第二十四話 炎
「なんだあれは?」
「いやぁすごいねぇ・・・。あんなのもいるんだね。」
車を進めるうちに、上空に異形の影が見えてきた。
それはとてつもなく巨大な影だった。蛇のように体をうねらせて、空に蜷局を巻いている。
その周りの空は怪獣の影響か、暗雲が立ち込め、所々で落雷が起こっていた。
「龍・・・ですね。」
「龍だねぇ。」
俺と楠木さんが見たままの感想を漏らす。その姿は伝承等で見る龍そのものだった。
そして、その龍から下に目をやると凄惨な風景が見えた。
村らしき場所は黒煙を上げ、瓦礫がそこいら中に散乱している。畑だったような場所は、そこかしこで抉れ、大きなクレーターのようになっていた。
動く物といったら、運良く破壊を免れた風に揺られる草木だけ。
龍の怪獣の攻撃を受けたのだろうか。だとしたな何故?こんななんの変哲もなさそうな村が攻撃されるのだろう。
怪獣は自然を優先に破壊するんじゃなかったのか。
『!?』
その龍の下に広がる光景を見た小鈴に戦慄が走る。
血の気が失せた顔で楠木さんを見る。
『あ、あの彼処に・・・。』
回らなくなった下で必死に楠木さんに懇願する。
「あれに近づきたくはないけどねぇ。でも光点があった場所ってあの辺なんだよねぇ。」
「もしかしてあの龍は護封機の存在に気付いて、そこを攻撃している?」
「そうは思いたくないけど、まぁ妥当な線かもね。」
そう言った楠木さんはアクセルを踏み込んだ。
暴れる車体のことなど、既に気になっている状況ではなかった俺たちは、村の廃墟に辿り着いた。あちこちから煙が上がり、火が燻っていた。生き物の気配は感じない。
俺たちは車を降りる。
上空を見上げると、龍はまだ静かに上空を舞っていた。
「今はまだ大丈夫・・・なのかな?」
「どうでしょうか。今、攻撃が始まればどうしようも無いですよ。」
「そうだね。さて、それではどうしようか?」
護封機を探す。探すと言っても今までの状況から考えて、人に簡単に見つけられるようにはなってはいないはずだ。
それに加えてこの状況。
勢いでここまで来てしまったが、まさに八方塞がりと言ったところだった。
こんなことならアーデ達に護封機の見つけ方でも聞いておくんだった。
楠木さん達も冷静に見えて動転していたんだと思う。そんな事にも誰も気づかず急いで飛び出してしまった。
「楠木さん。神田さん達に連絡を取って、シルフィ達に護封機をどうやって見つければいいのか聞けますか?」
「ああ、そうか!しまったな。でも向こうはもう先頭が始まっていて、神田さん達は既に待避しているようだからね。ちょっと難しいと思うよ。」
楠木さんは目を丸くして驚き、その考えに気付くが、向こうと連絡がとれても肝心のシルフィ達に連絡する手段がないようだ。
「その点も今後どうにかしないといけないね。」
「そうですね。それなら今回は自力で何とかするしかないですね。かなり難しそうですが。」
仕方なく俺たちは周りを見渡しながら村の中を歩く。
手がかりらしきものは見つからない。あったとしても燃え尽きてしまっているだろう。
それなりに大きな村は炭と瓦礫の山で、破壊の凄まじさが伺えた。
小鈴は震える手を反対側の手で必死に抑えながら歩く。目的地があるように、その足は震えながらも迷い泣く進んでいた。
『・・・。』
そうして小鈴が一軒の家だった瓦礫の前で立ち止まった。
『お父さん、お母さん・・・。若溪・・・。』
ここが小鈴の家だったのかもしれない。
悲痛な表情で火が燻る瓦礫の山を見つめている小鈴を見て、俺は胸が締め付けられる感覚がした。
その時見つけてしまった。
瓦礫の中から伸びる小さな黒い腕。まだ子供のように見えるその腕は、燃える瓦礫の中から外を求めて必死に伸ばされているようで・・・。
俺はハッとして小鈴を見た。
小鈴もそれに気付いたのか、一点を見据えて震えている。
顔は蒼白を通り越して血の気が無くなっていた。
『若溪!』
そう叫んだ小鈴は突然走り出した。
