第三話 ある新人冒険者の憂鬱③
--- ある新人冒険者の憂鬱 --- ③
「ですから、僕はあくまでもリーダー(仮)、しかも初日だけの、だったじゃないか!」
「いや、それでも俺様のPTでリーダーだった事実は変わらん!だからエド、頼むっ!」
『転生してきた勇者』という触れ込みの新米冒険者ドゥトーレ君はさっきからずっと
僕の両手をがっしりと掴んで離そうとしない。困るんだよなぁ、僕だって予定があるんだ…
「無理は承知だ!だから、ほんのきっかけだけでいい、それさえあれば、俺様はきっと!」
「前世の勇者の力だかなんだかを取り戻せるに違いないんだ、という事だよね?」
「あ、ああ、その通りだ!」
「ですから、僕程度の力じゃとても無理だと思うんだけどねぇ…」
『そんなことはない、この俺様とお前の目の奥に燃える真っ赤な炎を見てくれ!』と、僕の
目を食い入るように見つめるドゥトーレ君。
そりゃ彼の瞳の奥には、彼的には確かに炎が燃えているのかもしれないけれど、少なく
とも彼の瞳の映った僕の顔は、寝不足でちょっとトロンとした目つきの、いつもの僕だし。
朝起きて、相部屋のゴーズ君が部屋のドアを開けようとした途端、バタンと音を立てて
扉を開け、飛び込んできたのがドゥトーレ君だった。
「エドっ!」
どがしゃっ!
どずっ!
その時、扉が見事にゴーズ君の顔面にクリーンヒット。ゴーズ君は顔を真っ赤にして、
まず、左手でドゥトーレ君の右肩を掴み、続けて無言で強烈な右のボディブロウを叩き
込んで彼の身体を見事に二つ折りにし、最後に左手を離して、そのまま床に沈んだ彼を
振り返りもせず食堂へと歩み去った。
怖いなぁ。
その物音に、やはり相部屋のナノ君が目を覚ましたので、二人でドゥトーレ君を空いて
いた寝床に運び上げたのだけど…その後すぐにナノ君は『俺は関わらないよ』とばかりに、
そそくさと部屋から出ていってしまった。
「痛いの痛いの、とんでけー」
ドゥトーレ君は僕を訪ねてきたみたいだけど、ヒクヒクしている彼が起き上れるように
なるにはまだしばらくかかりそうなので、軽く回復魔法をかけてあげてから、僕も部屋
を出た。
とりあえず朝食はしっかり摂らないとね。話はその後で聞いてあげるよ、ドゥトーレ君。
冒険者ギルド直営の宿屋だけあって、安くても量だけはたっぷりした朝食を食べ終わ
り、僕はとりあえず部屋に戻った。
同室のゴーズ君もナノ君も、食事を済ませるとさっさとギルドに向かった。今日の依
頼を受けに行ったのだろう。本当は僕も行きたいんだけど、ドゥトーレ君のことも少し
だけ気になるからね。
「気分はどうだい、ドゥトーレ君?」
部屋では丁度目を覚ましたドゥトーレ君が、寝台の上に起き直ってお腹をさすりな
がら頭を左右に振っているところだった。
ドゥトーレ君の頭がぎこちなく向きを変え、僕の方を向いて、二人の目と目が合った。
「エぇドくぅぅんーーーーーーーっ!」
がっし!
