第十六話 出発準備
あれから一ヶ月弱、特に何事もなく学校生活を過ごしていた。
そう、特に何事もなく。普通の学校生活がおくれている仮設学校とは。
そうしている間にも街の復興も進み、休んでいた生徒もちらほらと学校に来はじめた。仮設とはいえ、元の日常が戻り始めていた。
そんなある日、俺たちは笹本さん、いや笹本先生に呼び出された。
場所は進路指導室。俺たち五人と笹本先生が座っている。
「さて、それじゃあ現状を説明します。」
笹本先生が切り出した。
「米軍は一通り、富士山とその周辺の調査をして引き上げました。うちの生徒も何人か話を聞かれた子がいるようですが、幸いにも誰も口を割っていません。優秀ですね。ここの生徒は。」
驚いた。まさか、この学校の生徒まで調査しに来るとは。
いや、護封機が最初に現れたのは旧学校のグラウンドだし、怪獣と護封機が戦ったのも学校だ。話くらい聞くだろう。
そう考えて、少し早まった鼓動を落ち着かせる。
「一応、念には念を入れて山本さんは暫く近づきません。」
そう、山本は学校へ通いだした時から会っていない。代わりに山田という男が俺には付いていた。名前がややこしい。
「それであの時話し合うはずだった今後の話をしましょう。」
そうか、俺たちと話し合っていても怪しまれないように、笹本さんは先生として学校に潜入しているのか。決して本人がやってみたかったからではないようだ。ないよな?
「それはやはり、次の護封機を探すということでしょうか。」
「そうですね、それが一番大きな目的になりますね。」
「それ以外の目的は?」
「新しい護封機を見つけることと被りますが、護封機が増えることで分かることも増えるようです。現状、私たちは推論だけでろくな確定情報はもっていません。」
「なるほど、理解しました。」
蒼也と笹本さんの間で話が進む。え?笹本「先生」じゃないのかって?護封機関係の話なら笹本「さん」だろう。
「それで護封機の光点の場所で、覚えていることはありますか?流石にちょっと今は護封機を呼び出して調べる訳にはいきませんので。」
「そううですね、うーん。あ、そういえば光点が二つ重なっていた場所があったと思います。」
「それはどこですか?」
「あれは・・・どこだろう。流石に地球儀を見てすぐに国とか街とか分からないので。」
「では、これをどうぞ。」
そう言って笹本さんが出してきたのは地球儀だった。用意が良いな。
「ええと、この辺りですかね?」
そう言って俺は覚えていた場所を指差す。
「ここは・・・。」
「アンデスのペルー付近・・・、マチュ・ピチュですか。」
マチュ・ピチュ。あの有名な遺跡の街か。
「マチュ・ピチュ!一生に一度は行ってみたいと思っていたんですよね!」
テンションの上がった笹本さんは置いておいて、俺たちの次の目標はマチュ・ピチュに決まった。
俺たちは出来るだけ怪しまれないように、仲良しグループによる海外旅行を装うことになった。
そこでまず必要になってくるのがお金である。
高校生が五人揃って、ほいほいとすぐに海外なんか行けるわけがない。怪しすぎるだろ?