腕が埋まっている瓦礫の山に駆け寄り、若溪と何度も何度も叫びながら瓦礫を退けようと、小さな体を必死に動かしていた。
俺はその有り様を見て居たたまれなくなり、小鈴の元に行こうとして気付いた。
辺りの雰囲気が一変したのだ。
さっきまで聞こえていた、風の音や燻った木の爆ぜる音音などが一斉に消えた。
いや、消えたように感じたんだ。
悪寒を覚え、空を見上げると目が合った。いや違う。ソイツは小鈴を見ていた。空をゆっくりと旋回する巨大な龍が、じっと小鈴を見据えていた。
『小鈴!』
俺は咄嗟に走り出した。
何かが不味い。それに対して俺は対抗する手段なんか持っていない。しかし、それでも、そんな理屈は抜きに自然と小鈴に向かって走り出していた。
小鈴は気付いていない。
不味い!不味い!そう思いながら全力で走っているのに、小鈴との距離がなかなか縮まらない。永遠に辿り着けないのではないかと思う感覚がする。時折、瓦礫に足を取られながらも走った。もうすぐ、もうすぐで小鈴に手が届く。そこまで来たとき、小鈴も気付いて振り返った。
その小鈴の表情を見て悟った。
ああ、だめだ。
小鈴はこっちを見ていなかった。頭上の龍を見てその顔を強張らせている。
スローモーションにも見える小鈴の動き、表情の変化まではっきりと分かった。
その瞬間。
頭上から炎の柱が降ってきた。
俺の目の前で小鈴が炎にのまれる。その時、小鈴がこっちを見て、申し訳なさそうな、そんな感情の入り交じった微笑みを見せた気がした。
炎の柱は地面に着弾すると一気に広がり、すぐに俺も飲み込まれた。
薄れ行く意識の中で気付いた。
あぁ、俺は・・・。小鈴のことが好きになってしまっていたんだな。
そう思ったところで俺の意識は切れた。
「・・・也。蒼也。」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。誰だ。
目を閉じたまま体の感覚を確かめる。何処にも痛みはない。炎に巻かれたというのに何故だろうか。
俺はゆっくり目を開けた。
真っ白い空間。
そこに俺は浮いているような感じだった。
「ここは・・・。まさか。」
ヒロがアーデを救ったという話にあったような場所だろうか?
だとするとやはり護封機はここにあったということか。
「蒼也。大地の護封機のシステムから聞いてる。遅くなってしまってごめんなさい。」
また声がした。
俺は声がした方を振り向いて驚いた。
「小鈴・・・?」
そこには小鈴が立っていたからだ。
「小鈴さんというのはさっきの・・・。ごめんなさい。私は小鈴さんではないです。私は業火の護封機のシステムです。」
「小鈴じゃない?護封機のシステム?嘘だろ。じゃあその顔はなんなんだ!」
小鈴の顔をしてシステムと名乗った女に感情が荒立ってしまう。
「ごめんなさい。蒼也の強い思念に引かれて、この姿に定着してしまったの。蒼也の気持ちを考えると本当にごめんなさいとしか言えない・・・。」
あの時、俺が小鈴への気持ちに気付いたときの俺の思念の結果だということか。
「いや、悪かった。つい感情的になってしまって・・・。それで、小鈴は・・・。」
「・・・ごめんなさい。」
「そうか・・・。それでなんで君が謝るんだ。」
「私がもっと早く蒼也と接触できていたら・・・。」
なんでもこのシステムは、アーデから連絡を受けていて俺を待っていたらしい。
「それは君のせいじゃない。謝らなくてもいい。」
「でも。」
「悪いのはアイツだ。小鈴の村を焼き払い、そのうえ小鈴まで奪ったあの怪獣だ。」
「・・・。」
「悪いと思ってるなら力を貸してくれ。それで今回の事は貸し借りなしだ。護封機、出せるか?」
「う、うん!行けるよ!」
「よし、じゃあ行こう。」
生まれてはじめて出来た、友達以外の大切なもの。
それを奪ったあいつは絶対に俺が許さない。
みんなと別れた時以上の決意を胸に、俺は白い空間に現れたコックピットに乗り込んだ。