23 彼女は、天使の僕が恋した悪魔
蛇足のエンディングです。
僕としてはあまり納得がいっていないので推敲して行くつもりですが、現状このまま残してあります。
前話の方が綺麗に終わった気がしますのでそこで納得された方はブラウザバックをしてください。
天界の審判の前に僕は居た。実際は審判の姿なんて見えなくて、ただ真っ白な空間に一人で立っているだけだけれど。
そして懐かしい、今の僕は天使としての姿だ。良人の魂はまだ、僕の手の中にある。
審判は天から僕に告げる。
「成る程、お前は天使だったか。道理で他の中でも群を抜いた成績を修めたわけだ」
「……?」
僕は真っ白な世界の中、一人首を傾げた。
「僕はわるこさん……穢れの魂を捕らえる事は出来ませんでしたが」
「――いいや、お前はちゃんと捕まえている。その手の中の魂がその証拠だ」
手の中の魂は良人の魂だ。それはわるこさんの魂じゃ……いや。
ふと目線を下げただけで僕は察した。良人の魂は真っ黒に染まっていた。
「あの死の瞬間、お前は彼の魂から全て穢れを抜き取ったのだ。自らが、大きな罪を犯すことによってだ」
「大きな罪……ですか」
審判の言葉を復唱する。
「そうだ。お前は『最愛の者に自らを殺させようとする』と言う罪を犯した」
「あぁ……そうですね」
そうか。それは罪になってしまうのか。
人間の根底にある原罪とも言える罪。その業は即ち、愛だ。愛は自ら抱くものであって、求める物ではないと言うのが、確かあったはず。
僕は愛を求めて、更にその最愛の人に自分を殺させるなんて言う最悪の罪を犯してしまったのか。
「そう言うことだ。だが、彼の者はお前を殺すことはしなかったがな。もし殺していれば彼の者も諸とも地獄行きだ」
「それは、まあ大変なことですね」
……わるこさんは僕を殺さなかったんだ。僕としては殺してほしい所だったけれど、彼女がそうしたいと……いや、この場合それはしたくないと。
そう思い、行動せず。それが正しい選択だったのなら。僕は素直に喜ぼう。
「そしてお前は他にも課題を達成している」
「他にも?」
「まずは、人類に対して平等に愛を抱くこと。嫌いな者、興味のない者が居らず、全ての者を愛していることだ」
ちなみに平等に愛を抱くこと、と言うのは。平等の愛を抱くこと、とは違う。人類に対して平等であって、愛に対して平等ではないのがこの課題のミソらしい。
これは天使としては当たり前のことで、僕にとっては何も難しい事はないけれど、僕と結合した良人の魂には、かなりの経験値になったようだ。
「そして穢れを見事に捕まえること。さらにその穢れた魂に、生涯一人として人を殺めさせなかったこと、だ」
「一人として人を……殺めさせない、か」
それには正直頷きかねる。だって僕は、僕自身を彼女に壊させようとしていたのだから。
だが、それを彼女自身が是とせず。非として。そしてその後も誰も壊すことがなかったのなら、それはそれでよかった。
決して僕のお陰ではないと思うけれど。
「いいや、あの魂はお前が近くにいなければ、あんなにも穏やかに生きることはなかった。きっと二十年も経たぬ内に狂気と凶器を振りかざし、最悪の人間になっていたであろう。だからお前が近くに居なければならなかった、お前でなければならなかった」
「そう、ですか」
それは何と言うか、とても光栄だ。
「さて、お前には選択肢がある。今一度天使に戻り、今まで通り穢れを集めるだけの仕事か――」
「……」
「――穢れをきちんと終わらせる仕事を作るか」
「!!」
僕は目を見開く。
「お前の今回の功績は天界に取って大きな躍進となった。穢れにも穢れの意識があり、彼らは苦しみを感じていると言うことを」
「……僕は」
「だから特別に、お前にその仕事をさせてもいいだろうとなった。これは神の意志でもあるが、最終決断はお前がして良い」
「――やります!」
