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ちょっぴり憂鬱な冒険者ギルドの皆さん  作者: ついていきます
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第一話 ある新人冒険者の憂鬱①

第一話

--- ある新人冒険者の憂鬱 --- ①


 森の手前のちょっと開けた草地にアタシたちは立っていた。


「ど、どうすんだよっ?」

「何言ってんだ、仕留める!それっきゃないよ」

「わ、分かってるよ!」


 中腰になっていたゴーズは、脇腹をアタシの肘で小突かれて、右手の片手斧を両手で

握り直す。でも一歩踏み出す様子は見えない。

 向こうの茂みでギャー、ピギャーと五月蠅い悲鳴を上げているのは、罠にかかったレッ

サーラットだ。片脚をロープに締め上げられ、それでもなんとかして逃げようと暴れま

わっている。

 片手斧で急所を一撃すればオシマイなのに、ゴーズは動こうとしない。と思ったら、

急にそっくり返ってアタシに向き直って言った。


「よし!ベス、お前の出番だ。レンジャーの経験を積ませてやる!」

「へ?」



 アタシは新人冒険者。名前はベス。ランクFのレンジャー候補だ。「駆け出し」とも

いうけどね。初心者訓練コースは二十日ほど前に無事完了した。冒険者登録もキチンと

済ませ、ランクFの依頼ももう五回クリアしている。…もっともその三回は町なかの落

とし物探しが二回と、町のすぐ外をとりまく道の街路灯のランプの油補給だったから、

胸を張って威張れるもんでもないけど…。


 それでも二回は三人PTを組んで町の外に出た。依頼は害獣対策の罠の見回りで、

最初は何もなかった。けど、二度目の時はレッサーラットが罠にかかって暴れていて、

仕留めなくちゃいけなくなった。


 リーダーは片手斧と丸盾持ちのイケメンな戦士だったけど、ギャー、ギャー鳴きわめく

レッサーラットにビビったみたい。偉そうにふんぞり返って、「経験を積ませてやる」

とか私に指示出ししたけど、膝が小刻みに震えていたのをアタシは見逃さなかったからね。

あれで戦闘PTの経験が五回目だなんて信じらんない。


「オレが斧を叩きこめば終わりだけど、万が一、奴に引っかかれたり噛みつかれて病気でも

もらっちまったら大ごとだからな!」

「はいはい、わかったから!(正直な奴だねぇ)」


 弓を構えて暴れる獲物を狙う。レッサーラットは小さいし、右に左に跳ね回って狙い難いっ

たらない。ちらっと背後に目をやると、魔法使いのエンリが少し後退し、距離を取っている。

口元が動いているから、援護の魔法の詠唱準備に入っているのがわかる。


「はっ!」

「ギャピーッ!」


「外した、ごめんっ!」

「燃えろっ!」


 残念だけどレッサーラットは一撃必殺とはいかなくて、魔法使いのエンリが錫杖を掲げて

火炎魔法でトドメを刺してくれた。二射目で仕留められたはずだとは思ったけど、とりあえず

「ありがとう」と頭を下げておいた。


「連携攻撃のタイミングの練習になったな、よかったじゃん」

「あー、そだねー」


 黒こげのレッサーラットの片耳を切り取りながら、ゴーズが偉そうにアタシに笑いかけて

きたから、適当に愛想笑いを返しておいた。…やってらんねぇ…


 ギルドに戻ってクリア報酬をもらったら、PTは解散。

 今日のメンバーでまた後日PTを組むことがあるかと言えば、どうだろう…他に人がいな

ければ組むかもだけど、ゴーズは調子がいいだけで頼りない印象しかしない。エンリには

不満はないけど、彼は逆にもっと熟練のメンバーとのPTを組みたいんじゃないかな…と

いうか絶対に癒し手が一人欲しいよね。回復がポーション頼みじゃ、いくら稼いでも足りや

しない…ってそんな稼げてるはずないです、ポーションなんて高くてそうそう買えません、

態度でかかったです、神様ごめんなさい。


 後は日が暮れるまでギルド裏の訓練場で弓の自主トレ。風の通り道に的を枝から吊るし、

鏃を潰した矢を使って、姿勢を変えて射たり移動しながら射たり。さすがにもっと上達

しないと(百発百中は夢のまた夢だけど、努力だけはしておかないとねぇ)