「男二人が手を取り合って見つめ合う構図と言うのは、かなりうっとおしいよ。なので、
そろそろその手を離してくれないか、ドゥトーレ君」
「いや、『わかった』という返事を聞くまでは離すものかっ!」
「だから僕じゃ無理だって言ってるだろう!」
「そんな返事を聞きたいんじゃない!」
やり取りを何回繰り返した事か…
「わ、わかった、わかったから!」
「そ、そうかっ!よしっ!」
「だから、手を…」
根負けした僕は、とりあえず僕にわかる範囲で、できる事とできない事を説明して
みようかと思ったのだった。
転移とか転生とか、自分には分かりもしないことを相手に説明し、何かを説得する
というのは、難題というより無理!だとは思うけど、転生、転移という単語を何回も
反芻していた時、頭の片隅にふと一人の冒険者の顔が浮かび、僕はそれにしがみつく。
なんとかドゥトーレ君の手を振りほどくと、僕は自分の寝台の脇から荷物と杖を手
にして、改めて彼と向き合った。
「とりあえず、ギルドで今日の依頼を確認して、その後で、という事で構わないよね?」
「う、うむ…できれば今すぐが望ましいのだが、俺様もその位の融通を利かせるだけの
度量はあるつもりだ。何しろ、俺様は勇者『疾風のドゥトーレ』だからな!」
ギルドの窓口に出向くと、僕とドゥトーレ君とで今日の依頼を選ぶ。幸いと言うか、
今日はランクFのテーブルは人が少なくて、二人は同じ依頼の青札を一枚ずつ取る事
ができた。
依頼は南の森での三束分の薪拾いで、手早く済ませれば半日で終わる楽な仕事だ。
本来なら赤札の依頼をひとつ、三、四人のPTを組んで受注したいけれど、ドゥトーレ
君とじっくり話をする時間が欲しかったので、良しとしよう。
(うーんん、見当たらないな…)
「エド、さっきからきょろきょろしているようだが、誰か探しているのか?」
「あぁ、思いついたことがあるんで、レンジャーのベス君がいないかなっと思ってね」
本当はベス君じゃなくて、ちょっと彼女に紹介してほしい人がいたんだけどなぁ…
「いないなら後で探せば良かろう。今は俺様たちの重要な使命を最優先すべきである!」
「そ、そうだね、ドゥトーレ君。とにかく君は明日の世界のために頑張らなくちゃ、ね」
僕たちはギルドの裏手にある用具倉庫で必要な道具類を受け取ると、南の森に向け
出発した。
南の森は町から延びた街道の途中にある、木が少し密に生えた雑木林だ。町のずっと
東にある山岳地帯のふもとに広がる深い森に比べたら、お話にもならない。というか、
そもそもの話が、町の造林職人さんたちが長年かけて植林し、しっかり植栽管理まで
やってくれている森なのだ。何しろ僕の持っている杖も、この森で伐採した木の枝で作ら
れているのだし。
大型の害獣も隠れていないし、致死毒を持った蛇とか、たちの悪い毒虫もいないから、
それこそピクニック気分で足を延ばせるぐらいの場所だ。
僕たちは森の木漏れ日の下で薪を拾いながら、ドゥトーレ君の問題について話し合った。
「だから俺様の魔法詠唱に何の問題があるんだ?まったく解せぬぞ、エド!」
僕は足元の枯れ枝を拾って、陽だまりに置いた背負子に向かってポイッと投げる。
「さらに必殺技を高らかに宣言して何が悪いのか!叫んでこその必殺技だろうが!」
(そうだよね、まずは、そこからだったよね…でも、そこはあえて後回しにしたいんだよ)
「とりあえず、ドゥトーレ君も僕に倣って、拾った枝をそこに…」
「ドゥトーレ君、今は剣術の練習に来ているわけじゃないよ。だから枝を振り回さない!」
「うぐわあぁぁぁっ!ああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「なっ何だっ、ドゥトーレ君っ?」
「エ、エドっ、背中に何か入った!魔王の眷属かもしれんんんっ!」
冒険者ギルド登録者じゃなくても、町を離れて森や平原まで足を延ばす大抵の人が
