8 良人くん、ルームシェアをしましょう
「良人くん。ルームシェアをしましょう」
「……え?」
大学四年、互いの就職先も決まりそろそろ卒業かと言う頃。
彼女は僕にそんな提案をした。
「その……ルームシェアって?」
「アパートやマンションを一緒に借りて、その部屋を二人で共有することよ」
「い、意味は知ってるよ」
僕が疑問を抱いたのはそこではない。
「そうじゃなくて、なんで僕と?」
「良人くんも知っているでしょう? うちは貧乏なの。奨学金も無しに私を大学に行かせたりなんかするから、余計貧乏になって。就職先も家からじゃ通えないから部屋を借りるのだけれど、そんなお金今実家には無くて」
嘘だ。彼女の家は貧乏じゃない。むしろ裕福だと言って良いだろう。
それこそ幼稚園の時から彼女を知っている僕としては、わるこさんのその言い訳は理解に難かった。
「……確かに僕たちの職場はそれぞれ部屋を借りた方が便利だと思う。わるこさんと僕の職場は偶然にも徒歩で繋げる距離だしね。だけど」
「私は良人くんとルームシェアがしたいのよ。ダメかしら」
「っ…………」
食い気味に告げる彼女。
後から思えば、わるこさんはこの時からなんというか……『丸出し』だったのかもしれない。
「……それで、ルールはもう決めているんでしょ? 僕が頷くことを見越した上で、ルームシェアのルールを」
「勿論」
彼女は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。耳の端が少し赤いのは、僕も気付いていた。
「キッチンとリビングは共用。当然お風呂やトイレもね。それぞれに私室を一つ用意して、許可なく立ち入ることを禁ずる」
「最低でも2LDKって所かな」
「家事……共用スペースの掃除やゴミ捨ては交代で。ご飯はそれぞれが作っても良いけれど、私は良人くんの分まで作ってあげる。お風呂は入れる人から順でいいわ。なんなら一緒に……」
「!?」
思わず目を見開いた僕だったがすぐに気付く。からかう時の目で僕を見ていることに。
「もう……やめてよ」
「フフ。それから家賃はキッチリ半分でどうかしら? 電気水道ガス、どちらがどれだけ使おうと半分こで」
「…………いいよ。君の好きにしてくれ」
ここまで物事を決めた彼女を止めることは、僕にでも難しい。問題は僕の両親にどう説明しようか、と言うところだ。
大学を卒業して、直ぐに女の子と同棲……ルームシェアなんて。
「その辺りは気にしなくて良いわ。もう良人くんのお母様には許可は貰ってあるもの」
「……え?」
つくづく僕は彼女に戸惑わされてばかりだなぁ、と思った。
「双方への利点と、ルームシェアのルールを説明したらあっさり許可を下さったわ。『るこちゃんなら安心ね~』なんてお墨付きまで頂いてしまったわ」
「えぇ……」
僕の母さんはわるこさんにどんな印象を抱いているのだろうか。彼女は今でこそ破壊衝動を抑えきってはいるけれど、昔から……。
いや、そう言えば僕の家に遊びに来るときはやたらと猫を被っていた気がする。それも小学生の時からだ。
まさか今日の為にそんな事をしていたんじゃないだろうか、とまで考えてしまう。
「どうでしょうね。私は昔から良人くんの傍に居たし、傍に居たかったから。そうしていた方が将来的に役に立つ気がしていたのも確かよ」
「…………」
僕の顔が熱くなる。そして何とも言えない敗北感が込み上げてくる。
目の前の彼女はやはり意地悪に笑っており、その黒い瞳に僕は吸い込まれそうになる。
お世辞にも目付きは良いとは言えないけれど、すらっと通った鼻に薄い唇が魅力的な彼女。初めて出会ったときから変わらぬ表現は、美人と言う言葉。
そんな彼女が僕の傍に……。
「わかったよ。僕と一緒に暮らそう、わるこさん」
「そうこなくっちゃ。よろしくね良人くん」
そう交わした数日後、僕は三月から彼女と暮らすアパートとの契約を終えた。