 五歳のころからずっと、弓に触って育ってきたはずだけど、天才とか恵まれた素質が

あるわけじゃなし。でもだからといって斧や剣を振り回せるかといったら、接近戦は

やっぱり怖い…うん、アタシったら、ゴーズのこと笑えないじゃん。

 弓か…強い弓、欲しいよね。命中精度も高くて、レッサーじゃないラットとかラビットでも

一射で仕留められるくらいの弓。


 …もちろん今の弓より上等な弓も欲しいけど、懐具合はそんな贅沢を許してくれない。

職人ギルドに登録して木工のスキルを鍛えれば、自分で弓とか作れるようになるらしいけど、

職人修業の時間が惜しい。今はできるだけ冒険者としての腕を磨いておきたい。悔しいけど、

当分は町の中やすぐ外のお使い依頼の数をこなして、堅実に資金を貯めるしかないかなぁ…。


 アタシはいつもの通り、ギルドが経営している安宿の一番安い部屋で一泊した。

ちなみに商人宿だと朝晩二食が付いて銅貨五枚のところを、ギルドの方は三枚だから、格安

なんだろう。晩飯は…レッサーラットの丸焼きだった。




 冒険者ギルドの朝は早い。前の晩までに持ち込まれた依頼が、朝一番にまとめて受付窓口に

出されるからだ。

 高ランク向けの大きな依頼は羊皮紙に書かれて依頼ボードに貼り出されるが、アタシたち

みたいな駆け出し向けの依頼は数も多いから、高価な羊皮紙なんて使わない。依頼内容は

木札に書かれ、窓口の前のランク別に置かれた小型のテーブルに、係の合図と同時にバラ

バラッと広げられる。

 ちなみに木札の縁は派手な赤や青で塗り分けられている。赤はPT推奨、青はソロ推奨だ。


 受注は基本早い者勝ちだから、「楽で報酬がよさそう」なんて虫のいい依頼がないか、

みんなが自分に見合ったランクのテーブルに殺到する。


 今朝のランクFのテーブルには二十枚ほどの木札があった。十人ほどの駆け出し組が、

それらを奪い合うように手を伸ばす。


 アタシがとりあえず確保した木札は青一枚に赤一枚。青札の依頼は、と見ると…


[発注・町会営繕、報酬・銅貨二枚。町の街灯十カ所の点検・油の補給。当日]


とあった。

 営繕ねぇ…教会の裏の爺さんか…正直、微妙。楽なのは確かだけど、半日仕事で報酬が

これだとなぁ…

 赤札の依頼内容を確かめようとして、アタシは奇妙なことに気が付いた。木札には小さく

冒険者ギルドのマークが刻まれていたのだ。


[発注・冒険者ギルド、報酬・銅貨各十五枚。害獣討伐訓練、詳細別途]。


(報酬は破格っちゃ破格だけど、[訓練]で、しかも詳細別途って…)


 このギルドマークは依頼内容が複雑だったり、守秘義務を伴うものだったり、要は

[面倒な依頼]の場合に使われるもの…だという事は、ギルドでの初心者訓練で教えられ

ている。


(どうしたもんかな)


 青札の街灯の点検は受注するとして、赤札には少しだが嫌な予感がする。面倒事の臭い

と言えばいいかな…とはいえテーブルを見直しても、依頼の木札はもう残っていない。

冒険者仲間はそれぞれ自分たちの木札を手に、受付窓口に並んでいる。


(仕方ないか)