持っている必需品。それを数え上げればキリが無いのだけど、ヒルや毒虫から身を守る
ための軟膏とか、最低限、普通に出かける前に塗ってくると思うんだ…。
「いやぁ、そういえばそんな携帯キット一式、ギルドに入る時に貰ったような、貰わなか
ったような…」
(んんっ?『きっと?』…何だろう、これも前世の記憶の一つなんだろうか)
僕はドゥトーレ君の腰に下げた新米冒険者装備の、三つある革袋を開けさせ、その
一つの中から目的の物を見つけた。二枚貝の貝殻に穴をあけて紐を通し、簡単な容器
にしたもので、虫よけの塗り薬が入れてある。紐の結び目は固く、ほどいた様子はない。
「全身くまなくべったり塗る必要はないからね」
一度ドゥトーレ君の上半身を裸にひん剥いて、着ていた物をバタバタとよく振るってか
ら投げ返し、軟膏の塗り方の要点を指示する。
(本当に、ドゥトーレ君の前世での暮らしって、どんなものだったんだろう…)
「さて、薪も集め終わったみたいですから、ちょっとだけ本題に触れておきましょう。」
「おぉおうっ、待ちかねたぞっ!そうだ、俺様の究極魔法の一つ、天山豪烈次元圧壊ス
ペシゃぁ…あぁわんがんがぁ!」
「お黙りなさい、ドゥトーレ君!」
僕は手にした木の杖の、子どもの拳のようになった先端を、ドゥトーレ君の口に容赦
なく突っ込んだ。
「とりあえず、そこに座ってみようか、ドゥトーレ君」
「心をゆったり落ち着かせて…って、セカセカしない!『ゆったり』って言ってるよね!…
じゃあ、のんびりして…ぐでっとしない!」
(うーー…)
「できるだけ何も考えないで…」
(うーうー)
「息をゆっくり吸って、吐いて、吸って、吐いて…繰り返して…」
僕は彼と向かい合わせに座り、右手を彼の額に軽く当て、自分の心の波と重ね合わ
せていく。ドゥトーレ君の魔法適正はFというのは何回か厳密に計測した結果だという
けれど、僕は僕なりに確かめてみたい。
前世が確かに勇者で、強力な魔法を使いまくっていたというのであれば、それが完全
に消え去っているとは思えないんだ。今みたいにちょっと環境を変えてやれば、変わった
事が分かるかもしれない。
ドゥトーレ君は僕の目の前に、ロープで後ろ手に縛られ、口にはボロ布を押し込まれた
状態で座っている。何度言い聞かせても、例の訳のわからない『究極魔法』の名前を叫び
たがるので、仕方ない。なぁに、電撃魔法でちょっとおとなしくしてもらった。
「何度でもいうけど、これは君のためなんだからね」
ドゥトーレ君もちょっと涙目でコクコクと頷いてくれたので、こうしてあくまでも合意の
上で、彼の魔法力を探り始めたというわけだ。
僕は王都で勉強したわけでもないし、故郷の村の教会で司祭様に手ほどきを受けた
だけ。素人に毛が生えた程度の、冒険者としてもまだまだ半人前の癒し手でしかない。
それでも分かっていることがある。
魔法の力は、どんなに小さなものであっても、外に姿を現したがっているということ。
それは元気な人がだれでも動きたがり、話したがるのと同じくらい自然なことだ。
人はその力に火や水、氷や雷と言った『方向性』を示し、そうして出口の『栓』をひねっ
てやることで、狙った相手や場所に狙った強さで『魔法を当ててやる』ことができる。
だから指先や目にそっと触れれば、そしてそこから出たがっている魔法があれば、脈
打つものを感じ取ることができる。…故郷の司祭様はそうおっしゃっていたし、その言葉
に従って僕は色々な魔法を使えるようになったのだから。
「吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って…」
ドゥトーレ君はだんだん催眠の魔法にかかったのと近い状態になってきたようだ。
彼の半分閉じた瞼に、僕はそっと指先を近づける…
指先に何かの動きが感じられ、その動きが少しずつ、少しずつ、ぐるぐると回転を始
