表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

4 わるこさん、それはだめだ


 小学一年生では同じクラスになれた。と言うか、小学校では六年間同じクラスだった。

 一年生のクラスで、わるこさんを知らない子供たちは皆彼女に釘付けになった。

 男子の大半は恋心を、女子は羨望と恨みの愛憎入り交じった感情を向けていた。


「なあ良人。お前わること付き合ってるのかよ」


 クラスの中でも顔立ちの整った奴、イケメンくんが僕に訊ねる。そんなことはないと首を振ると、そのイケメンくんを筆頭に男子一同は笑った。


「そうだよな。お前そんなにイケメンでもないし、わること付き合えるわけないよな」


 そういえばそうだった。僕はそんなに顔立ちが整っていないのだった。

 この体は所詮人間界での仮の姿なのであまり気にしていなかった。


「なぁ、わるこって好きな人いるのかな。良人仲良いから聞いてこいよ」


 クラスのイケメンくんは僕を使う。そもそも七歳の子供が付き合ってるなんて話をするなよと思う。でも好きな人くらいはいるかと思い、わるこさんに訊ねた。


「そうね。少なくとも人を使って聞きに来るやつは嫌いよ」


 名指しにされたイケメンくんは落ち込んでいた。


 そんな事もあってわるこさんは相変わらず一人だし、僕も別段誰かと仲良くする気にもなれなくて、わるこさんと一緒にいた。




 小学三年の頃、僕とわるこさんは賞状をもらった。授業で描いた遠足の絵だったけれど、それでも僕は一生懸命描いたし、だからこそ賞状をもらえたのだろうと思う。

 わるこさんはその授業の中、美しい自然の絵を描いていた。僕だけじゃなくクラス全員、先生までもその絵に釘付けになった。

 しかし彼女は突然黒い絵の具を握った。


「出来た……あとはこれを」


 僕にはこの後何をするかがわかった。クラスの子供たちも何人かは気付いたが近付けない。

 だから僕が彼女の元へ走りよって、その絵の具を取り上げた。


「なにするの」


 彼女は無感動に、無表情に、無感情に言った。

 僕は彼女に伝わるよう、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「だめだ。その絵だけは、壊しちゃいけない」

「なぜ」

「それは……」


 僕は考える。なぜ彼女を止めるのか。彼女が描いた絵だ。それをどうするかは彼女に決める権利がある。

 しかし僕は壊すには惜しいと思った。僕が勝手に彼女の絵に価値を見出だしたに過ぎないけれど、惜しいと思った。

 だから彼女に言う。


「僕はその絵が好きなんだ。綺麗だから」

「でも私は壊すのが好き」

「知ってる。けれど君が壊すのが好きなように、僕も綺麗なものを残すのが好きなんだ」

「……そうね」


 彼女は絵の具を置いた。


「いつもあなたの作った物を壊して遊んでいるもの。たまには私の作ったものをあなたに残させてあげる」

「うん。ありがとう」


 そしてその絵は表彰された。僕のは佳作で彼女は入選。展示会から帰って来た彼女の絵は、僕が貰い受けた。

 それは今も額にいれ、大事に保管している。






 小学校を卒業するとき、彼女は大事件を起こした。

 彼女は卒業式の最中に席を立ち、それから帰ってこなかった。僕らが体育館から出たときに、初めて異変に気付いた。

 校舎の窓が全て割られていたのだ。

 先生達が騒然とするなか、僕はすぐにわるこさんを探した。


「わるこさん!」

「あら、良人くん」


 彼女は体育館裏で金属バットを担いで歩いていた。

 まるでどこかの不良のようだ。


「ねえ、もしかして校舎の窓割ったのって」

「私よ」


 わるこさんは、物を壊したときのいつもの笑顔を浮かべた。

 僕は大きな溜め息を吐いた。


「なんで壊したの?」

「一度壊してみたかったの。でも壊しちゃうと直すのが大変そうだから、春休みに入る前ならいいかなと思って」


 十二歳のわるこさんは、他人のことも少し思いやっているようだった。


「わるこさんなりに思いやってくれたんだね」

「そうよ」


 ならば初めから壊さなければいいのに、とは思わない。

 彼女は壊さずにはいられない。むしろ今日まで我慢してたことを褒めなければならないだろう。


「ありがとう。でもわるこさん」

「わかってる。謝りに行ってくるわ」

「うん、偉いよ。僕も付いていくから一緒に行こうね」


 そして二人で頭を下げて回った。色々な人に怒られた。

 唯一の救いは先生達がわるこさんだけじゃなく、僕のことも叱ってくれたことだ。

 二人で謝っているから、二人平等に。中には訳を知る先生もいたけど、区別することなく、差別することなく。僕ら二人を平等に叱ってくれた。

 そのおかげで僕とわるこさんは怒られ仲間になれた。

 お母さんからは難しい顔をされていたが、僕はそれで満足だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