本はいない。またどこかで不貞腐れているだろうか。
前の日常と違うのはそんなとこだろうか。
それ以外はいたって普通の学校生活だ。
普通に授業を受け、休み時間にはバカな話で盛り上がり、放課後はどこかへ寄って買い食い等をする。
このまま、こんな平和が続けばいいと思ってみても、ふと教室の窓の外へ目を向けると、そこにはまだ復興の工事がそこかしこでやっている。
それでも今の平和を精一杯甘受しようと机に突っ伏した時だった。
俺のポケットのスマホが、いや生徒や教師全員のスマホが緊急警報のアラームを学校全体に響き渡らせた。
「なんだ!?」
スマホを取り出し、ディスプレイを確認する。
どうやら警報の正体は地震警報のようだ。
授業中だった初老の現国教師が皆に机の下へ入るように促している。
俺たち五人は顔を見合わせた。互いに不安そうな顔をしている。
暫くしても何も怒らなかった。
「なんだ?誤報か?」
「たまにあるよね。ほんと迷惑。」
クラスメイトたちが机の下から這い出てきて、口々に文句を言い始めた。
俺たちもほっとして席に着いた時、教室のドアが空いて笹本さんが駆け込んできた。
「高峰君、海原さん、五代君、篝君、藍沢さん!至急進路指導室まで来て下さい!」
授業中に突然の担任からの指導室への呼び出し。
何事かとクラスメイト達は騒ぎだし・・・はしなかった。
この状況での五人の呼び出し。
事情を察した皆は、再び不安げな顔をしながら俺たちを見ていた。
「大丈夫。きっとなんとかなる。なんとかしてくるよ。」
そう言って俺たちは教室を出た。
笹本さんの先導で進路指導室へ入ると、そこには神田さんらが揃っていた。
俺たちが全員席に着いたのを確認すると、神田さんが話し出した。
「先程の警報を聞いて薄々感づいているとは思いますが、また怪獣です。正直本当にこの世界はどうなってしまうんだと思いますね。」
うんざりした顔で話を切り出した神田さんに、木崎さんが地図を差し出した。
そこにはロシアの東の方に赤くバツ印が付けられていた。
「先程の警報の招待はこれ。ロシア東端で起こった局地的な地震の影響ですね。『局地的』というのは、この規模の地震がこの場所で起こった場合、日本でもその影響はあるでしょう。その為警報が鳴ったわけですが、どういうわけか何もありませんでした。しかし、震源のマグニチュードは9を遥かに超え、史上最大のチリ地震をも上回るという計測が出ています。だがこんな東端なのに津波すら発生していない。どう思いますか?」
神田さんはそこで言葉を区切り、俺たちを見渡した。
「明らかにおかしいですね。現地の状況はどうなっていますか?」
蒼也が問う。
「震源近くの街は壊滅。多数の死傷者が出たようです。怪獣の存在などはまだ、ロシア政府との連絡がうまくいっておらず得られていません。しかし逆を取れば何か、普通ではない状況であることが分かります。」
「そうですね。自国の軍で対処して、他国に力を示そうという考えでしょうか。」
「そんなところかもしれません。行けますか?」
真剣な目で俺たちに問いかける神田さんに、皆一様に頷いた。
「行きましょう。今回のは今までのものと比べると何か嫌な予感がします。放っておいていいものじゃない。」
「有難うございます。では早速車を回しましょう。」
俺たちはそうしてロシアへ向かうことになった。