める。ちょっと摘まめばすぐに止まってしまう枯れ草の茎のような弱弱しい回転が、次
第に力強さを増していくようだ。
枯れ草の茎はもうベス君の使う初心者用の矢ぐらいになって、しなやかさと力強さを
持って回っている。それが荷車の車輪の車軸のように太く強い、到底、人の力では止めら
れないものにまで感じられるかどうかは、まだわからない…けど…たぶん、これは…
僕は尻もちをついていた。ゼェゼェ息が切れる。背筋がぞくぞくっとして、気が付くと
全身びっしょり汗をかいていた。もう日暮れが近いらしく、森の中は薄暗さを増している。
ドゥトーレ君の様子は…彼はまだ半分瞼を閉じた状態で座っている。
気を取り直して、僕は彼のロープをほどき…大声で叫ぶ。
「起きたまえ、『勇者、疾風のドゥトーレ』!世界が、世界が君を待っているぞ!」
跳ね起きたドトゥーレ君に二人分の薪の束を背負子に括りつけさせ、僕たちはギルドへ
戻ったのだった。
ギルド裏手で薪の束を下ろし、担当の人から青札に依頼達成の印をもらうと、僕らは
受付窓口に回って青札を提出し、報酬をもらう。
「お、勇者のご一行様か!どうだ、今日の魔王軍は手強かったか?」
いつもドゥトーレ君をからかっているらしい中年の冒険者さんが声をかけてきたけど、
ドゥトーレ君は無反応だった。普段ならきっと、威勢よく何か言い返すのだろうけど、
今日の彼は寡黙だ、というか、昼間の延長なのか、少しボーッとしているように見える。
彼は報酬を受け取った後、ずっと黙ったまま、右手の平を目の前で開いたり閉じたりを
繰り返していた。
「やっと帰り着いたな!」
「あぁ、疲れたぁ、早く水浴びして食事にしたいよぉぉ!」
「達成報告と毛皮や牙の買取を済ませてからですよ、慌てないでくださいな」
「ランクアップ、まだかなぁぁぁぁ、泣きそう…」
入口の方から、今日の依頼を終えて戻ってきたらしいPTのメンバーたちの声がする。
「ベス君、ちょっと話が!」
「いや、断る!水浴びと食事が先だから!」
「いやいや、そこはとにかく話を聞いてくれる、ということで!」
「いやいやいや、何と言われてもアタシのお腹は最優先!」
朝は探してみたけどいなかったベス君を見つけ、走り寄って声をかけたけど、いきなり
却下。でも、このチャンスは逃がさないからね。
食い下がって、とりあえず夕食を一緒に、ということで了解を取り付けた僕たちは、
ひと足先に宿屋の食堂に向かった。…あ、ベス君に夕食で一品おごる、とかいう流れに
なるかもしれないが、当然ドゥトーレ君に払ってもらおう。
宿屋は二階建てで、一階真ん中の正面入り口から入ると受付がある。左側が食堂、
右側は奥までずっと、相部屋の寝室が並んでいる。相部屋はすべて四人部屋。
受付の裏口から狭い庭に出ると、小川の水を引き込んだ洗面所と簡易炊事場、それ
に共同便所がある。
ちなみに受付横には二階への階段がある。だけど、そっちの部屋は、僕たち駆け出し
冒険者にはまだ縁がない。
「何かと思えば、なんだ、そんなことか。アタシは『また、こいつと組んでくれ』とか泣き
つかれるのかと思っちゃったよ」
「………」
「あれ?ドゥトーレが何も言わないなんて、薄気味悪いね…」
結局、食堂の定食とは別に、焼き鳥の串焼きを二本つけるということで、僕はベス君に
目的の人物を紹介してもらうことになった。
名前はヨーラン。ベス君がいつも『姉御!』と呼んで慕う、二十歳を少し超えたランクD
の冒険者だ。ベス君の先輩レンジャーで、彼女はベス君を『容赦なく、しごき上げた』のだ
そうだ。たまに見かけるけど、大柄で、声も態度も大きい。僕はちょっと苦手かな。
ヨーラン先輩は最近職人ギルドの方にいることが多いらしく、最近は木工技術の習得に
熱意を燃やしているとか。道理で最近は冒険者ギルド内では彼女の姿を見ないはずだ。
ベス君はテーブルに両肘を突き、両手で焼き串にかぶりつきながら、僕とドゥトーレ君