 アタシは二枚の札を手に、その列の最後尾についた。




 赤札をPTで受領したい場合は、窓口でその旨を申告すればいい。ソロでの受注もできるが、

駆け出しだと大抵は受付で「無謀だ」忠告される。

 赤札の場合、ひとつの依頼に対し、初めから複数枚が用意されており、同じ内容の依頼を

三、四人のPTで受ける事になる。集まったメンバーの顔触れを見て、自分の判断で「いける」

と思えばPTを組んで出かけるし、「これはちょっと」と感じたら木札は窓口に返却すればいい。

返却された札は、受注が成立していなければ、再度テーブルに出されることになる。


 アタシの手にした赤札と同じ依頼の赤札を持っていたのは二人。これで三人PTになる…はず

だった。



「なんで四人!?」


 ナックルを装備した格闘スタイルのニキビ顔の少年は、袖なしのチュニック、ぴっちりした

短パン姿で、田舎に残してきた弟に似ている。確か、アタシと同じ日に初心者訓練コースを

終えた子のはず。

 木の杖を持って[いかにも聖職者]という顔をした、白っぽいローブ姿で上背のある青年は、

一昨日あたり「あと少しでランクが上がります」と言っていたのを宿屋の食堂で聞いた気がする。

額が広いのが少し神々しいと言ったら可哀想か。


 そして四人目…腰の左右に片手剣と短剣を差し、黒い眼帯に「合わせました」と言わん

ばかりの黒いシャツ、黒い指ぬき手袋、黒い短パン、黒いショートブーツという、どう見ても

怪しい、というか『痛々しい』恰好の、顔一面そばかすの少年が…


「俺様は『疾風のドゥトーレ』、世界を救う勇者だ。よろしく頼む!」


 大見得を切った。








(…この赤札、窓口に返そうかな)


 思った瞬間、背後に何だか気配が感じられた、と同時にアタシは羽交い絞めされていた。


「はい、ギルドの特別依頼に応募ありがとう!」


 片腕で二人ずつ、四人をがっしりと小脇に抱えたオッサンは、やせ型で背はかなり高く、

薄茶色を基調にしたレザーの上下。腰にはナイフも剣もぶら下げていない代わりに、火の

消えたパイプを咥えたドジョウ髭の中年親父、確かサブマスターのレオなんちゃらさん

だったはず…というか苦しいから!

 四人をがっしりとホールドしたまま窓口から離れて部屋の隅までズルズルと引きずるよう

にして移動すると、


「俺、ギルドのサブマスやってるレオニードおじさんだよ。よろしくな」

「そいつは昨日聞いた!よろしくじゃねぇ!」

「気にしないでくれ。お約束みたいなもんなんでね。」


 サブマスターはこの『勇者』と昨日が初顔合わせ、っということは、依頼内容の[詳細別途]

っていうのはコイツのことか…何となく分かっちゃったよ。というか、いつまで羽交い絞め

してるんだ、苦しいってぇの!

 

「えぇと、レオニードさん?そろそろ手を離してくれませんか?」


 ローブの青年が顔をしかめながら抗議しているのは、サブマスの髭の剃り残しが自分の

頬にジョリジョリこすれているかららしい。


「おぉ、すまんすまん」

「僕、その手の趣味はありませんので」

「ん?偶然だね、おじさんもだわ!えーっと、君は癒し手のエド君と…格闘の…」

「ゲフッ…ナノだ…あぁ息が止まるかと思ったぜ」


(ふんふん、メンバーの名前はこれで全員分かった。レンジャーが私ベス、勇者(笑)ドゥトーレ、

近接格闘のナノに癒し手のエド、と)

 

 [詳細別途]っていうのは、この『勇者』様のお守りをしなさい、って意味だね、確定!