僕は即答した。これはわるこさんの為にもなるかもしれないと思ったからだ。彼女が抱えていた破壊衝動の、根本を解決することになるかもしれない。
ならば僕は迷わない。それが永遠とも思える時間が掛かろうとも、僕は穢れを終わらせて見せる。
そして僕は天使として天界に戻る。良人の魂を浄化して、穢れを手で集めて固めた。
「ありがとう、良人くん。君の魂と共に居て、僕は幸せだった」
天界の更に上位へと昇っていく魂に、僕は礼を言った。
その後。手始めに僕は、天界の入り口の浄化の炎を一部貰う。それを天界の知識と技術でドリルにしたり、ハンマーにしたり。とにかく色んな道具に変えてみた。
そしてそれらの浄化の器具を穢れに使ってみる。黒く固まったそれは岩石のようで、とにかく僕はハンマーで叩いた。ドリルで削ってみた。
そうすると少しずつ、少しずつ。本当に少しずつ穢れが浄化されていった。
僕はその事実を確認してから、迷うことなく一心不乱に浄化を続けた。わるこさんなら笑顔でやりそうな破壊作業を延々と続けた。
何日もハンマーで叩き、何ヵ月もドリルで削り、何年もカッターで切ってみたりした。
そして何日も何日も、何ヵ月も、何年も何年も同じ作業を繰り返し。そろそろ良人の曾孫くらい産まれたかも知れないと思う頃、僕に随分久しぶりの来客が来た。
「こんにちは、天使さん」
「? 君は」
それは真っ白の人だった。顔はなく、髪は長く、なんとなく女性だとわかるシルエットの。光が集まったような人。
「あら、私の事を忘れてしまったのかしら。ああ、それは酷い。なんて酷いのでしょう、この天使さんは」
「え、えっと」
「そりゃあ一緒に居た時間は三十年程で、離れてからの時間の方がもう長くなってしまっているけれど。それでも少しくらい覚えていてくれてもいいんじゃないかしら? それとも、記憶は良人くんの魂にあげちゃったのかしら」
「ま、まさか君は……!!」
光のシルエットが徐々に鮮明になっていく。そう言えば聞いたことがある。修行を終えた魂は天使のそれに近い、高位の存在になると。
そしてそう言う存在は天使同様、天界にて働き始めることがあると。
それが、まさか。
「わるこさん!!」
「あら、覚えていたのね。天使さん。私を置いて天界に帰ったと思ったら、随分楽しそうなことをしているじゃないの」
「い、いや楽しくはないよ? 疲れないのはいいけれど、結構大変だし」
「そんなことないわよ。終わらせる仕事なのでしょう? とても楽しそうだわ。……なにより貴方といられるなら、私は永遠にこの仕事をしてみたいもの」
「わるこさん……」
白い人影は、若い頃のわるこさんになっていた。彼女は昔、いつもしていた意地悪な笑顔を浮かべている。相も変わらず悪魔のような性格だ。
しかし、それは直に優しげな笑みに変わる。彼女はゆっくりと手を広げながら口を開いた。
「私はまた、貴方と一緒に居たくてここに来たのよ。貴方は?」
「……勿論、君と一緒に居たいに決まってる!!」
僕は浄化の器具なんて放り出して彼女を抱き締める。柔らかくて温かで、良い香りがして落ち着いて……。僕は彼女がいない数十年を、あっという間に過ごしてきたけれど、よくこの感触なしで正気を保っていられたものだと思う。
それ程までに今、彼女が愛しい。愛しくて、恋しかったことを知った。
それから、天界では一つ仕事が増えた。
天界に帰って来た魂を浄化した際に落ちる、穢れ。それを更に浄化する仕事だ。
穢れを浄化するには途方もない程の時間が掛かるけれど、物好きな二人がその役職を担っていた為、その作業は滞ることなく。むしろ年々精度を上げて天界の助けとなった。
僕とわるこさんの物語はこれで終わる。
しかし僕達はずっと天界で二人一緒に居て。ある時は穢れを浄化し。ある時は人間界に転生したり。また、ある時は別次元の世界へ出向に行ったりしたけれど。
それはまた、別のお話。