双方の顔を交互に観察していたが、何かわかったような顔で頷いた。僕がヨーラン先輩と
どんな話をしたいのか、察しがついたということだろう。
「まぁ、エドがなんで、『勇者様』の面倒を、見てやる気になったのか、までは知らんけどさ。
アタシも、同じ時期に、冒険者を、始め、たもの同士、互い、に…ウゥッうっうっウう!」
僕は右に座っているベス君の背中を軽くとんとん叩く。彼女の素焼きのコップに水を継ぎ
足して持たせてやる。
「食べるか喋るか、どっちかにしたらどう?」
「あ、ありがと、ゴホッ、げほっ…あ、明日の朝イチで職人ギルド前に来て!。姉御には、
ハ、ハ、話通しとくからさ…」
「僕こそありがとうベス。じゃあ、あまりがっつかないようにね」
ドゥトーレ君をひっぱって、僕たちは食堂から出て、それぞれの部屋に戻った。
僕たちはいわば『同期生』の冒険者だ。ランクFの冒険者として、ほぼ一緒にスタートを
切った。よほどのことがなければ、だいたい同じスピードでランクアップしていくだろう。
つまり、自分がギルドの赤札依頼でPTを組む時も、否応なく一緒になってしまう可能
性がとても高いってこと。
PTを組んでの依頼は一歩間違えれば命の危険もある。それもPTメンバーが全滅する
可能性さえある。だから、依頼を達成するためには、メンバー相互の協力、信頼が絶対に
必要だ。
ドゥトーレ君には、僕の見た所では色々な適正にたぶん…F以上の可能性を秘めている。
『勇者』としての自意識の塊みたいなところがある。それを何とかしたい。でもその前に、
相互の協力と信頼というものをきちんと自覚してほしい。
今回、僕がヨーラン先輩にドゥトーレ君を引き合わせようというのは、実はそれが同時
にできるかもしれない、という虫のいい目算あってのことだ。
「姉御っ!おはようございますですっ!」
「ヨーラン先輩ですね、初めまして、エドといいます。今日はよろしくお願いします」
「俺様は、勇者『疾風のドゥトーレ君』だ!エドに頼まれて付いてき…た…って、あぁぁぁ」
どんがらがっちゃん!
「ぶびばべべべ!ぐぉげぇぇぇぇぇぇ…ががぁぁぁぁ!」
びったーーーん!びったーーーん!
「おうっ!オイラがヨーランだ!エドとかいったな、話はベスから聞いてる。で、こいつがその
『勇者』様ってことでいいんだなっ?」
僕はヨーラン先輩を見上げる。ランクFの駆け出し組の中では一番背が高いはずの僕が
首が痛くなるくらい上を向かないと、この人の顔をまともに見られない。
「はい、彼がお願いしたいドゥトーレ君です。それでですね…」
ぶんっ!
ヨーラン先輩は、右手でドゥトーレ君の襟首をつかんで高々と持ち上げると、左手で
強烈な往復ビンタを食らわせる。
続いて、そのまま片手で軽々と、後ろにある水桶に向かってドゥトーレ君を放り投げた。
「さっき『話は聞いてる』って言っただろ?心配すんなって、壊しゃしないよ…たぶんな」
『がっはっは!』と豪快に笑うヨーラン先輩は、大股で職人ギルドの建物に入っていった。
僕はベス君の方を向き、両手のひらを大きく広げた。
「さすがというか、だね。で、何かの目途がつくにはどのくらいの日数がかかるかなぁ…」
「エド、相手はアタシのヨーラン先輩だよ。初めの一歩には十日もあれば。とりあえずの
仕上げまでには、アタシの時と同じだとして、三十日ぐらいだと思うよ、エド」
ゴフッ…げほげほ…
水桶からドゥトーレ君が両頬を真っ赤に腫らした顔を出し、何か信じられないものでも
見たような目で周囲をきょろきょろと見回した。
「お、生きがいいな、もう目を覚ましたか」
ヨーラン先輩は、何やら色々なものが詰まっていそうな大きな麻の袋を引きずっている。
「それじゃ、ヨーラン先輩、後はお任せしていいっすね?」
「ご面倒をおかけしますが、ヨーラン先輩よろしくです」
「おぅ、ベスのダチ公の頼みだからな。任されてやるよ。素材は悪くなさそうだからな」