 サブマスターの説明を聞きながら、(とりあえずこれも経験かなあ)と思うことにした

アタシは、首から下げた緑色のお守り石を軽く右手で握った。





「んーっと、アタシは昼前に青札の街灯点検の依頼をちゃちゃっと終わらせるから、みんなとの

赤札の依頼開始は午後から、でいいよね」

「………」

「いいよね?」


 大事な事なのでキッパリ言いました。

 三人に念を押して了解を取り付け(これ、大切)、アタシは街灯点検に飛び出した。




 町の中心に建つ教会の、祈りの塔に吊り下げられた鐘が、リンゴーン、リンゴーンと正午を

告げるころ、アタシは一通りの街灯の点検を終えた。

 教会の裏手に用具小屋がある。そこの管理人に依頼の完了報告をして、青札の裏側に承認の

印をもらう。


 この管理人はやたら背の低いずんぐりした爺さんで、町なかの依頼はその大半の完了報告を

任されているらしい。世話好きなのかどうか、木陰には壊れかけた木のテーブルが据えられ、

いつでも縁の欠けたカップが幾つかと大ぶりなティーポットが置かれている。

 今日も、落とし物探しやら草むしりやらの依頼を終えた冒険者が何人か、木陰に腰を下ろしたり

寝転んで、のんきに果物を齧ったり昼寝したりしていた。


「よぉ、駆け出し、よく稼ぐねぇ!」


 そんな一人に冷やかし半分で声をかけられたから、ちょっと睨んでやる。


「あはっ、ちっとは顔でも磨けよ!」


(大きなお世話だよっ!)


 今のアタシは…顔と両手が煤と油ですっかりテカテカと黒光りしているから、できれば

ボロ布とか使って、多少でも汚れ落とししておきたいところだ。もっとも(どうせ午後からの

依頼で汚れるじゃん)と思えば、まあ、このままでもいっか…


 ギルドの受付に青札を返し、もらった依頼報酬をしっかり腰の革袋にしまう。

 銅貨二枚はアタシでも安いと思うけど、これは仕方がない。今は午後からの本命の依頼が大切だ。




 この依頼はまったくの初心者をとりあえず新人冒険者として送り出してやるためのお決まり

のクエストで、全五日間コースの仕上げになるはずだ。今回はこの『疾風のドゥトーレ』君が

対象というわけだね。


「じゃあドゥトーレ、レオニードさんの指示で、今日は僕が仮のリーダーだからね。とりあえず

向こうの的に攻撃して見せて」


 四人はギルド裏手の訓練場に集まると、リーダー(仮)のエドがドゥトーレに呼びかけた。

アタシたちの目の前には、害獣に見立てた的が幾つか置かれている。

 エドの声が聞こえたのか、ドゥトーレは片手剣とナイフを抜くと、中腰で構え、十歩ほど

離れた正面の的を凝視する。


「貴様、ここでこの俺様の敵としてふさわしいか否か、見せてもらうぞ」


(はい?)

(え?)

(な、なんだってぇ?)


 目が点になった三人を尻目に、ドゥトーレは摺り足で的に向かう。


「喰らえっ!必殺の、飛燕剣!」


 ドゥトーレが踏み込んで横薙ぎに払った右手の片手剣は、たっぷり一歩届かず空を切り、

上半身は勢い余って半回転。それを停めようと踏み込んだ足がもつれ、左手のナイフを

突き出せないまま、ドゥトーレは見事にスッ転がった。


「おのれっ、これを躱すとは、さすがだと言っておこう!」


(えーっと…)

(何というか)

(…痛い、痛いよ、ドゥトーレ…)


