3 わるこさん、君の傍が落ち着くよ
彼女には友達がいなかった。
当たり前だ。あんなことをする女の子、誰も近付こうなんてしなかった。
「ねえ、一人ぼっちって寂しくないの?」
僕はそう訊ねたことがある。いつも一人でブロックを積んだり、砂場で山を作ったり。その背中は寂しそうにしているように、僕の目には、見えた。
最後にはそれを蹴り散らしてしまうから、怯えて誰も話しかけなかったけれど。
「寂しくなんかないわ。一人でも」
彼女はこれまたぶっきらぼうに言い放った。
「一人でもブロックを積める。砂を積んで山にできる。そしてそれを最後に壊すことができる」
「それって楽しいの?」
「楽しい……まあ、楽しいわ。あなたもやってみる?」
僕はこの時、正直嬉しくなってしまった。あの彼女からの初めての誘いだったから。
だから僕は二人で高いブロックタワーを積み上げた。
「おぉ……。これは楽しいね」
僕は頑張って積み上げた二対のタワーを見て言った。
「楽しいのはここからよ。ほらっ!」
そして彼女は僕の積んだタワーを蹴り崩した。……何とも言えない気持ちになる。
初めから壊すつもりで作ったとは言え、これはなんと言うか……。
「私のも崩してみて」
「う、うん」
僕は彼女に唆され、彼女のタワーを蹴った。
タワーはバラバラと崩れる。
何とも言えない喪失感だけが僕の心に残った。
「楽しいでしょ?」
珍しく彼女は瞳の奥を輝かせて言った。その表情には意外性と共に、喜びを感じたが、遊び自体は……。
「……微妙」
「そ。分かり合えないのね」
僕が言うと彼女は瞳の輝きを閉じ、またぶっきらぼうに言った。
「でも」
僕は続ける。ブロックを持ってまた積み上げる。
「また高いブロックが作れる。君が壊したから僕はまた作ることができるんだ」
そう言って彼女に笑いかけてみると、彼女も少し口の端を緩ませた気がした。
「あ、こういうのはどう? 僕が作るから君が壊すんだ。そしたらまた僕が作って、君が壊す」
「……いいわね。私壊すの好きだけど、自分が作ったのより人が作ったもの壊す方が好きだもの」
「…………うん、まあいいや。よし、作ろ!」
正直彼女の言葉には頷きかねることが多かったが、それでも何故か僕は彼女の傍にいた。
幼稚園では僕は彼女と共にいた。いつしか僕も彼女を『わるこさん』と呼ぶようになった。
いつの間にか僕の一番の友達はわるこさんだったし、彼女の唯一の友達は僕だった。
小学校に上がる頃、わるこさんは僕にいった。
「今まで色んな人と話すことがあったけど、これだけ喋れて楽しいのはあなただけよ」
六歳児が何を言っているんだと僕は思ったが、この体の僕も六歳児だ。ややこしいことを言うのもあれなので黙って頷いておいた。
「僕も何故だか意地悪な君とずっと一緒にいるよ。自分でもわからないけれど、君の傍が落ち着くんだ」
「そ。私もよ」
彼女はいつもぶっきらぼうに言う。僕なんかよりよっぽど感情がないんじゃないかと、当時の僕は思ったものだが、彼女の緩む頬は嘘をついていなかったと思う。