5 良人くん、私達は答えがわかるまでは離れられないわね
どうやらわるこさんは壊すことに、多少なりともルールがあるらしかった。
と言っても僕が傍で見ていてわかったことだけと、彼女から教えてもらったことだけ、だけど。
「今川! お前の上履き捨てられてるぞ~」
「……」
中学の時、ほんの少しだけそういうことがあった。
「気に入らない」
彼女はボソリと呟いた。低く、静かだったが恐ろしかった。
そしてわるこさんはいじめをしている人間の上履きを集め、校庭で焚き上げをした。
「あの、これは?」
僕が彼女に訊ねる。
「あなたなら知ってるんじゃないの? 穢れた物はこうやって焼くの」
僕はギョッとする。だが、なんとか平静を装う。
「なんのこと?」
「知らないの? 焼くと綺麗なものは上にあがるの。残った黒いものは穢れだから、集めて捨てるの。私はそうやって生まれた」
「……」
やばい。
僕はそう思った。この時、僕は自分の使命を思い出していた。穢れを追って人間界に降りたことを思い出した。
そしてわかってしまった。僕が探していた人は、この人だったんだと。
「良人くん。私は初めから知っていた。だけれど貴方から逃げるつもりはなかったわ。何故かわかる?」
わからない。逃げられる環境になかったからだろうか。
僕がそう言うと、わるこさんはふわりと微笑んだ。
「それもあるけれど。わからないなら貴方には教えてあげない」
僕が彼女の微笑みに目が釘付けとなり、まばたきをした次の瞬間には。彼女はいつもの意地悪な笑みを浮かべていた。
「……まあいいよ。僕にはさっぱりわからないけれど、君がそう言うなら僕もそれでいい」
「それはどうして?」
微笑む。わるこさんは微笑む。答えをこの人はわかっているんだ。
いつもは負けっぱなしの僕だけど、この時ばかりは良人としての……人間の男としての、意地を張った。
「絶対に言わない」
「ふふ、それなら私も絶対に言わない。お互い答えがわかるまで離れられないわね」
僕は再びドキリとした。今度は嫌な緊張ではなかったけれど。
わるこさんは意地悪だ。僕の答えを知りつつも、さも知らないように振る舞うんだ。
僕が彼女の答えがわからない限り、僕は彼女から離れられない。
僕が彼女の答えがわからない限り、彼女は僕から逃げることはない。
僕は彼女と離れたくなかった。いつの間にか僕は、初めて僕が手に入れた感情を。彼女に抱いてしまっていたのだった。
「……それで、その靴はどうするの」
「焼いたからもう靴じゃないわ。いいのよ、あいつらは『悪』なのだから」
わるこさんが言うのか、と僕は思ったが口には出さなかった。
「私はわるこ。悪い子供。悪の子供。周りの奴らはそう言うけれど、私は私の欲求を満たすだけよ」
「そうなんだ」
「そう。私の破壊は自らの為の破壊。他人を傷付ける為に破壊はしないわ。それは私の正義に反する悪だもの」
正義の反対は逆の正義とは言うけれど。彼女の正義は幾分歪んだ物だった。
それは他人から見れば悪かもしれないが、僕に言わせれば悪の反対は善だ。正義はその人個人が持っていれば良いものであって、それが善か悪かは人間が決めることじゃない。
善悪の区別は神が決めるものであり、そう言う意味ではやはり彼女は悪に区別されてしまうのだけれど。
「で、どうするの」
再び訊ねると彼女はほんの少し申し訳なさそうに眉を歪めた。
「私の為の破壊は終わったわ。……良人くん、一緒に謝ってくれるかしら」
僕は思わず微笑む。
「いいよ」
その言葉を待っていたんだ。だから、いいよ。
君と僕は怒られ仲間なんだから。
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