 ドゥトーレは地面に頭から突っ込んだが、直後に顔だけを上げ、キッと正面の的を睨みつけ、

右手の片手剣をぶんぶん振りながら叫んでいる。

 リーダー(仮)のエドは真っ青な顔をしていたが、呼吸を整えると、倒れたままのドゥトーレに

右手を差し出した。


「ドゥトーレ、何というか…もう少しだけ気楽にいかないか?」


 依頼の[害獣討伐訓練]とは、何のことはない、初心者訓練コースだった。

 まずギルドの建物の裏手にある訓練場で半日、得意な武器を使って互いの習熟度を見る。

害獣に見立てた的を、矢で射たり剣や槍で斬ったり突いたり、魔法を撃ち込んだりするわけだ。


 さすがエドはサブマスターが見込んだリーダー(仮)だけのことはあった。

 エドは、何かというと謎の決め台詞を叫びたがるドゥトーレをなだめすかし、的の正面に

立たせ、とりあえず片手剣を一通り振り回してもらう。次にナイフを使わせてみる。アタシじゃ

とてもできない忍耐力だね。

 エドの懸命の努力の甲斐あって、アタシたちはなんとかドゥトーレが基本的な剣さばきが

できることを確認した。


「さすがだよ、ドゥトーレ。やっぱり君は大した奴だ」

「ん?そうか。なぁに、明日の世界は俺様の両肩にかかっているからな。これくらい当然なのだ!

はぁっはっはっは!」


 胸をそっくり返らせて高笑いするドゥトーレ。その脇にはローブの袖で額をぬぐうエド。

少し離れて背を向け、軽く天を仰ぐナノ。アタシはうつむいた姿勢で弓の弦の張りを調節する

ふり。…だからどうすりゃよかったのさ?


 日が落ちて、当初の半日コースは無事?終了したのだが、三人はもう精神的にへとへとに

なっていた。もっともドゥトーレだけは「まだまだやれますよ」的な顔をしていて、アタシは

何か乾いた笑いが出ちゃった…目から汗も、ちょっと出た。

 それだから、ギルド受付で終了報告をした時に、エドの額の神々しさが朝見た時より三割増し

ぐらいになってたのは、気のせいじゃなかったかもしれない。

(あぁ、報酬が今日と明日の二日をやり遂げての結果払いじゃなかったらなぁ…)