目標は20万である。高い。なんせ地球の裏側だ。しかし高校生が20万を稼ぐって結構かかるよな・・・。
そこで手を挙げたのが笹本さんだった。政府経由でギリギリ怪しまれない範囲で、高時給のバイトを斡旋してくれるようだ。
翌日の学校が終わった後、笹本さんに紹介された場所へ来ていた。
メンバーは男子三人。女子二人は別の場所らしい。
「ここって・・・。」
「ああ、だろうな。」
クーゴと蒼也が苦い顔をして言う。
おれも同じような顔をしているに違いない。
ここは街の怪獣の進路にあった場所、現在復興真っ只中だ。
「おう、おまえらか?笹本さんが言っていたのは。」
日に焼けた、クーゴとは比べようもないガタイのおっさんが声をかけてきた。
「そうです。ここが仕事現場ですか?」
「ああそうだ。自衛隊による捜索も終わってな。これから復興するための大工事って訳だ。喜べおまえら!自分の住んでる街の復興に一役買えるぞ。」
「ああ・・ははっ。」
俺たちは揃って顔をひきつらせ、愛想笑いをするのだった。
「バイトをするのは初めての経験だが、最初からいきなりこれとは。正直な話、体が限界だ。」
「ぼやくなよ蒼也。俺たちが街のために役に立ってると思えば、辛いのなんて気になんねえだろ?」
「いや、役に立てるのは良いんだが、気にならんわけないだろ。」
クーゴと蒼也は瓦礫の山を、手押し車に乗せてトラックまで運んでいる。重機の入れない場所なので仕方がないが作業だ。俺は何故か親方(最初に会ったおっさん)に気に入られ、そっちの作業を手伝っている。こっちはこっちでかなりキツイ。周りはムキムキの人ばっかりだしな。そこに自然に混ざれているクーゴは特殊だ。
俺たちは毎日放課後、手足をパンパンにしながら頑張った。頑張ったなんて表現では足りないくらいだ。
そうして二ヶ月がたつ頃、ついに目標の20万円に到達したのだった。
世間の学生は夏休み真っ盛り。俺たちが友達と旅行に行っても不思議ではない季節の到来だ。
因みに、俺たちが高時給なバイトをしていることがクラスの連中にバレ、紹介してくれと言ってきた数人の男子生徒がいたが、もれなく二、三日で辞めていった。だからやめておいた方がいいって言ったのに。
俺たちは夏休み中の学校に集まっていた。
仮設の校舎だが、グラウンドでは部活の連中が練習している。なお、校舎の方は夏休み中に工事が入るため、文化部などはやっていない。俺たちは工事のまだ入っていない一角の部屋にいる。
「ようやく終わったよ。めちゃくちゃキツかった・・・。」
「そんなにすごかったんだ?」
「ああ、キツイなんて言葉で表すのも烏滸がましいほどだったな。そういえば小波たちの方はどうだったんだ?」
小波たちがやっていたバイトについては詳しく聞いていない。どういうバイトだったんだろうか。そう思って小波に聞いてみたが、その瞬間、小波の目からハイライトが消えた。委員長の方を見るといつも通りといった感じだが、いつも以上に感情が抜け落ちている。
「アハハ、マア、タイヘンダッタヨー。」
大変だったらしい。
「いかがわしいことか?」
クーゴがド直球で聞いてきた。間髪置かずに小波に殴られた。
「そ、そ、そんなことするわけないでしょ!?してないからね!ヒロ!」
「お?おう。」
小波が同意を求めてきたので、取り敢えず頷いておいた。
「一応私は先生ですからねー。そんな仕事を斡旋したりはしませんよー。まあ、介護とか医療とか?そんな感じの仕事ですねー。」
笹本さんもはっきりしなかった。
まぁ、小波たちの様子を見る限り、俺たちだけが大変だったわけではないようだ。
「それじゃ遂に、このみんなで稼いだお金でマチュ・ピチュに行くんですね!」
「いえ?渡航費は国から出ますよ?」
「「「「「!!?」」」」」
全員揃って絶句した。
「?それはそうでしょう?私たちは国の機密情報を元に動いています。その活動費が実費な訳がないでしょう。」
「アレー?ジャアワタシタチナンデコンナニタイヘンナコトヲ。」
小波の目から再びハイライトが消えた。
「それはもちろん、自分達の稼いだお金で旅行に行くと見せるためですよ?今回その目的は達成されたので、皆が稼いだお金は皆のものです。」
「・・・。」
ま、まぁ高校生にとって20万円は大金だ。そんな大金を手に入れることが出来たんだから良しとしよう。
「ところで大分時間がかかりましたが、こんなにゆっくりしていていいんですか?」
蒼也の疑問ももっともだ。世界の危機に際して、二ヶ月もバイトに使ってしまった。
「予定外ですけど米国の事もありますしね。それに地球なんて何十億年っていうスケールなんで、この二ヶ月で起こったことといえば、一回怪獣が出たことくらいでしょうか?」
「えっ!?」
怪獣が出ただって!?
「怪獣が出たってどういうことです!?ニュースではそんなこと一度も・・・。」
「あー、出たって行っても直接被害はなかった、いやあったんですけどちょっと分からなくて。ほんとにちょこっとだけ、恐らく怪獣であろうものが出ただけです。」
「どういうことです?」
「竜巻のようなものらしいんですけどね。どうも普通の竜巻ではないようなものが街を一つ横切った、というものです。」
「普通ではない?」
「それも詳しくは分からないんですが、それは行って調査しましょう。」
「え?怪獣が出たっていうのは・・・。」
「ペルーの、かつてインカ帝国の首都だった街『クスコ』です。」