4 わるこさん、それはだめだ
小学一年生では同じクラスになれた。と言うか、小学校では六年間同じクラスだった。
一年生のクラスで、わるこさんを知らない子供たちは皆彼女に釘付けになった。
男子の大半は恋心を、女子は羨望と恨みの愛憎入り交じった感情を向けていた。
「なあ良人。お前わること付き合ってるのかよ」
クラスの中でも顔立ちの整った奴、イケメンくんが僕に訊ねる。そんなことはないと首を振ると、そのイケメンくんを筆頭に男子一同は笑った。
「そうだよな。お前そんなにイケメンでもないし、わること付き合えるわけないよな」
そういえばそうだった。僕はそんなに顔立ちが整っていないのだった。
この体は所詮人間界での仮の姿なのであまり気にしていなかった。
「なぁ、わるこって好きな人いるのかな。良人仲良いから聞いてこいよ」
クラスのイケメンくんは僕を使う。そもそも七歳の子供が付き合ってるなんて話をするなよと思う。でも好きな人くらいはいるかと思い、わるこさんに訊ねた。
「そうね。少なくとも人を使って聞きに来るやつは嫌いよ」
名指しにされたイケメンくんは落ち込んでいた。
そんな事もあってわるこさんは相変わらず一人だし、僕も別段誰かと仲良くする気にもなれなくて、わるこさんと一緒にいた。
小学三年の頃、僕とわるこさんは賞状をもらった。授業で描いた遠足の絵だったけれど、それでも僕は一生懸命描いたし、だからこそ賞状をもらえたのだろうと思う。
わるこさんはその授業の中、美しい自然の絵を描いていた。僕だけじゃなくクラス全員、先生までもその絵に釘付けになった。
しかし彼女は突然黒い絵の具を握った。
「出来た……あとはこれを」
僕にはこの後何をするかがわかった。クラスの子供たちも何人かは気付いたが近付けない。
だから僕が彼女の元へ走りよって、その絵の具を取り上げた。
「なにするの」
彼女は無感動に、無表情に、無感情に言った。
僕は彼女に伝わるよう、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「だめだ。その絵だけは、壊しちゃいけない」
「なぜ」
「それは……」
僕は考える。なぜ彼女を止めるのか。彼女が描いた絵だ。それをどうするかは彼女に決める権利がある。
しかし僕は壊すには惜しいと思った。僕が勝手に彼女の絵に価値を見出だしたに過ぎないけれど、惜しいと思った。
だから彼女に言う。
「僕はその絵が好きなんだ。綺麗だから」
「でも私は壊すのが好き」
「知ってる。けれど君が壊すのが好きなように、僕も綺麗なものを残すのが好きなんだ」
「……そうね」
彼女は絵の具を置いた。
「いつもあなたの作った物を壊して遊んでいるもの。たまには私の作ったものをあなたに残させてあげる」
「うん。ありがとう」
そしてその絵は表彰された。僕のは佳作で彼女は入選。展示会から帰って来た彼女の絵は、僕が貰い受けた。
それは今も額にいれ、大事に保管している。
小学校を卒業するとき、彼女は大事件を起こした。
彼女は卒業式の最中に席を立ち、それから帰ってこなかった。僕らが体育館から出たときに、初めて異変に気付いた。
校舎の窓が全て割られていたのだ。
先生達が騒然とするなか、僕はすぐにわるこさんを探した。
「わるこさん!」
「あら、良人くん」
彼女は体育館裏で金属バットを担いで歩いていた。
まるでどこかの不良のようだ。
「ねえ、もしかして校舎の窓割ったのって」
「私よ」
わるこさんは、物を壊したときのいつもの笑顔を浮かべた。
僕は大きな溜め息を吐いた。
「なんで壊したの?」
「一度壊してみたかったの。でも壊しちゃうと直すのが大変そうだから、春休みに入る前ならいいかなと思って」
十二歳のわるこさんは、他人のことも少し思いやっているようだった。
「わるこさんなりに思いやってくれたんだね」
「そうよ」
ならば初めから壊さなければいいのに、とは思わない。
彼女は壊さずにはいられない。むしろ今日まで我慢してたことを褒めなければならないだろう。
「ありがとう。でもわるこさん」
「わかってる。謝りに行ってくるわ」
「うん、偉いよ。僕も付いていくから一緒に行こうね」
そして二人で頭を下げて回った。色々な人に怒られた。
唯一の救いは先生達がわるこさんだけじゃなく、僕のことも叱ってくれたことだ。
二人で謝っているから、二人平等に。中には訳を知る先生もいたけど、区別することなく、差別することなく。僕ら二人を平等に叱ってくれた。
そのおかげで僕とわるこさんは怒られ仲間になれた。
お母さんからは難しい顔をされていたが、僕はそれで満足だった。