 宿の夕食は多分レッサーラビットのシチューだと思ったけど、心が疲れ切っていたせいか何の

味もしなかった。寝る前に煤と油で汚れた体をざっと拭ってから寝床に潜り込んだんだけど、

夜中に何回か夢を見て飛び起きた。ドゥトーレが天に向かって両手を突き上げて何か叫んでいる

夢だった。全身が寝汗でぐっしょりして、夜明け前に井戸端で水浴びする羽目になった。

 水は、冷たかったよ…





 翌日は町から出てすぐの小さい森にある訓練場で一日を過ごす。今度はエドに代わってナノが

リーダー(仮)だ。


 模擬戦闘訓練を中心に組み立てられたメニューを消化し、最後にギルドの審査員さんが見て

いる前で、小型の害獣数匹を相手の実戦。とはいえ、事前に捕らえておいたレッサーラットとか

レッサーラビットを簡単な結界の中に放しての、追いかけっこみたいなもんだ。


 アタシたちはPTを組むと、最初にナノの指示で簡単なフォーメーションを確認した。

 前衛はナノとドゥトーレ、後衛はエド。アタシは中衛というか遊撃。初手をアタシが打ち込んで

敵を引き付け、ナノとドゥトーレが待ち受けて強打を叩きこむ。

 これで敵の体力を半分近くまで削ったところをエドが火炎魔法でトドメを刺す。倒し切れなかった

時はエド以外の三人で集中攻撃する。

 敵を倒すことを第一目標として、多少の被害が出ても回復は二の次で戦闘終了後に回す。

あまり感心しないけど、最大の攻撃力が本来癒し手のはずのエドの火炎魔法で、癒し手も

エドしかいないから無理矢理だ。相手が毒とか致命的な一撃技とかを持たないレッサーラット

だからこそのゴリ押し戦法…って、戦法とは言えないか、てへ。



 午前中いっぱいを使って、最初から最後までフォーメーション通りに動けるようになるまでを

繰り返し練習した。ドゥトーレは、何かというと決め台詞を口にしようとするので、途中から

ナノはロープを取り出し、ドゥトーレに猿轡を噛ませると脅して黙らせた。

 どうせなら最初から噛ませておけばよかったのに。



 午後からは実際に獲物を用意してもらっての本番。直径五十歩ほどの円形に刈り込まれた草地は、

さらに木の柵で囲われている。この柵の内側に審査員の爺さんがむにゃむにゃと呪文を詠唱して

結界を張る。


「いきなりぶっつけ本番で上手くいくはずはないからな。十回程度は練習だと思って、気楽に

やんなさい」


 腰の曲がった爺さんは、よっこらしょと結界の内側ぎりぎり近くの切り株に腰を下ろすと、

のんびりとパイプを咥えて一服始める。結界の反対側の端では、若い補助員が獲物のレッサー

ラットを放す用意をして待ち構えている。


「ほら、ベスが仕掛けるまで我慢して!」

「うぅぅ…」

「それ、獲物がベスを追ってきた!…今だっ、行くぞっ!」

「えっ?えぇぇぇっ!うひゃあぁぁっ」

「ちょっとぉ、ドゥトーレったら、獲物はアタシの後ろ!目をつむったまま剣を突き出すのは

やめてくんない?」

「あ?あぁぁぁ、わ、わかってるって!」

「ぅおおぉぃい、ちゃんと攻撃ヒットさせてくれぇぇ!僕はほとんど無防備なんだぞっ!」


 獲物を足止めしようとして外したアタシの矢が爺さんの方に流れた!瞬間、爺さんが

パイプをひょいと捻ると、当たるかと思った矢がクイッと方向を変え、すぐ脇の木の幹に

突き立つ。

 トドメだ!と放たれたエドの火炎魔法が獲物ごと爺さんを直撃!と思ったら、爺さんの姿が

かき消え、同時に獲物が結界に激突し、そこに炎が直撃する。見ると爺さんは五歩ほど離れた

別の切り株に、何事もなかった様子で座っている。


(爺さん、かっけぇぇぇ…ってか、どんだけだよっ?) 


 十回どころか二十回ほどさんざんな失敗を繰り返したあげく、何とか獲物を仕留めた時には、

もう辺りはすっかり暗くなっていた。


「よし、まぁなんだ。とりあえず頑張ったことだし、『良し』としておくかのぉ」


「あ、ありが、とう、ござ、い、ま、した…」

「お世話に、なりました!」


 疲労困憊のエドが何とか言葉を絞り出す。アタシとナノは声を揃える。

 お礼の一言も言えないのかと隣のドゥトーレを見ると、立ったまま意識を失っていたらしい。

ナノがちょこんと肘で突いた拍子に、音もなくその場に崩れ落ちてしまった。


(アタシの時はもっとずっと楽にクリアできたのに…あれは何だったんだろう)


 エドもナノも同じ気持だったのか、アタシたち三人は深く深くため息をつくと、とりあえず

ドゥトーレを引きずってギルドに戻った。





 ギルドの裏手でとりあえず井戸の水を汲んでドゥトーレに頭からぶっかける。

 目を覚ましたドゥトーレは濡れネズミのまま、受付でFランクのギルドカードと銅貨三十枚が

入った革袋を手渡された。儀式とかそんなものは何もない。ギルドマスターもサブマスターも

顔を出したりしない。あっさりし過ぎかもだけど、

 冒険者なんてこんなもんさ。


 とにかくアタシたち三人は報酬をもらい、ドゥトーレはこれで公認冒険者だ。

 ドゥトーレがこれからどんな冒険者になるのか、勇者様として名を馳せるのか、はたまた明日

あたりレッサーラビットに蹴り殺されるのか…。

 そんなことは、まあ、誰かが言ったじゃないか。


「それはまた、別の物語である」


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