9 良人くん、一緒に帰りましょう
そしてある日の仕事終わり。特に残業もないので荷物を纏めていると、僕のケータイに着信が。
「良人くん、今から私は帰るわ。一緒に帰りましょう」
わるこさんだった。
僕が帰るところだなんて伝えていないのに、一方的に用件を告げている。エスパーなのだろうか。
「いいよ、僕もちょうど終わったところだから。待ち合わせはいつもの所で良い?」
「ええ。先に待っているわ」
そう言うとわるこさんは電話を切った。
待ち合わせ場所はいつもの所。特に目印のない交差点の信号の前だから、いつもの所としか言い様がない。
「あら、待ったかしら? 良人くん」
「君の方が先に居たんだからそのセリフはおかしいよ。待たせてごめんね」
待ち合わせ場所につくと、わるこさんは既に到着していた。先に待っていると言っていたから、僕も急いで走ったんだけどな。
そして二人で信号を渡って、並んで歩く。
「ねえ、良人くん。ルームシェアを始めて一年経つけど、私いつも気になっていることがあるのよ」
「なんだい?」
「私、部屋の掃除とかゴミ捨てとかあんまりした覚え無いのよね。って言うことは全部良人くんがしてくれているのでしょう? なんで?」
「また今更な質問だね」
「おかしいなー、とは思っていたのよ?」
僕より幾分背の低い彼女が、僕の顔を覗き込む。
掃除ゴミ捨ては交代とは言ったものの、僕はわるこさんの順番を抜かして勝手にやっていた。それは何故か。
「掃除にゴミ捨ては多分、僕が産まれる前からやっていたことだからだよ。だからつい、やらずには居られない。魂がやりたがるんだよ」
「……良人くんからその話をするなんて珍しいわね」
「まあね。別に嫌な話でもないだろ?」
「……ええ。私はそのゴミ箱から生まれただけだもの」
「…………」
嫌な話だった。ふっと顔を背ける彼女。不味いことを話してしまったと後悔したとき、彼女の肩が震えた。
「ご、ごめんわるこさん。僕、君がそんなに落ち込むなんて」
「……ぷっ……くく……。ふふ、ふふふふ」
「…………」
ああ、またからかわれた。と、気付いたときにはもう遅かった。
彼女はその美しい顔を、やはり美しいとしか言えない笑みに変える。
「ふふふふっ! やっぱりおかしいわ、良人くん。あなたと居たらなんでこんなに楽しいんでしょうねっ」
「……君が楽しいなら僕も本望さ」
「拗ねないでよ良人くん。ぷっ……くふふ」
いいんだいいんだ。別に僕が敗北感を抱くのはいつもの事だし。
「ごめんってば。それに私いつも感謝しているの。良人くんが掃除にゴミ捨てをしてくれるから、部屋は綺麗なままだもの。それが例え、産まれる前からの役目でも」
「……別にそれだけじゃないさ。君のその綺麗な白い手が汚れるのが嫌だと思ったり…………って何を言っているんだ僕は」
「…………ふふ」
彼女は先ほどのいたずらっ子のような笑みを収めた。代わりに年相応の大人びた笑みを僕に向ける。
「私、良人くんのそう言うところ好きよ」
「な……ッ!?」
ああ、ダメだ。
「昔からずっと、良人くんの事」
やっぱり僕は。
「大好き」
この人には敵わない。
この辺りから時系列順ではありません。
ご注意ください。